(70)深層迷宮
DATE : H27.2.4
TIME : 18:29
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突然の紅薔薇軍の奇襲により、白薔薇城の西門は突破されつつあった。
西門を警備していた西川先輩の「GunーBlaze」の姿は、到着時既に無く、南原先輩の「Bara」も、突入してきたアバターに囲まれ、叩かれていた。
「死ね、白組ども! 勝ちは貰ったぜ!」
「うわああああっ!」
南原先輩のアバター「Bara」が一気に体力を減らし、先輩と似た声質の悲鳴を上げる。
俺はそれを阻止しようと突撃するが、
「待て、お前等!」
「おっと、邪魔はさせんぞ!」
そう言って俺の進路を阻むべく、切りかかってきたのは「ヤツフネ」だった。
「何ッ!?」
イベントで雪山を占拠した、レッドギルド「クリーピング・コインズ」のリーダー。
南原先輩達が、一時的に同盟を結んでいた相手。
そして、俺の電話がなかったら、手を組む予定だった本当の相手。
「……また貴様か、小僧! こうして、また戦う事になるとはな!」
嫌な予感が、全身を駆け抜ける。
脳裏に思い出される、先輩の声。
「え? だって、このイベントじゃ、装備を奪えないじゃん。 なのに、資材を使って戦闘し続けるのって、割に合わねーなー、って」
まさか……南原先輩が今まで俺を手伝ってくれたのは、こいつら以外の紅組を排除するため。
そして、こいつらを城の中に誘導するため……?
それは、つまり……。
「(まさか、グルだった、のか、先輩……?)」
一瞬、目の前が歪んだような気がした。
「助けてくれ、レオ!」
南原先輩のアバターのHPは、もう既に2割を切っていた。
……俺は、内心で50万円をゲットするなんて、無理だと思っていた。
2時間という制限時間はあまりにも短く、また湧き出すナイトを全員倒さなくてはクイーンは倒せないという構造が、そう思わせていた。
だが、それをどうにかしようと知恵を絞った連中は居たのだ。
「どうした小僧! 攻撃してこないのか!?」
「くそっ、この……! 退け! 今、お前と戦ってる場合じゃないんだ!」
「ヤツフネ」は、やはり恐ろしく強かった。
相変わらずの激しい連続攻撃を受け、俺は防戦一方となる。
俺の装備は初対決の時から大幅に向上しているし、奴の手の内も知っている。
だが、奴は「ビショップ」の課金クラスを選択しているせいで、俺以上にパラメータ補正が掛かっていた。
フィールドマウスの時と同様、食らえば簡単に1割以上が削れていく。
ガードの上からでも削る攻撃がないのは幸いだったが、あの雪山の戦闘で、「オリオン」達を追いつめたほどの実力……それが身を持って理解できた。
「ここにはお前一人か!? ははは! これは50万を頂戴したも同然のようだな! 腕が鳴る!」
集中できていないせいか、それともマルチシールドである「ナイトシールド」じゃないせいか、俺はヤツフネの攻撃を受け損ねて一撃、二撃と貰う。
俺の心には、南原先輩達に対する黒雲のような疑念が、嵐のように渦を巻いていた。
50万円をゲットし、後に山分けするために、南原先輩達は「クリーピング・コインズ」のスパイになる事を了承し、白組を選んで俺を利用したのではないか、という……。
「え? だって、このイベントじゃ、装備を奪えないじゃん。 なのに、資材を使って戦闘し続けるのって、割に合わねーなー、って」
あれはつまり、自分は退場するのが分かっていたから、ヤツフネ以外の連中を倒し続けるのが面倒臭い、って事なのだろうか。
「すまねーレオ! マジで悪かった!」
……バカな。
グルなんかじゃない。
俺の脳裏には、サークルで南原先輩と一緒に飯を食ったり、格闘ゲームやオンラインゲームで遊んだ、楽しい日々が思い出される。
南原先輩は、悪い人じゃない。
本当に好意で手伝ってくれて、それで偶然出会った「クリーピング・コインズ」の連中に奇襲を喰らって、動揺してミスして、それで倒されたんだ。
そうに決まってる。
「レオ、すまん!」
その声を残して、南原先輩のアバター、「Bara」は消滅した。
だけど、その声はどこか愉しげで……。
しかも気のせいか、先輩のエリアチャットの奥で、サークルメンバーの誰かが爆笑してる声が小さく聞こえたような気がした。
……きっと、気のせいだ。
「……この!」
やるせない怒りが俺の中に満ちていく。
俺は、ヤツフネの攻撃をジャストガードで弾き飛ばすと、シールドパリングで体勢を崩し、ブレードアーツを放った。
「!?」
……麻痺しない!?
抵抗値が高いのか!?
「やるな貴様! やはり、俺の攻撃を見極めるとは、流石だな!」
「調子乗ってんじゃねーよ! ここでは例の移動斬りは使えないぜ、狭いからな!」
だが、俺の反撃はそこまでで、ヤツフネの側に南原先輩を倒した奴らと、門を潜って現れる連中が次々と合流し始めた。
その数は、ゆうに10人を超えた。
「く……!」
「レオくん、王室に戻って! そこなら防御補正あるし、回復できるから!」
琴莉さんは、既に俺から離れて自分のタブレットを握り直している。
「分かった、ごめん!」
10人は流石に相手できない。
囲まれて叩かれれば、多少のレベル差があろうとも、反撃できずに倒される。
俺は王室へと戻り、ティアリに体力を回復してもらったが、状況的には詰んだも同然だった。
「(……負けたら、50万円を失う? 冗談だろ)」
俺のせいで。
琴莉さんを巻き込んだから。
……なら、なおのこと、絶対に負ける訳にはいかない。
アビリティによる防御補正と、琴莉さんとの連携に賭けるしかない。
「ひゃっほおおぉぉお! 王室いちばーん乗りっ!」
「やった、味方は一人だけじゃねーか!」
「気を付けろよ、無理に突っ込むな! クイーンのパラメータ補正を甘く見るなよ! 全員で確実にハメきるぞ!」
「おお、任せろ!」
だが、王室に殺到した連中は、20人を越えていた。
「(……ぐ!)」
これは……勝てない。
ヤツフネ一人でも持て余すのに、さらに増えた連中をどうして止められるだろうか……?
「(畜生……)」
どうして、こうなった。
俺と保科の無意味な争いに、琴莉さんまでをも巻き込んでしまった。
50万円をむざむざ失わしめる羽目になって……。
俺は、どうやって詫びたら良い?
「(馬鹿……その前にまだ、やる事があるだろう?)」
そうだ。
戦う前から、気持ちで負けてどうする。
俺には麻痺剣がある。
そして琴莉さんの剣は、ムラサメをも瞬殺できるパワーがある。
勝てないとか思うな!
勝つ……絶対に勝つんだ!
「ティアリ、絶対に勝とう。 君を、こいつらに負けたりさせない」
「え? ……う、うん」
驚いた表情の琴莉さんは、戦闘前の興奮のせいか、微妙に頬が赤らんでいた。
「全員、一斉に掛かれ! 連携させるな!」
ヤツフネの号令一下、連中が琴莉さんに襲いかかる。
「小僧、貴様は俺が相手だ!」
「邪魔するな、テメェ! ……フレイムバルカンッ!」
俺は魔法「ファイアーボール」の連射マクロ「フレイムバルカン」をボイスコマンドで起動、ヤツフネごと巻き込んで撃ちまくる。
爆裂する火炎弾の嵐は、確かに敵軍の動きを一瞬止めた……が。
「スクロール! スリープ・クラウド!」
「スクロール! パラライズ・クラウド!」
「スクロール! ポイズン・クラウド!」
敵の後続から、状態異常の魔法が矢継ぎ早に飛んできて、マイアバター「レオ」はあっさり眠り、麻痺し、毒って倒れた。
「おい……! こいつ、何で麻痺しない!?」
「見ろよ、こいつ女じゃね!?」
「結構可愛いじゃん! 殺すの楽しみ!」
だが、琴莉さんのアバター「ティアリ」は極彩色の雲の中でも、倒れずに立っていた。
その周囲には、ムラサメの魔法を封じた、光輝く青い膜が見える。
「なんだこいつ……!? 『スクロール! パーガトリー・フレイム!』」
さらに業火の魔法がティアリに襲いかかるが、彼女のHPゲージはピクリともしなかった。
「何でだ!? 魔法が完全に封じられてる!?」
「用心しろ! 多分、スキルのせいだ! 女だけに付く、例の奴な!」
「けっ、腕がショボい奴ほど優遇されやがって!」
嵐のような罵声を吐きながら、連中はティアリの周りを遠巻きに囲み始める。
距離を詰めて、一気にハメるつもりだ。
「ティアリ……!」
琴莉さんを護る事すらできずに倒れた俺は、思わず顔を上げてお詫びの言葉を探そうとした。
「『コマンド、パーザウェイ。 プレイヤー、レオ』」
だが、琴莉さんは、
「レオくん、準備して。 行くわよ」
そう俺に小声で指示し、そして気づけばマイアバター「レオ」の状態異常は、いつの間にか全て回復していた。
「(……えっ? あれ? 動ける!?)」
さっきの、「パーザウェイ」ってのも、魔法なのか!?
「コマンド! ギャラクシー・エクスプロージョン!」
ええっ!?
琴莉さんの唇から発せられた言葉に、一瞬耳を疑う。
ドドドドという効果音と共に、激しく画面が揺れた。
……だが、隕石は降ってこない。
「何だよ、脅かしやがって!」
「何の魔法だ、そりゃ!? 発動する前に、一気に囲め!」
「死ね! 50万円は貰ったぜ!」
紅薔薇軍はティアリの周りにわっと群がり、可憐な天使系アバターに対して、凶悪な武器を思いのまま叩きつける。
「あ……。 そっか、さっきの魔法、屋内戦じゃ使えないんだった」
と、琴莉さんはボコボコにされながら、魔法が発動しなかった理由を、今さら思い出したように呟いた。
「(ちょっと待ってぇぇええ! 琴莉さん、何をのんきに、そんな……!)」
あまりにもうかつ過ぎる失策。
というか、本当にあの隕石魔法が使えるのか!?
琴莉さんのアバター「ティアリ」のHPゲージが、皆に囲まれ、見る見る減って……。
減って……。
減って……ない?
いや、正確には減っている。
だが、それはほんの僅かだ。
そして、連中のブレードアーツが途切れた間に、ティアリのHPゲージはモリモリと回復してゆき、実質、全く減らないままだった。
「な、何だぁ!? お前のアバターは!?」
その異常な光景に、包囲網の攻撃の手が緩む。
そしてティアリは、動揺した相手に切りかかり、
「うおわぁあっ!? 何だこの減りは!!」
たったの2撃で……敵の全てのHPを奪った。
「レオくん、フォローして! 『コマンド! ライトニング・ブラスト!』」
「わ、分かった!」
ティアリは、目の前の敵を斬って包囲網を抜け出すと、今まで自分を囲んでいた連中に対し、「ライトニング・ブラスト」という電撃魔法を放った。
確か、「ラブデス」がスクロールで使っていた、電撃と麻痺の魔法。
だがラブデスのそれよりも桁違いの破壊力をもって、稲妻は皆に襲いかかり、雷撃の直線上に居た連中を一撃で即死たらしめた。
「うわぁっ!?」
「何だこれ!!」
「クイーンって、こんなに補正かかるのかよ!?」
「スクロール、どんだけ持ってんだよ!」
「いや、こいつ普通に攻撃魔法使ってるぞ!」
「チートすぎんだろ、それ!!」
予想を遙か上回るティアリの戦闘能力に、紅薔薇軍は恐慌状態に陥った。
俺はそのチャンスを見逃さず、まだ体力を残している奴を次々に倒していく。
そして琴莉さんも、次から次へと襲いくる敵を、バッタバッタと切り倒していった。
「だ、駄目だこれ! 強すぎる!」
「叶わねぇ、逃げようぜ!」
そして、敵の半分以上を倒したところで、遂に敵の戦意は萎え、我先にと撤退していった。
……そして、残ったのは、「ヤツフネ」一人だった。
「おい、仲間は皆逃げちまったぞ? お前も逃げなくていいのか?」
だが、「ヤツフネ」は、少しの間を置いて答えた。
「サムライは、敵に背中を見せぬ」
「……あー、そうかい」
琴莉さんが、「何この人?」的な視線を俺に投げてきたので、「好きにやっちゃって下さい」的なニュアンスのポーズで返す。
「大勢は既に決した。 ……が、益荒男と戦うことこそ、サムライの誉れ。 ティアリ殿、宜しければ、拙者と戦ってもらえまいか」
「申し訳ないけど、遠慮するわ」
その迅速な却下に、ヤツフネが「何!?」と狼狽する。
まぁ、ここで断られるとは思ってなかったろうしな。
「今回は、ちょっと理由があってこのイベントに参加しただけで、そもそも私、戦うのはあまり好きじゃないの」
「じゃあ、どうやって、それほどの強さを……!?」
「えっと……」
と、ティアリは「何て言えばいいかしら」的に、しばし躊躇していたが、しばらくの間の後、簡潔に答えた。
「課金」
「そ、そうか……」
それを聞いたヤツフネの声には、落胆の声がありありと伺えた。
ま、そりゃそうだよな。
「ねぇ、ヤツフネさん……。 貴方もレッドカラーだけど、ゲームの中で人を倒すことって、そんな楽しい?」
「……何?」
そんな問いを投げられたヤツフネは、しばしの間を置き、
「それは……もちろんさ。 他人に勝つのは、凄く楽しいよ。 それが自分の『強さ』を、最も分かりやすく証明するからな」
そう答えた。
「おいヤツフネ、素が出てるぞ」
「……おっと、これは失礼した」
「強いとか弱いとか、優れているとか劣っているとか、そんな事にこだわって、何か良いことあるの? それに、自分が強いって、自分の中だけで、そう思ってるだけじゃないの?」
「……!」
琴莉さんの質問に、俺たちは意表を付かれ、しばし固まる。
「どんな人間にも、優れた部分は必ずあるわ。 その人なりの価値ある生き方、というか……。 ゲームだって、レベリングして、強くなるだけが全てじゃないんじゃない?」
「……そうかもしれぬ」
サムライ言葉を取り戻したヤツフネは、そう言う。
「だが所詮、女人には分からぬよ。 男がどれだけ、『強さ』を求めて生きる生物なのかはな」
その言葉を聞いた琴莉さんは、タブレットから顔を上げ、驚いた表情で俺の顔を見た。
……俺は神妙な表情で、首を縦に振る。
「女が生まれながらにして美を追い求めるように、男は強さを追い求める。 追い求めなくては死んでしまう。 そして、自分の中で強さが計れぬ以上は、他人の中にその尺度を求めるしかない。 すなわち、戦って勝つ。 それが漢に生まれたが故の宿業、というものよ」
ヤツフネの剛毅過ぎる主張を聞いた琴莉さんは、大きくため息をつき、小さく呟いた。
「……道理で、世界から戦争が絶えない訳だわ」
「そうやもしれんな。 ……だが、ティアリ殿。 貴殿の側に居るその男も、拙者と同類だぞ」
DATE : H27.2.4
TIME : 18:23
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その頃、「ジル」と「ジャンヌ」は、紅薔薇軍の城下町に居た。
「ねぇ、ジル……。 私たちは白薔薇軍と戦わないの!?」
「戦わないけど? 何でそんな事を聞くの?」
「だって、戦って相手を倒さないと、儲からないでしょ?」
「……あのねぇ、ジャンヌ、あたしらがあの連中と正面から激突して、勝てる可能性なんて、万に一つもないよ」
「ゲーム好きなあんたでも!?」
「あたしゃ乙女ゲー専門ですから」
「乙女ゲー」という単語が何を意味するのか、ジャンヌには分かっていなかったが、「とりあえず勝てない」と言いたいらしいのは分かった。
「じゃ、どうするの!? 戦わないのに、何でイベント参加してる訳!?」
「出ろって言ったのは、あんたでしょ! それに、今回の目的は、戦いに勝つことじゃなくて、お金を儲ける事でしょ?」
「そうだけど」
「なら、別に戦わなくても良いのよ」
「……?」
「さっきの話の続き。 クイーンを倒す事を諦めて、プレイヤーを多く狩る事に目的を変更した連中……あの『ラブデス』は、今どうしてると思う?」
「……さぁ?」
ラブデスとそのチームの姿は、狩るとか言っておきながら、既に見失っている。
ジルはスイスイと城下町を歩き回るが、どこかアテでもあるのか、ジャンヌには不明だった。
「あいつ、さっきの戦闘、後半で魔法がしょっぱくなったでしょ? 多分、用意していた強力な魔法は、1回こっきりなんだと思う」
「え、何でそんな事分かるワケ?」
「ピンチの時に、一度も魔法を使わなかったでしょ? スクロールも、自前の魔法も」
「じゃあ、本当は剣士ってこと?」
「多分ね。 そして、今姿を消しているって事は、もう戦闘に耐えうるだけの資材も残っていない、ってこと。 余力を見積もっても、1戦程度が限界ね」
「……。」
「どうかした、ジャンヌ?」
「相変わらず、恐ろしい観察眼ね……。 あんた、戦国時代とかに生まれてたら、活躍できてたかもしれないのに」
本当は、この友人は「他人の嫌がること」を発見するのが大の得意なのだが、そこはオブラートに包んでやんわり誉めた。
「で、アテはあるの? ラブデスの隠れている場所」
「うーん……。 灯台もと暗し、って事で、城下町のどこかだと踏んだんだけど……」
「居ないの?」
「広すぎてわかんないわね。 えーい、最後の手段」
「何、そんなのあるの?」
だが、ジルはジャンヌの質問に答えず、システムアイコンから、フレンドメールを起動、テキストを音声入力していく。
「こんにちは、ジルです。 エルキッド、今回のイベントには参加してる? それで『ラブデス』ってプレイヤーの情報を持ってたら、返事して?」




