(66)ヴェノム・ストライク
「僕の名は『オリオン』! 僕は紅薔薇軍に加入した! 他にも、多数の仲間が要る! 皆、かなりの強者揃いだ!」
「迷っている人は、僕らの軍に入れ! 白薔薇軍を共に倒そう! 僕らが居る分、紅の方が絶対有利だと約束する! さぁ、早く!」
「薔薇戦争」直前、保科は一芝居を打ち、加入を迷う浮動票に対して自軍への加入を促した。
正直、そこまで手の込んだ事をやるとは思ってなかった。
俺の事が嫌いだというのは、もちろんあるだろう。
だがそれだけではなく、ミルフィーユを倒した俺を、油断ならない相手だと思っているのかもしれない。
だからこそ、これほど周到に準備して俺を倒す気なのだろう。
「レオ! 聞いているだろう!? お前の白薔薇と、僕の紅薔薇……! どちらが強いか、決着を付けようじゃないか! 出てこい!」
オリオンこと、保科がエリアチャットでそう強気に宣言した。
「『レオ』って、あの10万円の賞金首の……?」
「何、このイベント、そんな対決みたいな事になってるの?」
「うっは、俺紅薔薇に参加しててよかった~」
「え、これもうキャンセルできねぇの!? 白選んじゃったよ、最悪!」
「嫌だなぁ、そんな連中との戦闘に勝てっこねぇじゃん」
周囲の雑然としたつぶやきからは、戦いの趨勢が紅薔薇軍に傾きつつある事が伺えた。
「居たぞ! 『レオ』だ! あの賞金首の!」
誰かが、俺の事を見つけたらしい。
「えっ、どこ!?」
「うわ、マジで居たのかよ!?」
俺の周囲からは、まるで波が引くように人が居なくなる。
「(おいおい……)」
ここ、街の中だぞ。
PKできねぇんだし、距離取る理由ねぇだろ。
何で離れるんだよ……。
「居たな、レオ!」
オリオンが、エリアチャットで俺に話しかけてくる。
「逃げるなよ! 正々堂々と戦って、決着を付けようじゃないか! この場に居る皆が、この戦いの証人だ!」
「おー、やれやれ!」
「せいぜい盛り上げろよ~」
俺とオリオンを中心に、プレイヤーは2つの軍に分かれた。
言うまでもなく、紅薔薇軍と白薔薇軍。
だがその数は……比率にすれば、7対3……。
いや、まだ移動している連中が居る。
8対2くらいかもしれない。
「どうした! ビビって、声も出ないのか! 返事くらいしてみせろ、レオ!」
そうオリオンが煽ってくる。
くそ、保科の奴、バイトの時とは違って、やたら態度デカいじゃねぇか……!
「ビビってねぇよ! 上等だ! オリオン、今日で決着を付けてやるぜ!」
「良く言った! その言葉、しっかり覚えとくぞ!」
そして、俺たちの口上の後、
「はっ! でも、こんなに偏りがあるんじゃ、紅薔薇の勝ちって分かりきってるじゃん!」
「あーもう、マジで損した……。 ババ引いたじゃねぇか、クソレオ!」
「個人の争いに、俺たちを巻き込むなよな……」
「なぁなぁ、これ、こんな戦力差があるんなら、マジでクイーン倒して50万円狙えるんじゃねぇか!?」
「おお、先手必勝だぜ!」
「ぶっ殺してやるぜ、白組!」
多数のざわめきが、徐々に熱を帯びはじめ、白薔薇軍に対する攻撃的な煽りになり始めた。
「今回のイベント、もう勝てないな……」
「何だよこれ、損決定じゃねぇか、ぶっ殺すぞマジで!」
「ホント、マジ殴りてぇよ! レオの奴!」
そして、徐々に画面の中の全てのプレイヤーが、俺を責めはじめた。
「(うわ、何だよ、これ……。 圧倒的じゃん)」
これは、ゲームだと分かっている。
ぶっ殺してやる、と言われても、本当に命まで取られる訳じゃない。
単に不満を口にしてイキがってるだけだ。
だけど、「殺す」と言われただけで感じるこの圧倒的な萎縮感、あるいは焦燥感は、一体何なんだろう。
「あー、早く始まらねぇかなー! 稼ぎてぇー!」
「速攻、ボコボコにしてやっからな!」
ゲームだけど……。
虚構の世界だけど……。
この悪意は、本物なのか。
罵声を放つ集団に囲まれ、責められているうちに、リアルに血の気が引いていくのが分かった。
「レオくん、ここから出よう!」
「あ、ああ……」
琴莉さんに促され、俺は震える手を無理に動かして、マイアバター「レオ」を村の外へと避難させた。
DATE : H27.2.4
TIME : 17:42
STID : 00941724,A0000021
「落ち着いた? レオくん」
「ありがとう、ティアリ……」
「にしても、酷い光景だったね。 集団で囲んで、あれだけの罵声を浴びせられたら、側で聞いてても頭が変になりそうだよ。 なんで皆、弱い人を囲んで潰そうってするんだろう……?」
「分からない……。 でも、好きなんだろうな」
高校2年の時の、先輩からのいじめの記憶。
高校1年の時、四菱に就職した兄貴のブラジル異動をバカにして、家族全員から叱責された記憶。
中学生の時、ブログでゲームの批評をしたら、コアなファンから猛烈に叩かれて炎上した記憶。
小学生の時、飼育していたメダカが、一匹だけ他のメダカ全部から責め立てられ、翌日死んでいた記憶。
それらが、ドッとフラッシュバックした。
「どうする……? もう、ゲーム止める?」
俺は、明らかに尋常な様子ではなかったのだろう。
琴莉さんが心配して、そう聞いてきてくれた。
「止めない」
だが俺の口は、妥協を即座に拒否した。
「だって、これ、自分で選んだことだからさ……。 逃げられないよ。 それに……」
「それに?」
「分かってもらえるかどうかは分からないけど……。 ゲームが、こんな風に扱われるのは、嫌なんだ」
「……どういうこと?」
「現実は、不公平じゃないか……。 だから、ゲームの中だけくらい、平等であってほしい。 俺たちの理想郷であってほしいんだ……。 ゲームの中まで、現実と同じだなんて、耐えられない。 理想郷が、汚されるのは許せない。 ただそれだけ、なんだよ」
「レオくん……」
「だから、俺は逃げない。 最後の居場所の、ゲームの中でまで逃げ出したら、全部を無くしてしまう気がするから……」
だが、それを言ったら、琴莉さんは爆笑し始めた。
「え……? 俺、何かおかしなこと、言った!?」
琴莉さんのの態度に、俺は思わず顔を上げて、直接質問してしまう。
「ごめんね、笑ったりして。 礼雄くんの言ってること、全然変じゃないよ、私にはとっても良く分かるよ。 スゴい共感できる」
「じゃあ、何で笑うの……」
超マジで答えたんだぞ、俺……
「だって、礼雄くんのなりきりっぷりが凄かったから。今、本当にアバターと一体化してたような気すらしたよ」
「え、そ、そう?」
「ね、本のことを語ってる時の私も、そんな感じ?」
「え?」
これは……悩ましい選択肢だったが……。
「……うん。 BLの事をアツく語ってた今日のティアリも、こんな感じだったと思う」
「そうかぁー。 ちょっと恥ずかしいかな」
「いや、良いよ。 だって、ティアリもとても楽しそうだった」
「そ、そう?」
「だから、俺の前では遠慮しなくて良いよ」
「ありがとう、レオくん」
そう言って、琴莉さんはとびきりの可愛い笑顔と共に、スマートタブレットを握りなおした。
「レオくんも、私の前では存分に『なりきって』良いよ。 その方が安心できるから」
その時、ふと、のぞみさんの言葉を思い出した。
ヤツフネと戦っていた時「鬼みたいな表情」って言われたこと。
「……ありがとう。 ティアリ」
「それに、私も秘密を見せたんだから、レオくんも見せてよ。 隠している『本当の自分』を」
「本当の自分?」
「そう。 人間、大なり小なり、自分を隠して生きていると思うけど。 ……違う?」
「いや、そうだと思う」
他人とつき合うために、自分の大事な部分を、少し殺して生きている。
俺の場合、痛い部分が多すぎて見せられないんだけど、それは彼女も同様で……。
「ティアリ……」
琴莉さんと知り合えて、良かった。
それを言葉にしようとした矢先、
ーーーーーーーーーーーーーー
【薔薇戦争 ~クラス選択~】
『クイーン』 × 5,000,000Cen クラス残数:1
補正パラメータ:+2000
『ビショップ』× 100,000Cen クラス残数:300
補正パラメータ:+500
『ナイト』 × 50,000Cen クラス残数:500
補正パラメータ:+250
『ルーク』 × 20,000Cen クラス残数:1000
補正パラメータ:+100
『ポーン』 × 10,000Cen クラス残数:3000
補正パラメータ:+50
『ゴースト』 × 0Cen クラス数:制限なし
補正パラメータ:+0
選択タイム:残り178秒
※イベントに参加するためのクラスを選択してください。
クラスには、それぞれ特別に付与されたクラスアビリティ(一時的な特殊スキル)があります。
※クラス選択時に、所持金から必要額が差し引かれます。
「ウェブパース」及び「グリード・ペイズ」、「クレジットカード」による精算も可能です。
また、選択しない場合は、自動的に「ゴースト」のクラスが選択されます。
※イベントで敗北(アバターのHPが0になり、消失)した場合、クラス選択時の課金額はそのまま徴収されます。
イベントに勝利した場合は、課金額は全額返還されます。
※相手軍のアバターを倒した場合は、クラスに応じた額が報奨金として、マイアバターに即時加算入金されます。
ーーーーーーーーー
クラス選択のインフォメーションウインドウが、またもプッシュ通信で飛び込んできた。
剣闘士大会の時と同じように、クラス数に制限がある。
あの時は、なるべく高い剣を買った方が有利だと、身に染みて分かった……が、ムラサメに資産を渡したり、PKKの連戦で資材を購入したため、いかんせん残金がない。
頑張っても……「ナイト」が限界だな。
これで負けたら、手持ち金はほぼ0になる。
「なぁ、ティアリはクラスは何にする?」
だが、俺が質問をしたその時には、琴莉さんは自分の財布から、何かのカードを取り出してスキャンする様子を見せた。
シュキィィィン、という甲高い効果音が鳴ると同時に……。
ーーーーーーーーーーーーーー
【薔薇戦争 ~クラス選択~】
『クイーン』 × 5,000,000Cen クラス残数:0
ーーーーーーーーーーーーーー
「ほうぁっ!?」
オートリロードで、ページが更新されると「クイーン」のクラスが灰色……選択不可能になった。
え、これつまり、やっぱ琴莉さんが「クイーン」を選んだってこと?
「そうだよ」
「え……、えっえ?」
いや待て、課金額50万円ですよ!?
負けたらそれを失うんですよ!?
っていうか、よくそんな額をお持ちですね!?
「これこれ」
と言って、琴莉さんは、黄金と黒色に彩られたカードをふりふりして見せた。
「四井住友ビザカード。 一人暮らしは何かと不便だからって、パパが作ってくれたの」
……え?
意味は分からないが、とにかく凄そうだ。
琴莉さんて、もしかして、超お金持ちなのか?
パパ……は、本当のお父さんの意味だよな、多分。
「礼雄くん、四井住友のカード知らないの? しかもこれ、ゴールド会員専用カードなんだけど……?」
「ご、ごめん、知らない」
「そ、そうかぁ、ごめんね」
何故かお互い狼狽してしまう。
俺は会話を元に戻すべく、もう一つの疑問を振った。
「でも、何でクイーンを選んだのさ? 他にもお手頃なクラスがあるんじゃ……」
「保科くん達は、PKでお金を集めてるんでしょ? そして、このイベントで勝つつもりなんでしょ? だとしたら、保科くん達は確実に「クイーン」を選ぶよ。 なら、こっちも『クイーン』を選択しないと」
「あ……そ、そっか。 そうでないと、確実に負けるね」
「そうだよ、相手の思惑を理解しないと負けるよ」
……相手の思惑を、理解しないと、負ける。
この琴莉さんの台詞が、ふと胸に染みた。
俺たちオタクは……。
相手の思惑なんて、一向に気にしない。
だから、負けるのか。
人生で。
「それに、私が『クイーン』を選択すれば、まずもって負けはないと思うもの……よほどの不覚を取らなければね」
「そ、そうだね」
「だから、レオくんにも期待してるよ。 君が護ってくれなかったら、私も倒されるかもしれないし」
……だな。
琴莉さんが、さっきの集団に囲まれて、ボッコボコにやられるシーンを想像したが……。
正直、想像したくもない、えげつない光景だった。
だから、俺は現時点で最大課金額の「ナイト」を選択した。
「レオくんは、何選んだの?」
「あ、俺は『ナイト』だよ。 お金なくて、ビショップはちょっと無理だった、ごめん」
すると琴莉さんは、ほにゃっとした表情で、
「良いよ、それ素敵なクラスじゃない。 クイーンにナイト……。 いい取り合わせ。 私の騎士さま、しっかり護ってね」
そう言ってくれた。
……うん、「私の騎士さま」とか、相当にシチュエーションに酔ってる台詞だけど、お互い、妄想にのめり込めるタイプなんだし、スルーしよう。
琴莉さんの前では……ありがたく、ゲームの中の住人になり切らせてもらえるんだから。
「御意です、姫さま」
俺もそれを承知の上で、笑いながらそう言った。
「活躍を期待してるよ、騎士さま」
琴莉さんも、笑ってそう言ってくれた。
そして……。
「薔薇戦争」が、遂に幕を開けた。
DATE : H27.2.4
TIME : 17:50
STID : 03290588,04294001
ここで、物語の時間は10分巻き戻り、場面は全く別の箇所に移る。
茅原琴莉の住むマンションは、その防犯性の高さから、若い女性に人気の物件だったが、その2つ上の階、405号室にも二人の女性が住んでいた。
一人は、背の高い女性。
目鼻立ちのはっきりした顔立ちで、薄く色を抜いたショートボブが快活そうなイメージを与える美女。
その彼女は、ベッドの上で長い足を抱え込みながら、スマートタブレットを手に、もう一人の住人に声を掛けた。
「あのさ、靖実、もうそろそろ6時なんだけど」
「うん、それが何?」
もう一人は、声も背も低い女性。
櫛も入れていない黒のボサ髪をバンダナでまとめ、上下ジャージという格好で、寝転がりながらアニメを見ていた。
「『薔薇戦争』始まるんだけど」
「えー? もう、メンドくさいから、亜紀奈だけ参加してて良いよ」
「ちょっと! 靖実の言うとおり、ちゃんと録画を借りてきてあげたでしょ!? 約束してたじゃない、イベント参加するって!」
「だから、アニメ見るのが忙しいんだって」
そう言って、やや太めのその女性は、顔も振り向くことすらせず、話を打ち切った。
すると、背の高い美女の方は顔を真っ赤にし、
「こらあっ! この豚! いい加減にしなさいよ! ちゃんと約束守るって、言ったでしょ? いいつけを守らないと、出荷するわよ!」
枕を片手に、寝転がってる女性に接近すると、その頭を叩きまくり、「わ、ちょっ、ちょっと待って亜紀奈……」と制止するのもかまわず、プロレス技のサソリ固めをキメた。
「ぎゃーー!! 暴力反対! 暴力反対! ぎっ、ギブギブ! お願い、亜紀奈、本当止めて!」
「じゃあ、薔薇戦争出るわね!? 出るって言いなさい! 出ないと出荷よ! ドナドナよ!」
「ぷぎーー!! わ、わかったから! 出るから! サソリ止めて! 痛いから! マジ痛いから! 足の腱切れちゃうからーー!!」
そうして2分後、背の低い女性「仁藤 靖実」は、息も絶え絶えにスマートタブレットを手にし、「還魂のリヴァイアサン」へとログインしていたが、背の高い女性「東条 亜紀奈」を恨めしそうに見つめながら言った。
「ね、『ジャンヌ』、あと少し『イケイケ! HI☆スクール』見せてよ……良いところだったんだから……」
「ダメだって言ってるでしょ!? アンタが参加しないと、私勝てないんだから! で、どうなの、この『薔薇戦争』って?」
「えー、これ? あたしらが勝てる内容じゃなかったじゃん。 無理無理、50万円とか絶対無理」
「そこを、アンタの頭脳でどうにかしてよ! ジェルフェのバッグで、凄くカワイイの出たの! 絶対欲しいの!」
「そんなの、自分でどうにかしなさいよ……。 バイト増やすとかさぁ」
「季節限定ものなんだもん! 今買わないと、絶対なくなっちゃうから! お願い、靖実……じゃない、『ジル』!」
「全く、物欲丸だしなんだから……あたしゃ、アンタの将来が不安だよ」
「アンタに言われたくないっての! で、どうにかならないの? ちょっとでも稼ぐ方法、ない?」
「うーん……」
靖実は、ボリボリと頭を掻きながら、スマートタブレットの画面の中をのぞき込む。
画面の中には、「ジャンヌ」という見目麗しい、東条亜紀奈のアバターと、「ジル」という、仁藤靖実の「男性型」アバターが居た。
「で、ジャンヌ、あたしたちは、紅と白、どっちなの?」
「紅! オリオンって強そうなのが居て、そっちが有利そうだったから!」
「ふーん……」
靖実はアバターのステータスや、勝利条件を確認しながら、そんな気のない返事を漏らす。
「あ、ほら、クラス選択出たよ! どれにするの、ジル!? やっぱ、ナイトとかが強いんだよね!? 課金するお金、持ってる?」
だが、東条亜紀奈がそう息せききって問いかけると、仁藤靖実は、ふー、と大きなため息をついて、言った。
「アンタ、取り柄は見た目だけで……。 本当、頭の中はカラッポよね」
そんな辛辣な指摘を受け、東条亜紀奈は顔を真っ赤にする。
「ちょ……! それって、どういう事!? いくら靖実でも、怒るよ!?」
だが、見栄えのしない女性……仁藤靖実は、面白くもない、と言った風情で言い返した。
「どういう事って、言った通りだよ。 ジャンヌは紅組に入ったって言ったけど、これ、多分白組の方が有利。 雰囲気に乗せられて、うかつな事したね」
「えっ!?」
「それと、クラスは『ゴースト』が最も有利だと思うよ、あたしゃ」
「ええっ!? だ、だって、『ゴースト』って、最弱なんだよ!?」
だが、東条亜紀奈がそれを言うと、仁藤靖実は、またも鼻で笑って言い返した。
「『最弱』が必ず負けるとは限らないよ。 最弱と不利は決してイコールじゃないんだし。 だから、さっきも『有利』だって言ったんだよ。 あたしたちにとってはね」




