幕間劇(2):株式会社カプリコン社長室
ここで、場面は2日ほど時間を遡る。
時刻は平成27年1月31日、午後4時47分。
場所は、株式会社カプリコンの主任室。
その部屋の主である「茅原昭彦」は、応接机に沢山のノートを広げ、菓子を貪りながら、そのノートの中身を食い入るように読んでいた。
ドンドンドンと、何か焦った様子のノックが室内に響き渡る。
「どうぞ」
「し、失礼いたします、茅原主任!」
「どうかしましたか? 私のこの時間は、絶対に邪魔をする事がないように、言い渡していたはずですが」
「もちろん存じております! ……ですが、社長のご命令でして……! 先日のアップデートの件、事情を聞きたいとのことで、社長室でお待ちです!」
それを聞いた茅原は表情を歪めると、菓子を食べる手を止め、ノートを丁寧に畳んだ。
「……なるほど。 それならば、説明しない訳にもいかないでしょうね……。 時間が惜しいですが、仕方ありません」
茅原昭彦は菓子を白衣のポケットに入れると、タブレットを片手に、三谷研究員を引き連れ、最上階の社長室へと向かう。
「失礼いたします、辻村社長。 茅原、入ります」
「失礼いたします、三谷、入ります」
「どうぞ、入りたまえ」
最上階の社長室、その席には厳しい表情の辻村社長と、まるでこちらを睨みつけるかのような視線の、市ノ瀬開発部長が待っていた。
平社員ならば、何を言われるのかと竦みあがるシチュエーションだが、茅原はそんな威圧感など意にも介さぬ様子で、「それで、今回は何のご用件でしょうか」と平然として言い放った。
「とぼけるな、茅原! 君が先日実装した、あのアップデート内容は何だ!」
市ノ瀬開発部長が、吼えた。
「何だ、と申しますと? 一口にアップデートと申しましても、モンスターのバランス、イベント関連プログラム、スキルやボイスコマンドの充実、QRコードやサーチシステムの実装など、多岐に渡りますので、具体的に言って頂かないと、何でお怒りなのか、私には掴みかねます」
「なら、私から言おう」
社長の辻村が、鋭い眼光と共に、茅原を問いただす。
「そのアップデート内容の中には『イベントで支給される報償額の倍加』も入っているはずだ。 何故それがHPに告知されていない? そして、それは」
辻村が、机をバァンと叩き、
「犯罪なんだぞ! いくらゲーム内でWebマネーが出るとは言え、それはあくまでも、景品としての範囲内の話だ! プレイヤーがギャンブルにのめりこまないよう、様々な法律が整備されているのを、君も知っているだろう!? 企業のコンプライアンス(法令遵守)を何と考えているのだね!」
そう一喝した。
だが茅原は、これが辻村流の威圧行為だと理解していた。
実際はそこまで怒っている訳ではない、とも理解していた。
「もちろん、企業倫理は徹底して遵守しております。 ですが、その件につきましては、説明不足ゆえの誤解があるようです」
「説明不足、だと?」
そこで、茅原は襟を正し、真っ直ぐに辻村の方を見る。
「はい。 おっしゃられた件につきましては、紛れもない事実でございます。 ですが、それを正式なアップデートとして公表していないのは、それが『実験』だからです」
「実験? 何のだ?」
そこで、茅原はコホンと咳払いをすると、一気にまくしたてる。
「私たちのチームが作った『還魂のリヴァイアサン』は、ご存じのとおり、ゲーム内貨幣と、Webマネーとの交換性を持たせる事により、課金システムの効率を上げようと言うものです」
「言われずとも、重々把握しているよ」
「今回のは、その流動性を高める実験です」
「……流動性?」
「ええ、この『Webマネー交換システム』は、前例のないゲームシステムですが、どこまでその効率が高められるかは、全く未知数です。 もっと課金効率を上げられるのに、我々はまだその領域にまで踏み込めていないのかもしれない。 限界はどこか? その確認のための実験です」
「しかし、あまり課金効率を上げすぎても、ギャンブル的性格が強くなるだけで……」
市ノ瀬がそう割り込むが、茅原は大声でそれを遮った。
「そこで、私は法に抵触しないよう、一回の賞金額を大きくする事はせず、イベントの開催数を増やす事で、課金のチャンスを倍増させてみた訳です。 回転率と課金額が、そのまま連動するとは断言できませんが、結果次第によっては、さらにイベント数を投入できます。 結果、課金収入は3から……10倍以上になるでしょう」
「10倍、だと!?」
辻村が、大きく目を見開いた。
その反応を見て、茅原は内心ほくそ笑む。
この手の話が、辻村の弱点だと分かっているからだ。
「はい。 もちろん、私も実験には最新の注意を払っております。 まず、流通への寄与度が低く、かつボリンジャーバンドの高い地域をいくつか選定し、ケースモデルとして先行調査を行っております。 影響があってもその地区のみで、それが全体の噂になる事は稀でしょう」
「情報が漏洩した時の対応は?」
「我々の作品には、キーワードポップアップサーチシステムを盛り込んでおります。 そういう話題が、出ると同時に察知する事が可能です」
「ふむ……なるほどな」
そう言って、辻村は納得したように、椅子に深々と背を預ける。
「なるほど、それなら問題ない」
「社長! 茅原の言葉は嘘です! 実際に賞金額が、違法なほどにアップしていたのは確認されているのですよ!」
「そうなんですか!?」
そこで、茅原は大声を上げ、市ノ瀬の言葉をまたも遮った。
「申し訳ございません! それは、アップデートの際の調整ミスかと思われます! イベントの賞金上限を調整したつもりは無かったのですが、何等かの手違いがあったのかもしれません! 至急確認して、調整いたします!」
「茅原、お前……!」
「市ノ瀬部長、ミスなら仕方ないんじゃないのか。 誰にだってあるさ」
「……社長!」
「茅原君、事情は分かった。 だが、ミスであれど、現代のネットマスコミニュケーションは、それを看過してくれない。 今回は不問にするが、至急対応してくれ給え」
「分かりました。 以後このような事がないように、チェックを徹底いたします」
「うむ、下がり給え」
茅原と三谷が社長室を退室すると、市ノ瀬部長がその後を追ってきた。
「これは、何用で? 市ノ瀬部長」
「……茅原。 貴様みたいな新参が、我々の会社を荒らす事は、絶対に許さんからな! ゲームをギャンブル化させる行為など、今まで長年付いてきてくれた、ユーザーに対する裏切りだ! ブランドへの信頼を崩壊させようものなら、俺は……俺は、貴様を絶対に許さんぞ!」
「嫌だな、金額の件につきましては、先も申しましたように、ただの過失ですよ。 そもそも、賞金額が上がった事で、被害届けが出た訳ではないのでしょう?」
「うぐ……! く……!」
「顧問弁護士の方にも、そのようにお伝え下さい。 くれぐれも誤解がないように。 では」
そして茅原は、両拳を堅く握って震える市ノ瀬の肩を軽く叩くと、一礼して去って行った。
「ぷはぁ……。 寿命が縮みましたよ、茅原主任」
「ははは、三谷さん、別に何という事もないでしょう、あれくらい」
「いや……社長に対して、あそこまで堂々と、落ち着いてお話になるなんて、とてもとても……」
だが、茅原はこの会社内の人間、その力関係を正確に把握していた。
株式会社カプリコンは、一代企業にありがちな親族経営で、今の社長・辻村昌三も、先代社長からの基盤を受け継いだ二代目である。
会長となった前社長からのプレッシャーは凄まじく、会社の業績と評価を上げる話であれば、簡単に乗ってくる事は予想が出来ていた。
「今頃は、株価が10,000円台に上昇してる想像でもしてるかもしれませんね……」
「……え? 何かおっしゃいましたか、主任?」
「いえ、何でもありません。 ……そうだ、三谷さん、橋口君は?」
「いえ、今日は休みですけれども」
「そうですか……。 申し訳ありませんが、後でチーム全員の『Ruby』や『ポートボイス』をこっそり洗ってみて下さい」
「え、SNSのですよね? わ、分かりました」
そして、茅原と三谷は、主任室へと戻る。
だが、主任室に入ったところで、茅原は三谷の方を向いて、不思議そうに言う。
「……何故、三谷さんまでここに戻ってくるのです? ソーシャルメディアを洗って下さい、とお願いしたはずですが」
「あ、そうでした! 申し訳ございません!」
「いや、まぁ良いです、その仕事は後でも。 それより、ちょっとこれを食べて頂けませんか?」
茅原は、応接机の皿に盛られた菓子を持ってきて、三谷に差し出す。
「何ですか、これは? ……ウエハース?」
「ええ、ウエハースチョコです。 『リヴァイアサン』の課金効率を上げる新アイデアなんですけど、ちょっと余りすぎまして」
「新アイデア? チョコがですか?」
「ええ、ちょっと、段ボール一箱もありまして……。 食べるのに協力して頂けませんか?」
すると、茅原は応接机へと戻り、段ボール箱を三谷の前に置いた。
三谷は、それを一つ手にとってみる。
「あれ……!? このチョコレートは……!?」
「いいアイデアでしょう? このために、複数の企業にご協力頂いたんです」
「なるほど、このためにQRコードのシステムアップデートをしてたんですね!」
そして、茅原は、三谷が来る直前まで読んでいたノート……古く、そして幼稚な花柄の付いた……をおもむろに読み始めた。
「あの……茅原主任、これ、私が食べるんですか? 全部?」
「お腹いっぱいになるまでよろしくお願いします。 私は、バニラじゃないと飽きるんで」
面倒ごとは終わったと言わんばかりに、茅原はノートを読みふける。
「あの、茅原主任……。 それは何ですか? まるで、女の子が使っているようなノートに見えるんですが……」
茅原は三谷を一瞥すると、椅子をキィ、ときしませて答えた。
「私の妹が、小学生の時に書いた、妄想ノートですよ。 見てみます?」
「……すいません、ちょっと失礼します」
ノートは、机の上に何冊もあった。
そのうちの一つを手に取り、めくってみる。
「……!? え、これは!? まさか、『リヴァイアサン』……?」
「ええ、そうです。 このノートに書いてあることは、全部『還魂のリヴァイアサン』の原案です」
そして茅原は、ノートを丁寧に閉じつつ言う。
「そして、私が唯一苦手な事なんです。 こういう、非生産的、かつ無目的な想像をめぐらせる事はね」
「……いや、でもこれは凄いですよ、主任。 ここまで、世界観を精緻に、丁寧に書き付けることができるなんて……本当に、これを小学生が書いたんですか!?」
「ええ。 最初は、何か童話や小説から引用したのかな、と思ったのですが、開発中にも、リリースしてからも、その類の指摘はありませんでした。 影響は受けているはずなんですが、本当に奔放な想像力ですよ」
三谷は、ノートを手早くめくりながら言う。
「……設定ばかりですけど、ストーリーはあるんですか?」
「ありますよ、ほんの少し」
「どんなのです?」
「世界の中央、天へと届く世界樹、その麓には創世の女神が住んでいて、川面の泡から生まれた黄金の騎士『獅子王』に守られて、二人で幸せに過ごす……という、それだけの話です」
三谷は、それを聞くとポカンとした様子で、茅原に問いかける。
「それだけですか? 冒険とかは?」
「ありません。 ひたすら、ただ睦まじく、二人仲良く暮らしてるだけです」
「そこらへんは、主任の意匠で改変したんですね」
「ええ、私だけじゃなく、デザイナーのみなさんの意見もふんだんに取り入れて、今の『リヴァイアサン』の形へと落ち着きました」
だが茅原は、そのノートの表面を優しく撫でさすりながら、言う。
「でも、愛おしいんですよね。 誰もがそうかもしれませんけど……女性は、自分だけの王子様を求めているのかもしれない、って思わされるんですよ、これを読むと。 ……この時、妹は、まだ小学生だったのにですよ」
「女性は早熟ですからな。 いやはや、妄想たくましい」
だが三谷がそうかぶりを振ると、封を切っていないチョコレートが、三谷の顔面に飛んできた。
「あ痛ゃっ!?」
「三谷さん、あまり妄想もバカにしたものではありませんよ」
そう言って、茅原は席から立つと、窓際からの光景を眺める。
「時に突出した妄想は、現実を変革します」
「え……?」
「例えば、僕らが持っている、携帯電話。 これを作り上げた人は、今まで世界に無かったものを作ろうとして、結果、これを作り上げましたよね」
「え……? え、ええ」
「企業の経済活動は、その連続です。 今は存在していない自身の夢を、妄想を、信念を形にする……いえ、現実にする。 それこそが経済活動の本質です」
「は、はぁ……」
要領を得ていないような三谷の反応に、茅原は小さく苦笑する。
「より分かりやすく、極端な例で言えば、漫画がありますよね? あれなんかは、個人の妄想が圧倒的な実体、そして影響力を持った顕著な例です」
「な、なるほど!」
「突出した妄想は、現実になる。 僕も、日本を動かすような一流企業のトップとお会いした事がありますが、彼らは皆、得もしれぬオーラを放っていましたよ。 今まで見たことがないものを提供するんだ、日本を変えるんだ、というのが、皆様に共通する信念でした」
「……!」
「それはむしろ、妄想というよりは、ある種の狂気、と表現した方が適切なのかもしれませんけどね」
「お、おっしゃる通りです……。 たかが妄想と言っても、侮れませんね。 事実、我々は、主任の妹さんの妄想によって、給料頂いている訳ですし……」
「そうですね……。 確かに、妄想は侮れません。 それは、現実を作り替えていきます。 その人の望むままに」
「なるほど……! 主任、素晴らしい話です! 望めば、夢は叶うという事ですね!」
「ええ、そうです」
そして茅原は、三谷から距離を置くと、誰にも聞こえないように一人呟いた。
「……だからこそ、楽しいんですよ。 必死になって作った世界を、獅子のように貪り尽くし、壊して捨てる。 それこそが、私の……」




