二話
「・・・者様、どう・・目覚め・・さい」
何者かの声が聞こえる。俺は今ようやく新たな世界に出発したところなのだ。
到着までしばらく寝かせてもらえないだろうか・・・
「まだ、寝ておきたいので後にしてくれ」 案外簡単に声に出たな。
「・・・わかりました、ではまた後ほど・・・」
すると、シュッと小さな火をつける音が聞こえ、フワッと香りが立ち上る。
何だろうこの香りは・・・不思議な世界に吸い込まれるようないい匂いだぁ
何かの薬草だろうか・・・アロマかなぁ・・・あぁ何も考えられなくなってきた・・・
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ローデン連邦エルライナ共和国 会議室にて
豪華な部屋に4人の人物がテーブルを囲むようにして、椅子に腰掛けている。
男性3名に女性1名の組み合わせである。
「今回の勇者様は寝てばかりですなぁ」と話すのは財務大臣デブロートである。巨体を揺らすため、椅子がギシギシと悲鳴を上げている。
「いやはや、このようなことでわが国の権威と威信は保たれるのですかな?」とは軍務大臣ネフローゼこちらも長身で大柄であるが、いかつい顔のため周囲に圧迫感を与えている。
「召喚者が実力不足だったんじゃない?」法務大臣バラネスは柔和な顔をしており、物腰も柔らかなのだが物言いは辛らつであり歯に衣着せぬ人物である。
「そもそもこのご時勢に勇者など必要ないのではないかしら?」厚生大臣ジャネスは議論の主題をばっさりと切り捨て周囲を沈黙させる。彼女が微笑みをたたえるとき周囲の温度は2~3℃下がっていることだろう。
彼ら4人こそが エルライナ共和国を支える四大臣である。
彼らの仕事はこの国の方向性を決めること、そして実務を取り仕切ることである。
ジャネスの言葉に停止していたネフローゼがすぐさま再起動し、「さよう、我が竜輝兵の軍団があれば国土を守ることのみならず、ローデン連邦の盟主となるのも夢ではない」と言い出す。
ネフローゼはエルライナ共和国の山岳地帯に生息する竜を使役する技を受け継ぐが故にすぐにこのような発言をしてしまう。
「いや、それは無理ですなぁ」
「無理だよ」
「・・・無理ね」
するとすぐさま他の3人が反対に回る、 賛成3名で可決となるのだが、根回しなしでは大概の意見は通らないのだ、しかし今回の議題については珍しく4人の意見が一致しているのだった。
ネフローゼは、こめかみに青筋をたてながらも発言を続ける。
「うぉっほん・・・まぁそれはまた今度の議題とするとして、今の議題は勇者についてだったな。では軍務大臣としては現代戦においては航空戦力と地上部隊による面での制圧と同時に市街地においては人心掌握のための手段として情報操作を行い安定かつ・・・・」
「いやいや、話がずれてるからちょっと戻そうよ」柔和な顔をしながらバラネスがネフローゼの演説をさえぎる。
「結局言いたいことは軍では個人の能力で突出したような勇者はいらないって事でしょ」とバラネスが簡潔にまとめる。
ネフローゼはバラネスをにらみつけながらも「まぁ、そのとおりだ旗頭としていてもらうにはかまわんが、実際の戦場で未知数の戦力など当てにならんということだな」と答える。
バラネスはデブロートをちらりと見て「財務大臣はどうなの?」と水を向ける
デブロートはニヤニヤとしながら答える「さぁて、財務大臣としては特にありませんなぁ・・・まぁ商人としてはいい物件かもしれないものは先行投資しておくのも一興ですが、はてさて寝てばかりいる勇者に金銭的価値を見出すのはいかなる優れた商人でも難しいというもの・・・とりあえず金庫にでもしまっておいたらいかがですかなハッハッハ」
バラネスはジャネスに目を向け「ひとまずは、病人扱いで君のところで預かって欲しいんだけどね」
ジャネスは微笑みの度合いを強くし、「かまいませんわよ?病人扱いということは治療しなくてはいけませんわね」
バラネスは少し寒くなったなと思いながらも「あまり、手荒なことはできないからね。彼はまだ神殿預かりの身だから・・・僕の意見としては彼を強引に送り出して、新たに勇者召還の儀式を執り行うというのはどうだろうと思っているんだけど」
バラネスは回りを見るが、明確な反対はないが賛成もないという雰囲気だ。
ネフローゼは軍編成をいじられなければどうでもいいと思っているし、デブロートは時は金なりと思っているほど無駄に時間を過ごすことを嫌がる男だ、寝てばかりの男など興味などあるわけがない。
ジャネスは病人としてなら預かってもいいと言ってはいたが、治療と称して何をされるか分からない。
バラネスとしては厄介者はいなくなってくれたほうがいいのだが、現在いる勇者を寝ているからといって次の勇者を召還するなどできようはずもない。
送りだした後、こっそり始末して新たな勇者の召還をしてもらうのが妥当な線だろう。
バラネスは早々に議論をまとめることにする。
「とにかく勇者不要論は問題があるよ。我らが四大臣が真正面から神殿と対立するのは避けないとね、各々少しは協力する姿勢を見せないといけないと思わないかい?」
ネフローゼはその発言を受け軍務大臣として答える。「協力といわれても我らには細かいことはできん。勇者の敵がいるならば殲滅してやるくらいしかないな、それか竜輝兵を護衛につけるくらいだ」
デブロートはネフローゼの発言に明らかに嫌そうな顔をしつつ「ま、そこまでおっしゃられるならば勇者様が通る道を舗装して立派な道路を作って差し上げることも可能ですが・・・それか丁稚を小間使いにつけるくらいでしょうねぇ」
ジャネスは二人の発言を受けさらに微笑みが深くなる「あらあら、そんなことなら私自ら勇者様に改造手術を施して差し上げてもよろしいんですのよ?それか、弟子を治療師として同行させましょう」
バラネスは三人の様子をみながら「まぁ僕としては表面上おきてしまったトラブルを揉み消してあげることはできるけど、それか影を一人つけよう」
議論がまとまったとみたバラネスは発言をする。
「神殿には我ら国家を運営する四大臣は勇者召還の成功まことに大儀であり、喜ばしいことである。勇者様の目覚めを待って我ら四大臣より人員を派遣し勇者様の護衛することを申し入れよう」
ネフローゼは「了承いたした。我ら竜輝軍の中でも一番の腕利き『斬首剣のザジ』をつけようではないか、一撃で楽にしてやれる」と答える。
デブロートは「了承しましたよぉ、我らの商会でも一番の丁稚『うっかりキュウベェ』をつけて差し上げましょう。不慮の事故が起こらなければよろしいですなぁ」と答える。
ジャネスは「了承したわ、この国でも一番の治療師『黒医師ジャック』を同行させるわ・・・この前医師免許剥奪されちゃったけど腕は確かよ」と答える。
バラネスは「当然私も了承します、裏の世界を知り尽くした女スパイ『影薄のメグ』を派遣しましょう、何事も穏便に済ますのがスマートというものですからね」と答える。
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世界は異分子を嫌うものなのだろうか、ただ寝ているだけの男であっても世界は彼を許さない。
彼を狙う凶手はすぐそばまで迫っていた。