(44)別離
DATE : H27.1.28
TIME : 17:48
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「何だこいつ!?」
「何これ、気持ち悪い!」
「蟹…いや、蜘蛛ですか!?」
再び現れたピースキーパー、巨大蜘蛛を象ったBOT対策ユニット「フローズン・タランテラ」を前にして、オリオン、ミルフィーユ、フィールドマウスがそんな感想を口々に述べる。
「(はは…。 こりゃ、もう、メチャクチャじゃん…)」
オリオンだけじゃなくて、フローズン・タランテラまで現れたら、もう死ぬしかない。
連中に後一手なりと喰らわせてやりたかったけど、もう無理だな…。
「何だこいつ…どけっ!」
オリオンが、ギチギチと前足を鳴らして威嚇する巨大蜘蛛に切りかかる。
「ギコァ!」
だが、オリオンに切りかかられた「フローズン・タランテラ」は、俺の予想だにしない…だがある意味、全く当然の行動を取った。
巨大蜘蛛は、足をぐぐぐと縮めると、突如飛び上がったのだ。
「うおおっ!?」
「きゃあっ!?」
「何だこれ!?」
そして蜘蛛は3人組のど真ん中に着地、連中は悲鳴をあげながら吹っ飛んでダウンする。
蜘蛛の戦闘アルゴリズムは、固まっていた3人を効率よく、まとめて抹殺しようとした。
結果として選択した攻撃は、あの超即死級のダメージを誇る、ジャンププレス攻撃。
「(…そうか、これは!)」
それを見た俺の脳裏に、この局面を打開する方法が、一つだけ閃いた。
「(あの3人をまとめて攻撃したのなら、ヘイト値がクリアされてる…となると、次は俺が襲われる番)」
今までのゲームで培ってきた経験から、反射的にそんな事を考える。 そして、
「ギコァ!」
予想通り、蜘蛛はこちらに振り向いて、さっき見せた「酸弾」を吐いてきた。
それを俺は余裕で回避。
「(…行ける! これなら、連中を倒せるかもしれない!)」
脳裏に浮かんだ逆転の策。
俺はそれを実行すべく奴らに迫ったが、体力を大幅に減ったオリオンたちは、予想外の事を喚き始めた。
「何だこれ!? 体力がこんなに…!?」
「ねぇ、これ、ボスか何かじゃないの? 逃げようよ!」
「そうですよ、もう十分稼ぎましたし!」
バカ、こっちが逆転の策を思いついた途端に逃げてんじゃねーよ、お前等! チキンかよ!
「逃げるぞ! 『転移の魔法石』を使え!」
「分かった!」
「分かりました!」
「えっ…!? 転移…!?」
魔法石を天にかざし、光に包まれて、今まさに脱出しようとする3人組。
対して俺は、速攻で盾を構える。
「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」
BOT対策ユニットは、周囲のプレイヤーが「回復」や「脱出」行動を取ると、即座に「エスケープキャンセラー」での妨害行動を起こす。
「うわあっ!?」
「きゃあっ!」
「ひいっ!?」
「(…そうなるよな、やっぱり!)」
再びオリオンたち3人組は吹き飛ばされ、『転移の魔法石』は効果を失い消滅する。
「(…助かった、これはやはりイケるぜ!)」
再び俺に向いた蜘蛛の攻撃をかいくぐると、俺の中にはそんな確信がムクムクと湧いてきた。
この状況を打破できる唯一の逆転策、それはMPK。
数あるPKの中でもメジャーな方法の一つで、相手に対処不可能な敵を引っ張ってきてなすり付け、自分だけ離脱して間接的に相手を殺害する方法だ。
現在の状況は通常のMPKとは少し違い、俺もピースキーパーの殺戮対象になっているってのが難だが、さっきの戦闘の経験があるから、防御に徹すればまずダメージを貰う事はない。
「(…もしかしたら、ムラサメの炎神剣、取り返せるかも…!)」
3人組は、エスケープキャンセラーを喰らってなお立ち上がり、逃げようとしていた。
超即死級の攻撃であるはずのジャンププレス攻撃も喰らってるはずなのに、それを余裕で耐えてる防御力ってどんだけなんだよと思ったが、俺は追撃を決めるべく、ムラサメの装備を奪ったミルフィーユに駆け寄ると、ブレードアーツを放った。
剣光が閃き、ダウンしているミルフィーユに連続ヒットする。
インフォメーションウインドウに表示された敵の体力は、残り1割を切っていた。
よし!
「きゃあああっ!? いやぁ!!」
「!?」
だが俺は、その悲鳴を聞いて、何とも言えぬ衝撃に襲われた。
敵キャラと思って…。
アバターだと思って…。
いつものように襲いかかったら、まさか絹を引き裂くような叫びが出てくるとは、思ってもいなかったのだ。
「やめて! 攻撃しないで! 本当に死んじゃう!」
「…何言ってるんだ! お前らこそ、嫌がる相手から、装備を奪っただろうが!」
「やめて! やめてよぉ! 攻撃しないで! いや、やめて!」
そして、俺はその声を聞いて、自分でも驚くほど意気消沈してしまった。
「(何で…!? こいつらこそが悪いんだぞ、あれだけのプレイヤーから、装備を奪った奴らなんだから…!)」
脳裏で俺はそう自分を叱咤するが、指が動かない。
「(ムラサメの剣を奪ったこいつを、そのままにして良いのかよ! 取り返せ! 倒して取り返すしか、方法はないだろ!)」
もう一人の俺が、脳裏で再びそう叫ぶ。
分かってる。
分かってるけど、でも…。
相手は、女の人、なんだぞ…。
「レオッ! お前如きが、ミルフィーユに攻撃するなッ!」
ミルフィーユを襲っている俺の姿を見て、猛然とオリオンが突進し、切りかかってくる。
「ギコァ!!」
だが、俺はオリオンの攻撃をガードすると、即座に距離を取った。
「うわっ!?」
フローズン・タランテラが、ヘイト値の貯まったオリオンに攻撃するであろう事が、分かっていたからだ。
オリオンは後ろから蜘蛛の前足で貫かれ、空中に引き上げられて、ボリボリと牙で食べられていく。
「何だこれ!? 体力が!?」
オリオンの悲鳴が空中に響く。
今さっきの攻防のせいで、オリオンのHPゲージが俺の画面に一時的に表示されているが、それが残り6割から、5、4、3割と急速に減っていく。
それを確認した俺は、捕食中の巨大蜘蛛から距離を取り、残り少ない「回復薬」を使った。
「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」
再び放たれる「エスケープキャンセラー」。
俺は距離がまだ近かったようで、回復した所に衝撃波を喰らってプラスマイナス0になったが、
「うおおおっ!」
「いやぁぁあああっっ!」
捕食状態から解き放たれたオリオンと、エスケープキャンセラーで吹き飛んだミルフィーユ。
オリオンの体力はまだ残っていたが、ミルフィーユの体力は遂に0になり、顔アイコンに行動不能マークの「×」が点灯した。
「(…やった!)」
俺はそれを確認すると、すかさずミルフィーユの元へと駆け寄り、剥ぎ取りを開始した。
「いやーっ、止めて! 何すんのよ、バカ! せっかくここまで集めたのに! 止めて、止めてよぉ、バカーッ!」
女性のそんな罵声を受け、俺は一瞬、目眩のするような思いに囚われた。
何やってんだ、俺!?
でも、ここで「炎神剣」を奪い返さないと、ムラサメの奴が…!!
「お前、レオ! 何してる! ミルフィーユから離れろーッ!」
「オリオン!」
剥ぎ取りはまだ途中だったが、ダウンから復帰し、襲いかかってきたオリオンの攻撃を俺は受け止めた。
オリオンの攻撃は単調で、キャンセル技もブレードアーツも知らない様子だったが、奴は盾で転ばせる固有技「シールドバッシュ」を持っている。
地上であれを喰ったら転倒し、即座に麻痺させられる。
その可能性だけが恐ろしくて、俺はすかさず距離を取るが、
「逃げるな! ミルフィーユの装備を返せ!」
と、奴は猛然と襲いかかってきた。
「コマンド!」
俺はそう叫んで逃げだし、
「その手は喰うかッ!」
と、オリオンが俺を追いかけてきたのを確認して、最後の回復薬を使った。
「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」
「えっ!?」
エスケープキャンセラーで、再び吹っ飛ばされるオリオン。
オリオンの体力が残り1割を切ったのを見た俺は、「コマンド! ファイアーボール!」と、オリオンに火炎弾を打ち込んだが、やはり体力は殆ど減らず、トドメを指すには至らなかった。
もうホント、どんだけ課金してんだコイツ。
でもこれで、確認できた。
今の俺には、オリオンを倒す方法がない。
「れっ、れれれ、レオくん、どこに行くんです…!?」
俺は状況に対応できず、一人アタフタしているフィールドマウスを無視し、
「待てぇ、レオォッ!」
遠ざかるオリオンの怒号すらも完全に無視して、本当ごく普通に、雪山から撤退した。
DATE : H27.1.28
TIME : 18:00
STID : 00941724
「はろはろっ☆ ミンナお元気アルか~!? 以上で定例イベント『氷雪に潜む凶獣』終了アルー! ミナサン、本当にお疲れさまでしたっ、ある☆」
「ぷはぁ…」
午後6時、遂に定例イベントが終了。
ガイド役であるチャイナ系ポップロイド「貴候司クォン」のアナウンスを聞きながら、俺はベルディスカ山の麓で、大きな息を吐いた。
いや、本当に疲れた。
「最も稼いだ狩猟者は…なんと『レオ』さんでしたー! おめでとうー!!」
パパラパッパラー、という脳天気なSEと共に、画面に紙吹雪が舞い踊る。
わーっという歓声もわき起こるが、誰も居ない雪山でそれを聞いても、ムリヤリ盛り上げよう感が半端ないだけだ。
「…おおっ!?」
ーーーーーーーーーー
プレイヤー名:レオ
報奨金
『ビッグフット』 ×3,000Cen × 8
『アイスウルフ』 × 200Cen ×21
『フローズンモス』×1,000Cen × 5
小計:33,200Cen
特別報奨金
『フローズン・タランテラ』×100,000Cen ×1
小計:100,000Cen
合計:133,200Cen
提 供:(株)大正製菓
ーーーーーーーーーー
だが俺は、画面に表示された今回のイベントの報酬結果にくぎ付けになった。
「フローズン・タランテラ」…100,000Cen。 1万円かよ。
こうしてログに表示されたって事は、あの蜘蛛、龍真の言ったとおり、イベントに折り込み済みの敵だったんだな。
「凶獣」ってのは、どっちか言うとあの蜘蛛の方だったよな、絶対。
俺は2回、あの蜘蛛と戦ったけど、報酬画面では1回しかカウントされていない。
つまり、あの蜘蛛はダウンを奪わないと報酬が貰えない仕様なんだろう。
でも、普通は無敵キャラ相手にダウン奪おうとは考えないよな。
…極悪だなぁ、ホント。
そこまで確認すると、俺は速攻で「転移の魔法石」で村へと戻る。
村へつくなり、美味しそうなアイスクリームやチョコレートのCMが始まったが、俺はそれをキャンセルですっ飛ばして速攻ログアウトし、タブレットをテーブルの上に置くと、
「ふぅう…」
と、再び大きなため息をついた。
あーホント、マジ疲れた。
こんな殺し合い、「ドラグーンファンタジー」の派閥抗争戦以来だ。
「お疲れさん、礼雄。 優勝できたようで、何よりだ」
「…」
そして、俺がそこで、なんだか久しぶりに顔を上げたら、なんとも言えぬ表情の龍真と、のぞみさんが俺を見ていた。
二人は、タブレットを操作する様子は無かった。
「…? どうしたんだ、龍真? お前達は報酬無かったのか?」
「あったとも。 途中退場ペナルティで大きく減算されているが、一応報奨金は出た」
「じゃあ…」
「…でも、もう良いんだ」
「え、それって、どういう…」
しばらくの沈黙の間、龍真は口を開いた。
「礼雄、長く付き合わせて済まなかった。 でも、試験勉強もあるだろう? 急に呼び出しといてなんだが、もう帰った方が良い。 のぞみ、お土産を何か…お菓子か何かを用意してくれ」
「うん、分かった…」
そう言って、のぞみさんは席を立ち、部屋を出る。
その姿を確認してから、龍真は俺に視線を合わせないまま、話しかけてきた。
「礼雄」
「…何だよ、龍真」
「…僕はもう、このゲームを、止める」
その言葉に、俺は少なからず衝撃を受けた。
「ちょっと…。 誘ったのは、お前だろ」
「そうだ。 それは本当に済まなかったな、僕の気まぐれに付き合わせるような事をして…」
「何でだよ。 あのムラサメに色々言われたせいか!? そんな事気にすんなよ!」
「気にするとも。 彼女の前で恥をかかされた事が、どれだけみっともない事か、お前に分かるのか!?」
龍真が、ちょっと語気を荒げてそう言った。
「あの世界の僕は…。 バールハイトは、本当に役に立たない奴だな。 僕はアレの産みの親だけど、確かにそう思う」
「…」
「役に立たなくて、人から罵声を浴びせられるって事が、あんなに辛くて惨めだってのを初めて知ったよ、礼雄」
「…!」
俺は、龍真の独白に、何も返事する事ができなかった。
「だから…。 もう良いんだ。 お前たちの姿を見て、自分が背伸びし過ぎてたんだって、良く分かった…。 自分はゲームくらいこなせるって思ってたけど、違った」
そして、と前置きして、龍真は俺の目を見た。
「僕は、お前の事も何も分かってなかった…。 正直、ただのゲーム好き程度にしか思ってなかったのに、あれだけの才能というか、幅広い対応力と機転を見せてくれるなんて、予想外だった…」
「…龍真」
「なぁ、僕が卒論のテーマに選んだ事、覚えてるか」
「…ああ。 『正義とは何か』だったよな」
だが龍真は、それを聞いて苦笑する。
「…ああ。 そのために、僕は多くのプレイヤーのデータを取りたかった。 人は環境でその倫理感を変えるのか。 適切な環境を用意すれば、人は罪を犯さなくなるのか…。 その推移と要因を知りたかったから。 …でも」
…でも?
「僕の目玉は、節穴だった。 何がプレイヤーのデータだ。 近くに居た君の事すら、正確に理解してなかったのに、ましてネットの中の人たちの事が、把握できてるはずがない。 そもそも無理だったんだ。 こんな未熟な若造が、人の精神を、魂を知るだなんて…」
「…」
「本当に、僕は思い上がってた…」
「龍真…」
「だから、もう帰ってくれ。 僕は今、誰からも見られたくない気持ちなんだ」
俺は、その龍真の言葉を、信じられないような気持ちで聞いていた。
まるで、引きこもりのニートみたいな発言だったから。
だから、気持ちは逆に良く分かった。
「…」
俺たちが無言で黙っていると、のぞみさんが台所から戻ってきて、袋に山盛りの菓子の詰め合わせを渡してくれる。
「ごめんね礼雄くん、こんなのしかなくて…。 でも、甘いもの一杯詰めたから、試験勉強に疲れたら食べてね」
「ありがとう、こんなに…。 ホント助かるよ」
俺は精一杯の作り笑いを浮かべつつ、それを受け取った。
…なんとなく予感があった。
多分、俺はこの後、もう龍真とも、のぞみさんとも、逢う事は、もう無い。
こうして一緒に遊んだ事は、もう思い出の一つになる。
のぞみさんと生協で顔を合わせても、もう会釈くらいしかしてくれないだろう。
ぼっちの俺には、人付き合いが終わる、縁が切れる瞬間の「匂い」が分かる。
それは今、この場に濃厚に漂っていたが、どうしようもなかった。
だって、元々これは、龍真の奴が、きまぐれで誘ってくれただけ、なんだから…。
リア充主催のコンパやバーベキューに、人数合わせのためだけに呼ばれたようなもので、それでちょっと楽しい空気を嗅いで終わって、翌日の朝には元通り…みたいな、そんなもんなんだ。
龍真の好意を、アダで返さない事だけが、今の俺に出来ること。
そう思った俺は、上着を取ると、そそくさと帰る準備をした。
最後に、龍真がマンションの玄関先まで送ってくれた。
「悪いな、送ってもらって」
「いや、何、ずっと迷惑をかけた。 でも付き合ってくれて、ありがとう」
「ああ、それとお土産のお菓子ありがとうな。 のぞみさんにも、礼を言っておいてくれよ」
もう、逢えないかもしれないし…。
「ああ、分かった、伝えておく」
俺たちは玄関先から外に出る。
「礼雄…」
「何だよ、龍真」
「…」
「…?」
だが、龍真は返事をしない。
「何だよ、龍真」
「…僕は…役立たずだったか」
お前、まだそんな事気にしてたのかよ。
「そんな事ないって、俺は助かったよ」
「でも、他の連中の眼から見れば、やはりそうじゃないんだろう?」
その穿った発言に、俺は一瞬息詰まる。
「…そうなんだな。 お前が昔から嘘が付けない奴だったけど…。 はっきりそう言われると、やはり堪えるな」
「いや、言ってねーし! だから気にするなよ!」
「だったら…。」
…?
…だったら、何だ?
何かを堪え、訴えかけるような、龍真の表情。
俺は次の言葉を待つが、龍真がその先を続ける事はなかった。
「…いや、いい…。 何でもない」
「何だってんだよ、龍真…」
「いや、本当に何でもないんだ。 さぁ、早く帰った方が良い、礼雄」
「龍真!」
だが、龍真はもう振り返る事無く、マンションのロビーへと戻っていった。
「…何だってんだよ、アイツ」
最後、何が言いたかったんだ?
<続く>




