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(70)深層迷宮

DATE : H27.2.4

TIME : 18:29

STID : 00941724,00060863,00053289


 突然の紅薔薇軍の奇襲により、白薔薇城の西門は突破されつつあった。

 西門を警備していた西川先輩の「GunーBlaze」の姿は、到着時既に無く、南原先輩の「Bara」も、突入してきたアバターに囲まれ、叩かれていた。


「死ね、白組ども! 勝ちは貰ったぜ!」

「うわああああっ!」


 南原先輩のアバター「Bara」が一気に体力を減らし、先輩と似た声質の悲鳴を上げる。

 俺はそれを阻止しようと突撃するが、


「待て、お前等!」

「おっと、邪魔はさせんぞ!」


 そう言って俺の進路を阻むべく、切りかかってきたのは「ヤツフネ」だった。


「何ッ!?」


 イベントで雪山を占拠した、レッドギルド「クリーピング・コインズ」のリーダー。

 南原先輩達が、一時的に同盟を結んでいた相手。

 そして、俺の電話がなかったら、手を組む予定だった本当の相手。


「……また貴様か、小僧! こうして、また戦う事になるとはな!」


 嫌な予感が、全身を駆け抜ける。

 脳裏に思い出される、先輩の声。


「え? だって、このイベントじゃ、装備を奪えないじゃん。 なのに、資材を使って戦闘し続けるのって、割に合わねーなー、って」


 まさか……南原先輩が今まで俺を手伝ってくれたのは、こいつら以外の紅組を排除するため。

 そして、こいつらを城の中に誘導するため……?


 それは、つまり……。


「(まさか、グルだった、のか、先輩……?)」


 一瞬、目の前が歪んだような気がした。


 「助けてくれ、レオ!」


 南原先輩のアバターのHPは、もう既に2割を切っていた。


 ……俺は、内心で50万円をゲットするなんて、無理だと思っていた。

 2時間という制限時間はあまりにも短く、また湧き出すナイトを全員倒さなくてはクイーンは倒せないという構造が、そう思わせていた。


 だが、それをどうにかしようと知恵を絞った連中は居たのだ。


「どうした小僧! 攻撃してこないのか!?」

「くそっ、この……! 退け! 今、お前と戦ってる場合じゃないんだ!」


 「ヤツフネ」は、やはり恐ろしく強かった。

 相変わらずの激しい連続攻撃を受け、俺は防戦一方となる。

 俺の装備は初対決の時から大幅に向上しているし、奴の手の内も知っている。

 だが、奴は「ビショップ」の課金クラスを選択しているせいで、俺以上にパラメータ補正が掛かっていた。

 フィールドマウスの時と同様、食らえば簡単に1割以上が削れていく。

 ガードの上からでも削る攻撃がないのは幸いだったが、あの雪山の戦闘で、「オリオン」達を追いつめたほどの実力……それが身を持って理解できた。


「ここにはお前一人か!? ははは! これは50万を頂戴したも同然のようだな! 腕が鳴る!」


 集中できていないせいか、それともマルチシールドである「ナイトシールド」じゃないせいか、俺はヤツフネの攻撃を受け損ねて一撃、二撃と貰う。


 俺の心には、南原先輩達に対する黒雲のような疑念が、嵐のように渦を巻いていた。

 50万円をゲットし、後に山分けするために、南原先輩達は「クリーピング・コインズ」のスパイになる事を了承し、白組を選んで俺を利用したのではないか、という……。


「え? だって、このイベントじゃ、装備を奪えないじゃん。 なのに、資材を使って戦闘し続けるのって、割に合わねーなー、って」


 あれはつまり、自分は退場するのが分かっていたから、ヤツフネ以外の連中を倒し続けるのが面倒臭い、って事なのだろうか。


「すまねーレオ! マジで悪かった!」


 ……バカな。

 グルなんかじゃない。


 俺の脳裏には、サークルで南原先輩と一緒に飯を食ったり、格闘ゲームやオンラインゲームで遊んだ、楽しい日々が思い出される。


 南原先輩は、悪い人じゃない。

 本当に好意で手伝ってくれて、それで偶然出会った「クリーピング・コインズ」の連中に奇襲を喰らって、動揺してミスして、それで倒されたんだ。


 そうに決まってる。


「レオ、すまん!」


 その声を残して、南原先輩のアバター、「Bara」は消滅した。


 だけど、その声はどこか愉しげで……。

 しかも気のせいか、先輩のエリアチャットの奥で、サークルメンバーの誰かが爆笑してる声が小さく聞こえたような気がした。



 ……きっと、気のせいだ。



「……この!」


 やるせない怒りが俺の中に満ちていく。

 俺は、ヤツフネの攻撃をジャストガードで弾き飛ばすと、シールドパリングで体勢を崩し、ブレードアーツを放った。


「!?」


 ……麻痺しない!?

 抵抗値が高いのか!?


「やるな貴様! やはり、俺の攻撃を見極めるとは、流石だな!」

「調子乗ってんじゃねーよ! ここでは例の移動斬りは使えないぜ、狭いからな!」


 だが、俺の反撃はそこまでで、ヤツフネの側に南原先輩を倒した奴らと、門を潜って現れる連中が次々と合流し始めた。

 その数は、ゆうに10人を超えた。


「く……!」

「レオくん、王室に戻って! そこなら防御補正あるし、回復できるから!」


 琴莉さんは、既に俺から離れて自分のタブレットを握り直している。


「分かった、ごめん!」


 10人は流石に相手できない。

 囲まれて叩かれれば、多少のレベル差があろうとも、反撃できずに倒される。

 俺は王室へと戻り、ティアリに体力を回復してもらったが、状況的には詰んだも同然だった。


「(……負けたら、50万円を失う? 冗談だろ)」


 俺のせいで。

 琴莉さんを巻き込んだから。


 ……なら、なおのこと、絶対に負ける訳にはいかない。

 アビリティによる防御補正と、琴莉さんとの連携に賭けるしかない。


「ひゃっほおおぉぉお! 王室いちばーん乗りっ!」

「やった、味方は一人だけじゃねーか!」

「気を付けろよ、無理に突っ込むな! クイーンのパラメータ補正を甘く見るなよ! 全員で確実にハメきるぞ!」

「おお、任せろ!」


 だが、王室に殺到した連中は、20人を越えていた。


「(……ぐ!)」


 これは……勝てない。

 ヤツフネ一人でも持て余すのに、さらに増えた連中をどうして止められるだろうか……?


「(畜生……)」


 どうして、こうなった。

 俺と保科の無意味な争いに、琴莉さんまでをも巻き込んでしまった。

 50万円をむざむざ失わしめる羽目になって……。

 俺は、どうやって詫びたら良い?


「(馬鹿……その前にまだ、やる事があるだろう?)」


 そうだ。

 戦う前から、気持ちで負けてどうする。 

 俺には麻痺剣がある。

 そして琴莉さんの剣は、ムラサメをも瞬殺できるパワーがある。

 勝てないとか思うな!

 勝つ……絶対に勝つんだ!


「ティアリ、絶対に勝とう。 君を、こいつらに負けたりさせない」

「え? ……う、うん」


 驚いた表情の琴莉さんは、戦闘前の興奮のせいか、微妙に頬が赤らんでいた。


「全員、一斉に掛かれ! 連携させるな!」


 ヤツフネの号令一下、連中が琴莉さんに襲いかかる。


「小僧、貴様は俺が相手だ!」

「邪魔するな、テメェ! ……フレイムバルカンッ!」


 俺は魔法「ファイアーボール」の連射マクロ「フレイムバルカン」をボイスコマンドで起動、ヤツフネごと巻き込んで撃ちまくる。


 爆裂する火炎弾の嵐は、確かに敵軍の動きを一瞬止めた……が。


「スクロール! スリープ・クラウド!」

「スクロール! パラライズ・クラウド!」

「スクロール! ポイズン・クラウド!」


 敵の後続から、状態異常の魔法が矢継ぎ早に飛んできて、マイアバター「レオ」はあっさり眠り、麻痺し、毒って倒れた。


「おい……! こいつ、何で麻痺しない!?」

「見ろよ、こいつ女じゃね!?」

「結構可愛いじゃん! 殺すの楽しみ!」


 だが、琴莉さんのアバター「ティアリ」は極彩色の雲の中でも、倒れずに立っていた。

 その周囲には、ムラサメの魔法を封じた、光輝く青い膜が見える。


「なんだこいつ……!? 『スクロール! パーガトリー・フレイム!』」


 さらに業火の魔法がティアリに襲いかかるが、彼女のHPゲージはピクリともしなかった。


「何でだ!? 魔法が完全に封じられてる!?」

「用心しろ! 多分、スキルのせいだ! 女だけに付く、例の奴な!」

「けっ、腕がショボい奴ほど優遇されやがって!」


 嵐のような罵声を吐きながら、連中はティアリの周りを遠巻きに囲み始める。

 距離を詰めて、一気にハメるつもりだ。


「ティアリ……!」


 琴莉さんを護る事すらできずに倒れた俺は、思わず顔を上げてお詫びの言葉を探そうとした。


「『コマンド、パーザウェイ。 プレイヤー、レオ』」


 だが、琴莉さんは、


「レオくん、準備して。 行くわよ」


 そう俺に小声で指示し、そして気づけばマイアバター「レオ」の状態異常は、いつの間にか全て回復していた。


「(……えっ? あれ? 動ける!?)」


 さっきの、「パーザウェイ」ってのも、魔法なのか!?


「コマンド! ギャラクシー・エクスプロージョン!」


 ええっ!?


 琴莉さんの唇から発せられた言葉に、一瞬耳を疑う。

 ドドドドという効果音と共に、激しく画面が揺れた。


 ……だが、隕石は降ってこない。


「何だよ、脅かしやがって!」

「何の魔法だ、そりゃ!? 発動する前に、一気に囲め!」

「死ね! 50万円は貰ったぜ!」


 紅薔薇軍はティアリの周りにわっと群がり、可憐な天使系アバターに対して、凶悪な武器を思いのまま叩きつける。


「あ……。 そっか、さっきの魔法、屋内戦じゃ使えないんだった」


 と、琴莉さんはボコボコにされながら、魔法が発動しなかった理由を、今さら思い出したように呟いた。


「(ちょっと待ってぇぇええ! 琴莉さん、何をのんきに、そんな……!)」


 あまりにもうかつ過ぎる失策。

 というか、本当にあの隕石魔法が使えるのか!?

 琴莉さんのアバター「ティアリ」のHPゲージが、皆に囲まれ、見る見る減って……。


 減って……。


 減って……ない?


 いや、正確には減っている。

 だが、それはほんの僅かだ。

 そして、連中のブレードアーツが途切れた間に、ティアリのHPゲージはモリモリと回復してゆき、実質、全く減らないままだった。


「な、何だぁ!? お前のアバターは!?」


 その異常な光景に、包囲網の攻撃の手が緩む。

 そしてティアリは、動揺した相手に切りかかり、


「うおわぁあっ!? 何だこの減りは!!」


 たったの2撃で……敵の全てのHPを奪った。


「レオくん、フォローして! 『コマンド! ライトニング・ブラスト!』」

「わ、分かった!」


 ティアリは、目の前の敵を斬って包囲網を抜け出すと、今まで自分を囲んでいた連中に対し、「ライトニング・ブラスト」という電撃魔法を放った。


 確か、「ラブデス」がスクロールで使っていた、電撃と麻痺の魔法。

 だがラブデスのそれよりも桁違いの破壊力をもって、稲妻は皆に襲いかかり、雷撃の直線上に居た連中を一撃で即死たらしめた。


「うわぁっ!?」

「何だこれ!!」

「クイーンって、こんなに補正かかるのかよ!?」

「スクロール、どんだけ持ってんだよ!」

「いや、こいつ普通に攻撃魔法使ってるぞ!」

「チートすぎんだろ、それ!!」


 予想を遙か上回るティアリの戦闘能力に、紅薔薇軍は恐慌状態に陥った。

 俺はそのチャンスを見逃さず、まだ体力を残している奴を次々に倒していく。

 そして琴莉さんも、次から次へと襲いくる敵を、バッタバッタと切り倒していった。


「だ、駄目だこれ! 強すぎる!」

「叶わねぇ、逃げようぜ!」


 そして、敵の半分以上を倒したところで、遂に敵の戦意は萎え、我先にと撤退していった。


 ……そして、残ったのは、「ヤツフネ」一人だった。


「おい、仲間は皆逃げちまったぞ? お前も逃げなくていいのか?」


 だが、「ヤツフネ」は、少しの間を置いて答えた。


「サムライは、敵に背中を見せぬ」


「……あー、そうかい」


 琴莉さんが、「何この人?」的な視線を俺に投げてきたので、「好きにやっちゃって下さい」的なニュアンスのポーズで返す。


「大勢は既に決した。 ……が、益荒男ますらおと戦うことこそ、サムライの誉れ。 ティアリ殿、宜しければ、拙者と戦ってもらえまいか」

「申し訳ないけど、遠慮するわ」


 その迅速な却下に、ヤツフネが「何!?」と狼狽する。

 まぁ、ここで断られるとは思ってなかったろうしな。


「今回は、ちょっと理由があってこのイベントに参加しただけで、そもそも私、戦うのはあまり好きじゃないの」

「じゃあ、どうやって、それほどの強さを……!?」

「えっと……」


 と、ティアリは「何て言えばいいかしら」的に、しばし躊躇していたが、しばらくの間の後、簡潔に答えた。


「課金」


「そ、そうか……」


 それを聞いたヤツフネの声には、落胆の声がありありと伺えた。

 ま、そりゃそうだよな。


「ねぇ、ヤツフネさん……。 貴方もレッドカラーだけど、ゲームの中で人を倒すことって、そんな楽しい?」

「……何?」


 そんな問いを投げられたヤツフネは、しばしの間を置き、


「それは……もちろんさ。 他人に勝つのは、凄く楽しいよ。 それが自分の『強さ』を、最も分かりやすく証明するからな」


 そう答えた。


「おいヤツフネ、素が出てるぞ」

「……おっと、これは失礼した」


「強いとか弱いとか、優れているとか劣っているとか、そんな事にこだわって、何か良いことあるの? それに、自分が強いって、自分の中だけで、そう思ってるだけじゃないの?」

「……!」


 琴莉さんの質問に、俺たちは意表を付かれ、しばし固まる。


「どんな人間にも、優れた部分は必ずあるわ。 その人なりの価値ある生き方、というか……。 ゲームだって、レベリングして、強くなるだけが全てじゃないんじゃない?」

「……そうかもしれぬ」


 サムライ言葉を取り戻したヤツフネは、そう言う。


「だが所詮、女人にょにんには分からぬよ。 男がどれだけ、『強さ』を求めて生きる生物なのかはな」


 その言葉を聞いた琴莉さんは、タブレットから顔を上げ、驚いた表情で俺の顔を見た。


 ……俺は神妙な表情で、首を縦に振る。


「女が生まれながらにして美を追い求めるように、男は強さを追い求める。 追い求めなくては死んでしまう。 そして、自分の中で強さが計れぬ以上は、他人の中にその尺度を求めるしかない。 すなわち、戦って勝つ。 それがおとこに生まれたが故の宿業、というものよ」


 ヤツフネの剛毅過ぎる主張を聞いた琴莉さんは、大きくため息をつき、小さく呟いた。


「……道理で、世界から戦争が絶えない訳だわ」

「そうやもしれんな。 ……だが、ティアリ殿。 貴殿の側に居るその男も、拙者と同類だぞ」



DATE : H27.2.4

TIME : 18:23

STID : 03290588,04294001



 その頃、「ジル」と「ジャンヌ」は、紅薔薇軍の城下町に居た。


「ねぇ、ジル……。 私たちは白薔薇軍と戦わないの!?」

「戦わないけど? 何でそんな事を聞くの?」

「だって、戦って相手を倒さないと、儲からないでしょ?」

「……あのねぇ、ジャンヌ、あたしらがあの連中と正面から激突して、勝てる可能性なんて、万に一つもないよ」

「ゲーム好きなあんたでも!?」

「あたしゃ乙女ゲー専門ですから」


「乙女ゲー」という単語が何を意味するのか、ジャンヌには分かっていなかったが、「とりあえず勝てない」と言いたいらしいのは分かった。


「じゃ、どうするの!? 戦わないのに、何でイベント参加してる訳!?」

「出ろって言ったのは、あんたでしょ! それに、今回の目的は、戦いに勝つことじゃなくて、お金を儲ける事でしょ?」

「そうだけど」

「なら、別に戦わなくても良いのよ」

「……?」

「さっきの話の続き。 クイーンを倒す事を諦めて、プレイヤーを多く狩る事に目的を変更した連中……あの『ラブデス』は、今どうしてると思う?」

「……さぁ?」


 ラブデスとそのチームの姿は、狩るとか言っておきながら、既に見失っている。

 ジルはスイスイと城下町を歩き回るが、どこかアテでもあるのか、ジャンヌには不明だった。


「あいつ、さっきの戦闘、後半で魔法がしょっぱくなったでしょ? 多分、用意していた強力な魔法は、1回こっきりなんだと思う」

「え、何でそんな事分かるワケ?」

「ピンチの時に、一度も魔法を使わなかったでしょ? スクロールも、自前の魔法も」

「じゃあ、本当は剣士ってこと?」

「多分ね。 そして、今姿を消しているって事は、もう戦闘に耐えうるだけの資材も残っていない、ってこと。 余力を見積もっても、1戦程度が限界ね」

「……。」

「どうかした、ジャンヌ?」

「相変わらず、恐ろしい観察眼ね……。 あんた、戦国時代とかに生まれてたら、活躍できてたかもしれないのに」


 本当は、この友人は「他人の嫌がること」を発見するのが大の得意なのだが、そこはオブラートに包んでやんわり誉めた。


「で、アテはあるの? ラブデスの隠れている場所」

「うーん……。 灯台もと暗し、って事で、城下町のどこかだと踏んだんだけど……」

「居ないの?」

「広すぎてわかんないわね。 えーい、最後の手段」

「何、そんなのあるの?」


 だが、ジルはジャンヌの質問に答えず、システムアイコンから、フレンドメールを起動、テキストを音声入力していく。


「こんにちは、ジルです。 エルキッド、今回のイベントには参加してる? それで『ラブデス』ってプレイヤーの情報を持ってたら、返事して?」

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