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(67)籠の中の小鳥

「ねぇちょっと、レオくんこっちに寄ってよ、それじゃ全然見えないよ」

「う、うん、これで良いかな」

「もうちょっと近く。 ……もう」


 そう言って、琴莉さんは俺に密着し、俺のタブレットをのぞき込んできた。


 うわなんだこの急接近。

 琴莉さんの華奢で柔らかい体の感触が右半身にある。

 そして、とてもいい匂いのする、ふわふわの髪……。

 眠りっぱなしだった俺の男の本能が急覚醒し、心拍数が急激に上昇していくのが分かる。


「(やべぇ、全然集中できねぇ……)」


 このままだとエッチマン1号に変身しかねないと思った俺は、タブレットの画面を凝視し、全ての意識を住み慣れたゲームの世界へと没入させた。



 画面の中に描画されているのは、ヨーロッパのお城図鑑に出てきそうな巨大城が二つ。

 世界の絶景に指定されそうな美しい山岳と湖畔の湖を背景に険峻な絶壁に屹立する白亜の山城、それが俺たちの「白薔薇ヨーク城」。

 対して、その周囲をぐるっと取り囲む古めかしい城塞都市、その中央にある煉瓦とツタの絡まる赤茶けた平城が、オリオン指揮する「紅薔薇ランカスター城」だ。


 最初の登録プレイヤー数を反映してなのか、周囲の紅軍が、山に陣取る白軍を一面に取り囲む配置になっていた。

 いや、これじゃ周囲から攻め込まれたら一網打尽だろ。

 オリオンを倒すべく、俺と琴莉さんは、城の王室を抜け出して、相手の城へと特攻しようとしたのだが……。


「何これ!? 城から出られないって、どういうこと!?」


 驚くべきことに、ティアリは王室から出られなかった。

 その画面に浮いたログは


「クラスアビリティ『バード・イン・ザ・ケージ』 ※『クイーン』のクラスを選択すると、大幅なパラメータ補正の代わりに、王室からの退去は不可能になります」


 という、予想外にして衝撃の告知だった。


「クラスアビリティ!? そんな効果が!?」


 確かに、クラスを選ぶごとに、それぞれ何かのアビリティが付く、って書いてあったけど……!


 俺は慌てて、自分のクラス「ナイト」のアビリティを確認する。


「クラスアビリティ『ラスト・オブ・ナイト』 ※王室でのみ、自分の防御力に大幅な補正が掛かります。 また同条件でHPが0になると、HP20を自軍のクイーンに与えます」


「クラスアビリティ『コーリング・クイーン』 ※クイーンのHPが半分を切ると、自動で王室に召還されます」


 「ナイト」のアビリティは二つもあったが、かなり使いどころが限定されていた。

 本当に「ナイト」は「クイーン」を守るユニットとして定義されているんだな。


「うそぉ……。 これじゃオリオンを倒しに行けないじゃない……」

「だね……」

「ごめんね、レオくん……」


 ティアリの強烈な戦闘力を以てオリオンを倒すという戦法はいきなり頓挫してしまったが、彼女の失策は責められない。

 だって俺も確認してなかったし、よく考えれば、将棋やチェスで、相手の王が不在じゃゲームが終わらない。

 これはある意味、当然の前提だと認識して然るべきだった。


 それに……このスキルを確認して、分かった事がある。

 敵の「クイーン」を倒そうとしても、体力が半減すると、敵の「ナイト」が一斉に召還され、そいつらを全滅させてからでないと、「クイーン」は倒せない。

 つまり、クイーンをこの2時間の間で倒すのは、ほぼ不可能と考えていい。


「(よほどの人数差がなけりゃ、攻略不可ってか……)」


 俺は周囲の状況を知りたくなり、王室から外に出てみることにした。

 白薔薇城の大きさは、ゲーム内の体感では、修学旅行で体験した大阪城ほどだろう。

 その立体的な構造、かつ調度品として設えてある武器や甲冑(※もちろん使用はできない)はゲームとはいえ、かなり本格的な戦争気分を醸してくれる。


 とりあえず城内の地形を把握しようと、あちこち周囲を見て回っていたら、すぐ真下の城門前で、わぁあと声が上がるのが聞こえた。

 カメラを下に向けると、紅軍と白軍が正面衝突しているのが見えた。


「何だ、あれ? 何が起こってるんだ?」


 俺が何の気なしにそう呟くと、「何? 何がどうかしたの?」と、琴莉さんが俺の側にやってきて座り込んだ。

 あ、そうか。 琴莉さんの画面は王室のままだもんな。


「……ねぇちょっと、レオくんこっちに寄ってよ。 それじゃ全然見えないよ」

「う、うん、これで良いかな」

「もうちょっと近く。 ……もう」


 そう言って、琴莉さんは俺に密着してくる。

 ぷにぷにした柔らかい体の感覚と、髪の甘い香りに、俺の緊張感は音を立てて崩れていった。


「(やべぇ、全然集中できねぇ……)」


 これが冒頭の、俺と琴莉さんが密着してゲームすることになった次第だ。

 煩悩が俺のメモリを埋め尽くしてハングする前に、俺は意識をゲームの中へ退避させ、再び戦闘モードへと切り替えた。


「……見えないな。 誰だ、あの先頭の奴」

「ここからじゃ、距離があり過ぎるね」


 白薔薇城門前の僅かな平地で、紅軍と白軍は激突していた。

 だが、白軍の形勢は圧倒的に悪い。

 どうやら、紅軍に凄く強い奴が居て、そいつが切り込んで来ているようだ。

 正体を見極めようと、会話カーソルを合わせるべく画面をズームしてタップしても、モブの数が多すぎて見知らぬ他人にフォーカスされてしまう。


「ちっくしょ、これじゃ何がなんだか分からねぇ……遠すぎる!」

「まさか、レオくん、あそこに混じって戦う気なの? 王室で、オリオンが攻めてくるのを待つんだよね?」

「でも、アレはあまりに一方的過ぎるよ。 白軍が生き残っている間に、加勢した方が良いと思うんだ。 あの紅軍が全部やってきたとしたら、流石に俺たちだけで対抗できるとは思えないし」

「……確かに、それはちょっと無理かも」

「だろ?」


 俺には麻痺剣「デュボアナイフ」がある。

 あの強プレイヤーが誰かは分からないが、動きさえ止めれば、形勢逆転はたやすいはず……そう思ったのだ。


「お困りのようでんな、レオはん」


 そこに、唐突に声を掛けてきた男が居た。


「誰だ!?」

「おっと、そこまで驚かんでもいいやん。 ワイですわ、ワイ」


 会話ウインドウに表示されたのはピエロのマスク。

 偽・関西商人「エルキッド」だった。


 名前の隣に、白い薔薇とドクロのアイコンが浮いている。

 こいつ、白薔薇軍を選んでたのか。

 しかも、クラスは「ゴースト」だなんて。


「レオはん、城門前で何が起こってるか、知りたいんやろ? 『双眼鏡』要らへんか?」

「……双眼鏡?」


 確か、村の道具屋に、100Cen程度で売ってた小道具?


「せや、それそれ。 モンスターを罠にハメる時に観察する奴な。 アレ、画面のフォーカス倍率がほぼ無限大になんねん」


 ……無限大!? 

 いいなそれ、売ってくれ!

 この状況におあつらえむきじゃねぇか!


「毎度おおきに。 代金は10,000Cenやで、よろしゅうな」

「ちょっと待て!」

「? 何か?」

「何かって何だよ、そのボッタクリぶりは!」


 一瞬、10,000Cenとか聞いて耳を疑った。

 原価の100倍とか、一体どういう商売だよ!


「イヤやなぁ、レオはん。 需要に対して、適切に供給を合わせる……それが儲けるコツやねん。 喉メッチャ乾いてる時は、自販機のジュースが200円でも出してまうやろ」

「それはそうだけど……10,000Cenは高すぎだろ!」


 すると、エルキッドは薄く笑って言った。


「勘が悪いのう、レオはんは。 機会ってのは、一度去ると、二度と扉を叩くことはあれへん。 ワイがここに来るのは、一回きりかもしれへんやん? このチャンス、生かさへんか?」


 いや……いやいや、騙されないぞ俺は。

 急いで買わなくちゃ、という焦りは正常な思考を奪う。

 「リヴァイアサンウエハースチョコ」でつい昨日、苦い体験したばかりじゃねぇか。

 どう考えても、10,000Cenは高すぎる。


「俺が買わなかったら、どうする気なんだよ」

「別に? 今戦ってるあそこの連中にも、後々になれば、回復薬やスクロールが飛ぶように売れるようになるさかいな。 そっちで商売するだけや」

「……ホント、良い商売してんな」


 二束三文の商品を山のように仕入れて、とてつもない値段で買わせるとか……。

 こいつ本当に、戦わないけど侮れない奴だな。


「……双眼鏡、やっぱり高すぎる。 割引してくれ」

「いくらに?」

「1,000Cenで」

「それは安すぎやな。 3割引の7,000Cen。 どや、大盤振る舞いやろ? 勉強サービスしすぎて涙出そうやわ」

「高いっつーの!」


 俺とエルキッドは、そんな値引き合戦を繰り返し、


「……まぁ、ええわ。 レオはんとは今後ともよしなにしたい所やし、2,500Cenの大サービスで提供したろ。 これはレオはんだけの、超・特・大・スペッシャルサービスやで!? そこんところ、よーく覚えとき!」

「分かったから、早く寄越せよ!」


 原価の25倍という、やや理不尽な値段で決着し、支払いした。

 もう残金があまりなかったが、琴莉さんに頼む訳にはいかないし……。


 俺はトレードウインドウで「双眼鏡」を入手すると、エルキッドへの礼もそこそこに、下で起こってる合戦の様子をフォーカスする。


 そして、画面の中に現れたのは……。


「……フィールドマウス!?」


 先陣を切って、白薔薇軍に特攻してきていたのは、オリオン……保科の仲間である、フィールドマウスだった。

 名前の横に聖書のアイコン。

 クラスは……最上位の「ビショップ」か。


 フィールドマウスは、野ネズミという名前に似つかわしくない巨大な剣(※多分これも課金剣)を振り回し、突撃してくる白軍のポーンやナイトをバッタバッタと倒していく。


 もちろん、敵を一撃で倒せる訳ではないのだが、金魚のフンよろしくフィールドマウスの後ろに控えている連中が、そのダメージを受けた白軍に追撃をし、次々に潰しまくっていた。


「ひゃっほー、稼ぎまくりだぜ!」

「フィールドさん! このまま相手の王室まで一直線、行きましょう!」

「退けや、白薔薇軍! 逆らうとぶっ殺すぞ!」


 そんな物騒な事を皆で叫び倒しながら、紅軍は白軍を殲滅しつつ、白薔薇城の正門へと到達しようとしていた。


「(マズい……)」


 オリオンの奴、フィールドマウスに露払いをさせる気か。

 大勢が決した後、無人の野をオリオンの奴が悠々と乗り込んでくるのが、容易に想像できた。

 これは……どうにかして、奴を止めるしかない。


「どうすんねん、レオはん。 良かったら、戦闘用の資材売ってやってもええで。 スクロールとか」

「……割引してくれたらな」

「ほう、嬉しいなぁ。 何を買うてくれるん?」


 そこで、俺は肝心な事を聞いた。


「情報。 お前、あいつらとも取引してるんだろ? 『対麻痺の護符』は売ったか?」

「……何故、そんな事を聞きたがるんや?」

「俺の麻痺剣が効かなかったら、意味ねぇからな」

「ワイが売らんでも、自分で買うてるかもしれへんやん」


 それはそうだが、ネージュ近辺で普通に入手できるアイテムの効果なぞ、たかが知れてる。


「どうだよ」

「いくらで?」

「できればタダで」

「タダはあかん。 200Cenでええからくれ。 回復薬も付けたる」

「へぇ、200って、お前さんにしちゃ随分と良心的な値段だな」


 俺は200Cenと、回復薬を交換した。


「おおきに。 で、答えやけど、ワイは売ってへん。 あの人とは取引ないで」

「何だよ! じゃあタダ貰いじゃねーか! 金返せコラ!」

「話を持ちかけたのはあんさんやろ! それに、オリオンには売ってるで、対麻痺の護符」

「えっ!?」

「あんさんの持ってる麻痺剣を恐れてちゃうんかな、多分」


 じゃあ、オリオンと直接戦闘になっても、単独では勝ち目が薄いのか。 なら、どうする?


 ムラサメ……は、ダメだ。

 本当なら、奴に手伝って欲しいところだが、琴莉さんが隣に居るシチュエーションでは、奴に救援を求めるのはいろいろとマズい気がする。

 ムラサメに裏切り者と罵られただけでも痛手なのに、琴莉さんのヘソまで曲げてしまう訳にはいかない。


「(……時間切れを狙う、か)」


 やはり、その作戦しかない。

 ムラサメが居なくなった今、俺だけでオリオンを倒すのはほぼ不可能。

 おそらく奴は50万円を目指して、こっちに一直線に突っ込んでくる。

 王室にたどり着かれる前に、なるべく戦力を削らなくては。


 俺は再び白組と赤組の決戦状況を確認するが、白組はなんとも頼りない事にあっさり壊滅し、赤組の連中は橋を渡って、白薔薇城の正門を破壊し始めていた。


「……琴莉さん」


 ここは、出撃するしかない。


「どうしたの、礼雄くん」

「戦わせてくれ、奴と」


 すると、琴莉さんは目を丸くして俺を見た。


「あいつ、フィールドマウスってんだけど、オリオンの仲間なんだ! 奴の動きを止めれば、敵の進軍速度を遅くできる。 頼むよ!」


 それに、こっちには「リヴァイアサンウエハースチョコ」で手に入れたスクロール類だってある。

 これを使いきる勢いで臨めば、どうにかなるかもしれない。


「……それが、本当の君なんだね」


 え?


 唐突にそんな事を言われ、俺は固まる。


「さっきから思ってたけど、ゲームをやってる礼雄君は、本当にアバターと一体化してるよ。 君は、生身の人間だけど、間違いなくこの世界の住人だね」


 え、え……?


「眠れる獅子の、覚醒……」


 琴莉さんは、再びそんな謎ポエムを呟くが、俺が印象的だったのは、その表情。

 「女王」は、自分もその世界の住人になりきっているのだろうか。


「その表情、なんだか凄く男の子っぽい。 いいよ、気が済むまで戦ってみせて」


 琴莉さんの、熱を帯びた視線。

 唇が艶めいて、凄く色気のある表情だった。

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