(39)お前モナー
「わ、何この数」
だが、雪山の洞窟を通った先の新たな広場…眼前には全く予想外の光景が広がっていた。
一言で言えばそこは動物園、いやさモンスターの巣窟だった。
「…これは、結構な数だな、レオ」
「ホントだな、前の奴はちゃんと狩ってたのかな」
曇天吹雪く最中、空にはキラキラと氷の結晶をまき散らしながら飛ぶ、真っ白な巨大蛾「フローズンモス」が3匹。
雪原を気ままに駆け回る、蒼き雪狼「アイスウルフ」が5匹。
そして白黒斑の巨大類人猿「ビッグフット」が1匹、フィールドを縦横無尽に闊歩していた。
いや、マジで全く予想外だった。
枯れ果てて、ちょぼちょぼと現れるmobを、全員でボコる展開を予想していたのに、こんなに数が多いなんて。
「どうしたの? まさかビビってるんじゃないよね、レオ?」
だが、躊躇している俺たち…いや、俺に対して、ムラサメはまたもそう煽ってきた。
「ビビってねぇよ! ちょっとどこから倒せば良いか、考えてただけだ!」
もしも報奨金が額面どおり貰えるのなら、あれだけモンスターが居れば、かなり稼げるはずだ。
多少危険があろうが、これを逃す手はない。
「ふーん」
「行こうぜバール! とりあえず、アイスウルフから潰そう」
動きの早いアイスウルフは、ビッグフットを倒す際の障害物になる。
ビッグフットの攻撃を避けつつ、機動性を確保しなくてはならない。
俺たちは二手に別れ、アイスウルフを各個撃破しようとするが…。
「しまった!」
いきなりの龍真の焦り声。
「どうした!?」
雪狼と戦おうとしていた龍真は「フローズンモス」が吐いた氷の粒にキラキラと全身を包まれ、瞬時に凍結した。
「なんだ、これは!?」
氷像になった自分のアバターを見て、珍しく龍真が動揺している。
この「凍結」表現が「モンスターバスター」と同じ仕様ならば、麻痺と同じくレバガチャか、他人からの攻撃で氷が割れて復帰する事ができるはずだ。
だが、俺がそれをアドバイスするよりも早く、龍真のアバター「バールハイト」は無防備なまま「ビッグフット」にブン殴られた。
氷片をまき散らしながら吹っ飛ぶアバター、バールハイト。
それで凍結状態からは脱出できたものの、なんとダメージはゲージの4割を奪った。
「すまないトラウム、『ヒーリング』を掛けてくれ!」
「分かったよ、バールくん!」
「危ない、そっちに行ったぞ、バール!」
ネトゲ慣れしてない龍真の行動は極めて危うく、敵のタゲを引っ張ったまま、トラウムさんの方へ戻ろうとしている。
敵の各個撃破のために、不用意に離れすぎた俺も悪いが、あれじゃ回復する前に、まとめてボコられるぞ…!
俺の予想を裏付けるかのように、フローズンモス1匹、アイスウルフ2匹が、逃げる龍真を追いかける。
「コマンド! ファイヤー・ボール!」
だが、そこでモンスターと龍真の間に、ムラサメが割って入った。
そして、そんな台詞を声高に叫んだかと思えば、振り回した緋色の長剣から火の玉が出て、フローズンモスに命中する。
そして、ふらふらと地上に墜落するフローズンモスを、まだ空中に居る間にめった切りにし、襲いかかるアイスウルフ2匹を、「はぁっ!」と、抜き胴のような移動横切りでそれぞれ切り飛ばす。
すると、敵モンスターは地上に転がってダウンするやいなや、すぐさま霧のように透明になって消滅した。
このイベントでは、通常フィールドとは違って、素材ははぎ取れないようだ。
…が、それよりも、俺はムラサメの戦闘力に驚いていた。
「キャーン!」
俺の目の前でもアイスウルフは倒れたが、イベント用に少し体力補正が掛かっているのか、ユーズのブレードアーツ(4連撃)を2発撃ち込まないと倒れなかったのだ。
それを、たった一振りで倒してしまうなんて。
それに、あの「ファイヤー・ボール」は何なんだ?
剣から火の玉が出たように見えたが…。
「すまない、ムラサメさん、助かった!」
「別にたいした事じゃないよ。 でも、彼女『ヒーリング』使えるんだね。 珍しい」
「うん、たまたま、魔法の本のクイズに正解して…」
「…へぇ。 なら、ゲームに不慣れなだけで、立派な後衛なんじゃん。 じゃあこのお姫様、ガチで守らないとね」
「…えっ?」
ムラサメにそんな事を言われ、のぞみさんはスマートタブレットを握ったまま、そんな声を上げた。
片手で口元を押さえているが、その目は大きく見開かれている。
そののぞみさんの表情を、龍真は一瞬惚けたような表情で見ていた。
「おい、バール! 敵はまだ居るぞ!」
俺はそう声を掛ける。
ビッグフットのターゲットは、龍真を殴ったあとは俺に移っていたので、俺はビッグフットを引きつけるため交戦を続けていたが、ヘイト値を稼ぎきれなかったアイスウルフやフローズンモスが、次の標的として再び龍真たちの方へと移動しつつあったのだ。
体力を回復してもらった龍真は、再び剣を振るってアイスウルフと戦うものの、
「くそっ…!」
またも、フローズンモスにあっさりと凍結させられ、アイスウルフに囲まれて噛まれる。
「おい、何やってんだバール!」
「…Dアイコンが上手く効かないんだ!」
龍真が言う「D」とは、デフォルトで入ってる「防御」アイコンの事だ。
防御重視のオートバトルをしてくれる、案外優秀な性能の機能のはずだが…。
「当たり前だろ? Dアイコンは一番近くの敵にしか対応できないんだ。 複数に囲まれたら無意味だよ」
疑念はムラサメがあっさり晴らしてくれた。
なるほど、そういう事だったのか。
じゃあ、敵が複数の時は、こまめにモードを切り替えるか、もしくは俺たちみたいに仮想アナログスティックで戦うか、のどっちかだ。
だけど、それはどちらもゲームに不慣れな龍真には難しい相談だろう。
「コマンド! ファイヤー・ボール!」
ムラサメは、またも必殺技みたいな言葉を発声すると、剣先から再び炎を飛ばし、燃やされて地上に落ちたフローズンモスを切り刻んだ。
そして、龍真とのぞみさん、ムラサメに群がろうとするアイスウルフを、撫でつけるように次々切り飛ばしていく。
あっと言う間に、フィールドにはビッグフットと、アイスウルフが1匹だけになった。
「すまない、助かるムラサメさん」
「気にする必要はないよ、おかげで僕は稼げてるしね。 それより…ビッグフットがまだ残ってるよ」
あれだけの戦闘力があるのに、ムラサメの奴は約定どおり、のぞみさんの護衛に徹し、龍真に前衛に出るよう促した。
「バール、行くぞ!」
「ああ…」
龍真の返事には心なし力がなかったが、戦闘中に気にしてる暇はない。
さっきの醜態とはうって変わって、バールハイトは巨猿ビッグフットの攻撃を上手く捌いている。
まぁそれは、「D」アイコンのオートディフェンスのお陰なのだが。
俺は残ったアイスウルフを、牽制の一撃で動きを止めて、そこにブレードアーツをたたき込んで倒した。
これで、俺の猟果はアイスウルフ2匹…600Cenで、60円か。
俺と龍真は、二人掛かりでビッグフットと戦う事になった訳だが、その戦法は自然と「龍真が守り、俺が戦う」事に行き着いた。
龍真は「A(オート攻撃アイコン)」と「D(オート防御アイコン)」の上手い使い分けができない。
なので龍真は防御のみに徹し、その隙に俺が攻撃する、という方法を取らざるを得ないのだ。
言ってはならない事だが、龍真との戦闘は、スゴく手間だった。
「(ネトゲに浸かった連中なら、もっと空気を読んで的確に動いてくれるのに…)」
そんな考えがチラリと脳裏をかすめるが、野良で出会う連中が全員が空気を読める訳でも、上手だという訳でもない。
世の中、いろんな人間がいるんだ。
だから、ここは俺がフォローしなくては。
そう思い直した俺は、懸命に剣を振るい続ける。
「…え?」
ビッグフットに手こずりつつも、なんとか戦闘を続けていた俺たちだったが、ふと遠間…フィールド反対側の断崖下に、もう一匹、別のビッグフットが居るのが見えた。
間違いなく、新たに現れた個体。
「(このイベントでは、こんな大量に湧出するのか…!?)」
そいつはこっちを見つけるや、全速力で走り込んでくる。
「ちょ、待てよ…!」
「うおっ!」
戦闘中の俺たちの最中に、突進しつつなだれ込んできたもう一匹のビッグフット。
俺は事前に察知して避けていたが、龍真はモロに巻き込まれ、体力ゲージが半分近くにまで減る。
ヤバい、龍真の奴、もう一撃喰ったらオチちまう!
どうすれば…!
「選手交代だね、これは」
突然、ムラサメがそう言ったかと思うと、前に出てきて
「バールハイト、代わってくれ。 もう見てられない」
剣を抜きざま、突進してきた方のビッグフットに切りかかる。
「ギャボッ!」
「レオ、皆から距離を取るぞ!」
それだけで、ムラサメの言いたい事は分かった。
さっきの挙動で判明したが、「ビッグフット」はアグロレンジ、すなわち「プレイヤーを敵だと視認する範囲」がやたら広い。
なので、俺と龍真たちがフィールドの端と端に居れば、その間を往復させる事ができる(=隙を作れる)…と、ムラサメは考えたのだろう。
敵は2匹、逃げるムラサメには盾がない。
俺はムラサメが同時に襲われないよう、常時どっちかのターゲットを取るように切りかかり、フォローする。
「レオ、タゲは1匹だけにしてくれ。 集中攻撃で行くぞ!」
「分かった!」
俺はさっきまで戦闘中だった奴にちょこちょこと切り掛かってターゲットを維持し、もう一方の敵は放置。
すると、その放置された方のビッグフットは、ヘイト値が貯まった龍真とのぞみさんの方へと突進して行った。
「バール、そっちへ行ったぞ! 二人とも、手出しせずに防御してくれよ!」
俺は龍真とのぞみさんにそうアドバイスすると、目の前の敵に集中した。
1対2になった、ここがチャンスだ。
それはムラサメも分かっていたようで、お互いが一気呵成に切りかかる。
俺はユーズの4連撃ブレードアーツをたたき込んだが、
「食らえッ!」
ムラサメのはさらにド迫力だった。
踏み込んでの唐竹割りから左の逆袈裟、水平斬り、左の袈裟、左の袈裟、逆袈裟、そして最後にまたも脳天唐竹割りという、見た目なんとも豪快な6連斬。
「ギャホゥ…」
ムラサメの豪快無比な斬撃に、ビッグフットはあっさり倒れる。
そして微かな痙攣と共に、空を掻いて消滅した。
ソシャゲのくせに、演出に拘ってるなぁ…。
「…しかし、スゴいな今の技」
ムラサメが繰り出した、圧倒的な威力のブレードアーツ。
ガードができないモンスター用だろうが、大威力の攻撃を束ねて短時間に出せるように組んだものだろう。
dps(単位時間当たりの火力)で言えば、最低でも俺の8倍、実際はきっとそれ以上だろう。
「もしかして、名前とか付けてんの?」
龍真と交戦しているビッグフットは、ヘイト値がクリアされた事で、俺たちの方を向いた。
「…」
俺はもう一匹のビッグフットが走り込んでくる間、そんな事を聞いてみたが、ムラサメは答えない。
「おい、返事くらいしろよ」
瞬く間に、ビッグフットは俺たちの間に走り込んでくる…が、
「サザンナイト・エクスプレス!」
ムラサメは突然、そんな事を小さく叫んだかと思うと、さっきの6連ブレードアーツを繰り出し…。
「ギャボ…!」
それだけで、ビッグフットを倒した。
え…。
ええっ!?
「と言う。 このブレードアーツの名前はね」
なんだか電車チックな名前だけど、そこにツッコんだら何だか負けのような気がする。
にしても、たった一撃でビッグフットを倒しちゃうとか、ハンパない破壊力だ。
両手剣の基礎攻撃力は高めに設定されているのは知ってるけど、ちょっと凄まじ過ぎる気がする。
俺はムラサメの赤銅色の装備、そして緋色の長剣を改めて見直して、ふとある事に思い至り…。 聞いてみた。
「あのさ…もしかして、その赤い剣、課金剣なのか?」
「そうだよ」
「もしかして、2DaysItemだったりする?」
それを聞いたムラサメは、ふ、と笑いながら答えた。
「よく分かったね、その通りだよ。 『炎神剣ゴッドレオン』、それが今の僕の愛剣さ」
だ か ら か ぁ …!
現金にして5万円、攻撃力+999の超絶課金剣。
たかがデータに過ぎない、ゲームアイテム如きに5万円もつぎ込む、ムラサメちゃんはアホの子だと分かったが、しかし眼前にしてみれば凄まじい破壊力。
「アホはお前だろ? 僕は今後の稼ぎのための投資、と思ってあえて買ったんだ。 読みは当たってたよ」
この雪山でのイベントこそ、僕の愛剣「炎神剣ゴッドレオン」がその威力を最も発揮できるステージだ、とムラサメは言い放った。
「…だから、お前等には悪いが、ここは僕が稼がせてもらう。 パーティなんだから、横取りとか言うなよ」
「…く」
確かに、あの剣の破壊的パワーだったら、全ての敵を先に倒されかねない。
「(…こいつを仲間に引き入れたのは、間違いだったかもしれないぜ、龍真)」
次の俺たちの戦闘タイムには、こいつを外して参加しないと、全部のmob(敵モンスター)を持って行かれる。
認めたくないが、攻撃力が圧倒的過ぎる。
dpsは8倍どころか、20倍以上の可能性だってある。
今の俺が張り合える相手じゃない。
「すまない、ムラサメさん、助かった!」
だのに、龍真はそれを知ってか知らずか、のんきな声を掛けてくる。
「バールさんこそ、大丈夫かい? オチたらこのイベントでは復帰できないだろうから、気をつけてくれよ」
「ああ、気をつける」
「それで、ちょっと提案があるんだけど」
…何だ? 提案だって?
「何かな、提案とは」
「今更だけど、前衛と後衛を代わってくれないかな。 やはり、この『レオ』と組んだ方が戦いやすそうだ」
「…僕は構わないが、レオは良いのか」
俺に振られて、うかつにも「俺もムラサメと組んだ方が良いな」と言いそうになったが、
「いや、俺はバールの言うとおりにするよ。 お前が決めてくれ」
龍真を傷つけないよう、返答を濁した。
でも、効率主義者の龍真なら、ここでの返事は決まってる。
「…。 なら、悪いがレオ、ムラサメさんと前衛をやってくれるか?」
「OK。 バールがそう言うなら、異存はないぜ」
そして、結果は俺の想像通りだった。
「ところで、ムラサメさん、僕とレオは…。 そんなに、違うのか?」
「そりゃもう。 後ろから見てたけど、レオとバールさんは、天地ほどにも違うよ。 こいつ、相当にディープなゲーマーだよ」
俺はムラサメに「お前モナー」と言い返したい所だったが、無言を貫いた。
「そうか…」
龍真が、スマートタブレットから顔を挙げて、俺の顔を見た。
「…!?」
でも、その表情に侮蔑の色はなく、むしろ驚愕と、多少の屈辱に彩られているように見えた。
それは、俺が初めて見る表情だった。
俺は何故か動揺し、視線をスマートタブレットに戻す。
…あの自信家の龍真が、あんな表情するなんて。
「さ、行こうよ。 次のエリアにも、多量にmobが湧いているかもしれないしね」
画面の中では、俺たちの心情など知るよしもないムラサメが、一人俺たちを先導し、俺たち3人はそれに従って付いていった。
<続く>




