幕間劇(3):株式会社カプリコン第2開発室
時刻は2月4日、18時30分。
場所は株式会社カプリコン第2開発室。
ここは「還魂のリヴァイアサン」の開発に当てられたブースであるが、事実上は製作者・茅原昭彦の私室となっていた。
薄暗い室内、壁一面に整然と配置された数多くのモニター。
そこには、本日行われている全国規模バトルイベント「薔薇戦争」に参加しているプレイヤーの姿が映し出されていたが、茅原はその画面を横目で流し見つつ、卓上にあるノートPCの画面……
七色に光輝くモザイク模様をずっと眺めていた。
「いいぞ……その調子だ。 もっと……もっと」
茅原は、モザイク画面を見ながらそんな独り言を呟く。
「もっと……!」
七色のモザイク画面の右上隅に、心電図のような別ウインドウが開いている。
18時33分、その折れ線が激しい動悸のような急上昇を始めた時、突如画面はWeb電話サービスに切り替わった。
「あろー、茅原ちゃーん。 『リヴァイアサン』の運営はどうっすかー」
今からが良いところだったのに。
邪魔されて思わず渋面を作りたくなったが、茅原はポーカーフェイスで堪え、それどころか「やあ、どうも。 好調ですよ」と快活な挨拶で返した。
それは、相手が懇意にしているゲーム雑誌の編集長だったからだ。
自分ではカッコいいと思っているのか、全く似合っていない伊達メガネと汚い髭面が痛々しい。
「今度さ、御社の『リヴァイアサン』の記事を組もうと思ってるんですけど、こう、突っ込んだ攻略方法とか教えてくれない? ネット見ててもそんなにアップされてなくてさー。 あと、流行の先端!って感じの記事も併せて出そうって思ってるんだけど、数字は400万ダウンロードで発表していーい?」
茅原は内心、その軽薄な態度に「これがメディアか」と嘆息したくなったが、それを表に出すことなく答えた。
「梶さん、数字は500万ダウンロード達成……で発表していただけませんか」
「おいおい、直近で400万だろ? 上積みしすぎじゃね?」
「いえ、大丈夫ですよ、今の売り上げ状況から、御社の雑誌が発売されるまでのタイムラグに、間違いなく500万ダウンロードは達成できます」
それを聞いて、モニターの中の男は多少渋い表情を見せたが、
「……ま、茅原ちゃんの言うことなら間違いないっしょ。 オーケー了承。 で、攻略法の件だけど……」
「いいですよ、基本的な事なら十分にお伝えできます。 ただ、先日からお願いしていた、我が社の広告の方もお忘れなく」
「分かってるってぇ、それとさ、『雑誌を買ってコードを入力すると特殊装備当たります』的なイベント作れない?」
「そうですね……検討してみましょう」
このように、茅原昭彦はゲーム雑誌「週刊Com通」編集長・梶健吾の協力の元、「還魂のリヴァイアサン」の効果的なプロモーションを進めていた。
あらゆるメディアに通じることだが、商品の販売はまず、効果的なPR戦略を敷いてこそ最大効果を発揮するのである。
梶は編集担当の雑誌のみならず、ゲーム関連のメディアに莫大な影響力を持つため、その人物性はともかく、戦略的には捨ておけない相手ではあった。
そのため茅原は貴重な自分の時間を裂き、梶との打ち合わせに時間を費やした。
現在のソーシャルゲーム業界では、アプリのダウンロードランキングは、そのままユーザーの購買力につながる。
情報が氾濫している現在、ユーザーが何のゲームを購入しようか……と思った時に、まずは「ランキングが上の作品をちょっと摘んでみよう」と思うからである。
そのため、巷にはリセットマラソンによるダウンロード数の水増し、ブログやSNSで好評価を書かせてレアガチャを引かせたり、他人を紹介しての追加ボーナスなど、もはや何でもありの営業戦略が展開されることとなる。
こんな反則スレスレの戦略が用いられるのは、企業の皆が、「自社作品がユーザーの目に止まらなければ、勝負にすらならない」ことを前提として理解しているからである。
逆に言えば、ダウンロードランキング上位に位置し、何かのメディアに取り上げられさえすれば、初めてトップランカーと同じ土俵で戦えるようになる。
茅原はそれを十分に理解し、梶との関係を密にする事で、対策に成功していた。
梶とのしばしの打ち合わせが終わった後、茅原はある事を思い出し、ググループラスのファイナンス画面で、日本株式市場の動向をチェックする。
「還魂のリヴァイアサン」は、ソーシャルゲーム界でスマッシュヒットし、結果、株式会社カプリコンの株価は、低迷期の1400円台から急騰し、今や5700円台へと突入していた。
取引先や関連子会社の株価も堅調な上昇を続けていた。
「いい感じですね……。 雑誌の発売日が楽しみです」
雑誌発売日には、想像以上のダウンロード数の伸びを受けて、さらに株価は上がるだろう。
現在、株式会社カプリコンの時価総額は一昨年の倍以上。経常収益に至っては従来の3倍。
この結果なら、金融機関の担当課長に次期予想決算書を見せただけで、相当額の融資を自ら提示してくるだろう。
「まぁ……それでも頑張って10億ですかね」
しかし、まだ足りない。
この世界を変革するには、もっともっと金が要る。
茅原は、再び「リヴァイアサン」の画面を確認し、戦闘の状況を確認する。
画面右上の折れ線グラフは、激しい上昇の後、乱上下を繰り返していた。
それは激しい戦闘が繰り返し行われた結果を意味していた。
これなら、相当に例の指数は上昇しているはず……。
それを確認しようと、茅原が操作を開始した時。
茅原の胸元で、携帯電話の呼び出し音がささやかに鳴った。
「今日はまた、やたらと邪魔される日ですね……」
茅原が取り出したのは、ある超一流企業の社員専用携帯電話。
警察には「Pーphone」という、複数人と同時に会話できる携帯端末が支給されており、またそれを可能にする専用の電波帯が設けられている。
それと同様、政府や世界的複合企業体には守秘義務、情報漏洩防止を目的とした専用回線機器及び電波帯が割り当てられており、茅原の持つ携帯電話も、その端末の一つだった。
「(相変わらず早いですね……。 『リヴァイアサン』のヒットの匂いをもう嗅ぎつけてきた、って事ですかね)」
茅原はロックを解除、通話ボタンを押す。
「ヘロゥ、カヤハラ。 最近ノ調子ハァ、ドウデスカァ」
割れた電子音による、陽気な外国人の声。
この機器では、自動で変声される機能がついているためだが、相手は誰か想像がつく。
「ハロー、リチャード。 今日は何事ですか」
「嫌ダナァ、君ニモワカッテイルデショウ? 今月ノ『チャレンジ』タイムデスヨォ?」
それを聞いて、茅原は顔をしかめる。
「チャレンジ」は、茅原が本当に属す組織での「ノルマ」の暗喩だった。
今月の「上納金」の支払日はまだ先だったが、まるで自分の動向を見越したように、上り調子の時に催促の電話がかかってくる。
貴方は、貴方の有能さを示すための上納金を支払え。
代わりに、我々は持てる全ての情報を提供しよう。
貴方が挑戦し続ける限り。
これがこの企業の立ち位置で、そして茅原が自身の目的の達成のためには、この企業に属し続ける事は不可欠だった。
「……最近は、取引で負け続けていましてね」
「ホウ」
「『クールズ』、これからの成長企業だと見込んでいるのですが、赤字ばかりで人気も動きもない、万年割安株です」
「ソウカ、大変ダネソレハ。 マルデぎゃんぶるダ。コレカラモ、ソンナ人気ノ無イ企業ニ、投資ヲ続ケル気カネ?」
「はい、妙味はあると思っていますので、ここらへんで大きく勝負……いえ、挑戦したいと思っております」
「ソウカ、君モ苦労シテイルネ。 『チャレンジ』ノ件ハ一考シヨウ。 ガンバリタマエ」
「……」
そう言って、電話は切れた。
「……ふう」
全く容赦のない連中だ。
この後、連中は「クールズ」の株を買いに掛かるだろう。
それを確認の後、適当な材料情報を流すと共に自分が買って、興味本位で集まってきた個人投資家に値を釣り上げさせ、リチャード達と共に売り抜ければいい。
今回の上納金はおそらくそれで済む。
チャレンジの件は一考しよう……とか最もらしい事を言っていたが、文字通りに彼らがそれを猶予するはずはない。
それをしてしまった時点で、彼らからは落伍者の印を押される。
勝ち続け、金を儲け続けるためには、有能であり続けなくてはいけない。
茅原は、ノートPCの画面で例の指数を見る。
その数字は、自身がイメージしていた結末と、それほど変わりがなかった。
やや下ブレていたが、ギリギリ誤差の範囲内だ。
「……できれば、もっと積極的になってくれると良いんですがね」
茅原はそんな感想を口にすると、モニターから目を離して立ち上がり、窓の近くへと歩み寄る。
窓の外には、既に夕暮れて、茜に染まるビルディング街が見えた。
この世界が……自分のものになるのは、いつの日だろうか。
世界は、戦争ではなく、経済力で勝敗が決まる。
その真理に気づいたのは、いつだったろうか。
昔……。
まだ小学生の時分、「モンポリー」というボードゲームをやると、先にビルを買った人間が絶対優位になる理由が不思議でならなかった。
もちろんあれこれ工夫したが、先にビルを建てられると、統計的に勝率が激減する事は間違いなかった。
そして気づいた。
先駆者は後続を駆逐するのだと。
その経験は、茅原の中で根付き、芽吹いて、やがてある存在にたどり着く。
ロスチャイルド一族、ロックフェラー一族。
この世界の経済を牛耳る資産家たち。
その創業者達の伝説と歴史は、茅原にとって、衝撃以外の何者でもなかった。
この地球を舞台にした「モンポリー」は、この先駆者たる二つの家族によるメイクゲーム、しかも消化試合なのだと断ずるようになった。
姿なき支配層。
見えざる巨獣。
首相でも大統領でも国王でもなく、彼らこそが、この地上を支配する真の王。
だが、彼らのみならず、それ以外にも数多くの王は存在した。
通信王、カルロス・スリム・エル。
投資王、ウォーレン・バフェット。
デザイナーにして不動産の雄、アマンシオ・オルテガ。
IT起業家、ラリー・エリソン……。
その名を挙げていけばきりがない。
だが、世界を動かす絶大な経済力と影響力を持つ、彼らの存在とその結末が、自分の近くにどれほど浸透しているのを知っている人間は、このビル街の中にどれだけいるのだろうか。
彼らこそがこの資本主義の支配者であり、このゲームの勝利者たる「透明な敵」の軍団だ。
モンポリーでビルを建てたプレイヤーを倒すのが困難であるように、各分野で巨大な資産を築き上げた彼らの牙城を崩すのは不可能である。
「だが……いずれ人は老いる」
どんな企業とて、永遠に繁栄する訳ではない。
そして、世代も交代していく。
ビル群の陰に沈みゆく夕日を眺めながら、茅原は再びデスクへと戻る。
「透明な敵」は、この日本にも居る。
巨大な権力を以て、ゲームのルール変革を許さず、ただ己の利益のみをひたすらに貪ろうとする者達。
弱肉強食がこの世界のルールなのなら、死んで棺桶に埋まるのは、奴らこそがふさわしい。
そう、この世界を変革するためには。
この老いた世界のゲームチェンジャーとなるためには。
10億などでは全然足りない。
もっと……もっと、金が必要だ。
もっと、金がいる。
「アレ」を開発するために。
茅原は、ノートPCに目を落とすと、「リヴァイアサン」と連動させた、次世代型ビッグデータ解析用AI「アマテラス」のレポート画面が、光輝くモザイクから、黄金のピースに変化していくのをじっと眺めていた。
この混沌の海に「アレ」が生まれるまで、もう少し。
「アレ」が生まれさえすれば、世界を変革する道筋は、きっと見えてくる。
「さぁ、急げ」
誰もいない室内に、茅原の声が、静かに響き渡る。
その翡翠の輝きを持つ瞳には、全く表情の色がなかった。
「道標を示せ」
続いて、そう呟いた。
株式会社カプリコン第2開発室は、事実上、茅原の私室だった。
業務以外の事をしていても、咎める人間はいない。
そして、何を言おうと誰に聞かれる心配もない。
「殺しあえ。 そして全てを捧げろ」
だから、茅原は、偽らぬ心の内を呟いた。
※作中で、茅原が
「この後、連中は『クールズ』の株を買いに掛かるだろう」~「売り抜ければ良い」
と言っておりますが、これを実行すると「相場操縦」の罪で逮捕されます。
なので、作中では「まだ茅原の考えているアイデアの段階」って感じでボカして逃げてます(ぉ)ので、イイ子は絶対真似しないでね!
俺と東証と警察との約束だ!(ぇ




