(1)万引き
DATE : H27.1.17
TIME : 17:19
STID : *UNKNOWN*
「だからぁ、ちゃんと金払ったってんだろうが! お前、若造のくせに、俺に因縁付ける気か!」
「いえ、あの、だから、お客様」
「なんだぁ!?」
「その袋の中に、万引きした分がありますよね。 それ、出して下さい」
「万引きだと? 誰がだッ! オマエ、店員のくせに、誰に口利いているのか分かってるのか、コラッ!」
「アンタにです。 いいから、袋の中身見せて下さい」
「あ、アンタだと…? おいガキ、名前なんてんだ! 店長呼んでこい!」
「名前は桐嶋礼雄です。 それと、店長は呼ぶ必要ないですよ」
正直、何でまたこんな事になったのか、と思わなくはない。
俺が、コンビニ店員として働きはじめて3ヶ月。
きちんと社会の一員として参加しようとしてるのに、毎日のように何かトラブルがある…のは、一体全体どういう訳なんだろう。
今日は、酔っぱらいのハゲ親父が、近所のスーパーの袋を持って来店してきた。
嫌な予感がしたので、その親父をしばらく観察していたら、案の定、酒のツマミをスーパーの袋に入れ、別にタバコをカートンで買ったものの、レジでツマミを精算しようとしなかったので、呼び止めて「その袋の中の物、ちゃんと出して下さいよ」と言ったのだ。
ここで、俺のイメージでは「ああ悪い悪い、酔っててすっかり忘れてたよ」と親父はツマミを取り出し「ありがとうございます、450円になりますー」となる予定だったのだが、現実は違った。
「何言ってんだこのガキが! これはあっちのスーパーで買ったモンだよ!」と顔真っ赤にして怒鳴られたのだ。
「いや、だからそのツマミ見せて下さいよ。 どう考えてもそれ、ウチの店のでしょ? 商品名見れば一発ですよ」
「だから、この中身は全部スーパーで買ったってんだろうが! とっとと店長呼んでこいや!」
「店長はまだ来てませんよ。 呼ぶなら、窃盗罪で警察でも呼びましょうか!?」
「け、警察だとぉ…!?」
「ちょっ、ちょっとレオくん、マズイですって!」
ヒートアップし過ぎたレジでの口論に、客の目が集中し始め、同僚の保科泰人も流石に危機を感じたか、止めに入ってきた。
「あっスイマセンお客さーん、こっちの勘違いです! 申し訳ありません! お会計ありがとうございましたー!」
保科は強引に俺と客との間に割り込むと、ファンキースマイルでその場を取り繕った。
「おい、保科…!?」
「やっと分かったか、手間取らせんな! …クソチビ、テメェの名前、キリシマだったか? 覚えとくからな!」
そう言って、そのハゲ親父は俺を睨みつけ、袋を掴んで大股にレジを去った。
あまり腹が立ったので、俺は返事せずに睨み返した。
すると、そいつは店の床にペッと唾を吐いて出ていった。
「おい、お前…!」
「ちょっと礼雄くん! いい加減にしましょうよ! お客さんと喧嘩とか、何考えてるんスか!」
そう言われて冷静になり、ハッと周囲を見渡したら、レジに近寄れずに佇んでいた他のお客さんが多数いた。
表情は皆一様にどん引きだ。
「…あ、あ、すいません、皆様レジどうぞ!」
俺はそう言って笑顔を浮かべたが、
「礼雄くんは引っ込んで頭冷やして下さいよ、僕やりますから!」
脇をつつかれて、とりあえずレジから姿を消す事にした。
そして、倉庫の中で「またやっちまった…」とため息をついた。
そしてごめん保科。
15分ほど経って、保科が倉庫に来て俺を手招きした。
客が全員入れ替わったのだろうか。
「頭冷えましたか、礼雄くん」
「ごめん、俺が悪かった。 あの万引き野郎が非を認めないから、つい…」
「礼雄君の主張はどうでも良いっスよ。 てか、お客さんは神様ですよ? 店長に日々言われてるでしょ?」
神様は万引きなんてしないよ、と反論したかったが、それはグッとこらえた。
「ああ、まぁ、それはそうだけど…」
「今回のだって、あの客が本店にクレーム入れたら、礼雄君、クビになる可能性大ですよ? あいつ、礼雄君の名前聞いてたでしょ?」
「あ…! え、ま、マジで?」
俺の間抜けなリアクションに、保科は「…はぁ」とため息をついて、肩をすくめた。
「礼雄君って、ホント人とのつき合い方知らないですよね。 今まで大学で何してたんですか? マジで勉強?」
「いや、まぁ、バイトはここが初めて…。 初体験」
「でしょうね」
「ははは、まぁ、すまん」
「つーか、顔出せないんなら、トイレの掃除でも代わりにやってくれりゃ良かったんですよ。 そういう所、気が利かないですよね」
「でも、トイレ掃除はとっくにやって…」
「次のシフト、店長と美奈ちゃんじゃないすか。 トイレ掃除したがらないコンビじゃないすか。 礼雄君がやってた方が絶対に良かったですよ」
「…」
年下だし、ここでは後輩だけど、バイト歴…社会に出て働いた経験そのものは、保科の方が長い。
だから多分、保科の言う事は正しいのだろう。
でも、何か釈然としない気持ちはあった。
働くって、そういう事なんだろうか。
「ぼーっとしてないで、早く来て下さいよ! さぁ!」
「あ、すまん…」
俺は再び保科に急かされて、レジへと戻った。
働く、ために。
DATE : H27.1.17
TIME : 19:39
STID : *UNKNOWN*
「はぁ~…っ」
「まぁ、元気出して下さいよ、礼雄くん」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「自分のせいでしょ? てか、後々マジにクレーム来たら、『何で報告しなかったんだ!』って僕まで怒られますもん」
俺、桐嶋礼雄は、後輩の保科泰人と共に、コンビニの昼勤務を終え、店長と美奈ちゃんに引継ぎして、チャリで帰宅の途に着いていた。
だがその引継の際、保科の奴が万引きトラブルの一件を店長に報告したせいで、俺は店の裏に呼び出されてメチャクチャ怒られた。
「何考えてんだお前! 店の雰囲気悪くしてどうする! 他のお客さんの事も考えろ、このクズが!」
「でも、万引きは犯罪で…」
「うるせぇ! 捕まえるんなら、もっと上手くやれ! 万引き代の損は、お前の給料から引いとくからな!」
「給料!? なんで…!」
「何でって、お前のミスだろうが! 働けてない奴に、出す給料とかあるかッ!」
こんな感じで「俺が悪い」とひたすら責められたのだ。
「何で…こんなんなるのかなぁ」
「…」
俺がそうひとりごちるが、保科はそれに答えることなく、無言で缶コーヒーをすすっていた。
冷たい夜気が、チャリに乗る俺たちの体温を容赦なく奪っていく。
「店長って、今は更正してるけど、昔バリッバリのヤンキーだったそうじゃないスか。 ヤンキーってメッチャ縦社会だから、口答えは厳禁すよ、礼雄くん」
ず、と缶コーヒーの最後の一口をすすり、ようやく保科は口を開いた。
「ヤンキーかどうかは関係ないだろ」
「ありますよ。 相手の性格に合わせて対応を変えるのも、人付き合いの基本っすから」
でもお前、俺が缶コーヒー奢っても、礼の一つも言わなかったじゃん…。
何それ? 俺を下に見てんの?
「店長って背高いし、30過ぎても胸とか腕とか、メッチャ筋肉維持してるじゃないすか。 怒らせたらマジヤバいですよ」
確かに、自称元ヤンキーの、店長の威圧感はハンパない。
いろいろと言い返したかったのだが、ビビって言葉にならなかった。
「ってか、礼雄くん、何でそんなに拘るんです? コンビニで万引きとか、日常茶飯事じゃないすか」
「日常茶飯事だとしても、それは許される事じゃないだろ」
「確かに、それはそうですけど! まだ礼雄君、研修中でしょ? 万引き以外にも気を配る所、他にあるじゃないすか」
「まぁ、そうだけど…。 でも、俺、万引きはダメなんだよ」
「なんでです?」
俺は保科に、今のコンビニに初めて入った日の事を語った。
DATE : H26.11.22
TIME : 16:32
STID : *NOT EXIST*
俺がコンビニでバイトを初体験したその日。
一応説明と研修は受けていたものの、いざ実際にバイトを始めると、実践の緊張でテンパってしまっていた。
なもんで、俺は多少慣れていたレジ打ちしかまともに出来る自信がなく、他の仕事はすっぽかしてレジに張り付いていた。
やるべき事は沢山あったのに、周囲に目が届かなかったのだ。
そのせいで事件が起きた。
店舗奥の雑誌コーナーで、コミックスを万引きしていた中学生を、店長が現行犯で捕まえたのだ。
俺がアタフタしている間に、店長はそいつ…気弱そうな少年を倉庫に連れていった。
そして、その子の両親らしき人物が血相を変えて店に飛び込んで来たのは、本当すぐだった。
「コウタは!? ウチの子はどこ!?」
母親に詰め寄られ、俺は二人を倉庫へと案内した。
それからの会話…俺はそれをレジの方から聞いていただけだったが…あの話は、未だに思い出すのがキツい。
あの子の両親であろう中年夫婦は、ウチの店長に何度も何度も、泣きながら必死に謝っていた。
「お願いします…! どうか、警察だけは勘弁して下さい! ウチの子、今年高校受験なんです!」
だが、その涙ながらの訴えを、店長は一蹴した。
「申し訳ないですけど、ウチでは万引き犯は、例外なく警察に通報する事にしてますんで。 被害届も出した上で、学校にも連絡させて貰います」
それを聞いた母親は、半狂乱のような声を上げた。
「だから、万引きした損害の分は、お支払いするって言ってるでしょう!? だから、どうか許して…! ほら、コウちゃん、何してるの! 早く謝りなさい! 貴方も何か言ってやって下さい!」
男の子の両親と店長は、その後も火の出るような口論を続けたが、店長は主張を譲らず『このまま警察に突き出し、学校に通報する』の一点張りだった。
「だから、損害の分はちゃんと払うって言ってるでしょう!? 何でそれでダメなの!? 説明しなさいよ!」
「お母さん…。 ご存じないとは思いますがね、ウチの店の万引き被害額は、相当額に上ります。 5万円越える日も珍しくありません。 貴方のお子さんが何日来て、いくら万引きしていたかは分かりませんが、それら全て払って頂けるんですか?」
「…え、え?」
「5万円の365日、それが3年で1000日。 しめて5000万円。 ウチの店の被害総額を支払って頂ける、と仰ってるんですか? それなら考えないでもありません」
「な、何言ってるの!? ウチのコウちゃんが、毎日万引きとか、そんな事する訳ないでしょう!? 貴方何を考えてるの!?」
「ですけど、貴方のお子さんは万引きの常習犯ですよ」
「コウちゃん…!? 本当なの、貴方…!?」
「……」
そこから親子の凄まじい修羅場になって、最後は、何故コウタ少年が、何故今日万引きをしたのか、という話になった。
「ウチの子が、万引きをしていたのが分かってたのなら…。 何で事前に止めて下さらなかった、んですか…?」
「仰ってる意味がイマイチ分かりませんけど、万引きは現行犯でないと捕まえられませんので」
「何故、今日になって…?」
「さぁ? ウチのバイト、今日が研修初めてなんですけど、それでナメてたんじゃないですかね? あんなマヌケそうな店員なら、盗み放題だって思ったんでしょう」
そして、両親と子供は、店長に連れられ、しばらくして倉庫から出てきた。
と同時に、遠くから聞こえるパトカーのサイレン。
本当に呼んだのか。
「コウちゃん…! 何で、何で貴方、こんな事したの…! 高校受験があるって、分かってたんでしょう…!?」
「違う! 違うよママ! 違うんだって…! あのね、本当は…!」
<続く>