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(47)絶望と希望の在り処

DATE : H27.1.29

TIME : 17:22

STID : 00941724,00914582,00539929,01001249


「お疲れさまでーす…」


月曜日の夜、俺は陰鬱な気分でバイトに出た。


火曜日は福祉経済総論のレポート提出日だ。

本当なら今日の夜はバイトを休んでレポートに取りかかりたかったが、兄貴の電話が堪えた。


お前は負け犬的な事を言われたのもそうだが、20万円を貸している事がバレた以上、バイトも安定してこなせてる、って事を見せなきゃならない。

それに、今日は恵方海苔巻きの締め切り日だ。

たった1万だけど、お金が貰えるとなれば、とりあえず来ておきたい…そう思ったのだ。

だが、俺のそんな思惑は、速攻で裏切られた。


「お前、もう来なくていいぞ」


「え…な、何でです?」


店長が、俺の代わりにシフトに入っていた。

そしてスタッフルームに呼び出され、いきなりのクビ宣告。


「お前、27日まで試験で休み欲しいんだろ? 誰かに代わってもらえるよう、お願いしたか?」


誰かに代わる…? お願い?

いや、シフト組むのは店長の仕事じゃないのか?


「お前、本当のアホか? 他の連中だって、生活のリズムがあんだよ。 逆に考えてみろ。 僕病気なんで、桐嶋くん代わりに毎日シフトに入って下さーい、って言われて、いきなり入れるか?」


いや、そんなの無理だ。


「だろうが! 確認したが、誰もお前から代わるようお願いされてないって言ってたぞ。 なら、俺もシフトの組みようがない。 つまりお前、これから無断欠勤を決め込む訳だよな?」

「そんな、横暴な…! 何を言って…!」

「だから至急、新しい奴を雇ったんだよ。 お前、もう来なくて良いぜ」

「いやそんな、困ります…! 何を勝手に…!」


だが、俺がそう言うと、店長は俺の胸ぐらを掴んできた。


「あのな、お前…。 勝手はどっちだよ? 使えない奴に金払ってる身にもなってみろ。 で、何でヘボ野郎のお休みの世話まで気を払わなきゃいけねーんだ? あ?」


いや、だって、だからそれが店長の仕事じゃ…。


「だったら、テメェも店員として一人前の仕事くらいしてみせろ! 毎日トラブルやミスばっかしやがって!」


そう言って、俺は突き飛ばされ、後ろによろけて尻餅を付いた。


「本当、時給の無駄なんだよ、お前!」


そう怒鳴りつけられ、その剣幕の凄さに、俺は立ち上がる事もできず、何も言えないままだった。


「お疲れさまでーす! 店長、バイトの子連れてきましたー…って、あれ、礼雄君がなんでここに?」


だが、その空気の中に、唐突に割って入ってきたのは保科だった。


「おう、悪いな泰人、バイトの日でもないのにわざわざ」

「いえいえ、僕も戦力が増えるのは嬉しいですから。 さぁ、福寿さん、挨拶」

「あ、こんにちは…! はじめまして、店長さん!」


保科の隣に居て、ぴょこんと挨拶したのは、可愛らしい女子高生だった。


福寿雪華ふくじゅ・ゆかと申します、これからよろしくお願いします!」

「おう、俺が店長の赤城大輔だ。 これからよろしくな。

 しばらくは一緒に付いて教えるからよ。 おい、泰人、桐嶋に例の事伝えとけ」

「分かりましたー。 じゃ、礼雄君、裏に来てもらって良いですか?」


店の裏…?

何するつもりだよ、お前。


「カンが鈍いなぁ、相変わらず。 新人の前で、バイトをクビにする所見せたら、引かれるに決まってるでしょ? さっさとこっちに来てくださいよ」


小声でそう囁くと、保科は強引に俺の手を引き、店の裏へと連れていった。


クビ…? じゃあお前、その事知ってたのか。

もしかして、あの時の「新人を雇う」って話は…。


「えーと、礼雄くん、店長とどこまで話したんです? バイトをほぼクビになった事は聞いたんですよね?」

「それ、マジかよ…? 休み取ろうってしただけで、クビになるのか…?」


だが、それを保科に聞くと、奴は「だめだこりゃ」とでも言いたげに首を振った。


「世間知らずの礼雄くんの事ですから、ガチで知らなかったのかもですけど、あんだけシフトに穴空けようってすれば、誰でもクビになりますよ。 会社とかでも、多分そうじゃないですかね?」


「でも…!」


「それにね、僕、ホッとしてるんですよ。 ようやく礼雄君から離れられて。 この3ヶ月、教育係としての時間が、まるまる無駄になったのはムカつくんですけどね」


…え?


「だってアンタ、無能じゃないすか。 仕事は覚えないし、居るだけでトラブル起こすしで。 そんな奴に傍に居られたら、こっちの負担だけ倍増しで、マジやってられないんですよ」


無能…?


居るだけで、トラブル…?


俺…そんな、底辺、だったのか…?


「そうですよ、やっぱり自覚ありませんでした? それと、これが最後だから、ついでに言っておきたいんですけど、僕、礼雄くんの事、大嫌いだったんですよ。 知ってました?」


「え…!?」


「あ、やっぱり分かってなかったんですね」


そう言って、楽しそうに笑う保科。


「一緒にバイトしてる間、嫌いオーラをかなり放ってたつもりなんですけど、全然気づく様子なかったし、こりゃ本気で空気読めない奴だなー、とは思ってましたけどね」


確かに、悪口言われたり、足を蹴られたりしたけど、それは、じゃれあってる程度のものだと思ってた。

本当に嫌いなら、もっと態度に出るんじゃないのか…?


「ガキじゃないんだし、仕事してる間、邪魔になっても困るから、世間的な対応はしますよ、そりゃ。 でも、こっちが突き放そうってしてるのに、相変わらず人を頼ってくるんですからね、もうどうしようもないですね」


外気のせいだけじゃなく、全身が氷のように冷えていく。


兄妹以外の人から初めて聞かされた、俺の評価。


聞きたくなかった。


心のどこかで、薄々分かっていた、けれど…。


認めたくなかった。


俺が底辺だ、なんて。


「(でも…)」


底辺だと言うのは。

無能だということは。

ここまで嫌われるに値する理由なのか…?


「それで、レオくんにはもう少し言いたい事があるんですけど」

「何…だよ。 もう十分だろ」


これ以上まだ追い打ちを掛ける気かよ、と思ったのだが、保科の口から出たのは、意外な言葉だった。


「『ミルフィーユ』の装備を返してくれませんか?」


…!! 


ミルフィーユ…!?


「お前、じゃあ…!」

「もしかして、今気づきました? そうですよ、僕が『オリオン』です」


そう言って、保科は心底愉快そうに笑った。

俺が見たことのない、いつもの営業スマイルとは明らかに違う、爛漫かつ残酷な笑顔。


「何で、お前、俺を襲って…」

「最初は知らずに攻撃したんですよ。 『レオ』って名前の奴見つけたから、気晴らしに狩ってやろうと思って。 そうしたら、あれ、これ礼雄くん本人じゃん、って途中で気づいたんです」


じゃあ何で…止めなかった?


「別に良いか、って思ったんで。 さっきも言いましたけど、僕、礼雄君の事、大嫌いですから」

「…!?」


何で、俺、そこまで嫌われなきゃならないんだ…!?

それだけの事、何かしたのか!?


「…僕ね、弟が居るんですけど、礼雄君と同じキモオタなんすよ。 高校でイジメられて中退してから、引きこもってアニメとフィギュアとネトゲばかり。 見てると、本当にムカつくんですよ」


「…え?」


保科に、弟が?


「何言っても、部屋から出てこなくて。 無理に出そうとすると泣きわめくし、気に入らないことがあれば親に暴力は振るうわで、実の弟ですけど、本物のクズなんですよ」


それが…。

俺に何の関係があるんだよ。

お前の弟のことは、俺に直接関係ないだろうが。


「そうですよね。 礼雄くんは同情したりはしませんよね。 ええ、ウチの弟とは別だと分かってます。 分かってますよ。 でもね、アンタ見てると、ウチの弟見てるみたいで、マジ殺意湧くんですよ」


保科の声が真剣味を帯び、そして表情から笑顔が消えた。


「弟の暴力のせいで、母親は変な宗教に入っちゃいました。 ウチの親父…。 まだ50代なんすけど、母親と弟の面倒で、もう髪の毛真っ白ですよ」


そして、保科は顔を歪めて叫んだ。


「じゃあ僕が、バイトでもなんでも、働くしかないじゃないですか!! お前等オタクのせいで、僕の人生メチャクチャなんですよ!」


だが、そんな事を言われて、逆に俺はカッとなった。


「お前の家の事情とか知るかよ! テメェのストレス、俺にぶつけてるだけじゃねーか!」


「それ、それですよ! 礼雄くんのキレやすさ、自己中ぶり。 もう、ウチの弟とマジでそっくりです。 これで顔まで似てたら、多分殴ってましたね」


こいつ…!!


「でも、もう分かったでしょ? 僕が礼雄くんを嫌いな理由。 誰でもゴキブリが嫌いなのと同じように、僕も嫌いなんです、礼雄くんのこと」


そこまで言われて、俺は全身を満たす激情に震えた。

保科が、本当は俺のことを心底嫌っていたのは分かった。

それが悲しかった。 寂しかった。


だが、それを上回る怒りが、腹の底から沸き上がってきたのだ。

保科の弟の話には、同情できる部分がない訳じゃない。

だけど、そんな理由でこんな仕打ちをされてたまるか。

こいつは絶対に許せない、そう思ったのだが…。


「で、話を戻しますけど、ミルフィーユの装備、返して下さいよ」


「ない」


「…は!?」


俺が即答すると、能面のようだった保科の顔が、突如怒りの形相に変わった。


「だから、ない。 俺には返さなきゃいけないものがあるから、売って資金にした」

「お前、何考えてんだ、このバカがッ!」

「ぐはッ!?」


何の前触れもなく、いきなり腹を蹴られた。

その不意打ちに、俺は悶絶して崩れ落ちる。


「何考えてんだッ! 武器屋に売ると、買い値の4分の1でしか売れねぇんだよ! トレードしたりストックするのが常識だろうがッ!」


そんな仕様、今初めて知った。

価格は4分の1…?

じゃあ、ミルフィーユの「エレガンスメイル」は、36万円を使って入手した、という事か…?


…こいつら、どれだけ他人から狩ったんだ…?


「携帯出せッ、コラッ!」

「!?」


保科は俺の携帯を奪おうと、上着のポケットに手を伸ばしてきた。

それに気づいた俺は抵抗したが、もみ合いになり、殴られて倒された。


「邪魔なんだよ! 手間掛けさせるんじゃねぇ!」


その声は…。

ゲームの中で聞いた、「オリオン」のあの声と、全く同じだった。

こいつ…。 本当の、こいつは…。


保科は俺のジャケットの内ポケットに入れていたスマートタブレットを取り出すと、ホーム画面のアプリを起動し「リヴァイアサンズ・メルヴィレイ!」と発声した。


「くそっ…! やっぱ他人じゃダメなのか…!」


保科はしばらく俺の携帯をいじっていたが、やはり本人でないとログインできないと理解したらしく、


「おい! 礼雄、お前がログインしろ!」


携帯を突き出し、そんな事を言い出してきた。


「…。」


「ログインしろって言ってるだろうが!」


「…。」


俺はシカトした。


「お前の携帯、ブチ壊すぞ!」

「…ミルフィーユの他の装備と一緒に、か?」

「!! お前ぇ!」


そう言って、保科はまたも俺に殴りかかってきた。


「ふざけてんじゃねーぞ! 俺たちの稼いだ分、慰謝料払え、コラッ!」


保科の拳が、次々顔面に当たる。

その衝撃は、俺に高校2年生の頃の事を思い出させた。


そして、どう対応すればいいのかも…。


「止めてくれー! 誰か、助けてくれー! 殺されるー!」


顔面を殴られた俺は、大声でそう叫んだ。

すると、通りに居る人が、何だ何だとこちらをのぞき込む。


「助けて下さい! 襲われて、携帯を奪われましたあ! 暴行です! 窃盗です! 警察を呼んでくださーい!!」

「なっ…バカ、お前何を考えて…!」


俺は、すかさず保科が投げ捨てた携帯を拾うと、走ってその場から逃げ出す。


「助けて下さい! 助けてくださぁーい!」


俺は大仰にそう叫びながら、通りへ出て…。

本当に警察に連絡してくれているおばさんの脇を猛ダッシュで通り抜けると、コンビニ脇に止めた俺の自転車に飛び乗った。


「君! 警察、呼んだよ…!?」


そんな声が背後で聞こえたが、俺はそれに振り向くことなく、顔を血で汚したまま、夜闇の町中を、全力疾走で逃げ出した。



DATE : H27.1.29

TIME : 20:21

STID : 00941724


「うぐっ…。 ぐうっ…」


俺は、保科に殴られ、血で汚れた顔を近くの公衆便所の手洗いで洗うと、下宿の皆の食事が終わる頃まで、そこで寒さに耐えながら過ごした。


「ふぐ…。 ああぁ…」


そして、こっそりと下宿に忍び込み、自分のベッドの中に潜り込むと、どうしても隠しきれない嗚咽と、涙が出てくる。


脳裏にリフレインされる、さっきのコンビニでの出来事。

店長と、保科が投げつけてきた言葉が、幾度も脳裏で再生される。


『本当、時給の無駄なんだよ、お前!』


「(俺…。本当に底辺だったのか…?)」


『誰でもゴキブリが嫌いなのと同じように、僕も嫌いなんです、礼雄くんのこと』


「(それが、ここまで徹底的に痛めつけられなきゃならない理由なのか…?)」


『レオって名前の奴見つけたから、気晴らしに狩ってやろうと思って』


「(俺は、他人の憂さ晴らしのために、生まれてきたのか…?)」


あの二人のことを思い返す度、そんな思いに囚われたが…。


いざ振り返れば、確かにそんな人生だった。


『おい、礼雄! 一塁ばっかりに投げてんじゃねーよ! ランナー見ろよ、ランナー!』


『おい、礼雄! 人の家に遊びに来て、一人でゲームばっかりしてんなよ! 何しに来たんだよ!』


『あのな、礼ちゃん、ご飯のお代わりで半分って言ったのは確かにお父さんだけど、こんなに計ったように半分じゃなくて良いんだぞ…』


子供の頃から言われてきた、協調性がなく、気がきかないという評価。

それは今でも変わらない。


「畜生…」


脳裏に、兄・天麒の声までもが響いてきた。


『お前は、怠惰で、頑固で、狭量で、しかも協調性がない。 そんな奴は、社会では到底やっていけない』


『俺の言ってる事が分からないか? だから、もう、お前に送金はできない、って事だ』


『どうせ、くだらないゲームやマンガに使い込んだんだろ? 親父はああ言ったが、やはり、お前は俺の思ったとおり、更正できなかったな』


「…もういい。 止めてくれ」


誰に言うともなくそう呟いて、俺はこの脳裏に響く声がいい加減止まってくれないかと、頭から毛布を被る。


もう、どうしたら良いんだろう。

金を稼がなきゃ…と思ったバイト先で、まさか、あんな事になるなんて。


店長も、保科も、兄貴も…。

なんで、みんな、金、金、金なんだよ。


金があれば立派な人間になれるのか?

金があればそんなに偉いのかよ!


「畜生…」


もう、どうしていいのか分からない。

明日にはレポートの締め切りが迫ってる。

でも、こんな頭グチャグチャで書けるワケない。


「畜生…ぅぅ!」


バイトしなきゃ生活費が稼げない。

でも、バイトすらできない…。


どうすれば良いんだよ、これ!!


思わず叫びそうになって、俺は衝動的に、毛布を蹴飛ばし起きあがる。


「…!」


だが、コタツの上に置いていた携帯…。

スマートタブレットを見た瞬間に、突如、ある思いに囚われた。


「(金さえ、あれば…)」


俺は、反射的にスマートタブレットを掴むと「リヴァイアサンズ・メルヴィレイ」とゲームにログインする。

今、俺の携帯の中には、webマネーの形だけれども、10万円前後の資金がある。


これを増やそう。


「そうだよ…。 金さえ稼げるんなら、もう兄貴に文句は言わせない。 バイトもする必要ない。 大学だって、行かなくても生活できるじゃん…」


そんな心の声が、口から漏れた。


webマネーでなら10万円だが、ゲームの中の貨幣「Cen」に換算すれば、100万Cen以上の資金がある。

これで強力な装備を買って、PKしよう。

ミルフィーユみたいな奴を狙って倒せば、また10万くらい手に入るはず。


一人殺して、10万円。


全身が震えた。

稼げる。

金持ちになれる。


そんな予感があった。


<続く>

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