一話
死後の世界っていうのがどうなってるかは知らないが、俺のこの世界での人生はここで終わる。
もともと先なんていうものがあったのかなんて誰も知らないが、終わりが来ることだけは分かってる。
同世代の奴だってもっと若い時分に亡くなっている人だって大勢いる。
ただ、その時がきたっていうだけなんだろう。
でも、もし次があるなら・・・今度こそ逃げ切ってみせる。
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俺はゲームが好きだった、小説だってたくさん読んだ。だから、この世界の矛盾にも気づいちまった。
この世界は間違ってる。冒険者も職業として認められないし、魔法使いだってペテン師扱い。
神官もいるにはいるが、統治機構の操り人形だ。そもそも宗教の数が多すぎる。本物なんていない。
俺は冒険者になって魔法もちょっと使えて神の声も聞こえるようになりたいだけなのに、精神を病んでいる人に思われる。
まったくもって理不尽きわまりない、それなのに家族や親戚、統治機構の連中までが俺を追い掛け回し社会から隔離された施設に入れようとするんだ。
その施設では人体実験が行われており、更正プログラムと称して新薬の実験台にされているらしい。
なんと恐ろしい世界だろう、俺は同士を募り社会に反旗を翻すことにした。
旗頭は俺らの間で「ナポレオン」と呼ばれている男だ。頭が禿げてて背も小さいがなかなか演説がうまい。
インターネット動画でさかんに持論を展開し、いかにこの社会が間違っているかを訴え俺たちゲーマーや小説オタクに人権を認めさせるための広告塔になってもらっている。
演説内容は俺が書いているが、まるで自分の意見のように熱意が伝わってくる。
だから、「ナポレオン」が真っ先につかまった後、次は俺の番だなとすぐに分かった。
統治機構はまず、逮捕する前にマスコミをつかう。そして逃げても無駄だという気持ちにさせ出頭してきたところを一網打尽にするという作戦だ。
ふん、この俺を捕まえようなんて100年早いわ。
しかし、すでに今いる建物は特定され監視もついていることだろう。建物を出たところで職質をかけて一丁あがりにすれば楽なものである。逆に建物の中にいられると令状が必要になるから面倒なのだ。
いやはや、彼らは彼らの常識の中でしか生きていないからなその程度なのだろう。
だが、われわれの常識においてはあまりにもお粗末としか言いようがない。
なぜ、転移魔法を封印する結界を張っていないのか?
ドラゴンを召喚して空に逃げる可能性を考慮できないのか?
土魔法でトンネルを掘って地下道から逃げるかもしれないではないか?
彼らは自分が何を相手にしているのかが全く分かっていない。彼らは彼らの常識で私たちを見くびっているに違いない。
だが、結局この世界でいくら逃げ回ったところでどうしようもないのだ。この世界ではあらゆる魔法を使うための魔素が不足しているのか、いくら呪文を唱えても魔法陣を書いてもうんともすんともいわない。
まったく理不尽この上ない。たぶんこの世界は呪われており、世界の終わりまでひどいことになり続けるのだろう。
ならどうするか、こんな世界とはさっさとおさらばしてしまうのがいい。
しかし、この方法は本当はとりたくなかった・・・本来生きるために逃げてきたこの俺が、結局死という選択肢によって逃げざるをえないほど追い詰められているからだ。
施設で薬漬けになって生きることを生きているの言えるのか?
俺は俺らしく生きて生きたいだけだった。だから、世の中を変えるために戦った。
だが、これ以上俺らがあがくとひっそりと普通の人間に混じって暮らしている同士諸君に迷惑がかかる。
ただ唯一の心残りといえばまだ完結していないシリーズと、これから生まれてくるであろう名作をよむことができないことだろう。
どれだけ本を読み続けても今まで生み出されてきた本とこれから生まれてくるであろう本のすべてを読むことはできないのだからそこは諦めるしかない。
もし次の人生があるのならば、小説がなくても生きていけるほどの充実感を与えてくれる冒険ができる世界であることを願ってやまない。
では、この世界のみなさん。さようなら。