幕間劇(1):株式会社カプリコン開発室
ここで、場面は大阪に本社を持つ「株式会社カプリコン」の開発室へと移る。
時刻は、劇中にて「桐嶋礼雄」が兄の電話にて衝撃を受けるより少し前、平成27年1月28日の午後3時42分。
ここ、株式会社カプリコン社内の3階開発室には、二人の男が居た。
一人は頭の薄くなりかけた壮年の男性、もう一人は二十代そこそこの青年。
その二人…いや、正確には一人だけが焦った様子で、パソコンに向かって作業をしていた。
「橋口君、急いでくれ! そっちの資料は完成したか!?」
「いや、まだッス…。 てか、三谷さん、後、何の資料が必要なんでしたっけ?」
「言っただろ、エリアN41のPK率と、総通貨量だよ! 4時になる前までに、さっさと作ってくれ!」
「そんな、焦らせないで下さいよ、まだこの『アマテラス』ってツールに慣れてなくて…」
「ああ、もう、本当に勘弁してくれよ…。 お前、この時間まで何してたんだよ…」
三谷と呼ばれた壮年の男と、橋口と呼ばれた若者の二人は作業を続け、4時を少し回ったところで、ようやく目的の資料は完成し、データをスマートタブレットに移動させる。
「橋口君、急ぐぞ! もう5分を過ぎてる! 二階の主任室まで走るぞ!」
「ちょっと待って下さいよ、走ったってそんな変わらないじゃないですか…」
「頼むから急いでくれよ! 茅原主任は、凄く時間にうるさいんだよ! 1分も無駄にできないんだ!」
「てか、茅原主任って何者なんですか? 身分はただの主任なのに、社長も誰もあの人に逆らえない、っておかしいじゃないっすか」
「そんな質問は後だ後! あの人の時間を無駄にするな、頼むからぁ…!」
廊下を走りながらも懇願する三谷と、マイペースを崩さない橋口。
言い争いをしつつも、二人は目的地である主任室へと向かう。
「すいません! 三谷です! 茅原主任、失礼いたします」
「橋口です、失礼しまーす…うおっ」
初めて入る主任室。
その異様さに、橋口は思わずそんな言葉を漏らした。
室内は白一色の装調に、窓から差し込む茜の夕日。
ヴヴゥーーンン…、という低く唸る駆動音と、床一面に無造作に引き流された無数のケーブル、そして奥には整然と並べられたタワー型パソコンの数々。
部屋の奥には、数十台の40インチモニターが、まるでオーケストラ楽団のように、整然と壁一面に並べられていた。
そして、部屋の中央…。
ちょうど指揮台に相当する所に鎮座する応接机。
そこには、白衣の男がこちらに背を向けて座っていた。
「すみません、茅原主任! 遅刻して誠に申し訳ございませんでした! ただ今より、『還魂のリヴァイアサン』の定例報告を始めさせて頂きます!」
三谷がそう声高に奏上すると、白衣の男はやおら席から立ち上がり、こちらを向いた。
「三谷さん。 その前に言う事があるんじゃないですか」
「え? と、も、申しますと…」
「分かっているでしょう? ごまかしは良くありませんよ」
橋口は、初めて見るその茅原という男に対し、なんとも言えぬ違和感を抱いた。
白衣だから研究者然とした人物かと思いきや、いざ間近で見てみれば、190センチ近い長身にして頑健な体躯、淡い色の髪の毛は丁寧に撫でつけられて、彫りの深い顔立ちは、まるで外国人俳優のよう。
見た目は、人目を惹くほどに雄々しく凛々しい。
だが…どこか、橋口が今までに見たことがない、異質な雰囲気があった。
「6分21秒の遅刻ですよ、三谷さん」
そしてその俳優の如き佇まいの男は、テーブルの上のガラスの灰皿を、手に取った。
「も、申し訳ございま…ぐあぁっ!」
そして、次の瞬間には、そのガラス製の灰皿が、三谷の顔面に命中していた。
「!? 三谷さん!?」
「ひぃっ…あひぃぃいっ…!」
「み、三谷さん、大丈夫ですかッ!?」
顔面から血を流し、床にうずくまる三谷を気遣う橋口。
「(な、何だこいつ…!?)」
だが、白衣の男は、三谷を一顧だにしなかった。
「おい、アンタ、何のつもりなんだ!?」
予想だにせぬ突発的な異常事態。
だが、橋口がそう叫ぶと、
「や、止めてくれ! 頼むから、茅原主任にそんな口を聞かないでくれ!」
と、三谷に袖を引かれ、橋口は追求を止めた。
だが、その俳優の如き佇まいの男は、二人を気にする様子は微塵もなく、机の上の山盛りのアイスを…フォークではなく、フランス製のフォールディングナイフで、ズブリと突き刺す。
そして、アイスの付いたナイフをそのまま口に持っていき…。
存分に味わうかのように、ゆっくりと噛んで、咀嚼し始めた。
そして、そのまま三谷に話しかける。
「三谷さん」
「は、はい!」
「私が、遅刻は大嫌いだというのを知っていて、なおかつ遅刻したんですか? 遅刻は、他人の時間を無慈悲に奪う重罪ですよ。 貴方は、時給が億単位の貴賓がお相手の時も遅刻するんですが? もし、それで損害を請求されたら、どう責任を取るおつもりで?」
だが、三谷への追求を、橋口が遮る。
「ま、待ってくださいよ、俺が悪いんです! 俺の作業が遅かったから!」
「…誰だ君は? 見ない顔だが」
「か、彼は、先日雇った、アルバイトの、橋口くんです」
三谷が、息も絶え絶えと言った感じで返答する。
「私の指定した条件…『ごく普通の青年』での採用ですか?」
「そ、そうです」
ふうん、と言いながら、茅原主任と呼ばれた男は、橋口青年の全身を見回す。
「あのね、君。 橋口君だったね」
「は、はい」
「上司が、部下の責任をとるのは当然なんだ。 だって上司なんだから。 それが上司の仕事なんだよ」
「でも、だからって、それが…」
「言い訳は三谷君宛にしたまえ。 分かっていると思うが、君の上司こそが三谷君だ。 後で君が三谷君にどういう目に遭わされるかまでは、私は知らんよ」
だが、と言いながら、茅原主任は机の上のアイスをまたもナイフで深々と突き刺し、口に運んで咀嚼する。
「もし、今の件で、君に仕事に対する責任と自覚が芽生えたのなら、次回から肝に銘じておきたまえ」
そう言って茅原は席に戻ると、デスクの引き出しから何かを取り出して投げてきた。
「そして、三谷さんは今の痛みをゆめ忘れないでいてください。 さて、定例報告を頼みます」
茅原が投げたものは、USB接続の小型無線ルーターだった。
三谷がそれを慌てて拾い、タブレットに接続すると、それまでバラバラの画像を表示していた壁一面のモニターが、一つの画像としてタブレットと同期した。
「り、了解しました! それでは、『還魂のリヴァイアサン』、カッパーサーバー・エリアN41における、概略をご報告申し上げます! まず、本エリアのダウンロード数は本日時点で全国概数205万に対し、15万を突破、うち登録ユーザー数も162万に対し、6万を越えました! 加入者の増加率は先月比で62%の増、先週比で17%でございます!」
「…ふむ。 続けて下さい」
「現在の同地域における通貨総量は、概算で1億3,879万円、全エリアの総量が概算で324億5,700万円ですので、寄与度は0.4%となります!」
「…相変わらず少ないですね。 では次、PK率はどうですか?」
「PK率につきましては、ボリンジャーバンドが0.4783をマークしております」
「比較的良好ですね、殺伐とした土地柄。 いい感じです」
三谷は、手元のタブレットに表示される内容の詳細を次々に報告し、茅原主任と呼ばれた男が、手持ちのタブレットから視線をそらすことなくうなずき続ける。
オンラインゲームでは、ゲームの健全な「運営」のために、その程度に大小はあれど、プレイヤーの行動状態を把握する事が必要となる。
ゲームの趣旨に違反するプレイヤーへの対応や排除ももちろんだが、一企業である以上、顧客であるプレイヤーが何を求め、どんなプレイ阻害要因があり、どんな改良点があるのか…を聞き取り、突き詰め、より良いサービスを提供し、引き替えとして課金収入を得ることが、オンラインゲームの運営である。
それはこのソーシャルゲーム「還魂のリヴァイアサン」においても同様であった。
茅原主任と呼ばれた男は、三谷からの報告を一通り聞くと、大きく頷く。
「…結構です。 私が把握している数値と、ほぼ同じだ。 これで『アマテラス』のユーザーインターフェイス改良は、とりあえず形になった、と言うところですかね」
「は、はい…ありがとうございます。 ところで、今後の運営について、気になる点があるのですが、よろしいでしょうか」
「何でしょう、何なりと言ってみて下さい」
「ええと、以前も申し上げましたが、PKの仕様が厳しすぎるのではないか、という質問のメールが、続々と寄せられておりまして…」
「またその話ですか? それは既に対策済みのはずですが?」
「もちろん了解しております。 ですが、エリアN41のみならず、他のエリアにおきましても、PKを食らったプレイヤーの復帰率が、二度、三度となると極端に低下しまして…。 それ故に、ダウンロード数は多いものの、現在の登録プレイヤー数は、それに比例しない状態にある、と『アマテラス』のレポートに出ておりました」
それを聞くと、茅原はPK率を示した画面をしばらく見つめた後、手持ちのタブレットを操作し、アイスを一つ食べた後に、
「…なるほど、確かに。 ちなみに、メールの内容はどういうものでしょうか」
「大別しますと、『PKされて面白くない』と、『稼げないので面白くない』です。 そして、その全てが仕様の改善を求めております」
茅原はそれを聞くと、アイスを立て続けに口に運んだ。
「仕様の改善ねぇ…。 お得意の『社会が悪い』か。 何故、このシステムを目の前にしておきながら『他人に勝って稼ごう』という思考に至らないものかな。 …三谷さん、貴方はどう思いますか?」
「…あの、協調性というものではないでしょうか? 皆との和が大事という姿勢は、我が社の過去のゲームでも散見されておりましたし、国民性と言いますか、他人を出し抜くという姿勢そのものが、日本人にはあまり好かれてないというか…」
だが、それを聞くと、茅原は不満そうに「くだらん」と吐き捨てて、アイスを次々に口に運んだ。
「それだから、日本の市場は、海外の席巻を許すんだ…! せめて空想の中では、英雄を気取ってみたいということか? やはり、自分はただの一個人でしかない、という西洋的価値観に耐えられないようだな」
「ど、どうでしょうか…それは、何とも…」
だが、二人が沈黙に陥ったところで、橋口が会話に割り込んできた。
「あの、すいません…。 さっきから聞いてたんですけど、こういう事が何の役に立つんですか?」
その発言を受けて、不思議そうな表情が、茅原と三谷の顔に浮かぶ。
「だからその、加入率とかPK率とか…。 そんなの聞いて、それが何の役に立つんですか?」
「ちょっと、今まで何を聞いてたんだおまえ! いい加減にしてくれよぉ、もうホント、頼むからぁ…!」
崩れ落ちる三谷の姿を見て、苦笑する茅原。
「…なるほど、これが『普通』か。 三谷さん、私が代わりに説明しましょう」
「え…えっ!?」
時間はいいのか、という疑問が表情に浮いたのか、
「『普通』の若者をこのプロジェクトに組み込むよう頼んだのは私ですし、組織の皆が同じ方向を向くのは大切な事ですからね」
と、先ほどの行動を翻すような発言をし、アイスをさらに口に運んだ後、それを食べ終えてから話を始めた。
「橋口君、君は、ビッグデータというものを、聞いた事はありますか?」
「ビッグデータ…。 大きいデータ、って事ですか?」
だがその回答に、茅原は微妙な表情を浮かべた。
「…君は、データマイニングや、回帰分析、Hadoopについて知っていますか? 説明できます?」
「いや、全然。 …何ですかそれ」
「…。 三谷さん」
「は、はい!」
「普通の若者をリクエストしたのは確かに私です…が、ゲームに携わる以上、次からはもうちょっと素養のある人間を選んで下さい」
「は、はい、こちらこそ申し訳ありませんでした!」
茅原は小さくため息をつくと、にこりと微笑みかける。
だが、それは明らかにつくり笑いだと、橋口には感じられた。
「少し、遠回りしますけど…ビッグデータの説明のために、身近な話から始めましょうか」
茅原は、ナイフで机の上に盛られたアイスを突き刺すと、それを橋口の目の前に突き出した。
「橋口君、アイスクリームがもっとも売れるのはいつ頃か、知っていますか?」
「え? アイス? …夏、ですよね?」
「その通りです。 ただ、もっと正確に言えば、22℃~27℃の気温帯で最も売れるようになります。 時期で言えば7月頃。 ところが、さらに暑くなる8月頃になると、アイスは売れなくなります」
「…へぇ、あまり暑くなると逆に売れないんですか?」
「ええ。 真夏になると気温が高すぎて、アイスがすぐ溶ける、もっと冷たい氷菓を買いたくなる、エアコンの効いた店内で過ごしたくなる…という様々な要因によりますね」
「なるほど…。 何だか、言われてみればそうかもしれないッスね」
「実際、沖縄県はアイスの消費量が日本で最下位ですし、逆に北海道は、冬のアイス消費量が日本一なんですよ」
「え、北海道が? あんな寒いのに?」
「北海道は酪農が盛んだし、部屋の断熱がしっかりしていますからね。 暖かい部屋で食べるアイスは最高と思いませんか?」
「…なるほど」
そして、茅原はアイスをまたもナイフで突き刺して、口に運ぶ。
「ま、常時カロリーを必要とする僕にとっては、年間を通して必需品ですがね」
「でも、よくそんな事分かりますね。 22℃で一番売れる、とか…」
「これはデータを取っているからなんです。 こういう地道な蓄積こそが、ビッグデータの基礎なんですよ」
ちなみに、現在ではビッグデータの蓄積は、殆ど全ての業種…コンビニでもファミレスでもどこでもやっている。
レジに客層を入力する項目があり、それによっていつ、どんな客層が、何を購入しているのが自動で集計されるようになっており、今後の発注の参考になるようになっている。
「えっと、つまり、噛み砕いて言うなら、リアルタイムのアンケートみたいなものスか、ビッグデータって」
「…まぁ、そうとも言えます。 そして、ビッグデータ分析というのは、それらの記録から『いつ、何が、どういう要因によって、どれだけ売れたか』。 その答えを数字で示す事なんです」
「なるほど、アイスの方はおかげで分かりました。 で、ゲームの場合はどうなるんですか?」
「これはゲームでも同じです」
オンラインゲームの場合『どのようなイベント、どのようなシステムを盛り込めば、よりユーザーを引きつけられ続けるか』という事になる。
序盤にはプレイヤーを新規加入させるために、ネットカフェでの連動キャンペーン、EXP倍増サービス、序盤初心者向けの時間制限付きボーナス、マニア向けの特典付きスペシャルパックなどの広告展開を行う。
そしてプレイヤーが居着いたら、次はゲームの要望に沿った改良や、新イベント・新システム・新マップを矢継ぎ早に打ち出して、プレイヤーの皆に課金させ、かつ飽きさせないようにサービスを展開していく。
この頃、新規参加者向けの「EXPさらに倍」や「今課金すればベテランにも追いつけます」的なサービスが投入される事もある。
最後に、ゲームがコンテンツとしての寿命が尽きる頃には、プレイヤーの淘汰が進んでいるので、残ったプレイヤーが最強を目指して満足できる環境を整える。
究極の難易度を誇る敵。
作成に天文学的な金額と時間の掛かるアイテム。
サーバーに一つしかないレアドロップを落とす敵へのフラグチケットを落とす敵に挑むためのチケットを落とす敵へ挑むためのチケットを落とすために挑む(ry
…などなど。
この他にもプレイヤーを囲い込むための手段は山のようにある。
そして、オンラインゲームの運営は、企業として最大の収益を上げるために、プレイヤーの状況と、そこから紡ぎ出されるプレイログの集合体を逐一分析していく事が必須業務となる。
かつて、ビッグデータ分析のためには、一般的には数学と統計学を修めている必要があると言われていた。
それに従い、ソーシャルゲームの先駆であった株式会社グリードは、ユーザーの嗜好調査分析のために、最高の機能を持つ分析ツールと、統計分析を修めた帝国大学生を年収1000万という破格の条件で大量に雇った。
だが、この茅原昭彦は、それすら非能率だと断じた。
そして彼が考えた事は、年収1000万のアナリストを、人工知能で代用する事だった。
ビッグデータ分析の分析方法は、現在、ある程度までテンプレート化されている。
そこで彼は、各アナリストの分析手法そのものの統計を取り、それにより抽出された方法を体系化して、強化された分析ルーチン…「疑似人工知能」によって、広大な汎用性を持ちながらも、ニッチなニーズにも対応しうるシステムを作ろうと考えた。
過去のデータの蓄積・整理・分類を行う「ラケシス」。
様々なフラグ判定より、近似データの比較・分析・解析を行う「クロートー」。
そして現状の差異を比較、相関関係の束から因果関係を見つけだし、未来をも予測する「アトロポス」。
そして、これらの成果を統合し視覚化するユーザーインターフェース「アマテラス」。
茅原が作り出したこの「3+1」の人工知能は、人間のアナリストの分析手法と同じ、だが彼らには不可能な規模と速度と試行回数で分析を行う事により、圧倒的な速度と精度で、不可知の因果律すら求め得る。
そしてその最大の特徴は、既存の分析ツールのように、ゲームログだけに依存するのではなく、他のビッグデータや、搭載したレコメンダシステムから割り出された市場の傾向、世代間プレイヤーの嗜好分布、果ては潜在需要すらをも関連づける事が可能になった事だった。
この「ビッグデータ自動解析用人工知能」こそが、茅原昭彦の作ったシステムであり、これによって当時斜陽にあった株式会社グリードとカプリコンの人件費を大幅に圧縮、経営を一気に建て直した事で、一主任でありながら、経営に多大な影響を持つ存在として今に至る。
…と、ここまで茅原は一気に説明しきったが、少し難しい表情を浮かべて言った。
「ただ、このゲームには、一つ問題があります」
「な、なんですか、それは?」
「この『還魂のリヴァイアサン』は、課金効率を最大化するために、ゲーム内通貨を、最終的にはWebマネーとして使用できる事を最大の魅力としている…のは君も知っていますね?」
「ですね、ゲームをプレイすればするほど儲かる…的なキャッチコピーありましたね」
「だが、このシステムは、最初からある程度の破綻をはらんでいます」
「え…!? な、何ですか、主任、それは!?」
橋口の代わりに、三谷が顔面蒼白になって質問してきた。
「インフレーションです」
「ええっ!? そ、そそそ、そ、それは解決された問題なのでは…!?」
「一応は、ですね」
どんなオンラインゲームでも、基本的にプレイヤーの手持ち資産が減る事はまずない。
そのため、無限に増殖するゲーム内通貨を、有限であるwebマネーと固定レートのままで交換する事は難しい。
だが、それを可能にするための対策の一つが、CFによる企業からの資金供給だった。
「ですが、それにも上限があります。 ご存じのとおり、企業からの広告費30億…これをプレイヤーの総資産推計が超えた時点で、経営は第一次危険域に突入、という事になります」
「そんな、危険域とか軽々しく…」
三谷が弱々しく反論するが、茅原は気にする様子もなく、アイスを食べながら続ける。
「そこで、どうすれば良いか…と私が悩んで考えついたのが『総量通貨規制』です。 プレイヤーの所持金、つまりゲーム内における通貨の量を減らせば、換金レート『10Cen=1円』が維持できます」
「…じゃあ、PKを積極的に推奨してるのは、そういう訳なんですか?」
「そういう事です。 そもそも、プレイヤーの所持金を減らす機会がないと、通貨量を調整できませんからね。 そういう意味で、このゲームにPKは必須なんです」
だが、そこで、茅原と三谷の会話に、またも橋口が割り込んだ。
「いや、でも、それじゃ結果としては変わらないんじゃないですか?」
「ど、どういう事だ? 橋口君」
「だってそれ、いくらPKしても、それは装備の所有者が代わるだけで、サーバ内のお金のトータルは変わらないんじゃないのかなー、って…。」
「あ…!?」
何かに気づいたような表情の三谷。
だが、茅原はニヤリと笑って言った。
「橋口君、鋭いね。 実はその通りだ。 だが、それを解決する方法はちゃんとあるんだよ」
「え、何ですかそれ?」
茅原は、にこりと笑って言った。
「事故だよ」
「…事故?」
「以前ね、このエリアN41に、もの凄く突出したスキルのプレイヤーが居たんだよ。 名前、何だったかな…」
「『アーツクルス』ですか?」
と、三谷が補足する。
「そう、それ。 彼とそのメンバーは、装備が豪華だったってのもあるけど、とにかく強くて、対人戦もほぼ無敵で…。 驚くべき事に、この時点でもう『リヴァイアサン』の一柱までたどり着いたんだ」
「え、マジですか!? スゲェ、それで、どうなったんです?」
「もちろん負けたよ」
橋口は、その茅原の語り口に、違和感を抱いた。
負けるのはともかく、何故それが「もちろん」なのかと。
「だって、現時点での『リヴァイアサン』はHPゲージがロックされてるからね」
「え…!?」
驚愕する橋口の表情を見て、茅原は笑いながら言う。
「ゲーマーってさぁ、不思議な人種だよね。 どんな敵でも倒せる前提で作ってあるもの、と思ってるからねぇ…。 なんで『そうじゃない』って疑わないのかね」
「いや、それ、反則じゃないですか!?」
「旧約聖書『ヨブ記』の『リヴァイアサン』は不死生物だよ。 HPがロックされてる方がリアルじゃないか」
そして、茅原は自分の発言がツボに入ったのか、一人で爆笑し始めた。
「勝っている人間はね、概して自分が強運だと思ってる! リヴァイアサンに挑戦できた事が、我々が誘導した結果だなんて、ゆめ思ってなかっただろうね、彼は!」
そうして一頻り笑ったあと、ピタリと茅原はその笑いを止めた。
「こうして、彼が皆からかき集めた大量の資産は、綺麗さっぱり無くなり…。 同時に、交換レートも守られる事になりました、とさ」
「…!!」
三谷と橋口は揃って絶句する。
強者は弱者からPKで搾取する。
だが、その搾取で最終的に富んだ強者を無敵のエネミーによって排除し、このゲームの流通システムを防護する。
それがこのゲームのPKの仕様、その本質であった事を今初めて知ったから。
このゲームで、リヴァイアサンを倒せば1000万円、というデマをそれとなくネットで流したのは、実は彼らカプリコンの社員である。
1000万の賞金は法律で違法となるため、公には発表できない。
そのため、ゲームの目的をそれとなく流布したのに、それは嘘どころか、罠だったなんて…。
だが、茅原は二人に諭すように言う。
「なるべく、我々の敷いたルールをはみ出すような、突出した存在には居てほしくないんだよ。 可能な限り、この平穏な環境を維持していたい。 君らだって、会社が倒産して給料が貰えないっていうのはイヤだろう?」
「ええ、まぁ、確かに…」
三谷はそう頷いたが、橋口は黙っていた。
しかし茅原は握り拳を作って力説する。
「だから頑張ろう。 我々は、還魂のリヴァイアサンという、『どうすればプレイヤーから効率よく搾取できるか』というゲームをやっているんだからね」
「は、はぁ…」
三谷の気の抜けた返事を聞いて、またも茅原は愉快そうに哄笑する。
「…あの、リヴァイアサンのHPのロックは外さないんですか?」
橋口がそう聞く。
「ロックは外すよ。 課金額が目標に達した後にね。 あと、三谷さんが懸念しているPKについても、今後のアップデートでは、レンタル装備の充実とか、早期復帰のログインボーナスとか、復帰しやすくなるシステムを考えておきましょう」
「で、その…。 ロックを外したあと…『リヴァイアサン』を倒すと、どうなるんですか?」
「それはその後の運営体制が? ゲーム進行が? それともプレイヤーが?」
「え、と、プレイヤーの方で」
「素晴らしいプレゼントを用意してるよ。 公式ページにも書いてあるだろう?」
そして、少し間を置いて続けた。
「それを知った誰もが欲しくなる! ような、ね」
「わ、分かりました…」
「他、特に質問はないかね、橋口君」
「いえ、特に…」
そして、報告を終えた三谷と橋口の二人は、そそくさと主任室を去った。
「失礼しました!」
残された茅原は、席へと戻ると、またもアイスを食べながら大型タブレットを操作し始める。
タブレットの中では、虹色のモザイクが画面を覆い尽くし、それが頻繁に移動を繰り返す映像が表示されていた。
「…何で簡単に信じるかなぁ、あんな嘘を」
薄く笑いながらそう呟くと、画面を切り替えて、専用のソースコードプログラムを立ち上げる。
そして、茅原本人にしか分からない事であるが、彼は定例イベント…固定イベントの報奨金比率を大幅に引き上げたアップデートパッチを作成し始めた。
「還魂のリヴァイアサン」は、茅原が殆ど一人で作成したコンテンツであるため、ソースコードの大部分が彼の独自表記であり、そのため他人が茅原に代わりアップデート作業をする事が極めて困難だった。
「逆なんだよな。 レートを維持するためにPKを実装した訳じゃないのに…。 目の前で見てて、何で気づかないんだろうな」
コードのおおよそを書き終えた茅原は、タブレットの電源を切り、机の上にあった写真スタンドを手に取ると、俳優然とした笑顔を浮かべながら、それを眺め…。
おもむろに、写真スタンドに向かって語りかけた。
「もう少しで、完成するよ。 目標とする『アレ』が。 この老成し、停滞した社会を革命する『絶対の力』が…」
茅原の持つ写真スタンド。
その中には、若く美しい女性の姿が写っている。
「お前には感謝してる。 お前の作った『箱庭』のお陰で、皆がこぞって僕の実験に参加してくれている。 僕が『アレ』を完成させ、この世界を改変した暁には…。 我が愛すべき妹よ、お前は僕の世界を認めてくれるかい?」
そして、茅原はしばらく躊躇するかのように黙ってから、再び唇を開いた。
「この僕の『原初の暴力世界』を」
茅原の笑顔が、醜悪に歪む。
そして写真立ての表面を、べろ、と嘗めた。
そこに写っていた女性の像が、茅原の唾液とアイスの乳成分で、白く薄汚れた。
「琴莉…」
* *
同時刻、主任室からの帰り道、その三谷と橋口。
「あ…しまった」
「どうした? また何かやらかしたのか?」
「あの…えと、実は報告し忘れた事が」
「…お前、ホント勘弁してくれよぉ! …それが茅原主任にバレたら事だぞ!」
「いや、だって、あの主任がインパクトあり過ぎて、頭から吹っ飛んでましたし…それに、そんな大した事じゃないですよ」
「いいから言ってみろ! 何だその報告し忘れた件は!」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、ほら、あの『アーツクルス』みたいに、突出したプレイヤーもレポートしろって言われてたじゃないですか。 でも微妙なのが一人居て」
「…微妙?」
「あ、先日のイベントでですね、無課金で準優勝した奴が居たんですよ。 優勝じゃないけど無課金でだし、目立つ行動も無いしで、どうしたもんかな、って思ってて…」
「誰だそいつ、一応名前を教えてくれ」
「えっとですね、こいつです。 ユニットIDは00941724、アバターネームは…」
橋口は、手に持ったタブレットで、三谷にそのプレイヤーアバターの姿を見せた。
「『レオ』って言います」
<続く>
※作中の「1000万円の賞金は違法になる」という表現について
本作品では、ゲーム内でwebマネーを稼ぐためのイベント報奨金の上限は、リアリティを出すために、現実に存在する法律「景品表示法」に依って設定されたもの、という設定がありますが、ちょっと作品世界に添わせるために、意図的に恣意的解釈をしている部分があります。
そのため、作中世界の「景品表示法」は、現実の「景品表示法」とは微妙に異なりますので、作中の地の文で書いてあることも「作品世界の中では(法律が)そう運用されている」という事ですので、内容を鵜呑みにされないよう、よろしくお願いいたします。
まぁ、現実でも1000万円の景品出したら違法行為になるとは思いますけど…。




