(43)強襲
「畜生、何なんだよ、あいつら!」
南原先輩こと「Bara」の指示通り、山の頂上に避難した俺たち。
一息つくやいなや、ムラサメがそんな事を語気荒く吐き捨てた。
…そういやこいつ、前回オリオンが現れた時は、予選の時点で帰ってたんだっけ。
「あいつら、爆弾と麻痺を使うPKプレイヤーなんだよ。 俺もやられて、装備を剥がされた事がある」
俺はムラサメに、最初にやられた時と、こないだのイベントの時の事を話して聞かせる。
PKプレイヤーにもいろんな種類の連中が居るが、奴らは純粋な強盗系だ。
「くそっ…! 炎神剣が…! 何で助けてくれなかったんだよ、バール!」
「無茶言うな、あのミルフィーユの剥ぎ取りを90秒も邪魔し続けるなんて、僕には不可能だ」
「本当、役に立たない奴だな! 僕の炎神剣…!! あれには5万円もつぎ込んだんだぞ!」
役立たずと言われ、現実の龍真は顔を歪めた。
でも、ムラサメを仲間に引き込んだのは、俺たちだ。
そして剣を取り返してやる事が出来なかったのも、俺たちだ。
だから、俺たちはムラサメの罵声に耐えた。
それくらいしか、もうしてやれる事がなかったから。
「あれは、僕の生活費から切り詰めて出したんだぞ! それで協力してやったのに、簡単に見捨てるなよ!」
「…すまん、ムラサメ」
龍真が、口調重く謝罪する。
俺は、はぁ、と重いため息をついた。
ムラサメの気持ちは、痛いほど分かる。
だけど、俺はこの空気の重さが辛かった。
このゲームは、もうワイワイと楽しめる「ゲーム」じゃない。
とっくに、お金を…いや、ある意味、生活すらをも賭けた真剣勝負になっていた。
「なぁレオ、あのレッドの先輩、役に立つのかよ!?」
「大丈夫だよ、ある意味無敵の人たちだぜ」
デジタル研究会の人間は、鶴羽先輩ほどじゃないけど、それぞれが無類のゲーマーだから、ネットの連中ともバリバリ互角にやり合える。
加えて、あの戦闘狂のヤツフネだろ。
オリオンが重課金してるとはいえ、とても勝てるとは思えないけどなぁ…。
「本当か!? 信じて良いんだな!? 本当に、炎神剣が返ってくるんだな?」
「ああ、大船に乗ったつもりで居ろよ。 ってか、剣を取り返して貰ったら、先輩にさっきの非礼は詫びてくれよ」
「わ、分かったよ…。」
だが、その時、崖下から悲鳴が聞こえた。
「…もしかして、遂に決着が付いたのか」
おそらく、今のは剥ぎ取りされた時の声。
俺たちは恐る恐る、山の頂上からカメラを下へ向け、崖下を見る。
そこには、4人の死体があった。
…4人?
って、まさか!?
「スクロール『アプローチャー』! プレイヤー、レオ!」
割れた声が空中に轟くと、虹色の泡が空中に出現し、それが真ん中から裂け、中から「オリオン」と「ミルフィーユ」、「フィールドマウス」が出てきた。
「何ッ!?」
その光景に、度肝を抜かれ驚愕する俺たち。
スクロール…魔法の巻物。
アプローチに、レオ…。
つまりこれは、誰かプレイヤーの所に飛ぶ魔法の巻物、か。
「何で、お前等…!?」
でもどうやって、あの先輩方に勝ったんだ…!?
そんなに、課金装備の性能に差があったのか…!?
「おい、レオ! 先輩、勝てるんじゃなかったのかよ!」
ムラサメの叫び。
だがそれに答えたのは、オリオンだった。
はぁーっ、という長いため息をついての、けだるそうな返事。
「…ああ、あの連中、マジでウザイくらい強かったよ。 正直、負けるかもって思ったね」
「なら、何で…?」
俺は呆然と、そう問い返す。
「あたしたちの『奥の手』には叶わなかったってこと」
「そういうことです、皆さん」
ミルフィーユとフィールドマウスが、オリオンの代わりに返事をした。
奥の手…爆弾か?
それとも、他にも何かまだあるのか!?
「だけど、もう僕らを狩っても、意味はないぞ! ムラサメは剥ぎ取りされた後だし、僕もレオの装備も、それほど課金してる訳じゃない!」
バールが、僕らを襲っても儲からない、と訴えるが、
「分かってるよ、んな事。 でも、『奥の手』がかなり痛くてさ、埋め合わせが必要なんだよ」
「だね、稼ぎが殆どなくなったもん」
「埋め合わせって…」
だから、金にならないって言ってんだろうが!
「分かってるよ、そんな事。 金が目的じゃねぇよ」
「じゃあ、何で…」
「単にイラつくからだよ! 俺たちをこんな目にあわせやがって! お前等をバラバラにして、スカッとさせてもらわないと、気分が落ち着かねぇんだよ!」
そうオリオンが叫ぶと同時に、
「レオ、逃げろ! コイツは、説得の通じる相手じゃない!」
バールハイトは、「転移の魔法石」を使用した。
近くに居たフィールドマウスがそれを妨害しようと攻撃するが、間一髪で脱出は間に合い、光と共にその姿を消した。
「バールの奴…逃げたのかよ! チキン野郎が!」
画面の中で、ムラサメがそう叫んだ。
「…チキンで悪かったな」
そう言いながら、居間のテーブルに、コトンとタブレットを置く龍真。
「…リョウくん」
信じられないものを見るような、のぞみさんの視線。
彼女の顔を見返すことなく、龍真は呟いた。
「やっぱりダメだな、僕は。 このゲーム」
「…龍真」
「…礼雄、すまん。 お前だけでもどうにか生き延びてくれ。 何と言われようと、僕にあの状況から無事抜け出す方法は、これ以外に思いつかなかった」
「…分かった」
俺は緊張でカラカラの口で、やっとそれだけを言った。
だが、画面の中では絶対絶命の状況にあった。
状況は3対2、しかもムラサメは装備を剥がされ戦力にならない。
もう、炎神剣を取り返す事は完全に不可能だ。
だけど、タイムアップまで粘れば、かなりの額の報酬は手に入る。
それがあれば、ムラサメの奴も、今回の損失を結構抑えられるんじゃないだろうか。
そこまで一瞬で計算すると、俺は壁に掛けられた時計を見る。
時計の長針は41分を指していた。
制限時間まで、あと19分。
…長い。
でも、やるしかない。
俺はシングルチャットで、ムラサメをタップする。
「ムラサメ! なんとしてもタイムアップまで生き延びよう! 俺が時間を稼ぐから、お前は崖から逃げろ!」
「…分かった、頼むぞ!」
俺はそう指示すると、フィールドマウスに切りかかって隙を作り、二人で全力で崖へと向かって逃げ出した。
「待て、お前ら!」
雪山頂上に上ってくるには、割と開けたルートと崖ルートの2通りがあり、俺がムラサメに逃げるよう指示したのは、さっきも使用した、崖の上り下りがあるルート。
ここなら場所が狭いため、数の有利は打ち消す事ができるはず!
俺はムラサメを先に逃がし、奴の後から崖の段差を次々と飛び移って逃走する。
もちろん後からオリオンも同じ様に追いかけてくるが、
「コマンド! ファイアー・ボール!」
俺は振り向きざま、魔法を使って牽制する。
オリオンがガードする僅かなタイムラグ。
俺はその僅かな時間を使って、距離をどんどん引き離していった。
「そんなチャチな魔法でどうにかなると思ってるのか!?」
「なるとも! コマンド!」
オリオンが「コマンド!」の声に釣られてガードするが、俺は「ファイアーボール!」とは叫ばなかった。
その隙に、俺はさらに距離を引き離す。
「バーカ! 口三味線に引っかかってやがんの!」
「レオ、お前ぇっ!」
「…コマンド!」
オリオンが、ちょうど崖を跳び移ろうとしていた様子を見定めて、俺はそんなことを言う。
それに釣られ、一瞬躊躇したオリオンだったが、次の瞬間、迷いを振り払うようにジャンプ。
「…ファイアーボール!」
そのタイミングで、俺はディレイを目一杯かけた火炎弾を放ち、ジャンプ中のオリオンを撃ち落とす事に成功、相手を転倒させた。
「よっしゃ、ざまみろ!」
これで距離は大きく開いた。
あの、プレイヤーの所にまで飛ぶスクロールをもう一度使われない限りは、これで大丈夫だ!
「…礼雄。 その作戦は、失敗するぞ」
タブレットを置いた龍真が、ぼそりとそう呟く。
…何故!? と思った瞬間、俺は全てを理解した。
「わぁあああっ! 何でお前等、ここに…!?」
先行していたはずのムラサメの叫び声が聞こえたのだ。
「(しまった…!)」
俺たちが崖を降りるのを確認したオリオンは、ミルフィーユとフィールドマウスを、開けた方から先回りさせたのか。
最初から、挟み討ちする予定だったんだ…。
崖を降りれば有利だなんて、なんて浅薄な考え…!
残る段差を駆け降り、地上近くまで来てみれば、待ち受けていたのはミルフィーユとフィールドマウス、そして再び死体になったムラサメの姿があった。
「すまん、ムラサメ! 俺がバカだった!」
だが、ムラサメからのリアクションはなかった。
「いやぁ、本当にバカ野郎だね、お前。 マジ笑える」
後ろから悠然と崖を下りてくるオリオン。
下で待ち受けるのは、ミルフィーユとフィールドマウス。
「(ヤバい…! もう、ここで『転移の魔法石』使うべきなのか…!?)」
どう考えても、今が脱出のタイミングだ。
でも、ここで離脱したら、本当にムラサメを裏切り続ける事になる。
それはできない。
奴は善意で協力してくれたんだ。
あいつを引き込んだ事に謝罪する気持ちが本当にあるなら、俺は最後まで戦い抜いて死ぬべきだ。
「くそっ…!」
俺は切り死にする覚悟を決めると、オリオンへと撃ちかかる。
「おっと、どういう事かな? わざわざ死にに来たのか」
オリオンは、巨大なラウンドシールドで、俺のブレードアーツをガードする。
俺は奴のスタミナを削ってガードを破るつもりだったが、
「僕のこの技、もう忘れたか!?」
「あ…!?」
奴はガード態勢のまま『盾で俺を突き飛ばし』た。
そうだ、コイツ、こんな固有技持ってたんだった…。
俺は崖から突き落とされて落下し…。
「!」
ドサッという音と共に、ゲージ3割ほどの落下ダメージを貰った。
ダウン状態の俺に、ミルフィーユとフィールドマウスが近寄る。
「終わりですよ、レオくん」
「大人しくウチらに倒されときなよ、レオっち」
「…!?」
だがその瞬間、まさかと思った。
「(レオ…っち?)」
このミルフィーユは、バイト先のヤンキーガール、小野田さんに見た目も声も良く似ていた。
そして、彼女は俺の事を「礼雄っち」と呼ぶ。
でも、小野田さんは俺に優しかった。
俺を襲う理由とかないから、彼女はミルフィーユじゃないと思っていたのに…!
でも…!
じゃあこれは、一体…!?
「レオ、詰んだな。 これ以上抵抗すんなよ、面倒臭いから」
そこに崖を降りきった「オリオン」が合流した。
じゃあ、こいつの正体も、まさか…!?
「(保科…?)」
バカな、まさか、何でそんな事になる?
何故、皆がこぞって俺を狩ろうとしてるんだ!?
「お前等…。 まさか、まさか…」
「ん? どうしたんだい、レオくん?」
「お前等…。 本当は」
混乱する頭で、俺が連中の正体を確認しようとした時…。
「ギョギュアー」
「…? 何? お前何言ってんの、レオ?」
「!?」
俺は、その金属質の唸り声を聞いた時、即座にカメラを上に向け、頭上を確認した。
すると、
「ギコギコギコァァァァアアアァァアーーーッッ!!」
ズドン、という豪快な着地音と振動と共に、無敵のピースキーパー「フローズン・タランテラ」が再び現れた。
<続く>




