(14)央都ザナドゥ
DATE : H27.1.21
TIME : 18:31
STID : 00941724
「やっべ、もう六時半じゃん!」
携帯を見たら、龍真からの着信が何件も入っていた。
そりゃそうだ。
俺は今日の夜7時から始まる剣闘士大会のイベントに参加する、という約束を龍真と交わしていたからだ。
なので、練習と新技の確認も兼ねて、朝から野良でデュエル売って回っていた。 だが、昼飯の際にあかり姉から
「礼雄、あのね、栄重叔父さんが腰を痛めたらしくて…。 ちょっとお掃除手伝ってくれないかな」
とお願いされたため、午後は寒空の下、下宿の周りの掃除をする事になってしまったのだ。
これが格安で入居させてもらっているが故の弱みでもあるんだよな…。
敷地内の空き缶や紙クズ、枯れた雑草を摘んでそれぞれゴミ袋に詰め、基礎コンクリに生えた苔を高圧洗浄機で吹き飛ばし、洗い流していく。
最初は小夜子叔母さん、あかり姉、俺と三人で作業していたが、夕飯の準備をするため、二人は一足先に屋内へと戻っていった。
ようやっと洗浄を終えた俺が片づけをして屋内に戻ると、いつもと違う豪華な夕食が出来ていた。
小夜子叔母さん特製の、デミグラスとカレーソースのダブルハンバーグ定食に、あかり姉お手製のほっかほかのヨーグルトマフィン。
もう時間ねぇよと思いつつも、二人が俺のために作ってくれたのは嬉しかったので、礼を言って食べた。
でもちょっと急いで食べた。
…結果、この六時半というギリギリの時間に、「リヴァイアサン」を再起動する事になってしまったのだ。
とりあえず、俺はご立腹であろう龍真にリダイヤルする。
「もしもし! 龍真か、何度も連絡貰ってすまない!」
「どうした、礼雄! もうイベントまで時間ないぞ!」
「分かってる! ちょっと急用が出来たんだよ! そっちのマンションまで行く暇ねぇから、ここでログインして、ゲームの中で合流しよう」
「了解した、待ってるぞ!」
俺はヘッドセットを携帯に装着すると、「リヴァイアサンズ…メルヴィレイ」と、例のボイスパスワードを発声、ゲームにログインした。
すると、ネージュ村で待っていたのは、「バールハイト」こと龍真だけだった。
今日は「トラウム」こと、のぞみさんはお休みらしい。
「待ってたぞ、レオ」
「お待たせ、イベント前に何かやることあるか」
「いや、今は特にない。 中央広場前に居れば、対象圏内と判定されたアバターには、自動でアナウンスが入るから、それまでに集まれば十分だろう」
でも、それだと結構時間あるな。
20分余り、何もせず待機しとくのも退屈だ。
「それより…僕の言った事、忘れてないだろうな」
2人しか居ないというのに、龍真はわざわざシングルチャットで話しかけてきた。
「…ん? ああ、俺の適性を見極めたい、って話だよな」
「そうだ。 高校2年生の時の、あの日の出来事は感謝してる。 だからレオ、お前との友情は堅持し続けたい。 …しかし、利害関係が絡む出来事で、パートナーになれるかどうかはまた別だ。 分かるな?」
「分かってる。 だから、ちゃんとデュエルの練習はしてきたって。 俺が望まないのは課金だけ、お前が言うように、効率よく先に進む事に異存はねぇよ」
「それが、口だけでない事を願っているぞ。 僕の期待を裏切ってくれるなよ」
その堅い口調に、何故今日、のぞみさんが居ないのかが分かった気がした。
俺と龍真の決別…。
その光景を見せないように、かもしれないな。
「ま、どんな結果が出ようと、それはお前の判断に任せるよ。 とりあえず俺は全力を尽くす」
「…うん」
その、感慨深げなため息にも似た同意。
どういう表情の元に放たれた一言かは、声からだけでは伺えない。
だが、まぁ、やるしかねぇだろ。
「そういえば、昨日のソロプレイはどうだったんだ? 例のアーツクルスの件は」
「ああ、それはな…」
俺は昨日の、マキアとの出会いとその結末を、包み隠さず話した。
「剣士アーツクルスを追う、美貌の女剣士マキア…か、なるほど」
だが、龍真の口調は訝しげなものだった。
「信じてないのかよ、俺の話」
「いきさつは信じるが、そのプレイヤーが見た目どおりの本人かどうかは、やや疑問だな」
「でも、俺にはネカマ…ネットのオカマには思えなかったんだがな。 声が女性だし」
「それが本当だとしても『外見を偽ってる』可能性はどうしても残る」
「う…」
まぁ、その可能性は確かに捨てきれない。
実際、喪女や主婦がゲームの中ではお姫様、というのは割とよくある話だしね…。
でも、あのマキアは、あまりそうは思えなかったんだよな。
俺の経験上、ネカマは男が考えた「理想の女性像」を演じる事が多いが、逆に本物の女性だと、そこらへんに無頓着である場合がしばしば見られる。
だからキャラメイクいかんによっては、最初はしばらく女性だと分からないパターンが多いのだ。
あかり姉も家の中では何げに雑なのだが、それはマキアにもどこか似た雰囲気があった。
そこらへんは、彼女を探して見せてやれば、龍真も信用するかもしれない。
「普通のオンラインゲームじゃさ、相手を検索して探す事ができるんだけど、これはどうなんだ?」
「教会でお布施をすれば、今まで出会ったプレイヤーの一覧と、ちょっとした情報を見る事ができる」
「お布施って、寄付の事だよな。 つまり課金か」
「そうだ。 でも額は10円程度だぞ」
むう…。
課金か。
でも10円か。
「全くの余談だが、中世ヨーロッパでは、出生児に教会で洗礼名を与える際、子供の名前を教会の台帳に登録していた。 これが戸籍制度の始まりだ」
「で、それを再現してるから、このゲームの教会でも、プレイヤーの一覧が見れる、と」
「そう。 で、どうする? 無課金ゲーマーとしては見るべきところか」
「…見る。 金貸してくれ」
「PKされた時だけじゃなかったのか」
龍真は苦笑しつつも貸してくれた。
「おい、こんなに要らないぞ」
トレードウィンドウに表示された額は、50,000Cen。
龍真の手持ちは、確か80,000Cenくらいだったはずだ。
「何度もの貸し借りの手間が面倒だからな。 それに、お前が心変わりして、課金装備を購入しようと思った時に、手持ちがないと気が変わるかもしれないだろう?」
貸し借りの手間賃として、俺は情報を提供する…と言ったはずだが、どうも信用はされてないみたいだ。
まぁ確かに、これ以上タダで情報を持ってこれるかと言えば、自分でも疑問だしな。
「デスペナ喰らったらどうするんだよ」
「それは約束済みだろう? デスペナルティの責任は全て自分にある」
「…だけど、俺はこんなに要らないぞ」
「だが、僕はこの額でないとお前に渡すつもりはない」
龍真の奴、そこまでして俺に課金して欲しいのか。
っていうか、安易に貸し借りすると、俺の決めた無課金の誓いも、いつしか崩れる。
何度もの貸し借りは危険だな。
「…分かった、借りる。 もちろんお前に優先して返すが、これ以上面倒かけないようにするよ」
「返せなかった時はどうなるかは…言わなくても分かるな?」
その時、俺はこの50,000cenという金額の意味が分かった。
返せなかった場合は、それを手切れ金にしてくれ。
今まで拘束してすまなかった。
だがもうお前は要らない…そういう事か。
「ああ、分かってる」
こりゃ、プレッシャーすげぇな…。
龍真って、昔も効率重視な奴だったけど、今はさらに徹底されてる気がするぜ。
俺は教会に赴くと、龍真の指示に従い、料金を払ってプレイヤーの一覧を閲覧した。
…すると、一番先頭にあのPKプレイヤー「オリオン」の名前が出てきた。
「こいつがオリオンか、レオ」
「ああ、そうだ」
赤色の名前をタップすると、無骨なプレートメイルで全身を覆った、奴の全身図が浮かび上がってきた。
システム上での「パーティ」を組んでいる龍真の画面にも、サブウインドウでオリオンが表示されている。
「一応、このゲームでは、頭装備のみ『透過度』が設定できる」
いきなり、龍真がそんな事を言い出した。
「何だよ、唐突に」
「『透過度』設定ってのは、防具を装備してても下の顔が透けて見える、っていう仕様だ。 このゲーム、自己顕示欲の強いプレイヤーは顔を出している事が多い」
「お前等もそうじゃん」
「僕には、より多くのプレイヤーと出会う、という目的があるからだ。 顔を隠したプレイヤーが『仲良くしてね』と言ったところで、信用されると思うか?」
「まぁ、そりゃそうだな」
「そしてこの『オリオン』は、その真逆だな」
…そうだろうな。
強盗犯などと同じで、素顔を見られたくないから、オリオンは顔を隠してる訳だ。
「それで、そのマキアさんとやらはどこだ? どこをどう探しても姿が見えないが」
「何言ってんだ、普通にマ行の欄に居るだ…」
…居ない。
俺が出会ったリヴァイアサンプレイヤーは、龍真たち、オリオン、雑談を交わした相手、野良デュエルを申し込んだ相手…と、そんな多くない。
だが、マキアの名前がない。
普通にカタカナ表記だったはずなのに、何度リストをスクロールさせても、マキアの名前は見つからない。
「レオ…。 お前…まさか、幻覚でも見たんじゃないのか?」
ヘッドセットから、俺を案じる龍真の声。
「げ、幻覚!? いやいや、絶対に居たんだって!」
「じゃあ、何故名前がない?」
今一度、必死に名前を探すが、「マキア」の名前はやはり見つからない。
まさか、本当に幻覚?
マキアは俺が作り出した幻想なのか?
「レオ…。 お前、内心では彼女が欲しいと思ってるんじゃないのか? もっと、自分に正直になった方がいいぞ」
いや、俺はまだそこまで女性にはガツガツしてないつもりだったんだけど…。
もしかして、龍真たちを見て、内心羨ましいと思ってたとか…?
俺、そんな人間だったの…?
幻覚を見るほど、童貞をこじらせてたの…?
だが、押し黙った俺の姿を想像してか、龍真が爆笑し始めた。
「すまないレオ、悪かった。 幻覚のくだりは冗談だ。 そのマキアさんがこのリストに現れない理由は、なんとなく想像が付く」
「おい、龍真!」
「そう怒るな。 彼女は何か、特殊スキルで検索をブロックしていたのかもしれないな」
「スキルで検索を遮断とか、そんなことできるのか?」
「ああ、のぞみの『トラウム』も、似たようなスキルを持ってるからな」
…検索遮断スキルだって?
それを先に言えよ!と言いたかったが、俺はその一言を飲み込むと、代わりにそれがどんなスキルなのかを聞いた。
「のぞみが持っているのは、ハラスメントプレイヤーを検出するスキルだ」
「ハラスメントプレイヤー…」
言葉どおりに取れば、嫌がらせしてくるプレイヤー。
「より正確に言えば、女性に対し性的嫌がらせをする連中だ」
「ナンパとか、エッチな言葉を浴びせたりとか?」
「そうだ。 僕はのぞみを守れるつもりでいたが、あの時は全く何もできなかった…」
しまった、龍真にとっては何かトラウマになるイベントがあったらしい。
話を逸らそう。
「でもそれを検知とか、そんな事できるんだ? 人の行動を機械が判断するのって、かなり難しいと思うんだけど」
龍真は、こころなし低い口調で言った。
「090…で始まる数字を何か適当に発声してみろ」
「…それ、電話番号だろ。 言ったらどうなる」
「フキダシアイコンが、途中で緑からピンクに変化する。 幾度も繰り返すと、ハラスメントプレイヤーだと判定される」
「なるほど、出会い系や援助交際の防止か。 もしかして、適当なアルファベットの羅列も」
「そう。 メールアドレスの交換と見なされて、規制判定される」
うーむ…。 なるほどなぁ…。
あのフキダシアイコンは、ボイチャのフォローだと思っていたのだが、キーワード収集を兼ねてた訳か。
「あれで、市場リサーチを行ってるんだろうな。 ちなみに、暴力的な単語や、卑猥な発言を繰り返しても、ハラスメントプレイヤーになるぞ」
「なったらどうなるんだよ」
「何も起こらない。 男性側からはな」
「男性側からは? どういう意味だ?」
「女性側からだと、そのプレイヤーの名前がピンクに変化し、頭にハートや花がくっついているのが見えるそうだ」
「へぇ、トラブルが起こらないように徹底してるんだなぁ…」
「そうだな、女性限定だが、このゲームのプライバシー保護はかなり強固に設計されている」
「じゃあ、女性を選んでゲームを始めた方が、有利だったんじゃないのか?」
「それがバレたら、インモラルプレイヤーの仲間入りだがな」
うーむ、防犯が徹底してるなぁ…。
だからこそ、カメラでないとアバター作れない仕様なんだろうけど。
ともあれ、と龍真は前置きをして結論を述べる。
「性的被害を受けやすいプレイヤーへの救済策として、そのような対抗スキルが用意されているのは事実だ。 マキアというその彼女も同様に、相手の追跡を遮断するようなスキルを会得したのかもしれないな」
そういや、ストーカーが何とかとか言ってたな。
ファンが多いみたいな事…。
彼女、ワハハ動画の「歌い手」とか、ネットアイドルとかそんなんだろうか?
あ、そうだ。
マキアが言ってた出身地。
「なぁ龍真、央都ザナドゥってどこにあるんだ?」
すると、龍真は少し驚いた口調で言う。
「なんでお前がその場所を知ってる?」
「いや、マキアさんの拠点がそこだって言うから」
「そうか…。 残念ながら、僕もよくは知らない。 リアルでは東京23区のどこか…らしいがな」
…東京。
なるほど、マキアがネージュを「田舎」と言う訳だ。
文句なくこのゲーム最大の都市設定だな。
「そして、このゲーム最大の激戦区でもあるらしい。 …もっとも、僕も聞いただけの話だから、はっきりした事は言えないがな」
「ふーん、いつか行ってみたいな」
「なんだレオ、お前もか?」
…お前「も」?
「何だよ、龍真も央都に行きたいのかよ?」
「…あ、いや、東京は人が多いからな。 僕の目的が効率的に進められる」
「じゃ、大阪でも良いんじゃねぇ?」
だがそう返すと、龍真の返答は少し遅れた。
「…ま、僕の思惑もいろいろあってだな」
と、龍真は言葉を濁した。
何だ? 東京じゃないとダメな理由があるのか?
「それよりも、そろそろ時間だぞ。 中央広場前に集まろう」
「あ、ああ」
そう促され、俺は中央広場前へ向かったが、そこには異様な程の数のプレイヤーが集結していた。
その皆々が、昨日まで存在しなかった、やたらSFチックなオブジェクト…青色の淡い光を放つ楕円と、そのど真ん中にそそり立つ三角タワーに向かって、次々飛び込んでいっている。
「何だあれ?」
「今回のインスタンス(一時的)マップ…闘技場への転移門だ。 ちなみに名称はオベリスク、という」
なるほど、イベントは専用フィールドでやるよ、ってことか。
ここにはそんなスペースないもんな。
でもなんつーか、アバターが次々と吸い込まれる様は、まるでブラックホールだな。
「てか、これ何人居るんだろう」
「分からんが、100人は軽く居るな」
「マジかよ…」
「レオ、行こう。 もう時間ないぞ」
「ああ、分かった」
<続く>




