(21)リターンの対価
そして俺は、
「喰らえッ!」
相手の「喉元突き」から始まるコンボを、遂に喰らってしまった。
「…!」
ズバババッという効果音と共に、大きく引き離される体力ゲージ。
残る体力は俺が3割、奴が4割。
たった1割だが、その差は絶望的なまでに大きい。
何故なら、残り1割を削られるより先に、俺は相手の2割を削らなければいけないが、そのためには今までに倍する効率でダメージを与えなければならないからだ。
つまり、相手の6倍の有効手数が必要となる。
それを瞬間的に悟り、俺の脳裏には一瞬の絶望と、だがそれをかき消す闘志が去来した。
「負けねぇぞ、テメェ!」
「言ってろよ、クソチビ!」
「言いやがったな!」
口では反射的に煽りを続けるが、頭の片隅では、より正確に、より冷静に剣を振るえ、と命令する自分が居た。
煽りとか怒りとか、戦闘には無用だ。
純粋に最適解を探しだし、それを奪い合う闘い。
それに徹しなければ負ける。
とにかく、奴の攻撃を全て封じる事に注力するんだ。
奴の欠点は、気分にムラがある事。
ディフェンスに徹しきれば、持久戦に勝機がある!
「おお、スゲェ!」
「あいつら、見応えあるなぁ!」
「あのレオって奴、粘るじゃん!」
俺のヘッドセットから、観客の声が聞こえる。
スマートタブレットを握る俺の手が、徐々に汗ばんでくる。
だが周囲の声が聞こえるのは、俺の集中力が散っている証だ。
そして俺は、持久戦に勝機ありと目しておきながら、その見込みは外れているのではと思い始めていた。
その理由は、奴の対応と反応の早さ。
単純な反射神経だけじゃなく、奴は俺の戦闘ぶりから学び、最初はユルユルだったガードが徐々に堅くなり、そして中段一辺倒だった攻撃が多彩になり始めていた。
「(やっぱ…。 若い奴は違うな)」
1フレームを争う限界領域。
イニシアチブの奪い合い、俺が得意とする土俵に、奴が徐々に侵食してくる感覚。
かつて、ゲーセンで戦った名も知れぬライバル達…あいつらと互角、あるいはそれ以上のプレッシャーがビリビリと伝わってくる。
「終わったな、クソチビ! 俺の勝ちだぜ!」
「何を…!」
むかつく奴だが、文句は後だ!
今は集中しなければ負ける!
ユーズは格好付けて俺を倒そうとしているらしく、頻繁に「喉元突き」からの4連コンボを繰り出してくる。
だがこれはチャンス。
コンボの終わりの「上段袈裟斬り」か、そこから派生する「下段足払い」にジャストガードを合わせ、体力差を埋める。
喉元突き、水平斬り、逆水平斬り…とコンボが続く。
マクロコンボ「ブレードアーツ」だ。
さぁ来い、「上段袈裟斬り」!
だが、そこで唐突に、敵の動きが止まった。
「(…しまった!)」
今のはブレードアーツじゃなく、手入力のキャンセル技か!?
無理に出してきた4連コンボは、俺の意識をジャストガードに向けるための罠!?
…完全に読み損ねた!
相手の予想外の策に、俺は負けを覚悟した。
だが、敵はその動きを、ただ止めていた。
…あれ?
おーい、どうしたんだよ、お前。
「ちょっ、ババア、何だよ! 今、良いところなんだから邪魔すんな! 飯は後だ! 後々!」
だが、俺のヘッドセットからは、そんな声が聞こえた。
ピクリとも動かなくなった敵アバター。
未だ続くシングルチャットからは、ユーズの声に混じって、他の人間の怒号が聞こえてくる。
ご飯がどうとか。
「頼むよ、母ちゃん…! 後ちょっと…! 後ちょっとだけ、待ってくれって!」
「ユージ! いい加減、いつまでもゲームやってないで、早く食べなさい! アンタのせいで、全然片づかないでしょうが!」
「うぇぇええ、お願いだからぁ…。 待ってよぉう、お母さぁあん…」
その言葉を最後に、後には静寂と、棒立ちのアバターが残された。
俺は少し大声で、バールハイトに話しかける。
「…おい、バール、どうすんだこれ」
すると、シングルチャットで返事が来た。
「倒してやれ、それが武士の情けだ」
このどうしようもない幕切れに、龍真だけでなく、観客の皆も苦笑していた。
「…そうだな」
残タイムも少なかったので、俺は棒立ちの敵アバターを、上段袈裟切りの連打で切り倒した。
「YOU WIN!」
そしてその勝利の瞬間、会場が爆笑の渦に包まれ「母ちゃんに助けられたなー!」とヤジが飛んだ。
…全くだ。 ありがとう、敵アバターのお母さん。
貴女のご飯のおかげで勝てました。
俺は再び観客席に戻り、「レンタル回復薬スーパー」で体力を回復させる。
だが、体力は敗北寸前まで減っていた事もあり、2割程度が回復仕切れずに残った。
ちょっともったいなかったが、負けたら意味ないので、俺は3つ目の回復薬を使う。
これで回復薬は、残り1個か…。
「レオ、良くやったな! 結末はともかく、たいしたもんだぞ!」
「ああ、お疲れ、バールハイト…。 正直、負けたって思った」
「そんな事言わずに、ここまで来たら優勝を狙え! 現実味は出てきたぞ!」
「いやぁ、そんな事言われても…」
回復の最中に、駆け寄ってきた龍真とそんな会話を交わすが、戦闘の消耗が激しくて、尻すぼみな返事になる。
俺はスマートタブレットから視線を外し、部屋の壁掛け時計をチラリと見るが、イベント開始から30分も経ってない。
なんという濃密な時間だ、と俺はため息をついたが、
「なんだ、そんな疲れたのか?」
よほどため息の声が大きかったのか、そんな事を言われた。
「ああ、実力の伯仲した対戦って、もの凄く疲れるんだよ。 これは、ゲーマーじゃないと分からないかもだがな」
「そうなのか?」
「ああ、マジだぜ。 相手のプレッシャーがもの凄くてさ」
龍真は、ふーんと鼻を鳴らした後に返事をする。
「だがな、お前の感じてるプレッシャーとか、医師や大工の人に比べたら、きっと微々たるものだぞ」
「おいおい、まるで人が苦労してないみたいな言いぐさだな」
「事実だろう? 手術している人は、患者の命を預かっているし、高所で作業する鳶職の人も、自分の命が掛かってる」
それを思えば、ゲーマーの言うプレッシャーとか、取るに足らないモノだろう…? というのかと思ったが、
「リターンの対価は、リスクとスキルなんだ。 もっと真剣になれ。 ゲームで培ったものがあるのなら、全部吐き出せ」
と、またも強烈なプレッシャーを掛けてきた。
おいおい、俺だって、真剣に戦っているっつうの…。
「おい、バールハイト。 悪いが、ちょっと休む…。 しばらく、話しかけないでくれ」
「分かった。 …もしかして、気分を害したのか? ならば謝る、済まない」
謝るならそんなヘコむような事言うなよ、と思ったが、疲れているのはマジだ。
多分、次の戦闘になるまで残り3試合、5分あるかないか分からないが、ちょっとでも休めば違うだろう。
「次の俺の相手を事前に観察しておく」という選択肢もあったが、俺は休む事を優先し、ヘッドセットを外した。
途端に意識は、あの闘技場から、自分の部屋へと立ち戻った。
…いや、これはマズい。
ヘッドセットで観客の喧噪を聞き続けておかないと、闘志が萎えちまう。
それに、いつどんなアナウンスがあるとも限らないしな。
俺はヘッドセットを再装着し、意識だけをあの世界に置いたまま、目を瞑って高ぶった精神を休めた。
「…おい、レオ。 そろそろ2回戦の第4試合が終わるぞ」
「マジかよ、まだいくらも休んでないのに」
<続く>




