(10)社会契約論
DATE : H27.1.20
TIME : 15:30
STID : 00941724
龍真のマンションで、俺は挨拶も早々に、昨日の件を直球で繰り出した。
「すまん。 PKされて、装備を奪われた」
「…PK…。 他のプレイヤーにやられたのか? だからあれほどソロは止めておけ、と言ったのに…」
対して、龍真は渋い顔をしながら俺の言葉を受けた。
「このゲームで、ソロプレイは本当に難易度が跳ね上がるんだ。 なのにメリットは殆どないんだぞ」
だよな…。
普通のRPGなら、ソロプレイのメリットとして「経験値や金を独占」できるようになるけど、このゲームはどっちもないもんな。
「もしかして、龍真もPK経験済みなのか」
「そう。僕も他のプレイヤーに何度も殺された。 だからこの防御力になったんだ」
と苦笑しつつ言った。
「…で、済まないが、さらにスペアの装備がないか? 真っ裸じゃ、ワイルドボアにも苦戦する始末で困ってる」
「初期装備よりちょっとマシ、という程度のものならある」
「助かった、それくれよ」
「おい、分かってるか? 僕が君をスカウトしたのは、パーティに取って有益だと思ったからだぞ。 迂闊なことばかりして、足を引っ張ってもらっちゃ困る」
…う。
一瞬、いろんな事が脳裏をよぎった。
店長に、俺は「時給の無駄」と言われた事、南原先輩から「クレクレ厨絶対禁止」と言われたこと。
「分かってる。 だから、きちんと働いて返すよ。 悪いが、俺がこのゲームに慣れるまで、ポカは大目に見てくれないか」
「それを弁えてくれれば良いんだ。 少しキツい言葉だったのは謝る。 一瞬、そこらへんが分かっているのか…と思ったものでな」
…ギブアンドテイク、という南原先輩の忠告が身に染みる。
つーか、これ、本当にネトゲで効率重視の野良パーティに当たった時みたいじゃん。
もう、龍真とプレイする時は、そういうものと徹底した方が良いのかもしれないな。
「しかし、礼雄、お前ほどの人間がやられるとはな…。 そんなヘビーユーザーがこのゲームの中にゴロゴロしてるってのは、予想外だった。 これは対策を考えなくちゃならないかもしれないな」
いや、まぁ、自由に動けなかったのと、不意をつかれたのも大きいんだけどね…。
「どんな奴だった? 名前は覚えてるか?」
龍真は近くに置いてたノートを手に取ると、パラパラとめくり始めた。
「『オリオン』って名前だった。 麻痺武器を使ってたから、強盗目的のPKプレイヤーだと思う」
「『オリオン』…。 由来はオリオン座かな」
「だと思う。 俺の名前を見て、獅子座がどうの、って言ってたし」
「…僕のノートにはないな、新規プレイヤーかな? どちらにせよ、要注意人物だな」
何だ? 龍真の奴、攻略法をノートにメモってんの?
「いや、新参にしてはメチャクチャ強かったぞ。 お前の課金装備でも、全く攻撃が通らなかった」
「相手も課金装備、という可能性もある」
「そう言われれば、俺には分からないけど…」
龍真は天井を見ながら、何やら思考を重ねている風で呟いた。
「これは、ユーザーが想像以上の速度で増えてる、のかな」
「その割にはそんなに人が居ないよな」
「ここが宇園市だからな。 そんなに人は多くない」
「いや、現実の話じゃなくて、ゲームの話をしてるんだけど」
「僕もゲームの話をしてるんだぞ」
…何? どういう事?
「このゲームな、初期ログインの時点で、ゲームの出発地点が異なる仕様なんだ」
「え、マジ? GPSとかで?」
「いや、普通に基地局からの位置情報で。 GPSが無くても、携帯の場所が割り出せるのは知ってるよな」
「あ、ああもちろん」
知らなかった、よ…。
「このプレイヤーメモを作成してる途中で、頻繁に知人に逢うから、気になって公式ページ見たら、FAQに書いてあった」
「じゃあ、この宇園市周辺の人間は、このネージュ村からスタート、って事か? っていうか…」
…オリオンも、この宇園市の人間なのか?
「その可能性は比較的高い」
「だよな…」
もっと先に進んだプレイヤーが、誰でもいいから戦いたい、弱い奴をイジメたい、という嗜虐趣味で帰ってきたのなら、麻痺剣なんてチョイスはない。
多分、普通に強力な剣でメッタ斬りにされたはずだ。
「…ところで、それ何だ? 攻略法のメモか?」
龍真がさっきから見ているノート。
もしかして、それは今までのプレイ記録だろうか。
なら、是非とも見てみたいもんだが…。
「いや、残念ながら違う。 これは、今まで出会った人の記録さ。 名前、装備、性格などな」
そう言って、龍真はノートを見せてくれる。
ノートは上段と下段に青ペンで切り分けられており、上が雑多なメモ、それが下の段に矢印で延びていって、まとめと推論らしきものが書いてある。
「ヨウスケ」
「性別:M」
「装備:両手剣」
「嗜好:テニス観戦、スポーツ」
「欲求:4?」
「性格:ESF」
「理解:P?」
「動機:知人の紹介」
「倫理:NN」
「環境:単身のサラリーマン」
「備考:会話上手。 営業?」
…なんだこれ?
本当に、出会った人の記録だ。
ただ、意味不明な単語が多いのがちょっと気になるが…。
「おい、これ、攻略法じゃないのか? 何のためにこんな事をしてるんだ?」
「あれ、言ってなかったか?」
龍真は意外という顔で言った。
「これな、卒論の資料なんだ」
「卒論!? ソシャゲが!?」
「そうだ」
卒論は、大学生の卒業における最終課題だ。
経済学部生なら何十枚ものレポート、農学部や理工学部なら、研究室での1年間の研究・実験結果や、新しいテクノロジーの発表など、修めた学業の集大成とも言うべき内容のはず。
「マジで?」
「もちろんだ」
だが、よりにもよって、ソーシャルゲームが卒論の題材とは…。
しかも法学部だろ、お前。
一体こんなので何を発表する気なんだよ。
俺が怪訝な顔をしていたせいか、龍真は注釈を添えてきた。
「君は、一般教養の『倫理学』の単位は持ってるか?」
「え? ああ、今履修中だけど」
「なら、好都合だ。 『社会契約論』を耳にした事があるだろう?」
一応ある。 ちょうど今やってる。
「そりゃちょうど良かった、理解が早い。 知っての通り、『社会契約論』とは、自然状態における諸個人の自由権を一部放棄し、国家を設立させることで個人の最大善と最大幸福の追求の保障を個人と国家との契約の中に委ねるものだが、そもそも、社会契約論の提唱者であるホッブズ、ロック、ルソーはそれぞれに、前提たる自然状態の定義が異なって…」
「いやちょっと待った! 詳しい内容は知らないんだ! 俺が講義で聞いたのは、『中江兆民がルソーの社会契約論を日本に伝えた』って事だけだ!」
法学部をほっとくと、このまま倫理学の授業が始まっちまう。
「なんだ…せっかく、アカデミックな話ができるかと思ったのに」
「できれば、内容を一行で頼む」
「おい。 勉強というものは、もっと突っ込んでやった方が楽しいものだぞ」
多少ふてくされつつ、それでも龍真は一行で答えてくれた。
「僕の卒論のテーマは、『正義とは何か』だ」
「…なんだ、たったそれだけかよ」
「なんだとはなんだ! だから、そんな端折り方で、正確な把握と理解ができるはずないだろ!」
補足するかのように、龍真は続ける。
「デジタルの究極は、アナログの模倣。 ゲームの究極は、リアルの再現。 そもそも思考実験でしかなかった『社会契約論』を、現代メディアの中で再現・追求する上で、このゲームはサンプルとしてうってつけなんだよ」
…なるほど、全くわからん。
まぁ要するに、龍真には何か別の目的があるって事だな。
プレイヤーデータを集める事と「社会契約論」との関連性は理解不可能なままだけど、聞けば講釈が始まるから、話を変えよう。
「ところでさ、そんなにPKされてるのに、よく凹まないな」
「いや、割り切れば案外面白い。 まるで映画のように、あの手この手で殺人鬼に追いかけ回される…というのは、なかなか新鮮で、手に汗握る体験だな」
あっ、この人何か常人と違うわ。
「でも、それじゃゲームにならないだろ? PK対策は何かしてるのか?」
「当然だ。 僕が何も対策してないと思ったか?」
「何だ? どんな方法をしてるんだ!?」
だがそこで、龍真はこれ以上ないドヤ顔で答えた。
「課金アイテムだ。 『転移の魔法石』という」
…マンガだったら確実に「ズコー!」と擬音が出るような勢いで、俺はソファにズッコケた。
「何だよお前…。 それじゃ意味ねぇだろ…」
「意味ないとかあるものか、これでもPKによるダメージを最小限に留めているんだぞ」
「最小限?」
龍真の対策には、続きがあった。
それはちょっと驚くべき内容で、龍真とのぞみさんは二人パーティなのだが、のぞみさんのゲーム内所持金は、殆ど龍真が管理しているのだという。
そして、二人がPKされそうになったら、まずのぞみさんが龍真を逃がし、後にのぞみさんが脱出するという手筈。
「ただ、大抵の場合、のぞみは敵に捕まる」
のぞみさんの装備は奪われて殺されるが、のぞみさんの復活費用は低く抑えられるし、出費も彼女の装備だけで済む…との事だった。
「おい、それ、立場が逆なんじゃないのか」
彼女を盾にするとか、それは男のやる事じゃねぇだろ。
「最初は僕もそう思ったが、のぞみを先に逃がそうとしても、捕まって二人とも殺されるパターンの方が多かったんだ。 だから、生還率が高いこの方法を選択した。 これは、のぞみとも話し合って了承済みだ」
でも…。
なんというか、それは本当に納得してるんだろうか。
彼女はこの時間、家庭教師のバイトに行っているらしいから、その表情と真意を伺い知る事は今はできない。
だが彼女は、自分の意志とは無関係に、龍真の言うことに従っているだけなんじゃないだろうか。
人から強制されるだけのゲームは、苦痛でしかないんだぞ。 それを知ってるのか、お前。
だが、俺の内心のモヤモヤを知るはずもなく、龍真はさらなる提案を投げかけてきた。
「それで、今後のPK対策だが、礼雄、お前も僕にお金を預けるというのはどうだ?」
「何!?」
「先も言ったが、この方法なら全滅だけは避けられる。 PKのリスクを最小限に抑え、復活を容易にする事で、ゲームを進めやすくなると思う」
この提案、俺は強烈な葛藤に襲われた。
龍真には借りがあるし、PKされた直後だったし、確かにある程度有効な対策でもあるのは理解できた。
だけど…。
何故か、そこまでやってしまったら、ダメな気がした。
自分の中の、何か大切なものを投げ捨ててしまうような気がして…。
「…悪いが、断る。 俺自身も、このゲームでお金を稼ぎたいんだ。 俺とお前の財布を混ぜたら、きっと配分でモメると思う。 俺は、お前とモメたくないんだ」
「…なるほどな。 そうか、それで人の忠告を無視して、ソロプレイする気になった訳か」
「すまん。 そこは理解してくれ」
龍真は、腕組みをしながら言う。
「分かった。 だが、それならある程度の取り決めをしよう」
「取り決め?」
「ああ、お前の言うとおり、利害が絡むとモメがちになる。 実際、そんな予感もある。 だから、キチンと配分方法を決めよう」
まぁ、そうした方が確かにモメないな。
「パーティで居る時は三等分。 PKされた場合は、各自で出資して復活。 ソロプレイの際は、得たものは全て自分のもの。 これでどうだ」
少し考えて、俺も提案した。
「一ついいか」
「何だ」
「PKされた場合、所持金を奪われる。 課金しないと、装備を元に戻せない」
「ああ、そうだな」
「で、俺に限っての話だが、装備を買い戻す際に、お金を貸してほしい。 もちろん、お金は優先してお前に返す」
龍真は、しばし無言だった。
「自分は全く課金したくない、そういう事か」
「すまん。 でもそういう事だ」
「まぁ、良いだろう。 でも、それだと僕の金銭管理の手間が増えるな」
「代わりと言っちゃなんだが、俺は情報を渡す」
「情報?」
俺は、携帯を取り出すと、デジ研の南原先輩のムービーを見せた。
「これはどこで撮った奴だ?」
「ウチのサークルで」
「ほう…。 これでアクションが登録できるのか。 なるほど、これなら『転移の魔法石』のショートカットアイコンが作成できるな。 のぞみにも作らせとくか」
っていうか、ムービーの内容を即座に理解して、自分のプレイに生かす発想がすごいな。
「だろ? 俺の周りには、ゲーマーの友達が多いからさ、そこで得た情報は随時伝える。 それでいいだろ?」
まあ、俺のゲーマー友達って、デジ研の人たちばかりだけど。
「ギブアンドテイク、で構わないぞ。 このゲーム、情報が非常に重要らしいからな。 相手側も情報を引き出されるばかりじゃ、きっといい顔をしないだろう」
そして「あと、僕らの情報を売るのはなし、だぞ」と龍真は付け足した。
「分かってる、そこまで不義理な真似はしないよ」
「…しかし、楽しそうじゃないか」
龍真は、そのムービーを見ながら、ポツリと漏らした。
まぁ確かに、北キャンパスにはサークル会館が無いもんな。
たった2年だが、俺とは相当に違う大学生活を過ごしてきたんだろう。
「ところで、このゲーム、モンスターを倒しても全然儲からないんだけど、何でだ?」
俺の質問に、龍真は携帯のムービーを繰り返し鑑賞、メモを取りながら答える。
「『相場システム』があるからだ。 今、ネージュ村では敵の素材は余り過ぎて、買い取り額は最低まで落ち込んでる」
「…マジで?」
「本当だ」
ゲーム内で相場とかあんの? そこまでするの? 何でなの?
「例えば、誰かが特定のモンスターの攻略を見つけて、それで稼ぎを入れたとするだろう」
「うん」
「それで爆発的に儲けるのを阻止するため、だ」
「なるほど」
で、後に運営が修正を入れる、ってこと?
「その通りだ。 このゲームは、かなりの頻度で運営がプレイに介入してくる。 相場システムは、いわばその前段階における異常検知機だな」
「ええー…。 それ、何かイヤだな」
「運営の抑止力をプレイヤーに誇示するのも必須なんだ。 そうしないと、不正な方法で利益を出そうとする連中が爆発的に増えるからな」
「じゃあ、モンスターを倒してもお金が儲からないんじゃ、どうすりゃいいのさ。 賞金30億はどこに行ったんだよ」
「お金を稼ぐ方法は、別にある」
「やっぱ、別にあるのか!?」
「もちろんだとも」
ああ、やっぱイノシシ250体とか、そういう事じゃなかったんだな。
「だよなぁ、何かおかしいと思ってたんだよなぁ…。 そうでないと、コンビニで2000円とか、あっさり奢れる訳ないもんな」
「アレは僕の課金したお金だ」
「あ、そうですか、すいません…」
「定例イベントは、毎週土曜の夜7時に発表になる。 それまでくつろいでいてくれ」
定例イベント…皆、それで稼いでるんだな。
夜7時は…あと1時間半くらいか。
「龍真はどうするんだよ」
「そろそろ、のぞみが帰ってくるんだ。 僕は晩飯の材料を買ってくるから、留守番頼むぞ」
そう言って、龍真はとっとと出ていった。
のぞみさんの帰宅先は、ここ…。
晩ご飯の買い物は、龍真…。
頭の片隅で分かっちゃいるけど、こういう風に、「僕たち同棲しています」的なところを見せつけられると、切なくなる。
二人はご飯も一緒、お風呂も一緒、そしてベッドも一緒だったりするんだろうか。
…。
絶対そうだよなぁ、恋人同士だもんなぁ…。
とりあえず想像するのはやめとこう。
切なくなるのを通り越して死にたくなる。
だってどう考えても俺ってお邪魔虫。
「リヴァイアサン」の件がなかったら、のぞみさんは早くこの愛の巣から出ていってほしい、って思ってるに違いないはずだから…。
ああ、なんかガチで涙出てきた。
とりあえず俺は「リヴァイアサンズ…メルヴィレイ」とゲームの中にログインし、現実逃…いや、情報収集のため、裸のまま街の中を闊歩した。
「あいつインナー姿じゃん、きっとPK後だぜ」
「カッコ悪ー」
という他プレイヤーの声が聞こえたような気がしたが、聞こえなかった事にしておく。
<続く>




