表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/116

(46)桐嶋天麒

「還魂のリヴァイアサン」は、プレイを阻害しないようにと、アプリ起動中は全通信回線をサーバーに接続しており、その間、他者からの電話・メールの通信を一切受け付けないように設定されている、と聞いた事がある。


それは事実らしく、ゲームをログアウトした途端、俺のスマートタブレットがいきなり鳴り出した。

不在着信を示すアイコンが、同時に幾つも表示される。

どうやら相手は、5~10分おきに電話を掛けてきていたらしい。


その電話の相手の名前は「桐嶋 天麒」。


「…え? 何で、お前が?」


思わず、俺はそんな事を呟く。

何かあったのか?

何でお前が、このタイミングで電話してくるんだ?


「兄貴…」


俺は恐々と、電話を取る。


「礼雄か! 今どこだ! 何で電話に出なかった!」


電話に出るやいなや、大声が俺の耳に飛び込んで来る。

それは、俺がこの世で、最も苦手とする人間の声だった。


桐島天麒きりしま・てんき」。


6歳年上の兄で、背が高く、優しくて人気のある優等生だったという。

だがそれは俺の知る限り外面だけの話で、中身は非常に高圧的で冷酷。

劣等生だった俺は、小さい頃からボロカスに押さえつけられていた。


そのムカつく声に、思わず顔をしかめつつ俺は答える。


「友達の所だよ、試験勉強してたんだ…」


そう嘘を付いた。


「嘘を付くな! 今、あかりちゃんから電話があったぞ! 一体、いつまであの娘に心配させる気なんだ!」


…!?


「いや、本当に勉強しに行ってたんだよ! 嘘とか付いて、どうするんだって言うんだよ!」


いきなり嘘と決めつけられ、俺はイラッとしてそう返事する。


「…あのな、礼雄。 いい加減にしろ。 あかりちゃんがお前に用事があって部屋を覗いたら、鍵は開けっ放し、部屋には教科書もノートも放りっぱなしだったそうだぞ。 勉強? また前みたいに、ゲームセンターでゲームのお勉強か?」


しまった…!

龍真から急に呼び出されて、片づけないまま出かけた後を、あかり姉に見られてたのか…!


「本当に、勉強してたんだって…! 友達が、ノート貸してくれるって言うから、すぐ来いって…!」


「ノートを借りるだけにしては、随分長い時間、外出してるようじゃないか」


「(ぐ…!)」


くそ、相変わらず頭の回転が早い奴…!

でも、どんなブラフをかけようと、ブラジルに居る兄貴には、俺の行動の裏なんて取れるワケがない。

このままシラを切り通してやる。


「だから勉強してたから、って言っただろ! ノート借りて丸写しするワケにもいかねーだろ!」


「ノート、丸写し、ねぇ」


はぁ、というため息が、電話の向こうから聞こえた。


「相変わらず、程度が低いな、お前は」

「…何が言いたいんだよ、兄貴」

「あのな、礼雄」

「…ああ、何だよ」


「親父がまた、倒れたぞ」


その予想外の一言を聞いて、俺は一瞬、頭を殴られたようなショックを受けた。


脳梗塞…再発したのか!?


「また…って、いつだよ! 何で教えてくれなかったんだ!?」

「3日前だ。 親父からは、お前には教えるな、と言われたから、伝えなかっただけだ」

「何で…だよ!?」

「お前の大学の試験が近いからだと。 昔からだが、親父はつくづくお前には甘いよ」

「じゃあ、親父は…今は大丈夫なのか」

「ああ、危機は脱して、今は小康状態だ。 またリハビリして…今度は長くかかるだろうな…」


という事は、兄貴の奴、今はブラジルじゃなくて、実家に居るのか?


「ああ、休暇を貰って実家に居る。 で、親父の右半身には、完全に麻痺が残った。 前は社長の温情で再就職できたが、もう無理だろうな」

「…」

「何で黙ってる?」


…え、何を言わせたいんだよ。


「俺の言ってる事が分からないか? だから、もう、お前に送金はできない、って事だ」


送金、できない。


…え?


俺の大学生活…これで、終わり? 


マジで?


これから頑張ろう…って思ってたのに?


「そうなるな」

「ちょっと…待ってくれよ、いきなり、そんな…」

「それと、お前の通帳を見せて貰った。 学費として40万振り込んでた分、もう20万以上も使ってるじゃないか! どういう事だ!? 何かまた、変な物でも買ってるんじゃないだろうな!?」

「…兄貴、お前、何で人の通帳を勝手に見てんだよ!」

「俺には、家の長として、その責務があるからだ! お前、親父や母さん、芹菜が、どれだけ心配しているのか、分かっているのか!?」


それは、圧倒的な説得力を持つ喝破だった。

俺は、もう、抗弁する気力すら失せていた。


「それで、お前、20万も何に使ったんだ」

「…」


鶴羽先輩に懇願されて、貸しただけなのだが…。

何を言っても無駄だろうな、これは…。

俺自身、鶴羽先輩が20万を何に使ったのか、正確に知らないワケだし、言った所で、危機感が足りないとか、他人のことに構ってる場合か、とか言われるだけだ。


「…言えないのか。 どうせ、くだらないゲームやマンガに使い込んだんだろ? 親父はああ言ったが、やはり、お前は俺の思ったとおり、更正できなかったな」


「…」


「礼雄」


「…何だよ」


「もう、こっちに戻ってこい。 俺たちの目の届く所に就職しろ。 そうすれば、皆安心できる」


…な?

何言ってんだ、こいつ…?


「何言ってんだ、兄貴! 人の人生、勝手に決めてんじゃねえぞ! 自分は勝手に家を出て夢を追いかけたくせに、俺は人を安心させるためだけに実家に戻るなんて、まっぴらゴメンだからな!」


だがそう反論したら、


「ふざけるなっ!」


と大音量で一喝された。


「お前程度が、簡単に人を語るな! 総合商社に入社することすら、どれだけ大変かも想像できないくせに!」


「…!」


これがコイツの最大に嫌な所だ。


兄貴は大学を卒業後、地元に就職という両親の希望を一蹴し、自分の可能性を試したいと、勝手に総合商社…四菱商事に挑戦、だが合格した。


俺は四菱がどれだけ凄い会社なのかは知らないが、とにかく給料が良いらしく、内定の報を聞いて、親父は兄貴の進路をあっさり認めた。

入社3ヶ月後に、兄貴がブラジルに行くことになっても、「頑張れ、くじけるんじゃないぞ!」と涙混じりの笑顔で送り出したほどだ。


当時、高校生だった俺は「うはwwwブラジルwww左遷乙www」とか調子こいて煽って、親父と兄貴にこっぴどく叱られた覚えがある。

何でも、ブリスクとか言って、これから経済的に発展が見込まれるから、今のうちに現地に基盤を築け…とか、無茶な事を上司に言われたらしい。

だが兄貴は、それにも耐えて成功し、現地法人と言うのか、とにかく何かの支店を開く事が出来たらしい。


それがどれだけ凄い事かは知らないが、とにかくその成功を鼻にかけまくって、とにかく四菱四菱と、企業のネームバリューを盾にして説教してくるウゼェ奴なのだ。


「あのな、礼雄…。 俺はな、小さい頃からお前を見てきた。 お前は、怠惰で、頑固で、狭量で、しかも協調性がない。 そんな奴は、社会では到底やっていけない」


「お前みたいな社畜が社会を語るなよ! そもそも、お前が社会の全部を知ってるっていうのかよ!」


俺は怒りに任せて煽ったが、兄貴は冷静だった。


「少なくとも、お前よりは知ってるよ」


「だから、どうしたってんだよ!」


「礼雄。 お前は、俊郎叔父さんの所で働け。 あの人なら、お前を小さい頃からよく知ってるから、お前がどんなヘマしても、辛抱強く見てくれるぞ」


「冗談言うな! あんな単純作業ばっか、やってられっかよ!」


「叔父さんの事を軽く言うな! あの仕事が、どれだけの技術に裏打ちされているのか、お前に分かるのか!」


「…もういい。 うるせぇよ、お前」


我知らず、涙が出てきた。


分かるのか分かるのか、って、分かってるワケねーだろ。

社会に出る前に分かってたらスゲーよ。

天才かよ。 社畜の天才かよ。


むしろ分からないから、挑戦するんだろうが…!


「じゃあ、お前は、夢を叶える前に、何か努力をしたのか? 違うだ」


俺は怒りのあまり、そこで電話を切った。

だがすぐに、兄貴の奴はリダイヤルしてきやがった。


「とにかくだ。 あかりちゃんには、次の試験の、お前の成績を送ってもらうよう頼んである。 それが悪いと俺が判断したら、お前を退学させるからな」

「兄貴…! お前…!」

「勘違いするなよ。 親父がお前にやったチャンスまで、無碍にする気はない、って言ってるんだ。 本当なら、今すぐに家に戻ってこさせる所なんだからな」


俺はもう、何も言う気がしなかった。


「親父に悪いと思ってるなら…お前の本気、出してみせろ」


「…うるせぇよっ!」


俺は再度そう怒鳴り捨て、電話を切り、携帯の電源までをも切った。


「(…勝ち組のお前にゃ、俺の気持ちなんて分かりっこないだろ! そんなに良い職場に就職すんのが偉い事なのかよ! 金さぇ…。 金さえあれば何でも良いんだろうが!)」


「畜生…! 畜生畜生畜生ッッ!」


俺は軽食コーナーの机を、力任せに何度も叩く。

残ったおでんが汁と共に飛び散って、上着にかかる。

上着を通して染みるその汁は、氷のように冷えきっていた。


<「幕間劇(1):株式会社カプリコン開発室」に続く>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ