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(33)金額こそが誠意

「やったった! 『オートヒーリング』買うたった! 他人に取られるとこやったで、危なかったー!」


後から来た客が、そう叫んだ。


「…な!?」

「あー、ええ買いもんしたわ、さぁ帰ろ」

「ちょっと待て、お前!」


俺はすかさずシングルチャットで、そこから足早に去ろうとするアバター…黄緑と橙のやたら派手な外見の奴…を叩いた。


「…!?」


会話ウインドウにポップした相手の顔は、失敗作のピエロの面のような、奇怪な面を付けていた。

名前は「エルキッド」、ネームカラーは白。



「何や、何か用事あるんかお前」

「用事も何も、その『オートヒーリング』は俺が買おうってしてたんだぞ! まだ検討中で!」


だが、エルキッドと言う奇怪なピエロ男は、明らかにネイティブ(?)…ではない関西弁で反論してきた。


「知らんわそんなん。 てか、買いたいなら早よ買えばええやん? 商人の世界は1秒が勝負なんやで、お前みたいな鈍くさい奴はカモになるだけや」


…商人? お前一体、何やってんだ?


「アホかお前? 今言うたとおりの意味や。 ワイは…ちょっと待て」


そこで、他のプレイヤーが、エリアチャットで話かけてきた。

名前は「カリナ」で、見た目は女性プレイヤー。

結構可愛いけど…本物の女性かな?


「あの、すいません…。 エルキッドさんですよね? 魔法の本を買いたいんですけど…」


声は本物の女性だった。 艶のある低い声。


「魔法の本? 何の?」

「『ヒーリング』が欲しいんですけど、ありますか?」

「あるで。 在庫は24冊」

「よかった! じゃあ売って頂けます!?」


「ええとも。 1,000,000Cenで売ったる」


100万っ!?


「はぁ!?」


その途方もないふっかけぶりに、俺もカリナさんも、思わず声を上擦らせた。


「100万て…本気ですか!?」

「本気やでぇ」


ちょっと待て、このエセ関西人。


「あ、あの…。 それって割引とかないんですか?」

「ええとも。 可愛いあんさんのために、出血大サービスで9割引にしたろ」

「本当ですか!?」

「すまん、嘘や。 ビタ一文まけへん」


カリナさんはまたも「ええっ!?」と声を上擦らせる。


「どうしても値引きしてほしかったら、アンタのチョメチョメな写真をくれたら考えても良いで」

「えっ!? …あの、チョメチョメ、って…?」

「彼氏とのニャンニャン写真や。 毎晩ヤリまくってるんやろ」

「な、何言ってるのよ、あんた…」


そこで、場が凍ったように停滞する…が、


「だってアンタ、『カブト』の女やろ? それが分からんワイやと思ったか?」


カリナさんの、ひっと息を飲む声が聞こえた。


そしてしばらくして、突然カリナさんの口調が野太いものに変わった。


「てめぇ、エルキッド…。 いい加減にしろよ、マジで殺すぞ!」


「殺す」のキーワードを受けて、ポップしたセリフアイコンがピンク色になる。


…なんだ、この人ネカマだったのか!?


「やっぱりアンタかぁ、カブト。 でも、色仕掛けでワイが釣れるとでも思ったか? 浅知恵が過ぎるわ」

「うるせぇよ! いい加減に『ヒーリング』売りやがれ! こっちはもう切羽詰まってんだよ!」


いや違う。 どうやら、中の人が交代したようだ。

今は彼氏であるカブトさんが、彼女であるカリナさんのアバターを操作してるのか。


「断る。 ワイはワイに刃向かう奴には絶対に『ヒーリング』は売らん!って決めてんねん。 それとな、カリナちゃんの名前と顔、覚えたで。 あと声も」

「て、てめぇ…!! マジで殺してやる!」

「やってみろや! どうやって町中でPKするつもりなん?」

「リアルで出会った時に決まってるだろ! その時は命乞いしても無駄だからな!」

「バーカ、あんさんはワイのリアル知らんのに、どうするっちゅうねん。 でもワイは知ってるで? 女子純心大学のカリナさんの身の回りが危険にならんよう、せいぜい気ぃつけや」

「…!!」


そこまで話したところで、か細い悲鳴と共に、相手のアバターは消えた。 どうやらログアウトしたらしい。


「や、すまんかったな、レオくん。 ワイが何してるのか…って話の途中やったな」

「…いや、もう分かった」


転売屋、か。

ゲームでもリアルでも、どこにでも居る連中だ。


「転売屋やのうして、商人言うたやろ」

「商人ならさ、『ヒーリング』を俺に売って…」

「100万や」


いきなり切って落とされた。

売らないつもりじゃなくて、マジで言ってたのか。


「何で、お前…」

「そりゃ、ヒーリング系は超貴重だからに決まってるわ。 冒険には必須だし、みな欲しがる。 だからこうして買い占めしてんねん。 そうすれば、多少暴利でも、思い通りの値段で売れる、って訳や」

「…買い占め!?」


ネトゲの中で、そんな事ができるのか?


「せや。 まぁ、多少の工夫は要るけどな。 だから、ああいうバカが頭に血を上らせるんやけどな」


ピエロ男は、改めて自己紹介するわ、と前置きして言った。


「初めまして、レオくん。 ワイは『秒速で10,000Cen稼ぐ男』、エルキッドや。 アンタはワイの敵か? 味方か?」


何だこいつ…。

正体を悟られないようにかもしれないけど、痛々しいくらいにキャラ作ってるな。


「…味方、って答えたら、どうなるんだ?」

「ワイの売ってる品物、売ってやってもええ…って気分になるかもしれん」

「そいつはありがたくって涙が出るね」


確かに、既存のMMOでも、ゲーム内のアイテムを、プレイヤー同士が実際の現金で売買するRMTリアル・マネー・トレードで儲ける事はできたりする。

だけど、ゲーム内転売だけで儲ける事ができるなんて…。


「…ところでさ、今のカリナさん。 何でいきなり個人情報が分かったんだ?」


カブトさんに彼女が居るとか、その彼女は北部バイパス近くにある女子純心大学に通ってる、とか。


「半分はハッタリや。 カブトの家は、いつも大音量で『エースビート』流してるからな。 あと、彼女の見た目が大学生っぽい…そんだけやけど、ピシャリやった」


いや、それハッタリ効かせすぎだろ。


「どうせ売らんつもりやから、どうでもええねん。 自分がヒーリングを売るのは、自分の味方をしてくれる相手だけ、や」


…ちょっとは割引とかしないのか?


「アホタレ、金額こそが誠意や。 キチンと100万作ってくる相手こそ信用できる。 それならワイも二言なく売ったるわ」


うわ、こりゃ「交渉の余地なし」だ。

本当、情報弱者は好き放題にやられるんだな、このゲーム。


「そういう事や。 でも、ここにある残りの魔法にも、そこそこ使える奴あんで。 買うなら検討してみ。 ワイは買わんけどな」


おいおい、と俺がツッコむと同時に、そいつはマキアが持っていたのと同じようなアイテムで、光に包まれて消えていった。

ああ、あのワープアイテムで、効率よく町を回ってるんだろうなぁ…。


「ま、いいか」


怒りどころは遙か彼方に過ぎ、もはやオートヒーリングを買われた事など、どうでもよくなっていた。

あいつから買い戻すのは完全不可能、と早々に分かったしな。 そう思えば腹もたたない。


一通りオークションハウスの品揃えを見て、俺は購入する装備を決定した。


ーーーーーーーーーー


【装備】


リップカトラス    7,500Cen 攻撃力+25

ダイルメイル     28,000Cen 防御力+70

ナイトシールド    5,700Cen 防御力+20 中段+下段


【魔法の本】


「サンダー・アロー」:9,000Cen


ーーーーーーーーーー


手堅くまとめて、合計50,200Cenのお買い上げ。

これで、以前に龍真から貰った装備よりはちょっとマシ、という程度になった。


…ま、攻撃力は少し足りてない。

けど、そこは手数…ブレードアーツで補うか。


俺は「機能」アイコンから、マクロのパレットを引き出すと、


「おお」


そこには、「NEW!」のタグと共に、こないだまでは無かったタブが出来ていた。先輩の言ったとおりだ。


「ブレードアーツ」(戦闘スキル)

「マジックスペル」(魔法スキル)

「カルチベイトアーム」(農業・釣りスキル)

「クラフトワーク」(鍛冶・工作スキル)

「ローグツールズ」(盗賊・調査スキル)

「????」(????)


それぞれ一つずつ見てみるが、「ブレードアーツ」の欄に、「喉元突き」「水平斬り」「逆水平斬り」などの固有技スキルがいくつか登録されているものの、他のスキルは基本技らしきものが一つあるだけだ。

「????」のタブに至っては開けすらしない。

なんだこれ? 何のスキルのタブなんだ?


「ま、後回しにすっか」


とりあえず、俺はコンボ登録を始める。

登録の仕方は他のMMOと同じで、「記録開始>コンボスタート>記録終了」で登録が完了し、画面にマクロアイコンが現出する。

後はこのマクロアイコンをタップすれば、登録したコンボが発動するという仕組みだ。


「…よし」


画面の中で、ヒュヒュヒュンと軽快に剣を振り、空を斬り裂くマイアバター。

完全に繋がるコンボになってるかは実験しないと分からないが、近い形にはなってると思う。


じゃあ次、魔法。


俺はアイテムストレージから、「サンダーアロー」の本を選んでタップする。


すると画面が暗転し、おどろおどろしいSEと共に、うっすらと魔法陣が浮かび、その中からゴツいハンマーを持った、マッチョのヒゲオッサンが出てきて、叫んだ。


「問おう! 貴様が、我を召還したマジックマスターか!?」


…なんか、この問いかけ、どこかで聞いた事あるような気がするけど、気のせいにしとこう。

とりあえず、俺は「はい(Y)」をタップした。


「ならば! 我が司る魔法『サンダーアロー』、その契約を結びたいという事か!?」


たかが魔法を覚えるだけなのに、やたら確認してくるんだなと思いつつ、俺はまたも「はい」をタップ。


「よかろう! それでは貴様が、わがマスターにふさわしい知性を持つ者かどうか、見極めさせてもらう! いくぞ!」


どこに行くんだよ、と思った瞬間、ウインドウの中にこんな質問が出てきた。


『Q:アマゾンのアラグァリ河流域で起こる、河の水が逆流してしまう現象を何というか?』


…え?


1:パロロッカ

2:ピロロッカ

3:プロロッカ

4:ペロロッカ

5:ポロロッカ

6:アマゾン・ハイウェー


何ですかこれ、と思うと同時に10から始まるタイムカウント。


9、8、7…。


「しまった! そういや、魔法の本って、クイズになってるって、龍真が言ってたような…!」


てか、答え何だこれ!?


スマートタブレットで検索しようにも、今それを使ってるし!


3、2、1…。


「ああ、もう! これかっ!?」


1:パロロッカ


ブー、という無様な効果音と共に、画面にでっかい×印。

セピアの背景の中で、爆笑するヒゲオッサン。


『うわっはっはっ! 未熟者め、契約は失敗だ! 残念だったな! …また逢おう、我が未来のマジックマスターよ!』


と言って、画面は元に戻った。

そして、アイテムストレージにあったはずの「サンダーアロー」の本は消え失せていた。


「はぁぁああっ!?」


俺の魔法の本が!?

9,000Cenもしたのに!?

消えちゃったのっ!?


「何だよ、これぇ!?」


俺は慌ててオークションハウスに戻ると、「ファイアーボール」を買う。

そして再度魔法の本を開封しようとした所で、「いや、待て」とログアウトし、急いで龍真に電話した。


「龍真、サンダーアローが無くなっちゃったんだよぉうぅ…!」


<続く>

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