(53)人づきあい、とは
DATE : H27.2.1
TIME : 7:09
STID : 00941724
2月1日、俺は朝早く下宿を出て、理工棟の生協で朝食を取りながら、母親に電話を掛けていた。
「……それで、試験はいつからなの?」
「来週だよ、2月12日から1週間」
「お父さん、今は調子が良いけれど、試験が終わったら帰ってきなさい。 お父さん、礼雄の事を待ってるわよ」
「ああ、分かってる。 試験終わったら急いで帰るよ。 ……兄貴は、まだそっちに居るのか?」
「一度東京の本社に寄ってから、ブラジルに戻るって。 それと、天麒から聞いたわね? 試験の件。 しっかり頑張りなさい」
「言われなくても、そのつもりだよ。 ……それじゃ」
何せ、人生かかってるからな。
「……ふぅ」
昨日……1月31日は、レポートのノートを誰かが持っていないか、色々と行動していた。
学友の根岸が居ないかどうか張り込んだり、隣の席に座った奴に「試験大変そうだよね、ちゃんと出席してた、君? ノート持ってる?」みたいな事を話しかけたりした。
だが、その結果は全滅だった。
魅力値20の「桐嶋礼雄」という存在は、思い出すのもおっくうなくらい、周囲に完全拒否された。
「(まるで俺、『薫卓』や『呂布』みたいだな……)」
シミュレーションゲーム「三国志正伝」では、魅力値は、全ての対人行為の成功率に影響してくる。
そのため、君主(※プレイヤーキャラ)の魅力値が低いと、部下たる武将が裏切ったり、仲間になりにくいようになっているのだ。
「今の状態が……まさにそれだよな」
誰からも相手にされない状態。
逆境を乗り越えられず、ただ詰むのを待つだけの状態。
「……一人だから、詰みかけてるんだよな」
ソロプレイ、しかも偏ったキャラビルドだと、自分の弱点を持つ相手が現れた場合、それを乗り切れない場合がある。
こないだのマキアの説教じゃないけど、戦士系のキャラは、魔法を使う敵が現れた時に苦戦しがちだ。
「俺にとっての弱点を補強する存在……『僧侶』や『魔法使い』を仲間にしないといけない、って事か」
そういや、龍真にもそんな事言われたな。
恵方海苔巻きの時、俺は信用度0だから、信用のある人を連れて行け、って……。
でも、他の人って、一体どうすれば良いんだ? と思った時に、ふと思いだした事があった。
「三国志正伝」を呂布でプレイした時は、魅力の低さ故に苦戦した。
部下が集まりにくいだけじゃなく、今居る部下の「忠誠心」も上昇しにくいのだ。
なので俺は、敵国にヘッドハントされたくない、有能な家臣だけに褒美をじゃんじゃん与えて、忠誠心を維持した。
「自分に本当に大切な人しか、繋ぎ止めておけない、って事か……待てよ」
武将には、「野心」という隠しパラメータもあり、利益になる相手だったら相手を問わず仲間になる、と設定されている連中も居た事も思い出した。
そういう連中は、小説やゲームの中だけじゃなく、現実にも居る。 金さえ貰えば動く連中。
俺は、携帯を見る。
金は……ここにある。
「イヤだな、何でも金、だなんて……」
ギブアンドテイク。
なんで、リアルでも「還魂のリヴァイアサン」みたいな事しなきゃならないのか。
でも今は、これに頼るしかない。
生き残るために、ミルフィーユから奪った金を使うなんて、追い剥ぎ以外の何者でもないけど、仕方ない。
「後は、仲間になってくれる人を探すだけ、だな」
とにかく、できる事は何でもやる。
ゲームと違って、1ターン1回とかいう制限はないんだ。何でもやってやる。
そうしないと、人生が終わる。
俺は、生協を出るとチャリをこぎながら、理工学部棟内へと向かった。
「鋼鉄戦鬼ムラサメ」は、ここに在籍しているはずだ。
ここの掲示板に張り紙しておけば、相当に目立つが、奴だって気づくはず。
俺はこのために準備しておいた付箋紙に、「今夜12時 ネージュ村の掲示板 レオ」と最低限の情報だけ書き込んで、掲示板に貼っておいた。
アレをムラサメが見つければ、ログインしてくれるかもしれない。
途中で誰かに剥がされたり、ムラサメが俺を嫌ってログインしなかったりするかもしれないが、その時はその時だ。
とにかく、少しでも可能性があったら全部拾おう。
「……でも、来てくれるかな、アイツ」
DATE : H27.2.1
TIME : 19:16
STID : 00941724
2月に入り、講義では試験範囲が次々と発表されるようになってきた。
今日は証券法、簿記論、仏語の範囲発表があり「なんで試験範囲、こんな広いんだよ……」と文句を言いつつも、俺は下宿に直帰して必死に勉強をしていた。
その最中、俺の部屋の扉がゴンゴンゴンと連打ノックされる。 ……何だ?
「礼雄、あなた、バイト止めたの!?」
扉を開けるやいなや、あかり姉が真っ青になって飛び込んできた。
「『朱琴荘』から連絡あったのよ、別の人が売りに来たって!」
「あ、ああ、バイト止めたって言うか、止めさせられた、っていうか……」
「どうして!? 何でそんな無責任な事をするの!? お願いされた仕事は、ちゃんと最後までやり遂げなきゃ!」
無責任と言われて、一瞬イラッとしたが、事情を知らないあかり姉にキレたって意味ない。
「いや、本当に試験で少し休みを取らせて欲しい、って言っただけなんだ。 ならクビだ、って言われて……」
「そ、そうなんだ……」
クビ、という事で事情を察してくれたのか、あかり姉はそれ以上何かを言うことはなかった……が。
「ちょっと行こう、礼雄。 朱琴荘に」
「何で!? 今から?」
「そう、今から。 事情を説明して、一言謝っておかないとダメだよ」
そう言って、あかり姉は俺の手を引いて、外に連れ出す。
「ちょっと待てよ、品物はちゃんと届いてるんだろ!? じゃあもう俺が行く必要ねーじゃん!」
「そういう問題じゃないのよ、礼雄。 私たちが届ける、って言ったんだから、その約束を果たさないと」
「じゃあ、電話で事情を……」
「実際に会わないとダメよ!」
あかり姉は、俺を強引に引っ張っていって車に押し込み、北バイパスにある「朱琴荘」へ向かって車を走らせた。
「なあ、あかり姉ちゃん、一つ聞きたいんだけど」
「何?」
何でこんな無駄な事する必要があるのさ、と聞きたかったけど、それを言うと怒らせそうなので、少し質問を変えた。
「あのさ、人と接する時に、こんな気を使わなきゃいけないのって、何でなの?」
その質問をすると、あかり姉ちゃんは「また始まった」的な微苦笑を浮かべたが、すぐ真顔になって答えてくれた。
「お父さんの言葉なんだけど、人生で一番大事なものは、『人との和』なんだって」
「……そう言えば、そう言ってたね」
「人を蔑ろにする人間は、それが態度に現れる。 そういう人間に、人は寄ってこないんだよ、礼雄」
「……!」
唐突に放たれたその言葉は、この出来の悪い従兄弟への忠告だった。
同時に、桐嶋礼雄が「なぜ魅力値20なのか」を説明付ける言葉だった。
「分かったよ、あかり姉」
その言葉を聞いて、複雑な気持ちがした。
人を蔑ろにするから、人から嫌われる。
それはよく分かる。
でも、蔑ろにされていたのは、むしろ俺の方だ。
だから、他人から距離を置いていたのに……。
そうしたら、より一層、他人から嫌われるなんて……。
何なんだよ、このデスループ……。
「本当に分かったの、礼雄?」
「ああ、本当だよ」
人を大切にすれば、人から好かれる、らしい。
「(……だから、例え本意じゃなくても、他人には良い顔しなきゃ、って事だろ)」
それを口に出すことはしなかったが、ふと、保科の顔……あの作り笑いが浮かんだ。
あいつも、俺の事を内心では嫌っていながら、場を取り繕うために、笑顔を浮かべて話しかけてくれていた。
「(人生って……疲れるもんだな)」
皆、何でそんな面倒な事やってるのかなぁ。
気持ちを素直に外に出さないのとか、疲れるだけだろ?
「(だから、『@ちゃんねる』みたいなのがあるのかな……)」
もしかすると、人づきあいというものは「極めて面倒」だけど「極めて大事」なモノなのかもしれない。
俺がそう結論めいた考えに至った時、車は目的地に着いた。
DATE : H27.2.1
TIME : 19:41
STID : 00941724
朱琴荘に到着すると、しばらく待たされた後に、あのアメコミめいた太っちょオバサンの佐伯理事長と、介護士さん達が現れたが、彼女らはいずれも渋面だった。
何でも、恵方海苔巻きを販売に来たコンビニの人に、あの中村というお爺さんが「何故あかりちゃんが来んのか!」と、難癖を付けてトラブったらしい。
しかも、販売本数が微妙に違っていたらしく、それを疑問に思った佐伯理事長が、小夜子叔母さんに電話し、それであかり姉ちゃんが俺を引っ張ってきた……という事だった。
対して、あかり姉は、俺が試験のために休みを貰おうとしたらクビになった事、それで代理の人間が来たのであろうことを伝えると、
「まぁ、事情は分かったよ、坊や。 でもねぇ、一言連絡くらいは欲しかったね。 中村さんをなだめたり、本数を確認するので一騒動だったんだよ」
「本当に、申し訳ありませんでした……! ほら、礼雄!」
「す、すいませんでした……。」
てかこれ、持ってきた奴の責任で、俺のせいじゃねぇじゃん……。
「しかし、バイトをクビ、ねぇ。 ま、分からんでもないけどね」
そう言って、佐伯理事長は、チラリと俺を見る。
「何でも、他人事だと思ってるからだよ」
見透かされたような一言。
と同時に、あかり姉から肘で軽くつつかれ、「礼雄、顔。 表情」と小声で言われた。
……不満が、顔に出てたのか。
「あの、すいません、良かったら、中村さんに逢わせて頂いてもよろしいでしょうか? せめて一言くらい、お詫びしたいな……と思うんですが」
「そうかい? まぁ、消灯までまだ時間はあるから、それは構わないけど……。 おい、誰か中村さんの所に案内してやって。 長話にならないようにね」
そして、その場には、俺と佐伯理事長だけが残った。
「……」
「……」
当然、会話なんてない。
共通の話題があるはずもな……
「あの、すいません…。 佐伯理事長、介護の仕事って大変なんでしょうか?」
「ああ、大変だよ」
唐突に、俺の脳裏に閃いた思いつき。
「この『朱琴荘』って、他の施設に比べて、凄く大きいですよね? ここまでの建物を作るのに、やはり大変苦労されたと思うんですが」
「まぁ、確かに紆余曲折あったけど……それがどうしたんだい?」
「日本は超高齢化社会、って言われてるじゃないですか。 そして、もっとそれは進行していくって」
「そうだね、団塊の世代が後期高齢者になる頃は、とんでもない事になっているだろうね。 それが?」
そこで、俺は携帯に連絡があったようなそぶりを見せつつ、アプリの「ボイスレコーダー」を起動した。
「やはり若い世代として、気になってるんです。 介護費用の削減策とか。 それって、皆で考えなければならない事だと思うんですが……」
「そりゃ、私だっていろいろ考えてるよ。 山のようにアイデアはあるね」
一瞬、「やった!」と叫びたい衝動をこらえ、俺は冷静に佐伯理事長の話を聞き出していった。
地域包括支援センターとの連携と情報収集。
孤立世帯におけるテレビ電話の導入と、弁当宅配による入居者の囲い込み。
「朱琴荘」では、階ごとに別の施設となっており、重症化しても他の施設を探す必要がないこと。
そして、利用者の部屋を実家の部屋の内容と同様に改装し、長く住める施設としていること。
「スゴいですね、佐伯理事長! さすが先駆者は違います! 良いアイデアばかりですね!」
会話の最中、俺は佐伯理事長をホメまくった。
すると、あの理事長にも笑顔が出てきて、いろいろ喋るようになってくれたからだ。
「いやいや、これくらいのアイデアは、他の人たちだって考えてるよ」
「でもそういう工夫を積み重ねて、他の人に負けないようにしてるんですよね?」
「違うよ坊や。 勝ち負けじゃなくて、どうしても介護はお金が掛かるんだよ。 その費用を圧縮しようとすれば、自然と大規模な施設を作らざるを得ないのさ」
「で、これからの時代はどうなるんですか?」
「そうだね、国は在宅を勧めたがってるけど、施設の需要は無くならないから、今後30年、団塊の世代の状況次第で、介護の潮流は大きく変わってくるだろうね」
「なるほど……参考になります!」
「あと、そうだね、どこにどんなニーズを持っている人が居るのかってのが分かればねぇ……。自治体はそれを持ってるんだけど、全然活かされてないからね」
そして、会話の中で俺が思った事は、トップの人って、相当に貪欲だなぁ、って事だった。
とにかく、ありとあらゆる事が利用者のためにならないか、と考え続けていた事が、話の端々から伺えた。
「礼雄、ただいま……」
そこに、苦笑している介護士さんと、憔悴しきったあかり姉ちゃんが帰ってきた。
「あ、お帰り、あかり姉」
「んじゃ、話はこれでいいかい? 何か参考になった?」
「はい! ありがとうございます!」
そして、佐伯理事長と介護士さんは、俺たちを玄関まで送ってくれた。
「あかりちゃん、あんた接客の才能あるよ。 行く先に困ったらウチにおいで」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
そして俺に、
「またね坊や。 小夜子にもよろしく伝えてといてね」
そう微笑みながら挨拶してくれた。
話を聞き出すために、ホメにホメまくったのが良かったんだろうか。
帰りの車中で、胸中の興奮を押し殺したまま、ボイスレコーダーを停止させ、データを保存する。
……上手く行けば、これで「経済福祉総論」の単位はゲットできるかもしれない!
ふと、佐伯理事長の笑顔が、胸に浮いた。
悪くない笑顔だった。
「あかり姉、人付き合いって、やっぱ大事なんだね」
「そうね……ち、ちょっと疲れるけどね……」




