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DATE : H27.1.28

TIME : 17:16

STID : 00941724,00187632,00187839,00392354



「…ムラサメさん」

「何だよ、バールさん」

「ちょっと、貴方に言いたい事があるんだが」


あの龍真が、遂にキレた。

ヤベェ、日本のオタメディアついにオタワ。


日本の未来を憂慮した俺は、この喧嘩を勃発させちゃならんと、冷戦時代の核ミサイル管理係のような気持ちで、二人の中に割って入ろうとしたが…。


ピピピ、ピピピ、ピピピ…。


実際にその喧嘩を止めたのは、その場に居た全員の「クライムアラーム」だった。


「!?」

「何だ!?」


「居たぞ、あいつらがチート連中だ!」


周囲を見渡せば、このフィールドに繋がる洞穴から、続々と上ってくるプレイヤー達の姿が見えた。


「お前ら、よくも自分達だけ良い思いしやがったな!」

「許せないよ!」

「ぶっ殺す! そこを動くなよ!」


銀色と青色のアバターを筆頭に、次々と迫ってくるプレイヤーの数は、その数10名以上…。

いや、もっと居るかもしれない。


山を護っていたヤツフネ達はどうした?

まさか、遂に負けたのか?


異常を察した龍真は、シングルチャットを叩くと「みんな逃げろ! 山頂を目指すんだ!」と指示した。


「了解!」

「分かった!」


俺とムラサメは、即座に山頂への道めがけ駆けだしたが、トラウムさんは「転移の魔法石」で脱出した。


「「えっ!?」」


俺とムラサメの驚き声がハモるが、どうやら龍真がのぞみさんのタブレットを操作したらしい。

そして「村に居ろ。 でも危険を感じたら、ログアウトしてくれ」とのぞみさんに囁いた。


「おい、バールさん、なぜ僕たちだけ山頂に逃げるんだ!? 『転移の魔法石』は使わないのか!?」


トラウムさんの脱出を見たムラサメが問うが、


「ここで僕らまで雪山を脱出したら、イベントで稼いだ分までが無駄になるかもしれない! 策はある! とにかく逃げろ!」


と龍真は返した。


「でもそれなら、今まで狩猟をしてて、途中で雪山を降りた連中は、何も貰えない事になるだろ!? このイベント、ホントにそんな仕様か!?」


俺がそんな事を質問すると、


「元々、時間を区切って山に籠もるのは、『クリーピング・コインズ』が強いたルールだ! 運営側の立場なら、プレイヤーが時間ぎりぎりまで雪山に残る事が前提となっている可能性もある!」


と返してきた。


「そ、そうか…」


確かに、イベント会場から外に出たら、イベントの報酬対象になるかどうかは微妙だしな。


「本当にPKされそうになったら、その時は脱出しよう! だがギリギリまで粘るんだ!」

「わ、分かった!」


龍真を先頭に、俺達は雪山頂上へとひた走る。

だが予想に反し、追っ手が姿を見せる事はなかった。


「…追ってこないな」

「それはそうだろう、下を見ろ、レオ」


俺たちは断崖絶壁の上からカメラを下げて、さっきまで居たフィールドを見下ろすが、


「うおー、こんなに敵モンスターが居るぜ!」

「やべぇ、結構強え!」

「ビッグフットって300円だったよな!」

「そう! フローズンモスが100円な!」


俺たちを追ってきた連中は、湧きまくるmobを狩る事に夢中になっていた。


「うわぁ…」


確か、昔の映画で、大富豪が摩天楼からドル紙幣をまき散らし、それにむらがる人々を見て「見よ! まるで人がゴミのようだ!」とかのたまう風刺作品があったような覚えがあるが、一瞬それに似た感慨を抱いた。


「…でも、全員がああじゃないだろう?」


確かに、これで大半がリタイヤ状態になったとは言え、あの青色と銀色のアバター…。

おそらくリーダー連中は、俺たちをまだ探しているはず。


「もちろんだ。 ヤツフネを倒す方法を持つ連中なら、雑魚を狩るよりも、僕らをPKしようと考えるだろうからな」


龍真はさも当然のように、さらっとそう返答した。


「じゃ、どうするんだよ、バールさん! 策はあるって言っただろ!?」


さっきまであんなに強気だったムラサメが、一転して心配そうに聞いてくる。


確かに、PKを最も避けたいのはコイツだ。

なんせ現実価格5万円の課金剣を持っているからな。

万が一にでも囲まれて奪われる、という事態は避けたいはず。


しかし、ここで軽々に脱出すれば、今までにさんざ稼いだ報酬を、受け取れない可能性も僅かだが確かにある。


逃げたいが、逃げられない…。

そんなジレンマが、ムラサメの口調からは確かに感じ取れた。


「心配するな、このまま別ルートで下に降りる」

「はぁ!?」

「下の連中を見ろ。 統率感ゼロだろ? 連中はおそらく成り行きで合流した烏合の衆だ。 奴らに堂々と混じれば、誰も僕らを識別できない」

「でも、途中であのリーダーと鉢合わせしたらどうする?」


…龍真はしばし考え込んでいたが、


「レオ、先行して偵察してくれるか」

「…分かった。 ていうか、俺に選択権ないだろ」

「すまんな」


俺は龍真に、『転移の魔法石』以外の全アイテムと、『回復薬』をトレードで渡す。


俺の行く先に、さっきの青と銀のリーダーアバターが現れたら、俺は交戦しつつ龍真に知らせ、逆ルートから降りてもらう。

敵が居なければ、そのままそのルートで降りれば良い。


で、雪山頂上に上ってくるには、割と開けたルートと崖ルートの2通りがあるのだが、敵はどちらからやって来るか…。


「こっちにしよう」


俺は僅かな思案の結果、崖の上り下りがあるルートを選んだ。

狭いここだと、数の利を生かす事ができない。

それは相手も同じだが、こちらにはムラサメが居る。

あの強烈な課金剣を持ち、PVPにも強いアイツが居れば、どんな敵が来ようと対抗する事はできるはず。


「(ま、アイツもいざとなれば、稼ぎを捨てて脱出を優先するんだろうけど…)」


俺も、この1時間半の稼ぎを半ば諦めつつ、急いで崖を下り、敵アバターの追跡があるかを探る。


だが、幸運の女神は、俺たちに味方した。

崖を最後まで降りきったのに、あの青アバターと銀アバターに出会う事はなかったのだ。


「ふぃー、助かった…」

「やったな、レオ、バール!」

「勘が冴えてるな、レオ!」

「トラウムさんを、先に魔法石で逃がしたのも大きかったかもな、バール」

「そうだな、安全策に流れたのかもしれん」


魔法石で逃げたトラウムの姿を見て、PKは無理だと途中で追跡を諦め、下のmob狩りに戻ったのかもしれない。


「よし、皆に混じろう。 そうすれば勝ったも同然だ」


そして、俺たちは何食わぬ顔で皆の中に混じった。

皆は素性バレするんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、皆、狩猟に夢中で、俺たちのことを探ろうという者は、本当に誰一人現れなかった。


『ちくしょう、結構ビッグフット強いな!』

『そっちそっち、そっちでタゲ取って!』

『弱点あるの、コイツ!?』


のんきなモンだぜ。

これでタイムアップまでやり過ごせば、無事に報奨金が貰える…のか。


「(でも…それでいいのか?)」


俺は、今ここに至って、何だか犯罪を犯しているような気がしていた。

皆を騙して報酬を貰うという、この後ろめたい高揚感と焦燥感。

全てが早く終わって欲しいという、なんとも知れないこの気持ち。


そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら、俺たちは見知らぬメンバーと共に、ビッグフットやフローズンモスを狩り続けたのだが…。



「ギュギョアー」



『…何だ、今の声?』


たった今、なんとも知れぬ声が聞こえた。

やたら高音域の、金属質の唸り声。

でも、どこから?


『おい、見ろあそこ! 山の頂上!』


その声に吊られ、俺も頂上を見上げると、崖際に巨大な影。 

それが、山頂から一気に飛び降りてくる。

着地の瞬間、ドンという効果音と、重量表現のため激しく画面が振動した。


「ギコギコギコァァーッ!!」


そこに現れたのは、「タカアシガニ」と「タランチュラ」を混ぜたような、刺々しくも重厚な甲殻、長い8本の足、ギラギラと紅く輝く複眼を持つ巨大蜘蛛だった。


「何だこいつ!?」

「気持ち悪っ!」

「え、ボスか何かなの、これ!?」


「ギコァ!」


画面内に収まりきれないほどの巨体を持つそいつは、何の前触れもなく、前足をいきなり掲げて振りおろし、豪快にビッグフットを突き刺すと…。 

顎に持っていって食べ始めた。


「ギャボアアァッ!」


悲鳴と赤いエフェクトをまき散らしながら、ボリボリと食われていくビッグフット。


…18歳以上推奨とは言え、マジでこれソシャゲか!?


「きゃっ!」


龍真の隣で、タブレットをのぞき込んでいたのぞみさんが、その光景の無惨さに目を背ける。


『うわあぁぁあっ!?』

『何だコイツ!?』


突如現れた乱入者に相対して、皆に動揺の声が走る。


「おい、マズいぞレオ、バール、ここを離れよう!」

「どうした、ムラサメ?」

「アイツ、『ピースキーパー』だ! 名前は『フローズン・タランテラ』!」

「ピースキーパー? 何だ、それは?」

「BOT対策ユニットの事だよ! いいから、早く逃げようよ!」

「何故そんな事が分かるんだ、ムラサメ!?」


…BOT対策ユニット?


その意味を即座に理解した俺は、


「おい、それが本当なら、マジでヤバいぞ! 逃げようぜ、バール!」

「何だ、レオまで!? まず、その『ぼっとたいさくゆにっと』って何なんだ!」

「話は後だ! とりあえず、山の麓に降りよう!」

「待て、そこまで撤退の必要はないだろう! 洞窟の入り口近くで待機だ!」

「バカ、アイツマジでヤバいんだって!」


事の重大さを全く理解していない龍真に、ムラサメは手早く事の次第を語った。


「簡単に言うと、アレはBOTで動くキャラを問答無用で抹殺するユニットなんだ!」

「そもそも、そのBOTって何なんだ?」

「『ロボット』って意味だよ! パソコンで別にプログラムを組んで、自動で戦うプレイヤーキャラの事!」

「そんな改造みたいな事が出来るのか!?」

「いや、このゲームではまだ無理だと思うけど…。 とりあえず、同じエリアで1時間以上狩りをしていると、必ず出てくるんだよ。 絶対に倒せない無敵キャラが!」

「…無敵!?」


その聞き捨てならない言葉を、俺は思わず復唱してしまう。


「そう、BOT対策ユニットは、自動で動くチートプレイヤーを排除するために、絶対倒せないよう設定されてる」


フィールドを見れば、暴れ回る巨大蜘蛛に、散らかされるように吹き飛ばされるプレイヤーの数々。


『やっべえぇぇ! 体力メチャ減った!』

『倒せ! こいつも倒せば、きっと儲かるぜ!』」

『てめぇ、どさくさで俺の装備剥ぐな! ぶっ殺すぞ!』

『コイツヤバくね!? 逃げた方が良いんじゃないの!?』

『いや、絶対ボスキャラだろ! これだけ人数居れば倒せるさ!』


だが、ヤツフネの防御網を突破した連中は、奴をイベントボスと勘違いしているのか、次々と勇敢に特攻していく。

そして追い散らされ蹴散らされ、刺されて捕まり、またもボリボリと食べられていく。


『うわぁぁあっ! 何でこんな減るんだよ!』


プレイヤーキャラが捕食される光景を見ながら、ムラサメは言う。


「そして大半のBOT対策ユニットには、防御力無視の攻撃が付与されてる」


…相手がどんな高レベルプレイヤーでも倒せるように、か?


「そうだよ」

「じゃあ、そもそもこのゲーム、狩り場の独占はできないようになってたのか…」


同じ場所で延々狩り続ける、あるいはBOTを使っていると、無敵キャラが出現してチートプレイヤーを排除する、とそういう仕様か。


「知らなかったの? …でも、まさかイベントマップにまで出るとは思わなかった」


ムラサメからそう言われた俺は、タブレットから顔を上げて、龍真と顔を見合わせる。


「…警察機構、あったんだな」


少なくとも、独占系のプレイヤーに対して、は。


「…そうだな。 これは僕らの失策だった」


モンスターと戦うのは非能率と判断していたが故に、俺たちはBOT対策ユニットの存在を知らなかった。

ヤツフネたちが、何故1時間おきの入山料を設定したのか、その意味を今になって理解したような気分になった。


「ところで、BOT対策ユニットにはどんなのがあるんだ、ムラサメさん」


? …今、そんな事を聞いてどうすんだ、龍真?


「…普通は『なんちゃらゴースト』って名前で、狩りまくられたモンスターそのままの敵が出てくるよ」

「それは、あの蜘蛛みたいに巨大なのか?」

「いや、サイズは変わらない。 雑魚が半透明になって、無敵になってるってだけ。 怨念が実体化したという設定なんだ」

「…」


龍真は、何事かを考えていた。


「ところで、なんでムラサメさんは、敵の名前まで分かったんだ? 奴は初めての敵なんだろ?」

「僕は、敵を識別できる『エネミーアナライズ』って魔法を持ってるからさ」

「…なるほど」


それでアイツがBOT対策ユニットだと分かった訳か。

てか、良い魔法持ってるんだな、ムラサメの奴…。


「ならさ、これ声掛けた方が良いんじゃないのか? アイツは倒せない、逃げろって」


俺は巨大蜘蛛に倒されていく皆を見ながら、龍真たちにそう提案した。


「…いや、その必要はない。 それどころか、これは逆にチャンスだぞ、レオ」

「何がチャンスなんだよ!?」

「ムラサメさんが言っただろ? BOT対策ユニットは、狩った相手の姿で現れる、って」

「そうだけど、それが何なんだ」

「運営側の視点で考えるんだ。 違法プレイヤーを排除するだけなら、あんな巨大な敵をわざわざ作る必要があるか? あれはやはりイベントモンスターだ」


龍真がそう言ってくる。


「はあ!?」

「んなバカな…!」


驚愕する俺たち二人。

てかあれ、他のイベントボスの流用じゃないの?


だが龍真が説明するには、チートプレイヤーを排除するために最も効率的なのは、単体ではなく複数の無敵キャラをポップさせる事。 

それにあの敵は半透明でもなく、普通に戦えている。

排除だけが目的の敵ではない、との事。


「バールさん、確かにそうかもだけど、敵の体力は全く減ってないんだぜ」


再び「エネミーアナライズ」で敵の状態を分析したらしいムラサメが、そう言ってくる。


「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」


突如、巨大蜘蛛が、エレキギターの高音のような叫びを迸らせた。

同時に衝撃波が周囲に発生し、プレイヤーが皆こぞって吹っ飛ばされる。


「何だ今の!?」

「エスケープキャンセラーだ。 間違いないよ、あれはやはりピースキーパーだ」


ムラサメ曰く、BOT対策ユニットは、チートキャラを確実に抹殺するために、標的となったキャラが「回復」や「脱出」を選択すると即座に妨害行動を行う。

それが「エスケープキャンセラー」。


「脱出する方法はあるのか?」

「普通に歩いて逃げれば良いんだよ。 それこそチートキャラが出来ない事だからね」


それを聞いた龍真は僅かに考え込むと、


「レオ」

「なんだよ、バール」

「復活代金は僕が持つ。 奴と戦ってくれ」


そんなとんでもない事を言い出してきた。


「…マジかよ」


タブレットから顔を上げて、俺は龍真にリアルでツッコんでしまった。

経緯を横から見ていたのぞみさんも、龍真の発言に目を丸くしている。


「予感がするんだ。 きっと奴には、何かある」


俺はその申し出に逡巡したが、俺の背を押したのは、龍真との義理とか利害とかそんなんじゃなく、のぞみさんの「…礼雄くん、できるの?」と訴えかけてくる瞳だった。

女性にあんな顔されたら、目の前で「できません」とは言えない。


「分かった、やるよ」

「よろしく頼む」


…もし、何かあるとしたら、あのタカアシガニみたいな足にダメージを与えて転倒させ、そこから複眼、あるいは腹に攻撃すると何かが起こる…という可能性が高い。

少なくとも、今までのゲームならそれがセオリーだ。

でも、その作戦を実行するには、ソロじゃちょっと厳しい。


「ところで、ムラサメはどうする?」

「はぁ?」

「だから、俺はあのボスと戦うけど、お前はどうするんだって」

「本気!? BOTだと分かって戦うの!?」

「ああ、チキンの君とは違って、俺は勇者だからな」

「なんだって!?」


と、俺はムラサメを炊きつけた。


「逃げたかったら逃げても良いぜ、チキンムラサメくん」

「お前こそ正直に言えよ。 僕に一緒に来て欲しいんです、って。 一人じゃ不安なんだろ、チキンレオくん」


うわ、見抜かれてた。


「…お前じゃなくて、頼りにしたいのはその課金剣だよ」

「バーカ、僕じゃないとこの剣の真価は発揮できないよ。 残念でした」


うぐ、むむむ…。


「あ、あの…。 ごめんムラサメ、ちょっと一緒に戦ってくれない?」

「最初からそう言いなよ。 大体、人に物を頼む時には言い方ってのがあるだろ」


あ、でも付いてきてくれるんだ?


「し、仕方ないじゃん…。 あのモンスターが出現したのは、僕らのせいだろ? 1時間以上狩ったから…。 それに、お前にチキン呼ばわりされたくないし」


こいつ、そんな事を考えていたのか。


でも、言われてみればそうだな。

俺たちが制限時間を越えて狩りを続けてたせいで、あのモンスターが出現したのは間違いない。

あのモンスターから皆を守るのは、俺たちの責務だな、確かに。


「よし、行くぞ!」

「ああ!」


ムラサメは多少イラッとする奴ではあるものの、一緒に戦うとなれば、これほど心強い奴もそうは居ない。

てか、マジで頼もしい。


俺は「フローズン・タランテラ」と戦っている連中の元に駆け寄りつつ、


「おーい、みんな! そいつはBOT対策ユニットだ! 無敵キャラなんだ! 急いで逃げろ!」


そう声を掛けた。

まず皆の命を救う事がベストだと信じて、そう言った。


「…バカ、レオ! それを言うな!」


だが、龍真が小声でリアルにそんな事を言ってきた。


…? 何故? と一瞬思った俺だったが、さっきまでフローズンタランテラと戦っていた連中の中から、


『何で、そんな事が分かるんだよ!?』


と返事が帰ってきた。


…え?


いや、そんな事気にしてないで逃げろよ、相手は無敵キャラなんだぞ。


「あ、いや、こっちには『エネミーアナライズ』って魔法を持ってるメンバーが居るんだ! それで敵の状態が分かるんだよ!」


俺はそう釈明したが、


『それじゃ逃げようよ! 相手が無敵じゃ意味ないもん!』

『じゃあ、何で今まで黙ってたんだ、お前!?』

『そうだ、今頃出てきて横取りしようったって、そうはいかないぞ!』

『でも本当だったらヤバくない!? 逃げよう!』

『逃げるな! ターゲットが散る!』

『だって、回復できないし…!』

『BOT対策ユニットって、誰がBOTなんだよ!』


一団は逃げるでもなく、予想外にまちまちなリアクションを見せた。


「おいレオ、これじゃ説得は無理だ! 戦闘に集中しよう!」

「でも、皆を見捨てる気かよ、ムラサメ…!?」

「僕らが敵を引きつければ、それで良いはずさ! …食らえッ!」


ムラサメは、ボイスコマンドで、例のブレードアーツを起動させた。


「サザンナイト・エクスプレス!」


ネーミングこそ電車だが、袈裟と逆袈裟の連打が星の軌跡を描く豪快な剣技が、巨大蜘蛛の足に炸裂する。

だが、ギギギギギンという派手な斬撃音と、迸る剣光のエフェクトにも関わらず、奴はビクともしなかった。


「「堅い!」」


俺とムラサメは、驚愕でまたもハモる。

ビッグフットを一撃で倒すあのブレードアーツを受けたのに、怯みもしないなんて…。

こりゃ相当な耐久度を持った敵だ。

ムラサメの攻撃が通らないんなら、俺や他の連中がどれだけ攻撃しようと無意味だろう。


真剣に戦わないと、俺たちまで倒されるハメになる。

実のところ、俺はこの敵の攻撃モーションをチラチラとチェックしてたんだけど、ムラサメは大丈夫なんだろうか。


「おいムラサメ、盾持ってないのに大丈夫かよ!?」

「心配ない! さっき喋ってた時に、こいつの動きは大体覚えた!」


さっすが廃人!

こいつのゲーマーぶりは俺以上だぜ!


実際、ムラサメは連続攻撃した事でヘイト値が貯まり、「フローズン・タランテラ」に襲われたが、奴はそれを余裕で回避した。


「レオ、もう一回こいつの足に攻撃する! タゲを取ってくれ!」

「分かった!」


俺は「フローズン・タランテラ」の前に出て、距離を取る。

いつでもガードできるよう、盾アイコンに指を添えながら、俺は敵の攻撃モーションを子細に観察する。

すると、今度は俺にターゲットを定めたらしい巨大蜘蛛が、口腔から粘液を飛ばしてきた。


「おっと」


ゲーマーの直感で、それを盾で防御せずに回避する。

案の定、着弾地点がじゅう、と蒸発するような音と立てた。 多分、防御無効の酸弾か何かだな。


「サザンナイト・エクスプレス!」


そして、ムラサメがさっきダメージを与えた足に、もう一度ブレードアーツを喰らわせる。

すると、


「ギコアァ!」


巨木が風に揺れるように、敵ボスの動きが大きく傾いだ。


「やった!」


俺は、思わずそんな声を出してしまう。

無敵であるはずのコイツがこのリアクションを出したという事は、部位損傷のダメージ判定があったという事だ。 

つまり、龍真の言う「イベントボス」という仮定に、かなり信憑性が出てきた事になる。


「おいムラサメ、前の4本の足全部に、それを喰らわしてくれ! それで、奴を転倒させられるかもしれない!」

「…そうだな、やってみる!」


俺とムラサメは一心同体というか、似たもの同士のツーカーな感覚で、お互い指示を飛ばしあった。


「ギコギコギコァアァァアァーーッ!」


突如、大ジャンプする「フローズン・タランテラ」。

おそらくこれは、ジャンププレス攻撃!


「危ない! みんな、着地点から離れろ!」


俺はそう声を掛けつつ、だが自分はムラサメの前に位置し、そこでナイトシールドを構える。


「ぎゃあっ!」

「わぁぁあっ!」


次の瞬間、ドン、という音と共に、他のプレイヤーの真上に着地した巨大蜘蛛。

着地の衝撃破が放射状にまき散らされるが、俺はそれをガードした。

もちろん、俺の背に居たムラサメも無傷だ。


「ありがとう、レオ、助かった!」

「なんのなんの、お前に死なれちゃ困るからな」


だが、周囲は散々たる有様だった。

さっきのジャンププレス攻撃は超即死級のダメージだったらしく、踏みつぶされた連中はその場で全員倒れていたし、衝撃破を喰らった連中も、大ダメージを受けたらしい。


『やべえよ、なんだこれ、回復してくれ!』

『でも、回復は…!』


「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」


再び迸る、金属質の雄叫び。

誰かの回復モーションを検知した「フローズン・タランテラ」が、即座に「エスケープキャンセラー」の衝撃破で妨害に入ったのだ。


そうして次々と倒れていく皆を見て、俺はまた叫んだ。


「だから、こいつの前では回復は無理なんだよ! 無理して戦ったら、確実に倒されるぞ!」


『じゃあ、お前は何でその無敵キャラと戦ってるんだよ! 本当はこの敵、ボスなんだろ!? 良いとこどりとかさせねーぞ!』


それで、俺は一瞬、龍真に戦えと言われたから…と言おうとしたが、それをこの連中に言った所で、果たして理解してくれるだろうか?


「レオ! 戦闘に集中しろって! この状況じゃ何言っても無駄だよ!」

「わ、分かった!」


確かに、気をそぞろにすれば、その分皆が危険になる。

俺は蜘蛛の足に切りかかり、ヘイト値を稼いで注意を引く作戦を続けることにした。


すると、フローズン・タランテラはこちらに尻(正しくは腹)を向け、排泄口から白い網状の糸を吐き出してきた。


「危ない!」


キラキラと氷の結晶をまき散らしながら広がる網。

多分、これも拘束系の攻撃だ。


俺はその広範囲攻撃をダッシュで避けるが、ガードしようとしていた連中は悉く捕まり、うち一人が前足で突き刺されて、ボリボリと食べられていた。


『ちくしょう! うわわあ、止めてくれ!』


俺は一人が捕まって捕食されている間に、他の連中の糸を切ろうと試みたら、ちゃんと切れてくれた。


『ありがとう、助かった!』

「もう、いいから逃げろよ! ほら、みんな倒されてるじゃねーか! 相手がイベントボスだっつっても、レベルが違うって分かるだろ?」

『う、うん…』


フローズン・タランテラは、歩兵を蹂躙する重戦車の如き勢いで、その後もプレイヤーを紙屑のように引きちぎり続けた。


フィールドに倒れた皆のアバターは、怒濤の戦乱の最中、回復する事も叶わず、次々と透明になって消えていく。

戦闘不能後、90秒が過ぎたので「死亡」扱いになり、教会へと自動転送されたのだ。


その光景を見てなお、さっき俺が助けた連中は完全に撤退するでなく、フィールドの端に待避して、様子を見るに留めていた。

あれだけ言ったのに、まだイベントボスのドロップにはありつこう、と考えているのか。


「(…勝手にしろ)」


危険と分かってても、そこに金の臭いがあれば留まりたい。

そんな欲望まる出しの連中に、俺は心底呆れてしまった。

悲しいことだが、これじゃ確かに、集中して戦闘に挑んだ方がまだマシだ。


「ギコギコギコァァアァァァーッ!」


だが、フローズン・タランテラはだだっ子の様に、足をバタバタさせて地面に振動を起こし、画面をグラグラと揺らしてきた。

今までの戦闘の中で一度も見たことがないモーションに、対応できず画面の中でふらつくアバター群。

そして、そこに居た全員が、一人の例外もなく転倒した。


「ギコァ!」


そして、次に蜘蛛の前足に貫かれたのは、俺だった。

ドシュ、というSEと共に、マイアバター「レオ」は空高く引き上げられ、蜘蛛の牙に噛まれてボリボリと食べられていく。


「うおっ!?」


その体力の減り方は、尋常じゃなかった。

半減してもなお止まらない、急速に減るHPゲージ。

それを見て、プレイヤーの俺も同時に血の気が引く思いがした。

俺は、半ば無駄とは理解しつつも、「レバガチャ」でこの拘束から脱出しようとしたが…。


「ギョギュアァァアアアァァアーーーッ!!」


突如、俺の拘束は「エスケープキャンセラー」によって解除された。


「レオ、大丈夫か!?」


体力は…7割も減ってる。

でも一応生き残ってる。


「おい、バール! 回復薬を持ってるなら、近くで使ってくれ! 『エスケープキャンセラー』の行動優先度はやはり高い!」


ムラサメが、画面の中でそう叫んだ。

そうか…俺が拘束されたのを見て、ムラサメは回復薬を使い、「エスケープキャンセラー」の割り込みで拘束攻撃を中断させたのか。

ガードできないコイツの体力は、先の衝撃破で3割ほど減っている。


でもまさか、自分のダメージを省みず、俺を助けてくれるなんて…。


対する龍真は、無言で近づく。


「レオ、ここでいいか? タイミングを決めたら、合図をくれ」


その声の冷淡さに、タブレットから顔を上げると、対面に座る龍真の顔には、もう何の表情もなかった。

完全に興味を失っている…。

そんな顔だった。


これはマズいと思ったが、今はこの蜘蛛をどうにかする方が先決だ。

そう思った俺は、「そこで良い、頼むぞバール!」と言い捨てて、再びゲームの世界へと意識を集中させた。


<続く>

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