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焦燥

 目の前に現れたあいつ(・・・)に抱きすくめられた俺は、自分の心臓が一足飛びに駆け出すのを感じた。トトトト、と小動物のそれのような鼓動を刻みだす心臓。それに伴って体温もぐんと上昇し、必要以上の汗がどっと噴き出す。

(おれはこんらんしているいやしていないうれしいこわいうれしいこわい)

 そんな風にぐちゃぐちゃに絡まってしまった思考の糸を解きほぐそうと脳内で自分の思考と格闘を続ける俺を知ってか知らずか、あいつは俺の肩口にぎゅうと額を押しつけてくる。鼻先で揺れるあいつの髪は花の香りのような甘く良い匂いがした。

「っけ、けけけけけけ!」

 なんとかあいつの名を呼ぼうと口を開いたが、もつれたそこから漏れたのはあいつの名前の欠片だけで。くっついてくるあいつの体をどうにか引きはがそうとあいつの肩に手をかけたが、その腕には全く力が入らず、それどころか見ようによってはあいつの体を俺の方から引き寄せているようにも見える体たらくだ。

(あ、も、無理…かも…)

 あまりに急な再会。それなりの心構えをもってここまで来たはずだったのに、いざとなったらそんなものは綺麗に何処かへ飛んでいってしまって。今はただただ上がりきった鼓動と血圧にみっともなく鼻血を垂らしてしまわないように必死に落ち着けと自分に言い聞かせている。

 だが、救いの手は思わぬところから差し伸べられた。

「なーに薄気味悪い笑い声たててるのよ…」

 じとっと湿りきった視線と冷たいといっていい温度の声で、鳥居の下で抱き合うような形になっていた俺とあいつを貫いてくれたのはひよりだった。ひよりの存在を思い出すことで頭に上っていた血の気がざあっと引いていくのを感じる。急な血圧の上下に少しくらくらするが、なんとか持ちこたえる。ようやく手に力も入るようになって、くっついてくるあいつの体を押し返すことにも成功した。

「わ…、と…」

 思わず突き放す手に力を入れすぎたのか、あいつは二、三歩後ろによろけて目を白黒させた。だが、すぐにいつもの人の良さそうなへらっとした微笑みで俺を見上げてくる。俺はずきと心が痛むのを誤魔化してその笑顔からそっと視線を逸らした。

「鞍馬!」

「…おう」

 あいつが確かめるように俺の名を呼んだ。俺はなるべく焦っていることを悟られないように前髪をぐしゃりとかきあげると、小さくぶっきらぼうに応える。そして、ちらりと視線の端であいつを見ながらぼそりと名を呼んだ。

「久しぶり、兼友…」

 俺が名前を呼ぶと、あいつ…御陵(みささぎ)兼友(けんゆう)は嬉しそうに頬を上気させて俺を見上げてきた。その細い指先が自分の眉の上を滑らせるようになぞることで頬にかかった乱れた髪を直す。その仕草に、俺は思わずぐっと息を詰めた。

 いやいや、いかん。平静だ、平静を保て、草壁鞍馬!

 確かにその仕草は兼友の端麗な容姿と相まってとても愛らしいものだ。

 だが!あいつは男だ!紛うことなく、俺と同じ男なのだ!

 俺ははぁと深い息を吐いて未だに早鐘を打つ心臓をなだめると、ようやく逸らしていた視線を戻して、何も悩みがなさそうににこにこと笑っている兼友の額にズビシッとばかりにチョップを叩き込む。

「あたっ!?」

 そんなに力を入れていたわけではないのでその叫びも反射的な軽いものだった。眉を寄せた兼友が軽く頭を抱えるように両手で額を撫でたのを見て、俺はやっと苦く微笑むことが出来たのだった。

「全く、いきなり抱きついてくるなんてびっくりしたぞ。あんまり驚かせるなよ」

 なるべく穏やかに、言い聞かせるようにするが、兼友は唇を尖らせ握った拳をぶんぶんと上下にふりたてて主張する。

「…だって、東京の大学に行っちゃった鞍馬が一年半ぶりにやっと帰って来たんだよ!?」

「あー、なかなか帰省する暇と金が出来なかったんだよ」

 兼友の恨み節に答えた言葉は半分は本当で半分は嘘だ。生活費も学費も自分で稼いでいるのだからなかなか暇ができないのも金がないのも本当だが、盆暮れ正月もバイトに明け暮れる俺を見たバイト先の店長には帰省はしないのか訊ねられたし、休みならやるぞとも言われたのだが、色々と細かな理由をつけて断っていたのも事実だ。

(だって…)

 麓の町の高校に通っていた時、山の向こうに早々と隠れてしまう太陽のせいで、夕方の教室はいつも薄暗かったのを覚えている。

(ここに帰ってきたくない理由があったから…)

 無意識に自分で自分の唇を指でなぞっていたことに気づいて、俺ははっとする。かっと頬が熱くなるのを感じ、唇を撫でていた指を無理矢理に唇から引き剥がす。

 ちらりと目の端で兼友を見るが、兼友は挙動不審な俺を不思議そうに見てるだけで、何かに気づいた様子はなかった。

 俺はほっと胸をなで下ろすと、ふるふると首を振る。

 あれは思い出したくない、だけど忘れられない出来事なのだ。

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