(48)欲望へ繋ぐ島
店長も、保科も、兄貴も…。
なんで、みんな、金、金、金なんだよ。
金があれば立派な人間になれるのか?
金があればそんなに偉いのかよ!
「畜生…」
もう、どうしていいのか分からない。
明日にはレポートの締め切りが迫ってる。
でも、こんな頭グチャグチャで書けるワケない。
「畜生…ぅぅ!」
バイトしなきゃ生活費が稼げない。
でも、バイトすらできない…。
どうすれば良いんだよ、これ!!
思わず叫びそうになって、俺は衝動的に、毛布を蹴飛ばし起きあがる。
「…!」
だが、コタツの上に置いていた携帯…。
スマートタブレットを見た瞬間に、突如、ある思いに囚われた。
「(金さえ、あれば…)」
俺は、反射的にスマートタブレットを掴むと「リヴァイアサンズ・メルヴィレイ」とゲームにログインする。
今、俺の携帯の中には、webマネーの形だけれども、10万円前後の資金がある。
これを増やそう。
「そうだよ…。 金さえ稼げるんなら、もう兄貴に文句は言わせない。 バイトもする必要ない。 大学だって、行かなくても生活できるじゃん…」
そんな心の声が、口から漏れた。
webマネーでなら10万円だが、ゲームの中の貨幣「Cen」に換算すれば、100万Cen以上の資金がある。
これで強力な装備を買って、PKしよう。
ミルフィーユみたいな奴を狙って倒せば、また10万くらい手に入るはず。
一人殺して、10万円。
全身が震えた。
稼げる。
金持ちになれる。
そんな予感があった。
俺は、すかさずオークションハウスに移動すると、そこの武器防具を漁り、適当な装備を見繕った。
まず、顔を見られないための装備、『フルプレートヘルメット(防御力+10)』を10,000Cenで購入。
次に、『プロテクトメイル(防御力+160、魔法抵抗値+10~30%)』を360,000Cenで購入し、装備。
武器と盾は、ミルフィーユが使用していた物を使わせてもらおう。
俺は麻痺剣「デュボアナイフ」と「アレキサンダーシールド」を装備する。
すると、攻撃力が25から57、防御力が92から一気に342まで上昇した。
「…こりゃスゲェ」
ミルフィーユの装備「デュボアナイフ」は、麻痺剣なのでPKには絶好の武器だ。
もう、誰にも負ける気がしなかった。
「ふう…っ」
新装備の威力を試すべく、俺はネージュ村の近くにある湖…。
以前に苦戦した、あの二足歩行のワニ『バイペダル・クロコダイル』をどれだけ簡単に倒せるのか、試す事にした。
湿地帯の湖に無防備に突っ込んでいくと、またもワニにガブリと足を噛まれる。
「…はは、何だこれ」
だが、今度は全く体力が減らなかった。
数ドット削れたろうかどうか、というところ。
「全然、余裕じゃん!」
そして、ワニにブレードアーツを喰らわせると、たちまち麻痺した。
硬直して動かないワニに連続攻撃をブチ込み続けると、「ピギャアア」という断末魔と共に仰向けになった。
「(これなら行ける!!)」
あれほど強かった敵も、全然余裕だった。
俺は「ドラグーンファンタジー」の時代に、喰らった事のあるPK戦法を思い出しながら、素材を剥いだ。
「(でも、どうやって獲物を探せばいいんだ…?)」
PKプレイヤーの手練手管は知っているつもりだ。
襲われるのは、大抵の場合、こっちが一人で居る時。
通り魔のように、ダンジョンの陰に隠れたり、人気のない所でいきなり襲ってくる。
だけど、いざ逆の立場になってみると、案外知らない事もあった。
一人の相手を探しだし、確実に狩れる機会を待つのって、案外難しいというか、結構、戦略的な行為なんじゃなかろうか…?
「(返り討ちに逢わないとも限らないし…)」
そう。
いざ襲うにしても、相手の戦力が分からないのが、一番怖い。
だからと言って、知人を襲う事ができるはずもなく、さりとて雑魚を狩っても意味がない。
とすれば、強盗系PKプレイヤーは、独自の情報収集法を持っているはず。
「だからあいつら、メンバー増やそうってしてたのか…」
ミルフィーユ…小野田さんが俺を誘ったのは、そういう一面もあったんだろうか。
現実世界でも、外国人窃盗団のニュースを見たことあるしな。
「いざやってみるとなると、何でも難しいもんだな…」
俺はそんな事を考えつつも、脊髄反射で、湖近くに迫ってはワニをおびき出し、麻痺剣でボコボコにし、素材を剥ぎ取る…を繰り返していた。
「(額は少ないけど、まぁこれでも足しにはなるかもな)」
とそんな事を考えていた時、俺は唐突に話しかけられた。
「あの…。 すいません、もしかして貴方、湖を渡ろうとしている方ですか?」
「え?」
俺は、少し目を疑い、思わずそんな声を漏らした。
話しかけてきたアバターは、豪快極まる巨大ハンマーを装備していた。
だがそのプレイヤーは、可憐な美少女。
しかも、声までもが可愛い。
「(…なんで、俺、マスク被ってるのに、堂々と話しかけてくる訳?)」
顔見えないのに、怪しいとか思わないんだろうか?
「いや、そういうんじゃないけど…。 ワニ狩りの練習、みたいな?」
その女の子の無防備さに気を抜かれ、俺は普通に返事してしまう。
「わぁ、よかった! あの、もしお暇なら、あの島に渡るお手伝いをして頂けませんか?」
…何、この人?
何でそういう話になるの?
「いいけど、何で俺に?」
「だって、あのワニをあっさり倒してたから、強い人かもしれない、って思って」
話を聞けば、彼女…『ルナ』は、この湖の中の小島にある固定イベントをプレイしたいらしい。
「(そういや、先輩があの小島にはちょっとした地下迷宮があるって言ってたな…)」
だが、周囲には沢山のワニが居て近づけない。
ハンマーは防御ができないので、複数のワニに噛まれるとたちまち瀕死、何度もトライするものの、打開策が見いだせずに居た。
だがそこに俺が現れ、麻痺剣でワニの動きを止めていた。
その時、彼女は「この人は自分に合ったパートナーだ」…そう思って話しかけたのだという。
「レオさんが麻痺させてくれれば、私のハンマーで思う存分、ぶっ叩けますから」
「なるほどね…。 言いたい事は分かった」
確かに「状態異常役+アタッカー」というコンビは、割とよく見られる組み合わせだ。
「なら、俺もその島の迷宮探検に参加させてくれよ」
「ありがとうございます! じゃあ、よろしくお願いしますね!」
「ああ、こちらこそよろしく」
俺は、オリオンと初めて逢った時の事を思い出す。
アイツは、俺が初心者だと確認してから攻撃してきた。
「そのハンマー、見た目が凄いね。 もしかして、課金装備?」
「そうですよー! 奮発して買っちゃったんです! 威力まぢヤバですよ!」
「へぇ、いくら?」
「なんと7万円でーす! 凄いでしょー!」
「そうかぁ、それは頼もしいな! 期待してるよ!」
まさか本当に金額を言うとは思わなかったが、俺は内心の動揺を押し殺し、わざと明るい声を出して、警戒感を持たれないように努める。
絶好の獲物が、自ら飛び込んできた。
「でも、準備とか大丈夫? 迷宮を脱出できるアイテムはあるの?」
「お金はこの『サイクロップスハンマー』に全部つぎ込んじゃいました! だから冒険なんですー」
…アホなのか、こいつ?
「回復薬は大丈夫?」
「それもちょっと、不安かなーって。 でも大丈夫!」
イケる。
逃げられない迷宮の中で、コイツをPKして、装備を剥がそう。
「ところで、レオさん…。 というか、もうレオくんで良いですか?」
「え? ああ、良いけど」
「レオくんは、何でそんな仮面付けてるんです? 素顔、見てみたいな」
な、なんだよコイツ。
何だか異様に積極的だろ。
「いやぁ、俺、あんまり、見た目に自信なくて…。 よくキモいって言われるから…。 素顔は勘弁してよ」
「へぇ~、本当に? シャイなだけなんじゃない? レオくんの素顔、いつか見せてね」
「あ、あぁ…」
最初は敬語だったのに、いつの間にかタメ口になっとる。
声の可愛らしさも相まって、不覚にも、ちょっとドキドキしてしまった。
「(…落ち着け、俺)」
こいつは絶対にネカマだ。
本当に女性なのなら、こんな可愛い娘がゲームして、まして俺に話しかけてくるはずがない。
ネカマのそれにときめくだなんて、もういい加減懲りただろ。
他人を騙すような奴はPKしていい。
「じゃ、行こう? 桟橋が向こう岸にあるから、案内するね!」
声が完全に女性なのが気になるが、きっと、何かのツールを使って加工してるに違いない。
気にするな。
どうせ殺すんだから。
俺はルナに連れられて、湖を大きく迂回する。
すると、伸びた水草の中に、湖の中にある小島へ渡るための桟橋が隠れていた。
「へぇ、ここから島に渡るんだ」
「その代わりに、ここはワニさんが大量発生するの」
「なるほどね」
ま、俺の今の防御力なら、ワニにいくら噛まれようと平気だ。
「んじゃ、俺が先行してワニの動きを止めるから、着いてきてよ」
「わかりましたー! 頼もしいです、レオ隊長!」
「よし、ルナ隊員、背中は任せるぞ!」
俺はそうノリノリで会話しつつ、桟橋を渡る準備をする。
ここは水草の茂みで視界が悪い。
だが、それはプレイヤーにとっての話だ。
俺は自動防御の「D」アイコンをパレットからプレイ画面に置き、起動したまま直進した。
これで、敵が襲ってくれば反応があるはず…と思った矢先、「レオ」の挙動はすぐに乱れた。
「(もうかよ!)」
「バイペダル・クロコダイル」が桟橋に次々と現れ、上陸しようとする。 その数は3匹。
俺はすかさずブレードアーツを振るい、次々とクロコダイルを麻痺させ、その間を駆け抜けていく。
「てぇーい!」
だが、いきなりそんなかけ声が轟くと、俺の画面をぴゅーんと何かが横切っていった。
え、何?
今、空を飛んでいったモノは?
何か、ワニみたいに見えたけど。
と思ってカメラを後ろ…ルナの方に向けると、ルナは律儀にも、麻痺したクロコダイルを叩いていた。
「てい!」
ルナは振りかぶると、どぐちゃ、という音と共に、巨大ハンマーを麻痺したクロコダイルの脳天にめり込ませる。
「えい!」
2発目を、ずぐちゃ、という湿気たっぷりの音と共に、クロコダイルの背骨にめり込ませる。
「てぇーい!」
そしてハンマーを大きく振りかぶり、まるでゴルフスイングのような豪快な攻撃で、バキーンという良い音と共に、クロコダイルを吹き飛ばした。
「いや、そこまでしなくても…」
思わずツッコんでしまった。
てか、スゲェ攻撃力。
ちなみに吹き飛んだクロコダイルは、放物線を描いて湖にジャボーンと落ちたから、多分剥ぎ取りにはいけない。
「だって、今まで散々やられてきたんだもん!」
「いや、目的は迷宮探索だろ! 早く行かないと、次の連中が現れちまうよ!」
「あ、そうだね」
俺は次々とクロコダイルを麻痺させつつ、一気に桟橋を駆け抜けた。
「あーあ、もったいなかったなー」
「ワニとか、いつでも狩れるじゃん」
「…じゃあレオくん、またその時はつき合ってくれる?」
「え? あ、ああ、いいけど…」
また、不覚にもドキッとしてしまった。
なんだよコイツ、上手いじゃん。
プロかよ。
プロネカマかよ…。
俺はドキドキする内心を隠すため、周囲の探索を始める。
だが、靄に覆われた一帯には、巨木の真下に建てられた小屋しかない。
「あの小屋が、迷宮の入り口なのかな?」
「かもしれないね、行ってみよう!」
「おいおい、ちょっと待てよ!」
どんだけ怖いもの知らずだよ、とか思いながら、俺はルナの後を付いていく。
ところが、その掘ったて小屋の中に入ると、いきなり画面が暗転した。
チャララーチャッチャラーチャラリラリー♪
そんな軽快な音と共に、「豚しゃぶ一番!」とかいう、鍋のCFが始まった。
「(…あれ? 何でこのタイミングでCM?)」
そして、しばらく経つと、画面は屋内の建物へ切り替わった。
外観が掘立小屋だったから、小さい部屋が一つあるだけの内部と思いきや、現在画面に表示されているのは、ごく普通の洋館の一軒家、その玄関…といった感じだ。
「あれ、中は意外と広いね?」
「…そうか、さっきのCMの時、専用のインスタンスマップをロードしてたんだな」
という事は、ここは結構本格的な広さのマップの可能性があるな。
まぁ、それは好都合だ。
なるべく奥深く、脱出しにくい所まで彼女を引き込んで殺す。
「とりあえず、奥に進もうぜ」
そう思って、屋敷の内部へと一歩を踏み出した俺だったが、いきなりガチャーンと部屋のガラスを突き破って、何か動物みたいなのが俺たちの前に出てきた。
「きゃああああああっ!」
うおおおお、びっくりしたぁ!!
いきなり出現した何かにも驚いたけど、そっちの悲鳴の方がもっと驚いたぞ!
吊られて声を上げなかったのが奇跡だよ!
「いやぁ、何これーー!!」
すかさず俺はその物体に切りかかる。
インフォメーションウインドウに現れた敵の名前は「ゾンビドッグ」だった。
「いや、止めて! あっち行って!」
ゾンビドッグを追い払おうと、メチャクチャにハンマーを振り回すルナ。
マイアバター「レオ」は、うっかりそのスイングに当たってしまい、吹き飛ばされて、壁にバウンドしながら天井に叩きつけられ、そして落下した。
「うおおっ!?」
体力が2割も減った!?
守備力350越えなのに!?
どんだけ高攻撃力なんだよ!?
「ギャイーン!」
そして、ゾンビドッグはルナのハンマーに叩かれて、ぐちゃ、という音をたてつつ床の染みとなった。
「あー、怖かった…! いきなり出てくるんだもん!」
いやいや、お前の方が怖いよ。 攻撃力マジパネェ。
あのハンマーの攻撃力と攻撃範囲、そして予測のつかないガチャプレイは油断できない。
だが、パーティ申請をすると、メンバー同士でのダメージは0になってしまい、PKできなくなる。
ガチャプレイに対しては、様子を見てのカウンターが一番有効な手段だ。
でも、あのハンマーが、ガードしきれない威力だったりする事は、流石にないよな…。
「(…いや、分かんねぇ。 もっと、情報収集が必要だな)」
とにかく、先に進もう。
その中でこいつのデータを取って、回復薬を使い切らせて、なるべく広い所で殺す。
それがベストだ。
<続く>




