(75)最も長い8分52秒
DATE : H27.2.4
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剣も魔法も通じない無敵のチートアバター「ゼファー」。
だのに俺たちを即死に至らしめる、恐るべき相手。
そいつを相手にして、俺とムラサメ、その仲間たちの思考は、無言のうちに、そして瞬く間に一つに統一された。
「決して戦わない」。
そもそも、このゲームにおいて「ダメージが全く通らない相手」なんてのにはお目にかかった事がない。
ダメージ計算式がどうなっているのかは知らないが、どんなに装備の差があれど、叩けば僅かに減るようになっているのだ。
それはPVPの経験のある人間ならば、多分誰でも察する所だろう。
事実、「クイーン」のクラスによる莫大なパラメータボーナスがあるティアリだって、雑魚に囲まれて叩かれた時は僅かながら減った。
だが、数に勝る俺たちの攻撃が。
数字上では互角のはずのティアリの攻撃が。
そして、ジョブ「エクスキューショナー」によって、攻撃力が3・5倍になったムラサメの攻撃が。
ゼファーには全く通らないのだ。
これは、間違いなくチートだ。
俺はそう判断した。
そして皆も多分そう判断したのだろう、全員一致で協力する事こそが生還の道、という状況の中、ムラサメの指示の元、盾を持つ人間は防御、そうでない者は後ろに控えて回復と牽制、と誰もが一糸乱れずに自分の役割に徹した。
「(ああ……)」
アクションRPGのボスレイド戦などで時に発生する、顔すら知らぬ相手との、互いの呼吸を完璧に読んだユニゾンアタック。
それがこんな状況下で、しかも多人数という状況でありながら発動した皮肉に、奇妙な安堵と多少不安めいた心強さを覚え、そして自分がゲーマーで良かった、という思いが胸中に湧いた。
こんな奇跡的なプレイには、そうそう出会える事はない。
だがその奇跡の一瞬に、自分は確実に立ち会っていた。
「殺す! 貴様等、何なんだ! 絶対に殺してやるぞ!」
「ゲーマー共が! どうせお前等、現実じゃ負け犬なんだろうが! ゲームがちょっとくらい上手いからって、調子乗ってんじゃねえよ!」
「くっ! 何なんですか貴方達は! 突然こんな統制が取れるなんて……!?」
店長や保科の罵声すらなんのその、皆は通常のRPGでボス敵と対峙する時のように決してユニゾンを崩さず、ピタリと防御に徹し続けた。
そして、
「おっめでとうー! 『薔薇戦争』終了だよー! うーん、残念ながら、今回は決着は付かなかったね! 残念!」
戦闘開始から8分52秒が経過、イベント「薔薇戦争」は終了した。
俺はフランス騎士の格好をしたポップロイド2人のナレーションを聞きながら、「はぁぁぁぁあぁぁ……」と、これ以上ないほどの大きなため息を付いた。
やっと終わった……。
内容はグダグダだったけど、とにかく、琴莉さんを護りきる事ができた。
50万円奪われずに済んだ。
それだけでも、本当に良かった。
見れば、琴莉さんも本当に疲れた、と言わんばかりにテーブルにつっぷしていた。
気持ちは良く分かる。
たった2時間のプレイだったけど、まさに心身を極限まで酷使した死闘だった。
試験勉強の息抜きとかいうレベルじゃねーよ。
俺は寝転がったまま、報酬画面を見る。
今までに倒した敵の人数とクラスに応じた報奨金が加算され、その人数は35人(※ランキングは138位だった)、金額は210,000Cen。
その後、俺はステータス画面を見た。
手持ち所持金は、5,500,000Cenをゆうに越えていた。
現実価格にポイント換算すれば、55万円……。
保科がどれだけ他人から奪って来たのか、その悪逆ぶりに内心で嘆息しかけたが、ただ、今はその金は手元にあるという事実の方にため息が出た。
スゲェよ、これ。
いきなり55万……これで学費の心配しなくて良くなったな。
それだけじゃない、これだけ稼げるんなら、こんな監視されているような窮屈な生活だってしなくても良くなる。
……このゲーム、プレイしまくればどんだけ儲かるんだろう。
現実じゃともかく、俺はこのゲームの中では勝ち組だ。
サービス終了まで戦いぬけば……マジで、一財産稼げるんじゃないのか。
「このゲームをクリアすれば1000万円」
小野田さんから聞いた、このゲームに流れるまことしやかな噂。 なんとなく分かる。
確かに、このゲームだったら……。
それも可能かもしれない。
少なくとも、そんな噂が出てもおかしくない。
俺は、ステータス画面の550万Cenという途方もない額を見ながら、そう痛感していた。
「(あ、そういや……。)」
このゲームで換金する場合は、電子マネー「ウェブパース」による決済が常だ。
しかし、学費はそうはいかない。
まとまった現金化とか、できるんだっけ?
俺がそこまで考えた所で、
「おい、キリシマ……」
と声を掛けられ、俺の高揚した精神は、再び緊張状態へと回帰した。
その声は店長だったからだ。
ステータス画面を閉じて見れば、イベント終了後のプレイヤーが割拠するネージュ村の中で、「ゼファー」「オリオン」「フィールドマウス」「ミルフィーユ」が、パーティさながらに固まって、俺と琴莉さんに話しかけてきていた。
「……なんスか、店長」
こんな口調、バイトの最中だったらぶっ飛ばされる事間違いなしだが、ゲームの中で、しかも戦闘直後に「何でしょうか、店長~!?」なんて下手に出られるはずがない。必然、俺の返事は堅いものとなった。
「マジで随分と調子に乗ってるじゃねぇか……。 でだ、お前が奪った、オリオンの装備。 それを返せ」
……はぁ? 意味分かんねぇ。
何言ってんだコイツ。
「それは俺たちの今後に必要なんだ! それに、お前が知ってるかどうかは知らんが、保科は家が大変な奴なんだ。 金が要るんだ、返してやれ」
俺はそれを聞いて、内心ほとほと呆れ果てた。
コイツ等、マジで自分のことしか考えてねぇ。
金が要るって、それは誰でもそうだろうが……!
「お前等全員が、奪ってきた資材を当人に全部返したら、考えてやるよ」
だから俺は皮肉を込めて、そう言った。
「そんな事できる訳ねぇだろうが! 常識で考えろ!」
なんとそんな事を言われた。
常識とか、どの口で言ってんだ?
マジでダメだコイツ等。
その意識の隔絶ぶりに、会話する価値すらないと判断した俺は、ウインドウを消して去ろうとした。
「おい、逃げるのか。 キリシマ」
「逃げるも何も、お前等と会話する理由はもうねぇよ。 ゲームのルールすら守れないようなお前等と、まともな話し合いなんて、出来そうにねぇからな」
「お前、マジで殺すぞ……!」
店長の言葉に殺意めいた感情が籠もった。
それを感じ取った俺は、
「おい、皆気をつけろ! オリオンとその一味だ! 爆弾攻撃が来るかもしれないぞ!」
エリアチャットで、マイクを掴んでそう叫んだ。
「何だ!?」
「爆弾!?」
「おい、あれ!? マジでオリオンか!」
「やべぇ、急げ! ボーッとしてないでログアウトしようぜ!」
俺の注意を聞いて、ネージュ村の中に居たプレイヤーは、爆弾攻撃を食らわないように、次々と即時ログアウトで撤退していく。
「ああぁ……!」
「くっ!」
その光景に、悲鳴じみた声を漏らすミルフィーユとフィールドマウス。
……こいつら、やっぱここでも稼ぐ気だったのか。
「殺せるもんなら殺してみろよ。 残念だがな、この世界の中じゃ、俺に一日の長がありそうだぜ、ゼファー」
「殺せるもんなら……か」
そこで、店長ことゼファーは、ふ、と鼻で笑って言った。
「なるほどな、確かにお前にも何かしら特技がある、という事は分かった」
「特……技?」
「だがなキリシマ、お前は分かってない」
「……何がだよ」
「ゲンジツがだよ」
……現実?
現実って言ったんだよな、今。
「どういう事だよ、それは」
「今お前は、俺たちに対して、ルールがどうとか言ったが、実際に『ルール』を知らないのは、お前だからだ」
「……!?」
どういう意味だ?
「この現実の、生きていくためのルールだ」
本当に、意味が、分からない。
リアクションも出来ずに固まっていると、オリオンたちはクスクス笑い始めた。
「おい、戻るぞ。 保科、例のスナック菓子は限界まで発注しとけよ」
「もちろんです、店長に言われなくてもそうするつもりでしたよ」
そして、連中は俺たちに背を向け、村の外へと出ようとした。
また、誰かを狩りにいくつもりなのか。
「おい、お前等……」
「覚悟しておくんだな、キリシマ・レオ。 お前が俺に何をしたのか、しっかり教えてやる」
……何を!と言いたかったが、喉元まで出かかった所で、連中の姿は村の外に消えた。
「何なんだよ、あいつら……」
俺は再び大きくため息をつくと、ログアウトしてこの世界……いや、琴莉さんの部屋に帰ってきた。
「何なんだ……」
そう呟いて、目を閉じると、近くで何か甘い匂いがした。
そして、右半身に感じられる暖かい温もり。
「(……!?)」
というのも、俺が目を瞑っている間に、琴莉さんがいつの間にか俺の隣に来て、添い寝していたのだ。
何なんだ!?
と今度こそ叫びそうになったが、俺はまたもすんでの所で堪えた。
というのも、琴莉さんの態度が異常だったからだ。
「礼雄くん……。 怖い……」
一瞬、俺の顔が怖かったのかな、とかそんなマヌケなことを考えたが、彼女は俺にしがみつき、さらに力を込めた。
「お願い、抱いて」
え、何このエロゲ展開、と思ったが、
「怖いの……。 何、あの人たち……」
ああそういう事か、と納得した。
確かに、さっきの場面は、店長の人となりを知っている俺ですら、結構緊張した場面だった。
まして、争いごとが嫌いな琴莉さんが、ネットの中の見知らぬ他人から、あれだけの悪意を叩きつけられて、その恐怖におびえないはずがない。
俺とて、ネットの中で初めて炎上した時の事はよく覚えてる。
悪意ある書き込みを見つけた時は、全身が震えて冷や汗が出て、どうしようと混乱したものだ。
ネットの中の事なのに……。
ゲームの中の事なのに……。
俺は、リアルに怯えたのだ。
それは、こんな仮想現実の中でも、そこに存在する人の意思だけは真実だから、だと俺は思う。
ゲームはゲーム。
リアルはリアル。
そう分けて考えるのが、当然で妥当、かつ健全な認識だ。
だが、それをそうだと未だに断言できないでいる理由が、ここにある。
現実と虚構は、物理的には別の事象であっても、その精神性において、本当は地続きだということ。
それは、全ての人が目を背けている恐ろしい真理。
「何で……あんな事ができるの? 人を怖がらせて、楽しいの……?」
そう言って、彼女は俺に恐ろしい勢いでしがみついてくる。
……マジで怖がってるんだな、琴莉さん。
「大丈夫だよ、琴莉さん。 店長って元々あんな人間なんだけど、怖がる事はないよ、口だけヤンキーなんだからさ」
実際は違うと思うが、俺は琴莉さんを安心させるために、そう言った。
「何で……。 何であんな人たちが、この世界に居るの……?」
「さぁ……何でかな」
それは本当に分からない。
何で、あんな風に、他人を足蹴に出来る人間が、堂々とのさばっていられるのか。
そういう連中は、いつか自分がやり返されると、想像を巡らせたりする事はないのだろうか。
「怖いよ……」
「大丈夫。 大丈夫だって、琴莉さん」
事実、俺の脳みそからは、恐怖心はもう殆ど吹っ飛んでいた。
というのも、女の子にしがみつかれるという、この初めてのシチュエーションに、正直どうしていいのか混乱していたからだ。
胸元でうずくまる甘い髪の匂い、柔らかく震える体、暖かく絡まる足の感触……。
どれも初体験にして甘美なその感覚は、俺の欲望を一直線に刺激し、パンツの中でこれ以上ないほど膨張させた。
「(やべぇ、これ……)」
俺は興奮と緊張で、正直どうにかなりそうだった。
もしも俺がイケメンに生まれていて、女の子慣れしていたら、琴莉さんの唇を奪って、「大丈夫だよ……もう心配しないで、俺に全部任せて」とか言いながら、服を脱がせて、男女の最後の一線を、欲望のままに軽々と飛び越えていただろう。
「ら、らいじょうぶらから……俺に、まかへて……」
だが、緊張でカラカラに乾いた喉は、そんな張り付いた声を出すのが精一杯だった。
「お願い。 私を、護って……」
「う、うん」
俺は、おそるおそる、琴莉さんの華奢な腰に手を回してみた。
おしりに触れるかどうか、その微妙ギリギリのラインに。
……彼女は嫌がらなかった。
いけるのか、これ。
俺は右手で琴莉さんの背中をセーターの上からなで回していたが、背骨のあたりに小さな固い感触があった。
「(あ、これ、ブラジャーのホック……なのかな)」
そこで、俺の右手は止まった。
でも、いいのか、これ。
これって、恐怖を覚えた後の吊り橋効果、じゃないのか。
そんなチャンスにつけ込んで女性に手を出すとか、男としてどうなんだ。
「レオ……」
だが、琴莉さんのその一言に、俺の意識は急速に冷却された。
今、琴莉さんは、「礼雄」じゃなく「レオ」と呼んだ。
俺のアバターを呼んでいた。
イントネーションの微妙な違いと言えばそれまでだが、そう思えた。
「ティアリ……」
そして俺の口からも、そんな言葉が、ふと漏れた。
琴莉さんのアバターも、おそらくはチートアバター。
自分の欲望のために、他人を足蹴にする事を厭わない連中。
自分さえ良ければ、ルールを守る他人の事など一顧だにしない連中。
それがチートプレイヤー。
俺たちゲーマーは、そんなチート連中を毛嫌いし、差別さえしてきた。
「……」
そして、琴莉さんも……。
ゲーマーである、俺とは別種の人間。
そう思うと、脳裏がすうっと冷えてきて……。
俺にしがみついている、彼女の体が……。
「(……!?)」
まるで、毛むくじゃらの肉塊のように思えた。
「(違う! 違うぞ!)」
それは俺の誤解だ。
これは俺の錯覚だ。
彼女は、課金だって言ってたじゃないか!
琴莉さんは、チートプレイヤーなんかじゃない!
「琴莉さん……!」
そう思った俺は、琴莉さんの体を荒々しく抱きしめ、髪の匂いをあからさまに嗅ぎ、より全身を密着させた。
「あ……」
肉の塊なんかじゃない!
彼女はとても可愛い女の子なんだ!
そう自分に思いこませようと、俺は彼女をさらに抱きしめた。
「あん……」
彼女の熱っぽい吐息が、俺の首筋にかかった。
そうだ。
彼女は可愛くて、魅力的な女の子なんだ。
このまま……。
このまま、欲望のままに、一線を越えよう。
俺はそう決めた。
そう決めたのに。
……俺は結局、手を出す事はなかった。




