(51)VIPから来ました
「落ち着いた? で、何で泣いてたの? お姉さんに言ってごらんなさい」
俺は、心の内を言うかどうか、少し躊躇したが、
「守れなかったんだ…。 それが、悔しくて…。 情けなくて…。 それで…つい…」
「ふぅーん、それで泣いたと」
「あ、ああ…」
気づけば、俺は心の内を滔々と吐露していた。
男としてのプライドがない訳じゃない。
だけど、通りすがりの彼女たちにとっては、俺のプライドなんて、きっと取るに足らないものだろう。
所詮、お互いネットの相手だ。
何を言っても、きっと影響ないに違いない。
「守れなかったのが悔しい…って、それ、ルナの事?」
「…うん。 それも、ある」
「レオくん…!」
「『それも』? 他にもあるの?」
「何て言えば良いのかな…上手く言えないんだけど…」
「落ち着いて。 何を護りたかったの?」
「みんな…というか…」
「というか?」
そして、俺が本当に護りたかったもの…。
その言葉が、ふと心に浮かんできた。
「この世界を、護りたかった」
「…!!」
そう言うと、テュアリという女性アバターが息を飲む声が聞こえた。
「世界を護る…って、大きく出たわね~。 何? まさかゲームで、正義の味方にでもなるつもり?」
「…いや、そういう意味じゃない」
俺が本当に守りたいのは、この「ゲーム」なんだ。
もう、辛くて苦しい現実なんて見ていたくない。
可能なら、ゲームの世界にずっと引きこもっていたい。
この、静かで美しく、誰もを暖かく包み込んでくれる虚構の世界は、ある意味、俺の心象世界と同一でもある。
ルナは、俺のそんな孤独な世界に、わざわざ入ってきてくれた、歓迎すべき同居人だった。
なのに…。
この美しい世界に、下品で野蛮で卑怯な、現実のルールを持ち込んで、何もかもをもブチ壊しにしようとする奴は許せなかった。
絶対に。
…だが、この感覚を、マキアに伝えた所で、理解してくれるものかどうか、俺には自信がなかった。
あまりに非人間的な、俺の本性。
それを否定されたくなくて、俺は少し表現を変えた。
「俺、このゲームが、好きなんだ。 できれば、みんなと楽しくプレイしたい。 …だから、あんな風に、人を傷つけて平然としてる連中が、許せないんだ!」
だけど、本心が伝わるよう、心を込めて言った。
マキアに。 ルナに。 テュアリに。
「でも、負けたんだ。 絶対に、守りたかったのに…! 負けたら、全然意味ないじゃないか…!!」
「…。」
「レオくん…!」
「…!」
だが、そこまで聞いていたマキアが、思わぬ事を言った。
「…それ、本心?」
「え?」
「それで全部、心の中の事、伝えたの?」
ちょっと予想外の事を言われ、俺は戸惑う。
言ったつもり、だけど…。
「そうね…。 確かに、私にも嘘には聞こえなかったけど。 …ルナ、ちょっとどっか行ってて。 合図したら呼ぶから」
「は、はい」
ルナが例のワープアイテムでこの場を去り、小島には、俺とマキア、そしてティアリが残された。
「あのね、君。 今の、やたら思わせぶりな言い方だったわよ。 私まで一瞬ドキッとしちゃったじゃない」
…?
「…何のこと?」
「あのね、そういう風に『守りたい』とか言うの、禁止だから。 関係ないと分かってても、ちょっとドキドキするから」
「…いや、意味分からないんだけど。 俺が守りたいのは、この世界…」
「あーはいはい! 君がこのゲーム気に入ってるのは分かったから! で、本題! 何で君、あんなに泣いたの? 負けたからだけじゃないよね?」
「…え?」
ふう、とマキアはため息をつきつつ言う。
「君、端から見てたら、『入れ込みすぎ』よ。 これ、たかがゲームよ? 何をそんなにアツくなってるの? 泣くほどのこと? 本当は、別に何かあったんじゃない?」
「…マキア」
「あ、ごめん、ティアリの前で禁句だってのは分かってるけど、ほら、一応ね…?」
確かに…言われてみれば、その通りだ。
こうなった理由も…別にある。
「ほら、ルナは居ないから。 どんだけ格好悪い事言ってもオッケーよ」
それで、気を使って人払いしてくれたのか…。
でも、この人たち、どういう関係性なんだろう…。
確実に宇園市の人間じゃないみたいだし、もしかして、現実の秋葉原が、このゲームで言う「央都ザナドゥ」なのかも。
「どうしたの? せっかくお膳立てしてあげたのに、それでも言いたくない?」
「あ、ごめん…。 実は…」
俺は、多少のフェイクを交えつつ、今日あった事を語った。
俺は、気の利かない、協調性のない人間であること。
底辺、屑、劣等生だと周りに評価されているということ。
それ故に、大学生活では友達もそれほど居らず、彼女は当然居ない。
空気が読めなくて、バイト先ではトラブル続き。
そして今日、バイト先をクビになり、親の病気で、仕送りを止められそうになっており、しかも明日締め切りのレポートがあるって事を、つらつらと述べた。
それに対するマキアの総合評価は、
「…うっわぁ、詰んでるわねー。 本当に底辺、って感じねー」
そんな悲惨なものだった。
「ほ、ほっとけよ! 言えって言ったの、お前だろうが!」
「ちょっと、レオくん! マキアさんにそんな言葉使いしたら、ダメよ!」
だが、俺がマキアの暴言に逆ギレしたら、なんとティアリが制止してきた。
「そんな態度、絶対ダメ! この人、本物のVIPなんだから!」
…本物のVIP?
その言葉を聞いて、俺の脳裏に浮かんだのは、文字通りの「貴賓」ではなく、巨大掲示板「@ちゃんねる」の無法者連中の事だった。
「わ、分かっ…た」
でも、それなら口を慎まないと。
どっちが相手でもタチが悪すぎる。
「まぁまぁ、良いわよティアリ。 こうして他人の人生を垣間見るのも、凄く刺激的だから」
「マキア、あまり趣味が良くないわよ」
「はいはい。 で、レオくん、君の事は大体分かったわ」
…それで、何て言いたいんだよ。
「確かに、状況は結構、せっぱ詰まってるけど」
「…うん」
「君は強いわよ。 だから大丈夫」
「…は?」
どういうこと?
「意味、分からなかった? 君は強いから、こんな局面、きっと乗り越えられる、って言いたいんだけど」
…え、何でそんな結論になるの?
「だって、ルナが私を呼びに来たとき、4人にPKされたのなら、絶対に間に合う訳ないって思ってたけど、結局間に合って驚いたのよ。 しかも、その相手が君だったし。 相当粘ったのよね?」
…いや、それは、そうだけど…。
ゲームの話が、今、何の関係があるんだよ。
「ゲームで工夫できる人間が、人生でも工夫できない訳がない、って言いたいのよ」
「いや、ゲームと現実は違うだろ…。 何言ってるんだよ…」
だが、マキアは目眩のするような一言を言い放った。
「同じよ。 ゲームも、現実も」
「はぁ!?」
「君には分からないかもしれないけど…。 虚構と現実の合間って、君が思ってるよりも、凄く曖昧なの。 私も、このゲームをプレイするまで、別だと思ってたわ」
「マキア」
「あ、ご、ごめん…。 理由は説明できないけど、とにかく、同じなの! それだけは覚えておいて!」
いや…。
その理屈は納得できない。
じゃあ、ゲームで工夫できる俺が、何故負けてるんだ?
何で皆から、底辺扱いされないといけないんだ?
「それはね、まだ君が本気になってないからよ。 もっと、強く願うの。 強くありたいと。 誰よりも、強くありたいと。 自分こそが力の結晶だ、と!」
マキアにそう強く言われて、俺は気圧された。
…力の、結晶?
「そう。 それにね、元々、人間の能力に、そんなに差なんて無いのよ」
「…え?」
「君は、周りから劣等生扱いされる…って言っているけど、それはLv3とかの人間が、『Lv7の人間には勝てない!』って言ってるようなものなの」
そして、マキアはふふ、と笑うと、
「私みたいな、Lv99の超人からしたら、所詮『どっちもどっち』なの。 ドングリの背比べよ」
「マキア、それ言い過ぎよ」
「あら、ホントの事でしょ」
「まぁ、それは、ね…」
Lv3の人間が、Lv7の人間に、勝ててない…。
「そうよ。 少しレベルアップすればいいだけの話よ」
そう、なのか…?
何だか、マキアの美声でそう自信満々に言われると、そうなのかもしれない、と思ってしまう。
話の真偽はともかく、凄い説得力だ。
カリスマに心酔する信者って、こういう感じ、なのかな…。
「ゲームの究極は、リアルの模倣。 現実じゃなかったにせよ、君は今まで、他人と争い続けて、そして勝ってきたんでしょ? 『勝ち方』は、君の中に、無意識の状態で眠ってる。 後は、それを呼び覚ませば良いのよ」
いや…でも、やっぱ違う。
例えば、生まれつきイケメンの奴とかは、それだけで人生イージーモードのはずだ。
人生で勝つか負けるかは、レベルアップじゃなくて、生まれつきの素質で元々決まってる。
「ま、『女の子を沢山ナンパする』のなら、そうかもしれないけど」
「だろ!?」
「でも、『幸せな結婚ができるかどうか』だったら、分からないわよ」
「…え?」
「戦士には、戦士の…。 魔法使いには、魔法使いの生き方があるわ。 確かに、魔法使いがLV99になっても、肉弾戦じゃ、戦士LV10に負けるかもしれない」
マキアは、一体、何が言いたいんだろうか…?
「でも、そんな連中、攻略方法はいくらでもあるの。 魔法使いが『麻痺』の魔法を覚えれば、戦士Lv99だって倒せるかもしれないのよ」
それはつまり…。
「攻略」次第、ってことなのか?
「そういうこと」
「じゃあ、なんで俺は負けてるんだ? どうすれば勝てるのさ…? 教えてくれよ!」
だが、マキアはため息をついて、言った。
「…まるで、最初から攻略本読むヌルゲーマーね。 自分で探しなさいよ、そんなの」
「ええっ!?」
「人は一人一人違うわ。 人生の攻略法も、人それぞれなのよ。 …でも、ゲーマーの貴方は、間違いなくそれを理解してるはずよ」
「そんなぁ…」
俺はそんな情けない声をあげたが、マキアは続けた。
「どうしても教えてほしいのなら、逆に聞くわ」
「…え?」
「じゃあ君は、何で負けてるの? パラメータが見えないから? ビルドに失敗したから? 良い狩り場を知らないから? そもそも君は何を装備して、何のクエストに挑んでるのかすら分かってないから?」
そう立て続けに言われ、俺は返答に窮する。
自分が何者か。
経済学部という選択は正しかったのか。
将来のために、何をすればいいのか。
当面の課題解決のために、何をすれば良いのか。
そう問われた気もしたのだが、俺は何も答えられなかった。
「ほら、自分で自分の事を知らないでしょ、君は?」
「…。」
「そこからスタート。 まず、自分の正しいキャラメイキングからね」
「はぁ…」
「じゃあね、レオくん。 君の将来に、期待してるわよ。 行きましょう、ティアリ」
「ちょっと…待ってくれ」
去ろうとするマキアとティアリを、俺は呼び止めた。
「あの…。 今からでも、頑張れば、大丈夫なのか、な…」
「大丈夫。 人生を一発逆転する可能性は、誰にでも必ずあるわ。 諦めず努力し続ければ、必ずいつか勝てる」
「でも、報われない努力だってあるだろ」
「それは、戦士が間違って魔法使いの修行してるパターンね」
「うぐぐ」
「頑張れ少年。 力にはなれないけど、応援してるから」
そう言い残して、マキアはティアリを連れ、小島から去っていく。
「…応援ったって、それで明日のレポートの締め切りが、延びる訳じゃないだろ…。 福祉総論、どうしよう…」
俺がそんな事を呟くと、シングルチャットのウインドウが開いた。
相手は、あのティアリ。
…何の用事だ?
「…さっきから、もしかしてとは思ってたんだけど、君、獅子座でA型のレオくん? 礼儀の礼に、雄々しいの雄の」
「ええええっ!?」
ちょ、ちょ、ちょちょちょ。
ちょっと待て。
貴女の正体って、もしかして…!?
「経済福祉総論のレポート提出、明日じゃなくて、来週よ? 先生は『再来週』って言ってたはずだけど?」
ちょ、ちょ、ちょちょちょ。
ちょっと待って!!
来週じゃなくて、「さ」来週?
「周りの人に聞けば良かったのに」
俺、ぼっちです!
「あ、ごめん…余計な事言っちゃったね、ごめん、さよなら」
ちょ、ちょ、ちょちょちょ。
ちょっと待ってーー!!
茅原さん! じゃない、琴莉さん!!
何で貴女が、そんな格好を!?
と俺はそう言いたかったが、口をパクパクさせるだけで、それは一言も言葉にならなかった。
<続く>




