(65)クリア後にフラグが立つ選択肢
「お待たせ」
泡の中から、荘厳な衣装を纏った天使系アバター、ティアリが現れた。
「……ああ、こちらこそよろしく、琴莉さん」
「ちょっとレオくん、ゲームの中で本名呼ぶのは止めてよ!」
「あ、ご、ごめん!」
ボケ過ぎだろ俺。
うかつなことを喋って、杵島くん事件みたいなことになったら大変じゃないか。
情報漏洩は絶対の禁忌、まして女性のそれならなおさらだ。
……でも、彼女はどれだけの強さなんだろうか。
まさか「アプローチャー」を持ってるとは思ってなかった。
「エクスヒーリング」もそうだけど、ここでは見たこともない魔法。
もし、彼女のメインホームが「央都ザナドゥ」だとしたら、やはりトッププレイヤークラスの強さなんだろうか……?
「ところでさ、ティアリって……どれぐらい強いの?」
「え?」
「いや、この『薔薇戦争』ってPK戦だから、味方の能力構成を知るのが大事だって思ってさ」
だがそう問うと、琴莉さんは薄く笑って言った。
「内緒。 でも、十分戦力になると思うよ。 私一人でも」
「あ、そ、そう……」
スゲェ自信だ。
まぁ、こんな田舎町のイベントバトルなぞ、先に進んでるプレイヤーから見れば、雑魚の小競り合いなのかもしれないしな……。
俺がそう思っていると、ギルドのフレンドメールが届いたメッセージがポップする。
もちろん送り主はムラサメで「教会で待っているから、作戦を立てて戦おう」という内容だった。 ……よし。
「じゃあ行こうか、ティアリ」
「え、どこに?」
「仲間の所。 一緒に戦う予定なんだ、今日」
「……仲間!? レオくんの?」
琴莉さんの訝しげな口調。
「何だよ失礼だなぁ、俺にだって仲間くらい居るよ」
「その人、男性?」
「え? ああ、そうだけど。 何で?」
「私、この装備しか持ってないから、顔隠せないのよ。 信用できる人?」
ムラサメが信用できるか……と言われると、ちょっと微妙な部分もあるけど、
「大丈夫……とは思う。 ちょっとイラッとするけど、ズルい奴じゃないし」
「それならいいけど……」
俺はあまり気乗りしなさそうな琴莉さんを促し、教会へと連れていく。
そこには、ムラサメと……5人くらいの仲間が居た。
うわっ、人数減ったな、オイ。
「遅いぞレオ! ……誰だい、そいつ?」
ムラサメが、いきなりそんな声を掛けてくる。
味方が減ったことにイラつき気味なのか、その口調は不機嫌そのもの。
いつもの慇懃無礼な感じじゃない。
「あ、味方だよ。 白薔薇軍に入ってくれるって」
「へぇ、お前の味方ねぇ……。 ……あれ? 何だ、そいつ!?」
ムラサメの口調が、唐突に混乱した様子になる。
「どうしたよ、ムラサメ?」
「何だよそいつ……! ステータスが見れないじゃないか!」
俺はふと顔を上げ、琴莉さんを見る。
琴莉さんは顔を少ししかめ「初対面の相手に、挨拶もなしで『エネミーアナライズ』とか、失礼にも程があるわね」と小声で呟いた。
「何者だよ、レオ。 そいつは」
「だから、味方だって」
「そういうことじゃなくて、何で僕の魔法をブロックできる? どれくらい強いのかって聞いてるんだ」
「いや、ごめん、どれくらい強いのかは俺も知らない」
「はぁ!? イベント前なんだぞ!? そんな事も分からない相手を連れてきたのかい?」
琴莉さんが、小声で俺に聞いてくる。
「……ねぇ、この『鋼鉄戦鬼ムラサメ』って、あの藤宮くん? 違うよね」
「うん、違う。 全くの他人だけど、俺たちと同じ学生だよ。 宇園大学の学生」
そして、俺はムラサメにも返答した。
「でも、この人は間違いなく強いんだ。 俺とお前とこの人でパーティ組めば、多分無敵だと思う」
「「ええ!?」」
ゲーム内のムラサメと、リアルの琴莉さんが一緒に絶句。
……え、俺の発案は完全否定っすか?
「じゃあ、どれだけ強いのか見せてみてくれよ。 僕を越える強さなのかい? ……何で、会話までブロックされるんだよ!?」
ムラサメの奴、デュエルを挑もうとして、ティアリに直接話しかけたのか。 やたら焦ってるな、コイツ。
でも、シングルチャットまでブロックされるって、一体……?
すると、琴莉さんが顔を上げて、俺に直接言ってきた。
「礼雄くん、私、この人とは無理。 こんな失礼な人と一緒に戦うなんて、絶対に考えられない」
マジかよ……。
「ごめんムラサメ、一緒に戦いたかったけど、ちょっと無理だって……」
「ちょっと待て」
「何だよ」
「お前、まさか、僕じゃなくて、そいつと一緒に戦う気か?」
そうだけど? ……と言いかけようとして、危うく思いとどまった。
ムラサメは、俺に味方してくれていたのに。
「ごめん、そういう約束になって……」
というか、これ、スゴくマズい状況じゃないか?
「あのな、僕はお前のために、一緒に協力してやっただろう!? それを忘れて、別の奴と戦うっていうのかい!?」
ムラサメの厳しい問いかけが、胸に突き刺さる。
「それはそうなんだけど……」
「そうなんだけど、何だよ!」
「この人にも、恩があるから……どっちか選ぶ、ってことはできないんだ」
恩というか、ノートを借りている以上、琴莉さんの機嫌を損ねる訳にはいかない。
万一「ノート返して」と言われたら、単位落とすの間違いないし。
「だから、3人で戦えたら良いな、って思ってるんだけど……。 どう?」
「「それ、本気で言ってるの?」か?」
琴莉さんとムラサメの詰問がハモる。
「お前、ここまでしてやった僕を裏切るのか!?」
「だから、裏切りとかじゃねぇって! 信じてくれよ!」
「話にならねぇ……。 おい、そこのお前! 僕と戦え! それで負けたら、レオをこっちに渡せよ!? そいつは必要な戦力なんだ! いいな!?」
シングルチャットが通じないと知ったムラサメは、エリアチャットを使い、大声でティアリに通告する。
「何なのよ、この人……」
琴莉さんはため息をついたが、
「良いわよ。 それなら、決着を付けましょう、ムラサメさん」
琴莉さんは、自らシングルチャットでムラサメに話しかけた。
「……女だから、何なの? 別にどうだって良いでしょ、そんなこと。 そもそも、貴方が知らなくても良いことよ」
何か、ムラサメと琴莉さんが穏やかならぬやりとりをしているみたいだが、シングルチャット、かつヘッドセットを付けていては、互いに何を喋っているのか分からない。
そうして、二人は半透明化し、デュエルが始まった。
「……え!?」
一体どうなるんだよ、とやきもきしていた俺だったが、勝負は一瞬だった。
戦闘開始と同時に、ティアリはバリアーみたいなものを展開し、ムラサメの「フレイムバルカン」を全て無効化する。
そしてそのまま、呪文詠唱後の隙を狙って、ムラサメの懐に突っ込み、片手剣で一撃、二撃……。
それでムラサメの体力は半減し、決着が付いた。
「何だって!?」
その秒殺劇、その結末に、思わず俺の方が声を上げてしまう。
ティアリの圧勝、だなんて。
確かに、ムラサメの防御力はそれほど高くない……が、奴とて「エクソダス」から奪った、かなり上質な装備を身につけていたはずだ。
それが片手剣で、しかもたった2発とか、どれだけグレードの高い装備を身につけてるんだ、ティアリは……!?
「行きましょう、レオくん」
「あ、ああ……」
惨敗したムラサメが爆笑されていたのが、エリアチャットを通して聞こえた。
何か声を掛けてやらなくちゃ……と思ったが、それより先に、俺の方にシングルチャットのウインドウが開いた。
……ムラサメだった。
「よく、分かったよ、レオ……。 そういうことだったんだな」
「そりゃ、そうだよな。 それだけ強くて、なおかつ女なら、僕なんかより、そいつを取るよな……」
「可愛い彼女が出来て、よかったな。 レオ、イチャイチャしながらのデートプレイは楽しいか?」
ムラサメの声は、これ以上ないほどに乾いていた。
ちょっと待てよ。
彼女だとか、完璧に誤解してるぞ、お前……!!
「ムラサ……」
「僕には、あれだけ偉そうなこと言っておきながら……!! 簡単に乗り換えやがって、この嘘つきが! 覚えてろ! お前は、絶対に許さないからな!!」
火を吐くようなムラサメの怒りの舌鋒に、俺の弁明は機会すら与えられず打ち消された。
「行くぞお前等! 僕らだけで作戦会議だ! ……うるさい、笑うなッ!」
そう言って、ムラサメとその仲間たちは、教会前から去ってしまった。
「なんだよ、あいつ……。 ごめん、ティアリ。 イヤな思いさせて」
「私こそ、ごめんなさい。 レオくん、本当は、あの人たちと一緒に戦う予定だったのに」
そして、琴莉さんは意気消沈した様子で、俺に頭を下げた。
「私が、空気を読んで、下がれば良かったね」
「い、いや、別に良いんだよ……! ティアリだって、力になれると思っているから、一緒に戦うって言ってくれたんだろ!?」
多分、ティアリは、ムラサメよりも圧倒的に強い事を知っていた。
あの時、「イベントで勝ち抜くにはどうすればいいか」という場面で、ティアリが自ら引く選択肢が出なかったのは、それが原因だ。
ムラサメよりも、自分の方こそが力になれる。
そう確信していたから。
「ごめんね、そう言ってくれると、気分が楽になるよ」
「気にしなくて良いよ、あいつだって、ちょっと頭に血が上ってただけで、明日にはもう忘れてるさ」
……そうである事を望みたい。
ただ、あの乾ききった声は、完全に誤解していた口調だ。
ネットの中での男女問題は、俺が知る限り、これ以上ないほどにドロドロしていて、異様なくらいに尾を引く。
あの誤解が簡単に溶けるかと自問自答しても……そんなイメージは全く湧いてこなかった。
「(確かに、俺、魅力値20だけど……。 何でこんなに、誤解されたり、嫌われたりするんだろうなぁ……)」
っていうか、そもそもムラサメとティアリを逢わせるべきじゃなかったのだ。
ムラサメの性格は、ネットの中でもぼっちになるくらい難アリで、あの龍真ですらがブチ切れるほどだ。
まして、琴莉さんと上手くいくはずがないのは、ちょっと考えれば分かることじゃないか……。
「(……あれ? じゃあ)」
何故、俺はムラサメとティアリを引き合わせようとしたんだろう……?
「(……勝つため、だよな)」
そう。
このイベントバトルで、勝つ可能性を極限まで高めようとして、こんな選択肢を選んだ。
だがこれが失敗するのは、互いの性格を冷静に考えれば、最初から分かりきっている事。
なのに……何故俺は。
「(そんな無謀な選択をしたんだ……?)」
「ね、ムラサメくんは、普段はどんな人なの?」
「え?」
唐突に琴莉さんにそう聴かれ、俺の抱いていた疑問は雲散霧消する。
「普段から、あんな感じだよ。 今日ほど酷くはないけど、失礼千万、慇懃無礼って言葉が良く似合う奴。 あとは鉄オタ? ……でも、何でそんな事を聞くのさ?」
「ちょっと、自己嫌悪してて……。 私、人と争うのがあまり好きじゃないのに、自分から他人を嫌って、ましてデュエルで傷つけるなんて……って思って」
「それはティアリのせいじゃないよ。 デュエルはムラサメの提案なんだし、そもそもアイツの言い方がキツ過ぎなんだよ。 むしろボコボコにされるくらいが良い薬さ」
実際、ムラサメにも非はある。
あんなイライラした態度で、失礼な振る舞いをしなければ、琴莉さんの印象だって大分違ったろう。
「もし、またムラサメくんに逢うことがあったら、謝ってもらっておいてもいい?」
「ああ、いいよ」
自分で謝ればいいのに……ともちょっと思うが、俺とて波風を立てるのは好きじゃないので、素直に了承した。
「やっぱりこの世界は……理想とは違うね」
「え?」
「この世界は、現実と同じ、ギスギスした臭いがする。 ファンタジーの皮を被せただけの、醜悪な世界」
また始まったよ、琴莉さんのポエム。
でも彼女、本当に人と争うことが嫌いなんだな。
「そうかな? 俺はこの世界観、割と好きだけど」
「レオくんは、オタクの割に案外ポジティブだよね」
「いや、そりゃ確かにオタクだけどね!? でも、前も言ったけど、悪いのはこのゲームシステムだって。 金で人を競争させるようなシス……」
……あれ?
悪いのは、金の力で人を競争させるようなシステム……?
でも、それは……?
「と、とにかく、そもそもこのシステムが、俺たちの対立を煽るような仕組みになってるんだよ。 気にすることないよ」
「そう……そうだよね。 もっと平和なゲームだったら、こんな出会い方しないで済んだよね」
「もちろんさ。 ……ところで、もう時間が迫ってきてるよ。 登録を済ませないといけないから、広場に向かおうよ」
「うん、そうだね」
俺は琴莉さんを連れ、広場へと向かう。
掲示板に近寄ると、インフォメーションウインドウがプッシュ通信で飛び込んで来て、イベント「薔薇戦争」への参加登録を促してきた。
最初に迫られた選択肢は、紅薔薇軍か白薔薇軍かの選択。
俺は最初から「白」だと決めていたから、別に悩んだりはしなかった。 だが、
「ねぇ、ミッちゃん、これどっちにする?」
「これ、紅と白、どっちが多いんだろ……」
「紅が多そうだと思うけど、ミッちゃんは?」
「え、私は白が多いと思ったけど」
そんな益体もない会話をズルズルと繰り返して、なかなかどっちに加入しようか決められない奴らも多く居た。
「どっちにしようかなぁ、紅かな、白かなぁ」
「(……こいつら、アホなのか?)」
俺は「ドラグーンファンタジー11」の派閥抗争戦で既に体験済みだが、こういう純粋なニ択では、コイントスの無限回試行と同じで、分母……参加者が多くなるほどに、確率は50%へと収束していく。
つまりどっちに入ろうと有利不利はないのだ。
もちろん、このイベントはネットでの勧誘が前提だろうから、もう既に大勢が決まっている可能性も高い。
だがその場合……つまりフリーで参加し、本気で勝つつもりなのなら、ネットであらかじめ巨大ギルドの動向を探っておくべきなのだ。
この場で、今さら紅か白か悩むなど、無策にもほどがある。
「(今頃そんな事を話題にしてて、どうすんだっての)」
もちろん、白に入ってくれないかなぁ、という思いはちょっとある。
だが、純粋な浮動票は結局50%に帰結すると分かっているので、あまり期待はしていなかった。
……だが、この状況を、俺とは違う視点で見ていた奴が居た。
「皆! 話がある、聞いてくれ!」
重厚なプレートメイルを着込んだアバターが、掲示板の正面に陣取って、エリアチャットで大声で話しかけてきた。
……誰だ?
「僕の名は『オリオン』! 僕は紅薔薇軍に加入した! 他にも、多数の仲間が要る! 皆、かなりの強者揃いだ!」
「(オリオン!?)」
脇に付き従う、ミルフィーユとフィールドマウス。
それだけじゃなくて、ゾロゾロと、30人以上のプレイヤーが、オリオンの周りに群がり始めた。
その光景を見て、一気に皆がざわつき始める。
「なんだ、あいつら!?」
「オリオンって、あのPKプレイヤーのか!?」
「何、あの集団!? アレも全員、PKプレイヤー!?」
「そうだ! 迷っている人は、僕らの軍に入れ! 白薔薇軍を共に倒そう! 僕らが居る分、紅の方が絶対有利だと約束する! さぁ、早く!」
まさか……登録直前の隙を狙って、浮動票を刈り取りに来るなんて!?
「分かった、入るぜ!」
「やっぱ紅薔薇軍だな!」
しかも、そんな声が、あちこちから上がり始めた。
「紅薔薇に入ったぜ!」
「ぶっ倒してやるぜ、白薔薇!」
……いや、今しがた声を上げた連中は、多分サクラだ。
いちいち「~~に入ったぜ!」とかわざとらしい事を言う奴が居る訳ない。
「ねぇ、ミッちゃん、みんな紅薔薇だって!」
「そうしようよ、白より紅が良いよ!」
「そうだね、そうしよう!」
だが、何も知らないフリープレイヤーは、そのサクラの声……紅薔薇軍に参加を促す意見にあっさり釣られ、紅薔薇軍を選択し始めた。
「(なんてこった……!)」
サクラを用意していたという事は、オリオンは、浮動票が出るかもしれない、というシチュエーションを事前に想定していたのか。
「くそ……オリオンの奴、卑怯な手段使いやがって……!」
激昂した俺は思わず毒を吐いたが、ティアリ……琴莉さんは、意味不明な言葉をぽつりと呟いた。
「そうだよね……。 『人間』こそが、この『世界』そのものなんだもん……。 汚くて当然だよね……」




