(72)断末魔の裏側
DATE : H27.2.4
TIME : 17:02
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---場所は、紅薔薇城の城下町。
エルキッドから情報を得て、ラブデス達の居場所を突き止めたジルとジャンヌは、彼らとの遭遇に成功した。
「え? 白薔薇城がどこかって? お前等、このイベントもう終わるってのに、何やってんだよ」
「すいません、私たちこのゲーム初めてで、何も分からなくて……」
奇襲の手始めとして、ジャンヌは初心者を装い、ラブデス達に道を訪ねた。
彼女のクラスはゴースト……倒しても報奨金を貰えないクラスのため、戦闘は極力避けたいラブデス達が積極的に仕掛けてくることはない、というジルの目論見どおりに事は進んだ。
「ありがとう! 本当に助かりました!」
「いやいや、良いってことよ。 また何かあれば言えよ、俺『リヴァイス』ってんだよ」
「俺、『ネクス』」
「僕は『突撃野郎Bチーム』って言います! またね!」
「ぼ、僕、『ラブデス』……」
「本当にありがとう! またね!」
「(またね……地獄で)」
とジャンヌは聞こえないように小さく囁く。
「スクロール! ポイズン・クラウド!」
そして、固まっていた全員に、ジルの「毒雲」が炸裂した。
「何っ!?」
「何だ、これ!」
「ナイス、ジャンヌ。 全員毒ったよ」
全員が毒状態になったことを確認してから、姿を表すジル。
「ここまで上手くいくなんて、ちょっと拍子抜けね」
これは、MMOにおける男女プレイヤー間で、よく見られる光景。
ゲームマニアの男性に比較的多く、かつ共通して見られる傾向。
女性プレイヤーからちょっと媚びを売られただけで、彼らは簡単に油断し、露骨に隙を見せてしまう。
それは彼らに共通する「女性経験の少なさ」という弱点。
またそれがジャンヌの「最大の武器」だった。
「お、お前等……!?」
「毒……!? おい、誰か解毒薬は!?」
「持ってないよ! これ、罠か!?」
「おい、お前等、俺たちをハメたのか!? ……初心者じゃなかったのか!?」
そして、ジルの最大の武器は、その頭の回転。
「うん、もちろん。 で、あなた方にクエスチョン。 私、『解毒薬』持ってるんだけど、2つしかないんだ。 なるべく高く買ってくれる人に売ってあげるけど、どう?」
「2つ……!?」
それを聞いた瞬間、「リヴァイス」「ネクス」「Bチーム」「ラブデス」の和は完全に瓦解し、4人でジルとジャンヌを倒し、解毒薬を奪うという選択肢は無くなった。
ジルは、ジャンヌにシングルチャットで、この後の段取りを伝える。
「これで、時間を稼げる……。 分かってるね、ジャンヌ」
「分かってるって、どうせ話はまとまらないんでしょ? 私がキレたふりして、毒で体力減った奴をぶっ殺せば良いんだよね」
「そうそう。 そこから、交渉の第2ステージに入るから、よろしくね。 あと、まだポイズン・クラウドは持ってるって設定だから、忘れないでね」
「はいはい。 ……あー、早く戦いたいなー」
---彼ら4人の体力を、毒が削っていくのを、ジルとジャンヌはゆっくりと眺めていた。
DATE : H27.2.4
TIME : 17:08
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「うわぁああぁっ、止めろ! レオ! お前、止めろッ!」
白薔薇城の王室にて、俺は脳神経をスパークさせたまま、戦闘に没頭していた。
もちろん、保科のそんな悲鳴なんて聞こえやしない。
保科……オリオンが、抵抗のように必死に技を繰り出してくるが、俺はそれを冷静に「ジャストガード」でブロック、「シールドパリング」で体勢を崩してブレードアーツ、という黄金パターンで、徐々にオリオンの体力を削っていく。
「止めろ、殺すぞ! マジで殺す! お前、この装備に、どれだけ掛かったと思ってるんだよ!」
「知らねぇよ! お前だって、他の連中からそうして奪ってきたんだろうが! 今さら、自分だけが許されるなんて思うなよ!」
「やめろー! コラッ、やめろ、レオォォオォ!!」
だが、マイアバター「レオ」の手は止まらない。
ブレードアーツによる剣撃の最後、現実なら相手を両断する豪快な上段袈裟切りが「オリオン」にヒット。
俺の剣は奴の肩からわき腹を通り抜け、オリオンの体力ゲージは、遂にゼロになった。
『ぐああっ!』
保科の声質に似たダメージボイスを吐きながら、「オリオン」は倒れた。
そして、炎と共に「YOU WIN!」のロゴがすっ飛んできて、画面になにやらログが浮く。
それは、デスペナルティルールのみの処理、いや特権。
装備奪取時間の45秒が、俺に付与されたという内容だった。
「(……やった!!)」
それを視認した俺に訪れたのは、圧倒的な歓喜。
大量の経験値を持つ敵を、幸運にも撃破した時。
中ボスを倒し、レアアイテムをゲットした時。
先に進むための、門番的ボスを倒した時……。
あの時と同じ、だがそれを圧倒的に上回る快感。
快楽の分泌物質が、ドクドクと脳内に垂れ流されてるのが分かる。
毒と麻痺の双属性武器、「ブラックマンバ・ブレイド」は、もう俺のものだ。
それだけじゃない。
保科が集めた装備、資材、所持金も、全部、俺のもの!!
10万とは言わないだろう。
20万か、30万。
もしかしたら、学費をまるごと埋めるくらいあるかもしれない……!!
そう思った俺は、急いでマイアバター「レオ」を操作し、保科の倒れたアバター「オリオン」の上にのしかからせた。
画面に「剥ぎ取り」を意味するナイフのアイコンがポップした、その時。
「やめろろぉおぉぉつっっーー!!!」
保科……いや、オリオンが、シングルチャットで俺を怒鳴りつけてきた。
その大声に、俺は思わず顔をしかめる。
「何が止めろ、だよ! お前、自分の立場分かってんのか? 正々堂々の勝負で負けたんだろうが! じゃあ、素直に負けを認めろよ!」
それを言うと、保科はしばしの間黙り込んだが、
「何が負けだよ! 姑息な手段ばかり使いやがって! 身動きできないように攻めてくるとか、ゲーマーこそ汚ねぇだろうが!」
「最初に『スリープ・クラウド』使ったのはお前だろ!」
今度こそ本当に黙り込んだ。
「保科……。 いくらゲームの中とはいえ、他人を殺しまくるのが許される訳ないだろ? 皆で楽しむのが、本来のゲームの姿。 違うか」
「……お前が決めたルールを、僕に押しつけるな! オタどもの空気読まない主張とか、もう飽き飽きしてるんだよ!」
「勝手に決めたルールじゃねぇよ、バカ。 そもそも、人の嫌がる事をしないってのは、ごく普通のことだろうが。 お前、親からどう躾られたんだよ」
保科、約束どおり、お前はこの世界から退場だ。
だから、装備は遠慮なく全部貰うぞ。
「マジで止めろ、レオ……。 僕は、自由になりたいんだ。 これで金を作って、あのクソみたいな家から出たいんだ!!」
「……これで一財産作れるって、マジで思ってんのか、お前」
「ああ! そのつもりだよ! もう、親父の文句聞くのも、母親の頭おかしい説教聞くのも、弟の意味不明な話聞くのも、もううんざりなんだよ! それで頭下げまくって、勘違いしてる先輩のご機嫌取るのも、偉そうな客にヘーコラするのも、何もかも、もう……嫌なんだよ!」
それは、ネットの中だからなのか。
初めて聞く、保科の隠していた本音。
その叫びだった。
「死ね! 何もかも死んじまえ! なんで皆、僕に頭下げる事を要求するんだよ! 僕がこうなったのは、周りの皆のせいだろうが! 僕は、ただ幸せに生きたかっただけなのに!!」
だからか。
だから、保科は、ゲームの中の皆を、躊躇無く殺そうとしたのか。
時に、テレビで見る。
人生に絶望した人間が、周囲の人間も巻き込んだ無差別殺人に至るケースを。
保科は……あんなに愛想良かったのに……。
本当は、そういう人間だったのか。
「だから、僕の装備を奪うな! これは僕の希望なんだよ! 未来なんだよ!」
俺は、一瞬だが、悩んだ。
保科の未来を、この手で摘み取るべきか、どうか。
「……お前に未来を語る資格はねぇよ。 他の人の希望を摘み取っといて、その言いぐさはないだろ」
だが、俺は保科の装備を剥いだ。
「うおぉあああああああああぁぁあああっっっ!!」
こいつを、野放しにしておく訳にはいかない。
他人を害することに、何の躊躇もない奴をのさばらせたら、絶対に何もかもムチャクチャになる。
「剥いだなお前! 本当に剥いだな!?」
俺は装備のみならず、資材をも剥ぎ、そして所持金も奪った。
ジャララシャキーン、と俺の所持金に保科の所持金が加算される。
「うお……!」
思わず、声が漏れた。
所持金だけで、530万Cenもあった。
つまり、現金にポイント還元すれば、53万円だ。
目のくらむような、その数字に、興奮で、一瞬、目の前が眩んだ。
「許さねぇ……。 レオ、お前は絶対に許さないからな! 覚えとけ!」
「何が許さないだよ! このデュエルで負けた奴は、退場って決めてただろ!? ちゃんとその約束は守れよ!?」
「うるせえ! お前等オタクどもの言うことなんて聞けるかッ……! 覚えてろよ……!!」
保科の声は、最後は涙声になっていた。
……やっぱりこうなったか。
だけど、保科の装備を奪った以上、もう保科が俺に勝つことは多分ない。
これから先、保科が何度と無くPKに手を染めようと、俺がその度に退治すれば済むことだ。
時間はかかるかもしれないけど、「稼げない」と分かれば、こいつはもう、この世界に居座ることはなくなるだろう。
「殺す……! お前は絶対に殺す!」
そして、装備奪取時間の45秒が終了したその時、保科は叫んだ。
「フィールドマウスッ! こいつら全員、皆殺しにしろ! 数で押しつぶしてしまえッ!」
DATE : H27.2.4
TIME : 17:22
STID : 03290588,04294001
---場所は、紅薔薇城の城下町。
「ポイズン・クラウド」で、ラブデス達一行の体力を削る事に成功したジャンヌとジルは、巧みな交渉術で、一対一のデュエル……デスペナルティルールのそれに挑み、リーダーらしき「リヴァイス」が、「ジル」に破れた。
「止めろぉーーー!! 装備剥ぐのは止めてくれ! 本当に! 頼むからッ!」
対決は、あまりに一方的だった。
「リヴァイス」は、かなりの強プレイヤーだったのに、「ジャンヌ」の前には全く相手にならなかった。
それもそのはずで、装備の質に圧倒的な差がありすぎたから。
リヴァイスの装備を全て剥ぎ取ってから、ジルは残る3人に語りかける。
「はい、そういう事だよ。 逆らっても無駄って事は分かったでしょ? 『ポイズン・クラウド』はまだあるから、このまま死ぬのと、いくらか払って見逃してもらうのと、どっちが良いかな?」と、ジル。
「あと、どうしても戦って勝ちたい、って人は私の方にどうぞ」と、ジャンヌ。
万策尽きた、と悟った3人は、法外とも思える金を支払って、その場を去っていった。
その姿が完全に見えなくなってから、ジルは大きく息をつく。
「ふー……。 ホッとした、相手は生身の人間だから、交渉する時は緊張するよ」
「あんたでも緊張するの? 私は物足りなかったけどね」
「あのね、無駄にバトルに引き込むのは止めなって。 相手が本当に強かったらどうするのさ? おかげで、『エネミー・アナライズ』のスクロール、もう無くなっちゃったじゃん」
「いいじゃんそれぐらい。 っていうか、あのデブデスさん達は、見逃すの? てっきり、追いかけて殺すつもりだと思ったんだけど」
「……ラブデスね? もう可哀想だから、これ以上は止めようよ。 別の獲物探そう」
だが、それを聞いたジャンヌは、不満そうに返事した。
「えー、まだバッグ買うまでは足りてないじゃん。 それに、ジルの戦法は堅すぎるよ。 絶対勝てる時にしか動かないんじゃ、ストレス溜まっちゃう。 美容に悪いよ」
「わたしゃ、アンタが自由過ぎて困るよ! 勝てる確率をわざわざ下げに来るんだから、こっちのストレスが溜まるっての!」
「いいじゃん、負けてもまた男どもから貢いでもらうから」
「なら、最初からそうしなよ……」
オンラインゲームでは、男女比が一方的に偏る事が非常に多く、少数派である女性プレイヤー、しかもその一部は「姫」と呼ばれて、もてはやされる事が多い。
「還魂のリヴァイアサン」においても、特に女性のプレイングが優遇されており、また実際の姿がアバターに反映されることもあってか、ジャンヌのように、男性プレイヤーから意識的に貢いで稼ぐ事を目的にしたプレイヤーも存在し、しかもその数は少なからず増加しつつあった。
「だから、今日はどうしても臨時収入が欲しいんだって……ねぇ、まだ誰か狩ろうよ、何かセコい方法考えてよ」
「無理言わないでよ」
そんなやり取りをしていたジルとジャンヌに、唐突に声が掛けられた。
「……おい、お前等」
「……?」
「お前等だよ。 聞こえたら、さっさと返事しろ」
「……誰、貴方?」
ジャンヌが返事をする。
何だこの失礼な男は……と思って、会話ウインドウに浮いた名前を確認する。
名前は……「ゼファー」。
顔グラフィックは、やたら凶々しい顔……牙と角の生えた、鮮紅色のフルフェイスヘルメット。
こういうのを好む時点で、明らかに近寄ってはならない相手だと分かる。
「何よあなた? いきなり失礼ね、何の用?」
「白薔薇城を探している。 案内しろ」
「は? あんた一体、何様のつもりよ? いきなり案内しろ、だなんて」
「ちょっと、ジャンヌ……」
「さっさとしろ! 命令が聞けないのなら、殺すぞ!」
「はぁ? 何言ってんのアンタ? 命令? 殺すって、どうすんのよ」
ジャンヌがそう拒否すると、真紅の巨漢アバター「ゼファー」は長刀を抜き払い、
「こうするに決まってるだろうがッ!」
突進して間合いを詰め、ジャンヌを袈裟掛けに、一気に斬り下ろした。
ジャンヌが逃げなかったのは、初心者という事もあるが、防御力が高い装備……防御力400超のそれを身につけていた部分が大きい。
先の戦いでもそうだったのが、他のプレイヤーの攻撃など、殆ど通らなかったのだ。
『ああああーっ!』
だが、ゼファーの長刀は、ガシュッという音を立てて、ジャンヌを一刀両断した。
「え……?」
場所は、グランハイツ若草の203号室。
東条亜紀奈は、自分の操るアバター「ジャンヌ」の体力が、謎のアバターの一撃で全損し、
『ああああーっ!』
断末魔のキャラクターボイスを発して倒れるのを、一体何が起こったのか分からない様子で凝視し続けていた。




