(22)黒の双剣士キリエ
そして迎えた準決勝戦は、本当にしんどかった。
相手は「ウルフファング」という奴で、これまたブレードアーツ使い。
はっきり言って、総合的な戦闘力では、俺は完全に負けていた。
しかし、それでもなお勝てたのは、相手が俺よりも大幅に少ない体力で挑んできたからだ。
「(あ、こいつもう回復薬の残量がないんだな)」
やったぜラッキー、と思ったのもつかの間、相手は俺の体力を全損させる勢いで切りかかってきた。
その奮迅ぶりは、プレイヤー名のとおり、飢狼の如くだった。
「(おいおいこいつ…! この状態から勝つ気なのかよ!?)」
相手の執拗にして冷静な攻撃、そして集中が切れた俺のジャストガードが決まらなくなってきた事もあって、戦闘は野犬の噛み合いのような泥試合を呈した。
…だが、ギリギリの接戦、その最後に俺が勝利の切符を手に入れた。
でもまぁこれは、体力差を考えれば妥当な結果だった。
すると、歓声のSEや花吹雪に混じって、
「おおおーっ! 大穴! やるじゃん、レオって奴!」
「あいつ無課金だろ? 凄いな!」
「お前のせいで大損こいたぞ! 大穴すぎんだろ!」
「おめでとうレオ! お前に賭けてて良かったぜ!」
と、偽りじゃない、本物の歓声が徐々に混じり始めた。
「おめでとう! これで準優勝は確定だな!」
そして龍真も、俺に近寄ってきて労いの言葉を掛けてくれる。
「ありがとう…。でも悪いけど、もうだめだ」
「なんだ、弱音を吐くな、あと一つで優勝だぞ!」
「いや、回復の手段がないんだよ。 回復薬スーパーが、あと一つしかない」
「なんだ、そんな事か。 ちょっと待ってろ、決勝戦までは僅かに時間がある」
すると、しばらくバールハイトが硬直した後…。
画面の奥、観客席の奥側から誰かが走ってくる。
あれは、もしかして…。
「こんばんは、レオくん」
「あ、のぞ…いや、トラウムさん!?」
トラウムこと、石原のぞみさんがやってきた。
今ちょうど都合良く、龍真の家に来たのか?
それとも、元々家には居たのか。
もしかすると、俺が龍真の試験「使える奴かどうか」に合格したから、姿を見せる事にした、という事なのだろうか…?
だが、とりあえず経緯は後回しだ。
「レオくん、こっちに寄ってね、『ヒーリング』掛けるから」
「ああ、ありがとう」
今はありがたく、回復させて貰おう。
「ヒーリング!」
ライトグリーンのエフェクトがマイアバターを覆い、残る体力がみるみるうちに回復していく。
回復の最中、龍真が独り言のように話しかけてきた。
「最初はな、露天商の回復薬を買おうとしたんだが、金額が凄い事になってたから、トラウムを呼んだんだ」
「マジでか。 どれくらいだ」
「10倍だ。 僕も絶句した」
ワァオ、と俺はアメリカンなため息をつきそうになった。
それじゃ確かに、買うか買わないか躊躇しちまうよな。
「ウルフファング」さんが、回復薬買わなかったのも納得だよ。
リアルは彼も飢えた狼…貧乏なんだろうな。
「ところで、この『ヒーリング』って、メチャ便利だよね。 どうやったら魔法が使えるようになる訳?」
俺がふとした事でのぞみさんに放った質問だが、龍真の答えは「魔法の本」だった。
オークションハウスにランダムで売っている「魔法の本」を買う事で、魔法が習得できるのだという。
「ただ問題なのは、魔法を習得するためには『契約』という名のクイズに答えないとダメだという事だ」
「く、クイズ? それを間違ったら?」
「魔法の本代が無駄になる。 ちなみに、本はかなり高額の課金アイテムだ」
「でも、クイズとかなら、龍真は余裕で合格できそうだけどな」
「僕の時は、芸能、ゲーム、アニメのクイズだった。 それで全く歯が立たなかった」
「あ、そ、そう…」
どっちにせよ、回復魔法は必要不可欠だ。
今後の旅において「ヒーリング」の入手は考えておかないといけないな。
課金アイテムらしいけど、ここで負けても1万円は手に入るからな。
…いや、でも、こんだけ苦労したんだから、ここまで来たら勝ちたいな。
あと1つ勝てば、5万円なんだし。
1万と5万じゃ、差があり過ぎる。
そして、自分でも驚く事に、俺の胸中には「課金装備にしとけばよかった」という思いが雲のように湧き始めた。
母ちゃんの飯や、回復薬不足による勝利という幸運があった事もそうだが、課金しておけば、もっと楽に勝ち進めたかも、という気持ちに囚われはじめたのだ。
俺は、決勝戦前のCF…「ラーメンの鉄人」が監修した「白豚骨カップラーメン」の映像を見ながら、今後のことを考えていた。
無課金を続ければ、イベントの度に、毎回こんなギリギリの闘いを続けなければならない。
その苦労は、身に染みて分かった。
だが、こんな幸運が、次もあるとは限らない。
今回の資金を元手に、装備や「ヒーリング」等の魔法を買い揃えた方が良いよな、絶対…。
そんな結論が出たところで、遂に最後のアナウンスが飛び込んできた。
「遂に決勝戦ーっ! いぇー! みんなノッてるー!? 楽しんでるー!?」
カノンちゃんのMCに「うおー」という歓声と拍手がわき起こる。
でも、これもただのSEだ。
テレビの面白くないコントでも入る「笑い声」と同じアレだ。
実際に拍手してるプレイヤーは皆無ってのは理解してる。
「『剣闘士の祝宴』も、遂に最終戦となりましたぁ! 優勝の誉れに預かるのはどちらなのか!? さぁ皆さん、賭けはギリギリまで受け付けてますよー!」
そして超恥ずかしい事に、ポージングした俺の姿が、スマートタブレットの一面に、燃え盛る炎と共にギャーンと飛び込んで来た。
「ここまでを勝ち抜いた剣闘士の一人は、なんと無課金の勇者! レオくんでーす!」
だけど、くやしい事に不思議と気分は高ぶってくる。
「うおー、レオ! 行け、俺お前に賭けてるんだからな!」
「絶対にコケるんじゃねぇぞ! 死んでも勝てよ! 応援するからよ!」
そう…。
俺、今までの人生で、こんな経験なかったんだよな。
何かで勝つとか、1位になるとか…。
「超大穴! 頼むぜ、勝ってくれ!」
「行けよ、応援してるぞー!」
「俺、2次も3次もお前につぎ込んだんだぞ! よろしくな!」
巨大掲示板、「@ちゃんねる」で指定レス貰った時と同様に、掛け値なしの本音、心からの応援を貰って、不覚にも心が動く。
…勝ちたい。
あと一つ勝てば、5万円が貰えるんだ。
一ヶ月分のバイト代。
そして、こいつらから、どんなに祝って貰えるんだろう。
それを実現しえる「勝利」。
それが今、手の届く所にある。
「対して、もう一人の勇者は、双剣使い『キリエ』! 皆さん拍手ー!」
「…何だって!?」
アナウンスで告げられたその名、そしてインフォメーションウインドウに飛び込んできた顔の画像を見て、俺は思わず声を上げた。
「キリエ…。 双剣使いって…!」
てか、あの剣って片手専用じゃなくて、二つ買えば両手に装備できるのか。
「…まさか、あの!?」
「何だ!? 知っている相手か、レオ?」
「こいつは…!」
レンタルアーマー(黒)。
両手に持った黒と白の剣。
そして目元を覆う黒の前髪。
「第4次オッズは、レオくん16.79に対し、キリエくん1.01! 圧倒的だね!」
うおお、と周囲の観客がガチでどよめく。
「ブラック先生マジパネェっす」とか「キリエがマジでキター」との声。
…間違いない!
「アニメの主人公」
「は?」
「深夜枠で放送してた『Words Worlds Swords』ってファンタジーアニメだよ! 主人公の「黒の双剣士」こと『キリエ』だ、コイツ!」
てか、両手のレンタルソード(黒)剣と(白)剣。
あの時、最高課金額の剣を両方買ったのはコイツか。
「レオ、お前…」
龍真が何か言っているが、耳に入らない。
最後の最後になって、とんでもない奴が現れやがった。
損得勘定などハナから度外視の廃課金プレイヤー、しかも双剣使い。
おそらく先の街からここに舞い戻ってきて、自分の実力を誇示するために参加した奴だ。
「…大学生にもなって、アニメとか見てたのか?」
そのツッコミに、俺の意識は一気に現実に引き戻される。
しまった…隠してたのに、ついテンションが上がってしまったせいで、うっかりカミングアウトしちゃった…。
「レオくん、もしかして…オタク、だったの…?」
のぞみさんのちょっと引いた声。
「…ゲームオタクなのは知っていたが、まさかアニメまでとはな」
いいぢゃん!
大学生が深夜アニメ見てたってさぁ!
人の趣味にケチつけんなよ!
「いや、面白いって評判だったんだぞ? 文芸誌で社会現象だと言われたし、主題歌はオリコンにも入ったんだぜ? 知らないのか?」
と、俺は(一部)嘘を飛ばした。
「そ、そうなのか…? トラウム、知ってたか?」
「ううん、ごめん…分かんない」
多分分からないはず、という俺の見込みは的中し、とりあえず「社会現象になってたから見てただけだよーん」という体裁を取り繕う事には成功した。
「勝てそうか?」
「奴は無敵だ。 アニメではサラマンダー軍のユージーン将軍を一騎打ちで倒した」
「いや、アニメの話じゃなくてだな」
そして、俺のテンションは再びマックスに達した。
なんというか、アニメキャラと闘うというシチュエーションが、こんな燃えるとは自分でも思ってなかった。
「なるほど、『キリエ』さんは名前が黄色…インモラルプレイヤーだな。 最初、本物のアニメキャラで登録しようとして警告されたクチか」
「還魂のリヴァイアサン」のキャラクターメイキングにおいて、各自の顔グラフィックは、ある程度イラストっぽくデフォルメした形になる。
写真を参考にした「似顔絵」という表現が最も妥当だろうか。
「でも、うまくデフォルメされてる。 ちゃんとキリエだって分かるもんな」
そして逆にアニメのキャラは、やや現実よりにデフォルメされていた。
ま、そのせいで、アニメの「キリエ」と同じ部分は、名前だけになってしまってるけど。
「名前には著作権がないからな。 そこまでするとは、よほど『キリエ』でプレイしたかったんだろうな」
と、龍真の冷静な批評が続く。
まぁ実際、俺もMMO「ドラグーンファンタジー」では、「グラウド」だの「ゼフィロス」だの、別ゲームの名前のプレイヤーは結構見てきた。
そして、少なくともこの「キリエ」は、俺と同じく「Words Worlds Swords」のディープなファンだって事は分かる。
敵として現れなければ、ゆっくりと話してみたい存在ではあった。
だが非情にも、目の前にはオートデュエルのダイアログが再び出現し、戦闘開始のタイムカウントを始めた。
「それではいきまぁす! 『剣闘士の祝宴』決勝戦! 3、2、1…。 DUEL、スタートぉ!」
<続く>




