(52)ことり を なかまに しますか?
俺はマキア達と別れた後、一人、ネージュ村に戻って宿屋に泊まった。
恒例のCMが流れた後に、マイアバター「レオ」のパラメータが向上したメッセージが表示される。
攻撃力、防御力、素早さ。特に「耐麻痺」の向上率は著しく、7%まで数値が延びた。
また、固有技として「ジャストガード(3)」と、「ダッシュガード(1)」を覚えた。
「(なんだか、防御系のスキルばかり延びてるなぁ……)」
そこまで確認すると、俺はログアウトして、再び布団の中に潜り込んだ。
「ふう……」
時計は、既に午前2時を示している。
「(……いろんな事、あったなぁ)」
ミルフィーユを倒し、兄貴に怒られ、バイトをクビになり、保科と喧嘩になって、追いつめられてPKプレイヤーになろうとしたけど、ルナと出会ってPKは止めて、逆にウルタン達に襲われて、負けて、泣いて、マキアに慰められた。
『君は、強いわよ』
「……嘘だろ」
先刻の、マキアの言葉。
『素質で全てが決まる訳ではないわ』
『人生に、一発逆転はある』
『努力は報われる』
あれらの言葉が本当だとは、全然思えない。
マキア自身が生まれもっての超絶勝ち組の人間だから、そう思っているのに違いないと思う。
だって、もしもそれが普遍の真実なのなら、この世の中、もっとマシな出来になってるはずだから。
「……ははっ」
でも、マキアは俺を励まそうとしてくれた。
言葉の真偽はともかく、その好意自体は純粋に嬉しかった。
それに……。
『じゃあ君は、何で負けてるの? パラメータが見えないから? ビルドの構成に失敗したから? 良い狩り場を知らないから? そもそも君は何者で、何のクエストに挑んでるのかすら分かってないから?』
マキアのこの台詞。
「人生を……攻略する……」
あのフレーズだけは……気に入った。
確かに、俺は漫然と毎日を過ごすばかりで、自分からどうにかしてやろう、という気持ちは全然なかったのだ。
「ゲームで工夫できる人間は、人生でも工夫できる……」
そんな事を呟いた後、ベッドの下に隠してある、今も捨てられない本を引っ張りだした。
「ドラグーンファンタジー11 ~漆黒のエクセリア~ アルティメットマニアックス」
辞書のようなそれは、1000ページをゆうに越える、ネトゲ攻略本。
広辞苑もかくやというそれを、俺は隅々まで読み込んで、あの戦場にダイブした。
「……。」
それが大学1年生の時の話。
俺は、この本の内容を、確か1週間くらいで暗記したと思う。
「(好きなものなら、こういうパワー湧いてくるんだよな……)」
そのブ厚い、手垢のついた本を読み返しながら、俺は感慨に耽る。
大量の武器、防具、魔法、アイテムの数々。
ちょこちょこ忘れてる部分もあったが、殆ど覚えてる。
「……このパワーが、試験とかに使えたら良いんだけどな」
大学の教科書が、ネトゲの攻略本並みに面白かったら、スラスラ暗記できるのかもしれないけど……。
それが出来ないから、今、こうしてるんだよな、俺。
「……パラメータが、極端なんだよな」
桐嶋礼雄。
知力:70くらい。 そこそこ。
普段はもっと低い。
でも興味ある分野だったら、相当イケると思うので、それを加味した点数。
体力:40くらい。 人並みより、少し下。
それに加えて、背が低い。
だからバスケやバレー、柔道や剣道だと圧倒的に不利。
魅力:20くらい。 壊滅的。
気が利かない、協調性がないという評価。
喋りも下手。 友人も殆どいない。
背も低い。
「(……酷いよな、これ)」
俺は歴史シミュレーションゲーム「三国志正伝」の、武将登用画面に自分の顔を当てはめながら、そんな自己評価をしてみた。
確かに、これじゃ内政に従事させるくらいしか、使い道がない。
「……くそっ」
兄貴が言ってた「俊郎叔父さんの所に就職しろ」ってのが、実感できるだけに余計ムカつく。
「どうすれば良い……?」
俺の一番最初のミッションは何か?
「……やっぱり、レポートと試験だな」
やはり、それが急務だ。バイトは後回しにできる。
大学生活を続け、自分の望む人生を手に入れるには、まず試験でいい成績を取って、兄貴にぐうの音も言わせないようにすることだ。
『親父は、本当お前に甘いよ』
「あ、しまった…」
兄貴の台詞で、親父の様態を聞き忘れていた事を思い出した。
小康状態らしいけど、自分の耳で聞いておきたい。でも今、夜の2時だしな。
「明日、母さんに電話するか……」
そう決めて、俺は再び思考をレポートの事に戻した。
「レポートのネタ……。 @ちゃんねるで聞いてみる?」
却下。 煽られまくるのが関の山だし、仮に有用な答えが帰ってきても、そこに至るまでの時間と手間がかかり過ぎる。
「それに、福祉総論だけじゃないしな…」
レポートだけじゃなく、試験もある。
来期からは確実に授業に出るにしても、今回は、不足分を補うための誰かのノートが絶対に必要だ。
「くそ……やっぱ、そこがネックなんだよな」
やはり、頼れる人間が周囲に居ないという事実が、大きな障壁になってのしかかってくる。
これがリア充とぼっちを分ける、最大の要因だよな。
「誰か居ないのか…? ノート取ってて、俺と同じ年の、経済学部の人間…?」
ノート、という単語。
そして目の前にある携帯。
「(…待てよ、もしかしたら)」
それを見ていた時に、ふと、ある人物の事が頭に思い浮かんだ。
DATE : H27.1.30
TIME : 12:13
STID : 00941724,A0000021
「こんにちは、茅…いや、琴莉さん。 昨日はありがとう」
「…礼雄君」
俺は午前の講義が終了し、経済第二棟を出るや、茅原琴莉さんに声をかけ、呼び止めた。
昨晩出会った、ティアリという名の強烈な回復魔法を使う天使系アバターは、間違いなく彼女だ。
そして彼女が、今日の2限目の「福祉経済総論」の講義を受けている事は、昨晩の会話で判明していた。
「あの、それで…。」
「何、どうかしたの?」
「あの…」
「…?」
ええい、何ビビってんだ、俺!
ここで決断できなかったら、人生終わるんだぞ!
女の子に話しかけるくらい、何だってんだ!
覚悟決めて行けよ!
「ちょっと、話したい事があるんだ…。 お昼奢るから、つき合ってもらえないかな…。」
すると、琴莉さんは超イヤそうな表情を浮かべたのだが、
「…良いわよ、どうせ昨晩の事か、レポートの事でしょ?」
とOKしてくれた。
「そ、そうなんだよ…。 話が早くて助かる」
そして、俺たちは生協に移動して、二人して食事を取る事にした。
学内のメインストリートを並んで歩いて、ドキドキしたのは内緒だ。
「茅原さんは、何食べるの? 奢るよ」
「えっとね、じゃあ五目ラーメン特盛りと餃子(大)、炒飯大盛り、デザートに杏仁豆腐2つで」
ぶはぁっ!!
いきなり昼に1000円超えランチすか!
苦学生には厳しいッッ!!!
「け、結構食べるんだね」
俺は素うどん(150円)を頼んだ。
「食べても、あまり太らないんだもん」
「へー、それは羨ましいね」
「でも、あまりにも太らなさすぎて、ちょっと心配になるの。 病気じゃないかなって」
「ま、まさかあ、そんな風には見えないよ」
そして、俺たちは窓際の席を取って「いただきまーす」と食事を始めたのだが…。
琴莉さんの食欲が、非常に旺盛なのには驚いた。
タダだから多量に頼んだのかなと思いきや、普通の食事でそのボリュームだったらしい。
「うん…だからね…友達と食事すると…結構…引かれるの」
そりゃそうだ。
美人がここまで豪快に食事するのって、あまり見ない。
「ね、ねぇ、琴莉さんは、普段、どんな食べ物が好きなの?」
「あびゅら」
琴莉さんは、餃子を頬張りながら、簡潔にそう答えてくれた。
…え、「あぶら」って言ったの、今?
「脂身大好き。 豚丼とかトンカツとか、脂のたっぷりあるのって、甘くて美味しくない?」
「あ、ああ、そういう話はよく聞くよ」
巨大掲示板「@ちゃんねる」の、ダイエットスレで。
「後ね、マヨネーズも好きなんだよね。 たこ焼きとかお好み焼きとか、真っ白になるくらいマヨネーズに埋めて食べるのも大好き!」
と、本当に美味しくてたまらないようなとびきりの笑顔で、そう答えて下さった。
「で、ででででも、それでそんなに痩せてるのは意外だな」
「自分でもそう思うの。 もしかして、カロリーの消費量スゴいのかなー、って思ってたり」
いやいや、カロリー消費凄いっても、限度ってものがあるだろ…。
「ところで、礼雄くん、君は、マキアとどういう知り合いなの? あの人、一般人が軽く知り合えるような相手じゃないのよ?」
……まるで、自分が特別みたいな言い方なのが少しひっかかるけど、今はそこを気にしてる場合じゃない。
「いや、普通に。 以前、ネージュ村に来てたんだ。 アーツクルスってプレイヤーにリベンジしたいから探してる、って。 その時、憂さ晴らし……いや、デュエルの仕方をレクチャーしてもらったんだよ」
「ああ、それで……」
アーツクルスの名前を出したら、テュアリ……いや、琴莉さんは納得したようだった。
「それでルナが偵察させられてた訳ね……。 もう、マキったら、場所を弁えてよね……」
どうやら、ルナはマキアの命令で、アーツクルス探索のために、ネージュ村近辺をうろついていたらしい。
俺はうどんをすすりつつ、そんな事を考えていたのだが、彼女がデザートに差し掛かる頃、タイミングを計って本題を切り出した。
「……それで、琴莉さん、お願いがあるんだけど」
「うん、何?」
「あの……。『福祉経済総論』のノート、貸してくれないかな」
「イヤ」
「ファッ!?」
速攻で、斬って落とされた。
てか、これだけランチ奢っておいて、イヤと言われるとは思ってなかった。
「ノートは絶対イヤ。 だって私のノート、あちこちに落書きしてるから」
ああ、あの妄想落書き?
それを見られたくないから、貸せない……と?
そう聞くと、琴莉さんは声を潜めて答えてくれた。
「うん、良いアイデアが思いついたら、書かずにはいられないから。 で、あちこちに書きまくってるから、何のノートでも、他人には絶対見せないようにしてる」
「笑わないから、貸してよ」
「絶対ダメ。 笑えないレベルの奴もあるもん」
本当は「それくらい良いだろ、貸してよ!」と言いたかった。 なんせこちらは、人生が賭かっているのだ。
「そ、そうなんだ……それじゃ、仕方ないね」
でも、彼女の機嫌を損ねるのだけは絶対にマズいと思い、強く出られなかった。
ノートを持っている事もそうだけど、彼女はゲーム内では、あのマキアの知り合い……しかも、かなりのハイレベルプレイヤーだった。
以前、彼女はあまりゲームに参加していない、と言っていた。なのにマキアの知り合いで、あんな技を持っているという事は、つまり琴莉さんは金持ちで、潤沢に課金しているか、「そっち側」の人脈がある、という事になる。
今後を考えれば、彼女を怒らせるのは、下策中の下策。だが、それは同時に、俺の手詰まりをも意味する。
「(くそ、じゃあ…。 俺は、どうすれば良いんだよ……)」
俺が下を向いて唇を噛んでいると、その様子を悟ったか、琴莉さんが話しかけてきた。
「礼雄くん、真面目な話。 今回の『福祉総論』のレポートって、介護費用の削減策を提案しなきゃいけないじゃない?」
「……? う、うん」
「私はね、今後将来、人手不足になる介護業界をサポートするために、制度の緩和や移民への教育が必要になるかも、って書いたの」
「おお、凄いじゃん! それ、良いアイデア!」
「…で、それを聞いてどうするの? まさか、それをコピーする訳じゃないよね?」
……!!
「そ、そうか…」
「そういうこと。 似たようなアイデアだと、お互い減点になるかもだし、そもそも私の回答、そんなに自信ないのよ。 削減からはちょっと遠い内容だし」
「…」
「正直、それで礼雄くんが単位落としても、私は責任取れない。 あんな話聞いた後じゃ、特にね」
……。
そうか……。
「あの……ごめん、琴莉さんの知り合いに、誰かノート借りれそうな人、居ないかな? お礼はするからさ」
「……ごめんね、私も知り合いとか、友達とか、そんなに多い方じゃないの。 それに、授業に出席してる私が、ノート借りるのも不自然でしょ?」
……その通りだ。
じゃあ、彼女に頼むというアイデアそのものがダメだったんだな、これは。
「……お互い、ぼっちなんだな」
「失礼ね、私は礼雄くんより多少は友達居ます」
「ルナとか、マキアとか?」
それは、何の気なしに言ったのだが、それを言うと、彼女の表情が曇った。
「ん……。 まぁ、そうね……。 本当の自分を喋れる相手は、その二人くらいだけ、かな…」
「……本当の自分?」
何の気なしに俺がそう問い返すと、彼女は伏し目がちに答えた。
「……時々、いるじゃない。 世間には、自分には全く理解できないような考え方をする人」
その問いを投げかけられて、俺の脳裏には、兄貴や、バイト先の店長の顔が浮かんだ。
「ああ、いるね、確かに」
「もしも……世界が本当に平和になるためには、そういう風な……ある意味、モンスターといえる存在の考え方を理解して、仲良くならなければいけないのかしら、って思う時があるの」
「モンスター……」
いろんなイメージが、脳裏を駆け抜ける。
モンスターペアレント。 モンスタークレーマー。
RPGのモブ。 湧きまくる雑魚敵。
俺と龍真をイジメ倒していたクラスの連中。
「そうかも……しれないね」
そして、トイレの鏡に写る、無表情な俺の顔。
「実際さ、リア充はそうしてるよね。 いろんな連中と打ち解けて。 だから仲間多いって言うか」
だが、琴莉さんは、しばらくの沈黙の後に、反論してきた。
「でも、それは彼らが似たもの同士、かつ大多数だからじゃないかしら? リア充にコミュ力があるなんて、嘘よ。 だって、彼ら健常者は、『そうでない人』を理解しようとしないもの」
そのはっきりとした口調に、俺は返事ができず息詰まる。
「昔ね……。 空想が大好きな女の子が居たの。 現実があまりにも辛くて、空想の中に逃げ込んでた。 彼女の好物は、童話と小説。 それから空想を膨らませて、現実を塗りつぶしていく事が、彼女の生き甲斐だった」
「……!」
「少し大きくなって、現実と向き合わなきゃいけなくなって、苦労もして、ちょっとは友達もできた。 でも、辛いことには変わりはなくて、空想はずっと続けてた。 そしてそれは、いつしか、彼女のライフワーク……いえ、魂の一部分になった」
「……」
「友達に言われた。 童話の才能あるんじゃない? って。 その気になったその女の子は、書いて見せたり、出版社に応募してみたりしたの」
「……それで、どうなったの?」
「くどい、って。 設定ばかり細かくて、読むの疲れるんだって。 妄想の羅列にはつきあってられないって言われた!」
彼女はそこだけ、少し声を荒げた。
「才能でも、何でもなかったの。 でも、もう、やめられない……」
「そうか……それは辛かったね」
あまりに迂闊な、俺の軽薄な慰め。
この話の女の子は、間違いなく琴莉さんだと、そう思って、何も考えずにそう言った。
「じゃあ礼雄くんは、この女の子の気持ち、分かる?」
だが、琴莉さんの表情が一変し、俺を正面から見据えて、そう言った。
「今、礼雄くん、『辛い』って言ってくれたよね。 でもそれ、本当? 君はこれと似たような体験をしているの?」
「……え?」
「君は、本当に、この女の子の事、理解してる?」
……琴莉さんは、俺を試している。
直感的に、そう感じ取れた。
「いや、全部は、分からないかも……」
そして反射的に、そんな言葉を口にした。
俺も確かに、現実が辛くて、ゲームに逃げ込んでた。
だけど、そこから彼女みたいに、クリエイティブな事をやった訳じゃない。
そういう意味で、そう言った。
だが「全部は分からない」と返事をしたら、彼女の顔からみるみる表情が失せていった。
そして小さく苦笑した後に、
「……君は、私の騎士様にはなれそうにないね」
そう、小さく呟いた。
「(騎士……?)」
彼女はトレーを持って、席を立つ。
「ごめんね、礼雄くん。 変な話に付き合わせて。 力になれなくてごめんなさい。 でも、お昼ありがとうね」
そして、
「あ、それと……今の話の女の子、私じゃないよ。 分かってるとは思うけど」
そんな拒絶の一言を付け加え、彼女は厚底の靴で、ツカツカと去っていった。
俺はその華奢な背中を見送り、唇を噛む。
「(しまった……)」
彼女は、明らかに俺に手を差し伸べてくれていた。
《同類に近いかもしれない》俺と仲良くなりたい、そう思って、自分の事を語り、さらけ出してくれていた。
だけど俺は、その手を掴もうとしなかった。
もう少し踏み込めば、結果は違ったかもしれないのに。
今追いかければ、まだ間に合う。
「(あ……)」
だが、俺はそれを追いかけようとせず、琴莉さんが生協の出口から外に出ていくのを、ただ見送るだけだった。
俺が彼女を追いかけなかった理由は……明白だ。
自分の心の内をさらけ出した時に、
「うっわ、キモ」
そう言われるのが、ただ恐かったからだ……。




