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(58)異世界への扉、魔法の呪文

「でも、特に好きなのは、異世界を扱った作品ね」

「……異世界?」


 すると、琴莉さんは俺の方を振り向き、


「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」


 そんな言葉を早口で言った。

 え、何? スーパーカリフラワー……と、スティックピアス、は聞き取れたんだけど……?


「全然違う! スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス! 礼雄くん、この魔法の呪文知らないの?」


 魔法の呪文?


「あ、ご、ごめん、知らない……」

「嘘……!? 超有名なのに……!?」

「一体なんなのさ、それ」

「内緒。 知りたかったら、後で検索してみて?」


 自分で振っといて検索ググれかよ、と俺は内心イラッと来たが、今はそんな感情は禁物だ。

 スーパーカリフラなんとかは、多分童話か詩に出てくるフレーズだろう。

 とにかく、今は琴莉さんの笑顔を曇らせないようにしなきゃいけない。


「分かった、後から調べてみるよ。 それ、素敵な呪文なのかな?」

「うん、子供のころ、良く唱えてたの。 イヤな事があった時に、明日は良い日になりますように、って」

「へぇ……。 おまじないみたいなもの?」

「そうよ、エヴリデイマジック……ほら、見て」


 言われるがままに空を見上げると、雲の隙間から、一筋の冬の陽光が、光の柱のように地上に降り注いだ。


「あの光の先こそが、異世界への門。 そして雲の上の世界でね、私は傘の魔法使いに生まれ変わって、皆に幸福といたずらを振りまくの」


 そう言って、琴莉さんは嬉しそうに笑った。


「……」


 遂に本性を表した琴莉さん。

 その姿を、俺の言葉で評するならば「真性の文学系厨二病少女」だった。

 ゲームやアニメにハマってる俺だからこそ、分かる。

 琴莉さんは、完全に小説世界の空想と、現実を一部混同している人間だった。

 普通の人はこんな事言わないし、にわかオタでも言わない。

 ヘビーゲーマーだった俺とて「ゲームはゲーム、リアルはリアル」だと理解している。


 だが、彼女はその境界を踏み越える発言をした。

 鶴羽先輩もそうだが、この手の人間は、少々怖い。

 人間共通の認識である「常識」という理念で動いている訳じゃないので、何をするのか先の行動が読めないからだ。


 彼女はどこまで、その境界を「自覚して」いるのか、やや不安だった。

 鶴羽先輩と同様、予想のつかない要望を言い出したり、理不尽な事でキレたりする可能性がある。

 だが、自分の心の内を語ってくれたという事は、逆に言えば、俺を信用してくれた証でもある。

 もう、彼女の寄せる信頼は裏切れない。

 覚悟して、彼女の側に寄り添っていくしかない。


「凄いね琴莉さん、そんな詩的な台詞、すぐ出てこないよ。 やっぱり、作家とか、そういう才能あるんじゃない?」


 俺は腹をくくると、彼女をそう言って誉めた。


「えー、そんなことないって、もうホント、編集の人に、メチャクチャに言われたんだから……」

「いやぁ、なんだか幻想的で、懐かしい雰囲気の言葉だったよ……。 小学生の頃を思い出してた」


 誉めまくった。


「そう? そう言ってくれると嬉しいな」

「琴莉さんは、詩とか、童話とか書いたりしてないの?」

「……ちょ、ちょっと」

「へぇ、それ、読んでみたいなぁ」


 と、俺は大仰に媚びた。

 もちろん、これはノートを見せてもらうための布石だ。

 彼女のノートには、こんな詩や設定がいくつか書いてあることは予想できる。

 なら、もし彼女の創作物を読ませてもらって、俺が否定をしなければ、彼女はノートを見せる事にも抵抗がなくなるはずだから。


「ダメだよ、凄く恥ずかしいから、絶対ダメ」

「そうかぁ、でもいつか見せてよ、琴莉さんの童話、凄く興味あるよ」


 本当なら、今すぐにでも見せて欲しいくらいなのだが、焦りは禁物だ。

 彼女が自分の創作を見せてくれない限りは、ノートを見る事ができる可能性もまたゼロなのだから。


「それに、中身も凄く子供っぽいのよ。 全部自分に都合の良い内容で、ベタベタのハッピーエンドだから」


 という事は、童話じゃなくて小説、なのかな?

 でも、ダメとか言う割には、結構ギリギリな所までバラしてるよな。 俺の反応を試してるのかな。


「昔は……大人になれば、何でも夢は叶う、って本気で思ってたの。 背が高くなって、頭良くなって、スタイル抜群になって、素敵な恋人ができて、お金持ちになって優雅な暮らしをする、って」


 ……いや、アンタそれ望み過ぎィィ!


 と、うかつにも俺はツッコミを入れてしまいそうになったが、喉までせり上がって来たそれを、危うく飲み下した。


「でも、現実はそうじゃなかった。 世の中は全然キラキラしてなくて、私の願いは、何一つ叶わなかった」


 それはわかる。

 確かに、世の中はそれほど希望に輝いてないし、俺は背低いし、頭良くないし、友達も彼女も居ないし、貧乏でしかも退学寸前だ。


「そうよね……。 ねぇ、現実って……過酷で、あまりにも残酷だよね」

「そうだね」

「……なんだか、返事が軽いよ礼雄くん。 本当に、現実の厳しさ、分かってる?」

「そりゃ分かってるよ。 でも、愚痴ばっかり言ってたって、しょうがないじゃん? 琴莉さん、言ってたじゃん、あの、スーパーなんちゃら……」


「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」


「そうそう、それ。 明日良いことあったら良いな、って呪文なんだろ? きっと良いことあるさ」

「そんな簡単に言うけど、礼雄くんにはあるの?」

「……」


 ……あることは、ある。 ゲームだ。


 どんな辛い事があっても、ゲーム雑誌で面白そうなゲームの記事を見つけてしまうと、その瞬間から、どんな冒険が待っているのか、どんな楽しさが得られるのか……と、その期待と興奮は止まる事を知らなかった。


「グラップルファイターキバ」、「剛拳」、「FーMEGA」、「三国志正伝」、「オペレーションサンダーストーム」、「本気マジ刑事デカ! ダイナマイツ」「どきどき☆ときめき学園パラダイス」「LOST EDEN ver21」「ドラグーンファンタジー」……。


 そして、実際に体験したゲームは、ヨダレが出そうなほどに最高だった。

 中学生の頃からハマりまくっていたゲームの事をちらりと思い出しただけで、これだけのタイトルが一瞬で山と浮かんでくる。


 過去、リアルで辛い事は確かにあった。

 だけど「もし自殺なんかしてしまったら、もうゲーム出来なくなる」と思えば、そういう選択肢は選べなかった。


 あのめくるめく楽しさを、これからも味わい続けたい。

 未来はどうかしらないけど、ゲームはこれからもっと面白くなる。

 だから俺は生きていたい……そう思っていた時期が、確かにあった。


 だが、そんな事をポツポツと語ると、琴莉さんは、目を丸くしていた。


「……礼雄くんも凄いね! 私とは違う意味で、全然普通じゃないよ」

「そうかな? これくらい、ゲームマニアだったら普通だと思うけど」

「ううん、絶対に普通じゃないと思う。 希望もやる気も生き甲斐も、ゲームに丸投げでしょ? 普通そこまで、ゲームに人生賭けられないよ」

「いやぁ、余裕だと思うけどなぁ……あいたっ!」


 俺は前からやってきた通行人にぶつかり、お互い尻餅を付いて転倒する。


「す、すいません……」


俺は慌てて謝るが、


「痛えなぁ……。 おい、ちゃんと前向いて歩けよ!」


 相手は俺を睨みつけて、そんな事を言った。

 短髪で、ガタイの良い男だった。

 だが、そいつは「歩き携帯」をしていたのだ。

 俺も確かに琴莉さんの方ばかり見ていたけど、そもそも前を見ていなかったのはお前だろうが。


 ……でも、今は隣に琴莉さんが居る。

 事態を荒立てるような真似はしたくない。


「すいません……」

「ふん、鈍くさい奴」


 そう言って、そいつは携帯……俺たちには馴染んだ画面を表示した……と拾い上げると、小声で


「ああ、悪い、ちょっと人にぶつかっただけだ」


と、携帯にそう囁いた。


「……」

「どうかしたの、礼雄くん?」


 今さっき、チラリと見えたゲーム画面。

 あれは、間違いなく「還魂のリヴァイアサン」。


……そして、そのアバターネームは「ウルタン」だった。


 俺はその短髪でガタイの良い、ナップザックを背負ったブルゾンを見送る。 あいつが、か。


「ね、礼雄くん。 あの人、今『リヴァイアサン』やってなかった?」

「やってたよ。 人気あるよね、このゲーム」

「……そうね」


 歩いている時まで「リヴァイアサン」が手放せないなんて……。

 あいつも、俺と同じように、欲望の炎に魂を焼かれているんだろうか。


「だから、待ってるの。 あの世界を、粉々に破壊してくれる騎士様が、現れるのを……」


「……ん?」


 唐突に、琴莉さんが何か言った。


「今、何か言った?」

「何でもなーい。 ほら、もう講義はじまっちゃうよ!」


 そう言って、琴莉さんは俺から小走りに距離を取る。


 ……あれ、これ、講義を一緒に受けようって事?

 いや、それが勘違いだとしても、後がない以上、このチャンスに乗っかるしかない。


「分かったよ! 今行く!」


 講義の時間中、さっきみたいな妄想話を延々聞かされる事になっても、もう構わない。

 毒を喰らわば、皿の破片まで、かみ砕いて飲み込んでやる。


 俺は改めてそんな覚悟を決めると、琴莉さんの側へと駆け寄った。

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