(57)とんちゃんスペシャル
DATE : H27.2.2
TIME : 8:29
STID : 00941724
2月2日、金曜日。
昨晩、寝付けなかった事もあって、俺は8時過ぎに目が覚めたが、金曜の午前中は講義を入れてないのでセーフ。
下宿の皆は出ていった後のようで、食堂のテーブルには俺の分の食事だけが残されていた。
俺は洗い物をしている小夜子叔母さんに朝の挨拶をし、自分の分を温めて食卓につく。
「あの、叔母さん。 ちょっと、知恵を拝借したいんだけど……」
「……何だい、礼雄くん? 私に分かること?」
俺が食べながらそんな質問をすると、小夜子叔母さんは、洗い物を続けながら返事してきた。
俺は、昨晩のムラサメの事を思いだす。
奴に大量の金や装備を渡したことで、やっと俺に対する誤解を解いてくれた。
その事自体に悪い気はしていない。
だが、そのために俺は資産の大部分を失い、しかもノートはゲットできなかった。
「叔母さん、『人を動かす』ためには、何が必要だと思う? 例えば、お金とかは、そういう行動のモチベーションになるよね」
「そうだね、ちゃんと給料貰えないと、この社長の下で働こうって気分にならないからね」
「で、給料出せないけど、協力してもらいたい……って場合は、どうすればいいと思う?」
だが、それを聞いた小夜子叔母さんは、目を丸くしてこちらを向いた。
「何だいそれ!? タダ働きして欲しい、って事?」
「ま、まあ、そうなるかな……」
「そんな事、めったにないよ?」
だが、うーんと唸りつつも、小夜子叔母さんは答えてくれた。
「そうだねぇ……。 その人に魅力があるとか、参加したくなるようなビッグな仕事をしてるとか。 あと、お金じゃないなら、物でお礼するとか、かな」
「なるほどですね」
頷きはしたが、俺には魅力ないし、ビッグな仕事してないし、物も持ってない。
「あ、そうだ。 プライドを刺激してあげる、なんてどう?」
「プライド?」
「誉めて誉めて、誉め倒すって事」
「……誉める、ですか?」
「そう。 ウチの甲斐性なしがそうなんだけど、おだててやらないと、身動き一つしやしない」
「そうなんですかー」
栄重叔父さん、確かにちょっとグータラだなとは思ってたけど、叔母さんにそこまで言わせるとは……。
「大体、男はね、金よりもプライドを刺激してやるのがいい結果になったりするもんさ。 強いとか、賢いって言われて、悪い気分はしないからね」
食事を終え、俺は小夜子叔母さんの処世訓に「なるほどなぁ……」と思いながら、2階の自室に戻ってきた。
誉めて誉めて誉め倒して、動いてもらう……か。
「でも、それ、嘘だしな」
確かに、誉められてイヤな気分になる人間は居ないだろう。
でも、それを言う当人はどうか。
思ってもいない事を言って、相手を持ち上げるってのは、「嘘を付いて騙す」事と同じなんじゃないだろうか。
「……準備しよ」
午後からは専門の「経済史2」と一般教養の「歴史民族学」「倫理学」の予定だ。
それに備えて、俺はノートと教科書を鞄に詰め、スマートタブレットを充電器に差し込む。
そして、コタツに入ってリラックスする傍ら、何もする事がないので、久しぶりにテレビを付けてみた。
「なんやねんお前! お前、俺に対してそんな事思てたんかい!」
「いやぁ、僕、先輩の事ちゃーんと見てますってー。 好きな服や、食べ物や、女性の好みまで、バッチリ把握してますよー!」
テレビでは、深夜番組「ヤバトーク」の再放送をしていた。
テーマに沿った若手芸人を集め、話題を一つずつ語ってもらうトーク番組。
この日のテーマは「太鼓持ち芸人」だった。
「……はは、おべんちゃら使いの奴らかよ」
俺は番組の内容を鼻で笑いながら、ボーッと見ていたが、
「どんな人にだって、良いところ絶対にあるんですよ! そこを見つけるんですよー!」
「じゃあ、ワイの良いところ上げてみ」
と、司会のゴリラ顔パンチパーマがそう言うと、
「暴力的な所と、ワンマンな所ですかねー。 あとタラコクチビル」
「なんやねんそれ! どこが良いところやねん!」
後輩芸人が先輩の短所を言いつらって、ゴリラ顔パンチパーマがツッコみ、それに同期芸人と周囲が仕掛けられたように爆笑する。
「なんだこれ、くだらねぇ……」
俺がテレビを消そうとしたら、
「いやいや、これ良いところですよ!? 先輩は男らしくて、逞しくて、決断力がある。 今の連中が、貧弱で流され過ぎなんですよ。 それに、先輩は時代に埋もれない個性があるし、唇だって、女性から見ればセクシーですよ!」
太鼓持ち芸人が、さっきの悪口の表現を変えて、言い直した。
「なんやお前、巧いこと言いよるなぁー!」
「僕ですね、これを小学校の先生から習たんですよ! 乱暴な子は『腕白で、元気がある』、根暗な子は『静かで、和を乱さない』とか、変な子は『独創的で、他人にない才能がある』って、通知表に書くらしいんですわ!」
「いやぁ、物は言いようやな~!」
そう言って、ゴリラ顔パンチパーマは、司会台をバンバンと叩いた。
……なるほど、「物は言いよう」なのか。
確かに、どんな欠点だって、好意的に見れば、良い所になる。
……。
好意的に、見れば……か。
つまりそれは、その人の見方次第で、他人の評価なんて、どうにでも変化する、って事か。
言われてみれば、保科もそうだ。
俺は、そこまで嫌われる事はしてないはずなのに、奴は弟と俺を重ね合わせ、その憎悪を俺に向けていたからこそ、俺に対し容赦ない行動を取るようになってきた。
そして、それは俺もそうだ。
幸せそうな周囲が羨ましくて、つい僻みっぽい事を言ったり、望むものが手に入らない事で、周りに文句を言ったりしていたのではないだろうか……?
「……何で、こんな事考えてるんだ、俺」
どうして、こんな事が気にかかるようになってきたんだろう。
「無関心、だったからかな」
きっとそうだ。
今までは、他人の事に無関心であったがゆえに、こんな番組に対する興味なんて無かった。
でも今、魅力20の桐嶋礼雄は、他人の関心を引き、その力を借りなくては生き残れない。
だから、こんな番組にも興味が出てきて、ふと都合良く目が止まったのだ、と思う。
「僕、先輩の車の趣味知ってますよー。 実は、意外にミニバン好きですよね?」
「お、おう、良く知ってるやないか……」
「休日は、良いパパしてるって評判ですよ! やっぱり、家族サービスするなら、家族で乗れる車が良いですもんねー!」
「ま、まぁ、やっぱり父親やからな……」
画面がゴリラパーマの、まんざらでもない笑顔のアップになったので、俺はテレビを消した。
……確かに、誉めるのは悪くないかもしれない。
介護の佐伯理事長だって、メチャ誉めまくったら、結構あれこれ教えてくれたしな。
「相手を誉める。 相手の興味があるものを知る、か」
太鼓持ち芸人は、相手の好きな物を逐一記憶していた。
これ、ある意味凄いことだよな。
俺たちオタクは自分の趣味以外、まして他人の事なんぞに、メモリのリソースを割こうと全く思わないからな……。
「おっと、そろそろ行くか」
午後から、専門の「経済史2」がある。
彼女も、おそらくこの授業を受けているはずだから、早めに下宿を出て、生協で待ち伏せしよう。
DATE : H27.2.2
TIME : 12:02
STID : 00941724
「あれ? こんにちは、琴莉さん」
「……礼雄くん?」
大学の生協の食堂前で、俺は首尾良く彼女……茅原琴莉さんを見つけたが、偶然を装って声を掛けた。
彼女は経済の専門講義を受講していたから、俺と同じ経済学部だ。
必修のこの授業、しかも試験範囲の発表である今日、授業に出てくるのは確実だった。
授業の前に「どこでご飯を食べるか」が、俺の懸念事項だったのだが、厚底の靴を履いている彼女は、あまり遠くまで行きたがらないだろうから、学内の生協に違いない……という推理は、正解だった。
「ちょうど良かった。 こないだは、ごめん。 本当に、俺が悪かった」
「……いきなり、どうしたの?」
「いや、こないだ生協で一緒に食事した時のこと。 あの時、人の気持ちが分かるのか……って聞かれて、分からない、って答えたけど……」
「そうね。 礼雄くんは、分からないんだったね」
これ、言うのか……。
でも、言わなくちゃ。
相手の興味あるものを知る、のが大事なんだから。
「でも、理解したいって思うんだ、その娘のこと。 琴莉さんが知ってる限りで良いから、教えてよ」
「……」
「童話とか、小説とか好きなんじゃなかったっけ? オススメの本、何かある?」
と、俺はこれ以上ないくらいの極上スマイルで話しかけたのに、琴莉さんは「ハッ」と鼻で笑って、
「それ、嘘でしょ? どうせノート目的で、そんな事言ってるんでしょ」
と一蹴した。
……それは正解だ。
俺の周囲で、授業のノートを持っていて、しかもきちんと授業に出ている人間は、彼女が一番可能性が高い。
彼女を口説き落としてノートを借りないと、俺は退学だ。
「い、いや、嘘じゃないって……」
だけど、本を読むってのは嘘じゃない。
大学に残れるなら、彼女から何のどんな本を指定されようと、必ず読破してみせる。
「こないだも言ったけど、ノートは絶対に見せないから、他の人を当たってくれる?」
だが、琴莉さんの拒絶ぶりは予想以上に鉄壁だった。
「ちょっと待った! ノートは良いんだよ! 俺、本当に、その娘のこと、知りたいだけなんだ!」
本当は、ノートは喉から手が出るほど欲しい。
だけど、ここで嫌われたら何の意味もない。
とにかく、何でも良いから、今、彼女の好感度を稼がないと意味がないんだ!
「私は別に教える気ないわ、さよなら」
そう言って、彼女は生協の食堂に入ろうとしたが……。
「あの、琴莉さん。 『とんちゃん』って店知ってる?」
「……? 何それ? 何の店?」
琴莉さんの、興味あるものは……。
「カツ丼専門店」
「カツ丼っ!?」
琴莉さんの首から上が、勢い良くこちらを振り向いた。
「ラグビー部御用達の、カツ丼専門店なんだよ。 それが、凄いボリュームでさ、カツは2段重ねだし、ソースは濃厚だし、キャベツもご飯も超大盛りなんだよ。 奢るから、行かない!?」
「そ、そ、その店は……どこにあるの……? お、教えてもらえれば、行くから……」
「裏門の近くにある、斉藤ビルの2階。 ちょっと分かりにくいし、女性だけだと入りにくい雰囲気だから、一緒に行った方が良いと思うけど」
「……!!」
琴莉さんの目が、中空を泳いでいた。
それを見た俺は、これは魚が針にかかる寸前だ、と直感した。
ダメ押しするなら、ここしかない!!
「しかもね、マヨネーズも掛け放題なんだよ! それに、俺、食事の相手がマヨラーでもクチャラーでも全然気にならないしさぁ!」
「……!!」
「……。」
「……!!」
「……あの、ダメかな……?」
その質問をして、たっぷりの沈黙の後、琴莉さんは簡潔に答えてくれた。
「……行く。 一緒に」
その発言を聞いた時に、俺は内心で思い切りガッツポーズをした。
良かった! 琴莉さんが脂身大好きで、マヨラーだと覚えてて、本当に良かった!! 間一髪だったぁーー!!
DATE : H27.2.2
TIME : 12:17
STID : 00941724,A00000021
「うわぁ、本当にここ凄い雰囲気ねぇ」
「3階の方が比較的くつろげるよ、和室だし」
かくして俺は、琴莉さんを同伴して、斉藤ビルの2階にあるカツ丼専門店「とんちゃん」に連れてくる事に成功した。
1階は別の飲食店で、2階が「とんちゃん」なのだが、そこはどっちも汚れた作業服や、ラグビー部なんかの男臭い連中がひしめきあって食べているので、俺みたいなインドア系の人間は、ちょっと時間が掛かっても、3階の和室に陣取って食べる事にしている。
「(しかし、琴莉さんって、ちっちゃいよな……)」
座敷に上がり、靴を脱いだせいで気づいたが、琴莉さんはかなり背が低かった。
俺もそれほど高い方じゃないけど、その俺より頭一つ分低い。
しかも童顔かつ痩せ型なので、彼女の体格は、ぶっちゃけちびっこ……いや、女子小学生レベルと言った方が適切かもしれない。
服装と髪型をオトナっぽくしてるから、なんとか大学生に見えるんだよな……。
「じゃあ、何にしようかな……。 あ、礼雄くんの言ってた、2段重ねの奴、コレよね!? 『とんちゃんスペシャル』!」
彼女は喜々として、メニュー表から例の品を指さした。
「そう、それがオススメなんだよ!」
……1,500円もするけどね!
そして、注文からしばらくして、「とんちゃんスペシャル」こと、「ソースカツ2段重ね超大盛りマヨネーズ掛け放題丼」が運ばれてきた時……。
「うわぁ……」
琴莉さんは、まるで花か宝石を見つめる乙女の表情で、その湯気を放つカツ丼を見た。
「素敵……」
いやいや、素敵って、そのリアクションおかしくね?
とか一瞬思ったが、気にしない事にする。
今は彼女を否定する言葉は禁句だ。
「頂きまーす……もぐもぐ、おいしー!!」
「……」
「超美味しいよ、礼雄くん! これ!」
「そ、そう? 気に入ってくれて、良かったよ」
「ほら! ちゃんとご飯にソースも染みてる!」
実の所、俺はこの「とんちゃん」の味付けはかなり濃いので、そこまで好きではないのだが、琴莉さんにはベストヒットだったようだ。
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
しばらくソースカツを食べ続け、1枚を食べきった所で、琴莉さんは卓に置いてあるマヨネーズをやおら掴むと、ブリュリュリュリュリュリュという何だかゴメンナサイな音を立てて、カツ丼を白くデコレートしていった。
そして、彼女は満面の笑顔と共に、
「さらに美味しくなってるー! すごーい!」
そんな感想を述べてくださった。
ちなみに、彼女はちゃんと口元を手で隠していたし、クチャラーでもなかった。
「凄いよ礼雄くん、これも美味しいよ! 一口食べてみる!?」
「あ、い、いや、俺は良いよ……」
いやもう、それカツ丼じゃなくて、マヨ丼だろ。
カロリーどんだけなんだよ。
見ただけでゲップ出そうだよ、ってか確実に出るよ。
だが、そんな魔改造が施された「とんちゃんスペシャル」は、ちびっこの胃袋の中に見る見るうちに消えていった。
「あー美味しかった」
「早ッ!」
「だって、凄く美味しかったんだもん!」
「そ、それは良かったね……」
2階に降りてくる時、俺は琴莉さんの手を引いて階段を降りた。
結構急で危ないからだが、琴莉さんの手は小さくて、柔らかかった。
「はい、とんちゃんとカツ丼並で……合計で2,420円になりまーす」
……あれ、ここのレジ「ウェブパース」使えるのか。
よし、使えるなら使っておこう。
現金が惜しい。
俺はスマートタブレットの電源を入れ、小声でゲームにログインすると、電子マネーでカツ丼代を決済した。
「ありがとうね、礼雄くん。 凄く美味しかった!」
「誘ってホント良かったよ、琴莉さんがあそこまで気に入ってくれるとは思わなかった」
俺たちは店を出ると、経済棟に向かうべく大学構内に戻り、二人並んで歩き始めた。
……うん、厚底の靴を履いたら、琴莉さんも普通の背丈かな。 それに、やっぱ笑顔だと可愛いな。
「あの店、また行きたいけど、一人じゃ行きにくいから、また一緒に行ってね、礼雄くん」
「……えっ!? あ、ああ、その時はお供するよ」
「もちろんオゴリでね」
「えーっ!? ま、マジで!?」
「何よ、さっき『リヴァイアサン』で稼いだお金で払ってたでしょ? それくらい良いじゃない」
いや……今の俺、ゲーム内でも結構貧乏なんですけど……。
「それなら、今度一緒に冒険に出てあげる。 それで奢ってくれるんなら、全然安い買い物だもんね」
冒険に「出てあげる」と言われ、俺は苦笑する。
どんだけ上から目線なの……と思ったが、ゲーム中での彼女は、おそらくではあるが、かなりのハイランクアバターだ。
その意味でも、俺は彼女に逆らえなかった。
「うん、じゃあ、その時は是非よろしく頼みます」
「うむ、苦しゅうない」
「ところで……琴莉さんは、どんな作品が好きなの?」
「え?」
「ほら、生協での話。 童話とか小説が好きな女の子の話をしてたじゃない」
「ああ、それね……。 誤解しないように言っとくけど、その娘は、私じゃないからね」
あれ、ここまでしてもダメだった、のか……?
「でも正直、沢山あり過ぎて、何を挙げれば良いのか選べないわ」
「え、そうなの?」
というか、結構あっさり答えてくれた。
「うん、私、古典文学から児童小説、ジュブナイルから推理ものまで、何でも読んだもの」
「それは、凄いね……!」
じゃあ何で経済学部なんだよ……と思ったら、ウチ、文学部ないんだった。
「でも、特に好きなのは、異世界を扱った作品ね」
「……異世界?」




