(50)最後の矜持
「じゃあ、ありがとうね、レオくん! すっごく楽しかったよ!」
「あの…待ってくれ、ルナ、よかったら…」
「え、何?」
「俺と…」
友達になってくれないか…?
そう言おうとして、俺は思いとどまった。
えと、このゲーム、女性に対して電話番号や、メールアドレスを聞こうとしたらダメなんじゃなかったか。
確か、ハラスメントプレイヤーのフラグが立ったはず、だよな…?
「(え、じゃあ、知り合いになるにはどうしたら…?)」
このゲーム「フレンド」申請とかあったっけ…?
そう俺が困惑した時、ルナの背中に、矢が突き立った。
「えっ!?」
「何ッ!?」
しかも、その矢には麻痺毒が塗ってあったらしい。
ルナは、麻痺のエフェクトと共に、痙攣してその場に崩れ落ちる。
「ウソ、何これ!? 何なの!?」
「ルナ!?」
「ようよう、お二人さん、そこで何イチャイチャしてんだよ!」
「見せつけてくれちゃって~、俺たちにも幸せ分けてくれよ~」
「…ゆ、許され、ないよね、こういうの、ね」
ルナと喋っていて気づかなかったが、周囲を見渡せば、桟橋の方に剣士3人組の姿があった。
「お前等…!」
まさか、こんなタイミングでPKプレイヤーが現れるなんて…!
「はは、いい雰囲気の所邪魔しちゃったかな? …なら、最高だな!」
その3人組は、すかさず俺たちを取り囲もうとする。
危険だと感じた俺は、包囲される前に、そのうちの一人に切りかかった。
「おっと」
敵プレイヤーは、俺の水平突きをガードする。
インフォメーションウインドウに現れた敵プレイヤーの名前は…「ウルタン」。
先日のイベントで、俺に背中から切りかかってきた奴だ。
しかもその名前は、白から、見るも鮮やかな赤色に染まっていた。
「…お前、ウルタンか! あの時の!」
「…レオか。 お前、装備変えたのか」
「お前…PK…プレイヤーに、なったのか!?」
「見りゃ分かんだろ? あの連中を見て、それが一番儲かるって事に気づいたんだよ」
あの連中というのが、オリオンの事を指すのは明白だった。
「いやぁ、やめて!」
「うっひひひ、泣け泣け~! 良い声で泣けよ~」
「そ、そのハン、ハンマー、もら、もらうよ」
「やめて、それだけは勘弁してぇ!」
そして、ルナは二人に襲われて攻撃されていた。
ルナのHPゲージは、たちまち半分を切る。
「やめろぉッ!!」
俺は「ファイアーボール」のアイコンを連打し、そいつらに炎の弾丸を浴びせた。
「うわぁっ! こいつ、魔法使えんのかよ!」
「や、やばい、け、結構、ダメージ、あ、ある」
ファイアボールの連打で、MPゲージは半分まで減った。
俺はすかさず、さっき入手した「エクスチェンジリング」を装備する。
「お前等、その娘から離れろッ!!」
「離れなかったら、どう…」
相手の言葉途中で、俺は猛然と切りかかった。
「離れなかったら、お前を殺すッ!!」
「何だこいつ、マジか!?」
「う、う、わぁっ」
「ロックス、ノンマルト! ビビるな、3人で料理すれば怖いもんなんてねぇよ!」
そう言って、ウルタンは俺までをも取り囲もうとする。
「(こいつら…!)」
試した事はないが、一か八か…!
「スクロール! スリープ・クラウド!」
包囲の輪が狭まった所で、俺は連中から距離を取り、ボイスコマンドで、ミルフィーユから奪い取った魔法の巻物を使った。
「何ッ!?」
「わ、わ、眠った…」
「…あぶねぇ、やられる所だった!」
魔法の眠りの雲は、俺の想像とはちょっと違うというか、一定範囲に効果のあるものではなく、霞のような濃淡のある形状をしていた。
それで、ルナに攻撃していた「ロックス」と「ノンマルト」の二人は眠ったのだが、肝心のウルタンだけが効果範囲外となり、眠らず残ってしまった。
だが、俺はそれを確認するや、速攻でウルタンに襲いかかり、上中下段を駆使したキャンセル技を振るって、ウルタンを麻痺させた。
「て、てめぇ! 俺を殺す気か!?」
「そうだッ! お前等だって、そのつもりで襲ってきたんだろうがッ! それが逆にやられそうになったからって、文句言うなッ!」
そして俺は、ブレードアーツを使い、ウルタンに猛攻撃を開始した。
奴のHPゲージはもの凄い勢いで減り、瞬く間に全損した。
「ひいいっ! や、やめろ! 俺が悪かった!」
「どの口でそんな事言ってんだよ!」
そして、俺は倒れたウルタンの装備を剥ごうとした。
「やめてくれぇ、マジで! お願いだから! 装備だけは剥がないでくれぇ!」
だが、その悲鳴に、俺は一瞬手が止まる。
「何を、虫の良いことを…! 覚悟を決めろ!」
「ホントに…! 止めてくれ、もう、PKなんてしないから…! マジで頼むよ、レオ…!」
ウルタンの懇願の声。
その必死さに、俺の決心は揺らいだ。
PKしようと思っていたのに。
こいつらなら、殺しても問題ない、のに。
金を稼がなくちゃならないのに。
でも、何で俺は、こんな悲鳴を聞くたび、決心が揺らいでしまうんだ…?
「(俺は、何故、殺せない…!?)」
だがその懇願は、ウルタンの本心ではなく、奴が窮地で紡いだ、生き残りの策だった。
俺は愚かにも、それにまんまとハマっていたのだ。
ヒュン、と弓矢が飛来し、マイアバター「レオ」を貫く。
「何ッ!?」
麻痺のエフェクトを発しながら、「レオ」はその場に崩れ落ちた。
「あぶねぇ、助かったぜ『ユートム』!」
「…ウルタン、君はもうちょっと冷静に行動しなよ」
湖の辺、水草の陰から、4人目のプレイヤーが姿を表した。
「でも、上手く命中してくれて良かった。 二回連続、一発で麻痺するなんて、運も良いね、僕は」
その「ユートム」というレッドプレイヤーは、西川先輩と同じキャラビルド、つまり弓使いだった。
「(しまった…!)」
思えば、最初にルナが麻痺したのも、弓矢でだったじゃないか…!
それなのに、俺は何故、PKプレイヤーは3人だとか思ってしまったんだ…!?
「マジ助かったぜ、しばらく剥がされないよう、守っててくれよ、ユートム!」
「それは、ロックスかノンマルトに言ってくれよ。 僕は遊撃に徹するからさ」
そう言うと、ユートムは無造作に矢を放った。
連射された矢は、眠りこけていた「ロックス」と「ノンマルト」、「ルナ」にダメージを与え、そこに居た全員が起きあがった。
状況は3対2。
これを、どうやって打開する…?
「ルナ、逃げ…」
だが、俺がその言葉を発する前に、俺は信じられない光景を見た。
「お願い、助けてっ!」
そう叫ぶと共に、「ルナ」は速攻で何かを天に掲げると、光に包まれて、ワープしてしまったのだ。
「(迷宮脱出用のアイテムは、持ってなかったんじゃ…?)」
しかも今のエフェクトは、「マキア」や「エルキッド」が使ってた物と同じだ。
「転移の魔法石」じゃ、ない…!?
「あっははは~! ダサいね~、女の子に逃げられてやんの~!」
「ち、ちょっと、惜し、惜しかったな。 か、可愛い子、だった、のに」
起きあがったロックスとノンマルトは、残された俺の方ににじり寄ってくる。
「代わりに、お前が死ねよな~!」
「く、くらう、んだな!」
二人は、麻痺している俺をボコり始めた。
だが、俺のHPゲージの減りは鈍かった。
「なんだこいつ…!? 体力、全然減らねぇぞ!?」
「も、もしかして、装備、堅い…!?」
「おおおおおおっ!」
俺はスマートタブレットのアイコンを両手で連打し、ここは…と思った所で、ブレードアーツのアイコンを連打した。
「うわああっ!」
そして、マイアバター「レオ」は、起きあがると同時にブレードアーツを「ロックス」に食らわし、たちまち麻痺させた。
「ノンマルト! 引くんだ! 彼も麻痺武器を持ってるよ!」
そして、「ユートム」という弓使いは、ロックスに未だ攻撃中の俺に向かって、矢の連射を浴びせてきた。
「…ちっ!」
あの麻痺矢に当たれば、最初からやり直しだ。
麻痺したロックスを見逃すのは惜しいが、当たる訳にはいかない。
「コマンド! ファイアー・ボール!」
俺はユートムの射線を外しつつ、火炎魔法を使って、ロックスのHPを削り続ける。
「ユートム、急いでくれ~! ヤベェよ~!」
「こしゃくな相手だね! ノンマルト、ウルタンを頼む!」
「わ、わかっ、た」
状況は、死亡したウルタンを護るノンマルト。
麻痺したロックスを間に挟んで、弓矢と火炎弾を撃ちまくるユートムと俺。
「…不本意だけど、仕方ないね」
麻痺したロックスを護るために、ユートムが前に出てきた。
「そうこなくちゃな!」
一番クレバーで、面倒臭い奴が、おそらくこのユートムだ。
こいつさえ倒してしまえば、どうにかなる…!
「スクロール! スリープ・クラウド!」
だが、奴が前に出てきた本当の理由は、仲間を眠りの雲の効果範囲に巻き込まないためだった。
眠りの雲のど真ん中に立たされた俺は、抵抗むなしく、瞬く間に眠らされた。
「何…!?」
「しばらく寝ててくれ。 ロックスの麻痺が解けるまでな」
「お前…!!」
そして、遂にロックスの麻痺が解けた。
「…助かった~、ユートム、ありがとう~」
「あのスクロール、高いんだぞ。 お前を救うためだけに使うなんて、全然割が合わない」
「ま、そ、その分は、こいつを殺して、う、奪えば、良いんだ、な」
「おいおい、俺の分も残してくれよ!」
そう言い残して、死亡したウルタンは消えた。
90秒が過ぎ、教会に自動転送されたのだ。
「さてと、ロックス、ノンマルト、頼むぞ。 僕がもう一度、こいつを麻痺させるから、一気にお前たちが削ってくれ」
「分かったぜ~」
「わ、分かった」
そうして、3人の一斉攻撃が始まった。
ユートムが麻痺弓で再び俺を麻痺させ、ロックスとノンマルトが、俺を挟撃してゴリゴリ体力を削っていく。
「くそおおっ!」
こんな…こんな卑怯な連中に!
だが、俺が麻痺を解くと同時に、距離を置いているユートムが、
「スクロール! スリープ・クラウド!」
と、徹底的に俺を拘束して、身動きすらさせない戦法を取ってきた。
「ビビリ過ぎじゃねぇのか~、ユートム」
「いや、こいつはこれぐらいで良いよ。 …さっきの立ち回り、見てただろう? 真正面から相手したら、僕たち3人でも、負けそうな気がするんだ」
「畜生! てめぇ、正々堂々と勝負しろ!」
俺はそう叫ぶが、
「ば、ば、バカなのか、お、お前」
「そうとも~、正々堂々とか~、する訳ねぇだろ~、うっひひひひ」
連中は、眠りと麻痺で俺を完全にハメきったまま、体力をじわじわと削り続けた。
「畜生! 畜生! 畜生ッッ!!」
あかり姉たちに聞かれないよう、声は潜めていた。
だが、それが抑えきれなくて、徐々に大きくなる。
「ぐああっ!」
それは、マイアバター「レオ」本人のダメージボイス。
彼は麻痺したままHPゲージを全損し、遂に倒れた。
「やったぜ! こいつの装備、も~らいっ!」
「は、剥いだ、そ、装備は、み、みんなで分けよ、う」
ロックスとノンマルトが、俺のアバターにまたがって、アイテムと所持金を奪いにかかってきた。
「……!!!」
俺は、その光景を見て、絶叫したい気分に駆られた。
貯めたお金。
強烈な武器、防具。
ルナと一緒に手に入れたアイテム。
魔法の本。
それら全てを、目の前で奪われていった。
「……~~ッッ!!!」
不覚にも、涙が一気に溢れてきた。
勝てると思ったのに。
俺は、ゲームでなら勝てると思ったのに。
何で。
何でこんなことになってしまったんだ。
もうダメなのか。
俺には、俺には…。
もう、何も、ないのか…!?
「……ぃぃいぅぅ…ぁぁあああぁ……!!」
俺はもう、画面を見ていられなかった。
スマートタブレットを放り出し、突っ伏し、拳を堅く握りしめて、床に頭をゴリゴリと押しつけた。
忘れていた、殴られた顔の痛みが、熱感と共に蘇ってきた。
何で。
何で。
何で何で何で!!
何で、こんな事に!!!
「…ぁぁ…ぅぁぁ…!!」
俺は、部屋の中で、一人声を殺して、泣いた。
負けた。
俺はゲームでも勝てなかった。
本物の負け犬、劣等生だった。
復活する方法はない。
お金はもう増やせない。
俺の大学生活は、終わりだ。
レポートも書けない。
バイトもできない。
もう、地元に戻って、人に怒鳴りつけられながら、惨めに仕事し続けるしか、ないのか…!?
俺はそんな絶望に浸されながら、ただ一人、ただ泣いていたが…。
「わぁあぁああっ!」
「な、何だ、お前…!」
「た、たづけ、て…!」
放り出したスマートタブレットから、そんな声が聞こえ…。
「…レオくん! レオくん、聞こえる!? 助けに来たよ!」
続いて、そんな声が聞こえた。
それは、ルナの声だった。
「レオくん、返事して! 大丈夫!?」
「…!?」
俺は、放り出したスマートタブレットを拾い上げると、画面をのぞき込んだ。
「え…!?」
画面の中には、地面に倒れたユートム、ロックス、ノンマルトの姿。
「やめてぇ! お願いだ、装備は勘弁してくれぇ!」
「ダメよ。 アンタ達みたいな、ゲスな連中をのさばらせておく訳にはいかないもの。 ね、テュアリ」
3人から装備を剥いでいたのは、あの白銀の女性騎士「マキア」。
でも、何で、ここに、彼女が…!?
「ええ…。 そうね…」
そして、マキアにためらいがちな返事をしたのは、「テュアリ」と呼ばれた、天使みたいな装備の女性キャラ。
「レオくん! レオくん、大丈夫!?」
そして、ルナが、俺に必死に呼びかけてくれている。
「あ、ああ…。 ルナ、ありがとう…、でも、この人たちは、一体…?」
「それは後で! テュアリさん、回復お願いします!」
「テュアリ、気は進まないと思うけど、私からもお願い」
「…本当は、何にも関わりたくないんだけど、マキアとルナの頼みなら、仕方ないわね」
その、テュアリという女性アバターは、ふぅ、とため息をついた後、声高に叫んだ。
「コマンド! エクスヒーリング! プレイヤー、レオ!」
すると、テュアリの全身から目映い光が迸り、俺に奔流となって注ぎ込まれたかと思うと…。
俺の体力は一気に全回復し、即座に行動できるようになった。
…何だ、その魔法!?
「ほら、君の装備も取り返してあげたわよ。 トレードウインドウ開いて」
すると、マキアは「デュボアナイフ」「プロテクトメイル」「アレキサンダーシールド」だけじゃなく、この連中が持ってた装備品までをも、次々とトレードウインドウにブッ込んできた。
「え…い、いや、こんなに要らないんですけど…」
「いいから、貰っておきなさい。 私には必要ないし、いろいろ分けたりするの面倒だから」
「いえ…」
また、俺の両目から、涙がこぼれた。
「もう、いいんです…」
俺は、負けたから。
「何が良いのよ、ほら、早く」
この先、このゲームを続けても、多分、勝つことなんてできないだろうから。
奪われ続ける、だけの、人生、だから…!!
「もう…うっ…。 ホントに…。 うぐっ…。 ほっと、いて、下さい…! うぅぅ、ああぁぁあ…!」
「ど、どうしたの、レオくん…!?」
「貴方…!?」
「…!?」
女性3人が、一様に驚いた気配が、声から伝わる。
「う…ううっ…ひぐっ…うえっ…」
「まさか、泣いてるの…?」
俺は泣いた。
情けなくて、みっともなくて…。
だがそれ以上に、弱い自分が許せなくて、泣いた。
<続く>




