奴隷 その二
俺は地面にしゃがみこみ、視線の高さを合わせた。
「返事することもできないのか?」
別に、返事しなかったことを責めたわけではない。事実として、しゃべるどころか指一本すら動かせないように見える。
肉塊は、筋骨隆々の男だった。傷だらけの真っ黒な肌から、大量の血を流している。
黒人奴隷という単語が脳裏に浮かんだ。
服といえば腰に白い布を巻いているだけの、半裸体。地面に尻餅をついた姿勢で、両腕を左右に広げるように鎖で引っぱられ、まるで鴉が羽根を広げたような姿。血を流している新しい傷だけでなく、古傷も多い。年齢も身長も横幅も俺より少しばかり上のようだ。
目ざめてから出会ったのは、枯れ木のような爺さんと、たくましい肉体の大男が、それぞれ一人ずつ。
……正直にいえば、そろそろ可愛い女の子と出会いたいものだ。
問いかけてからしばらくして、ゆっくりと男が頭をもたげた。口を引き結び、強い視線がまっすぐ俺を射抜く。男の赤黒い顔で、その眼の白だけが浮かび上がって見えた。
男はゆっくり視線をさげ、俺が腰につけている仮面を見つめる。そして、うっすら開けた口から、苦しげな声を出した。
「ソウル……ソウ……」
ソウセイドといっているのだろうか。そう名乗った老人を知っているのだろうか。しかし声はくぐもっていて、何をいっているのかわかりにくい。口の端から血がドボドボと落ちるだけ。
男が座っている地面は、今も血溜まりが広がり続けている。
俺は上着がわりにしていた布を脱ぎ、それを手ごろな大きさに引き裂く。その布を竹筒の水で湿らせて、男の口元をぬぐってやった。
男の息が深くなった。血の塊がとれて、少し呼吸が楽になったらしい。また別の布にたっぷり水を吸わせて、男の口元にあてがった。
「おい、飲めよ。少しは楽になるぞ」
それが男の助けになるという確信はなかったが、何もしないよりは良いだろうという考えだった。
したたる水で口をゆすいだのか、男はモゴモゴと口を動かした。そして顔をそむけるようにして、赤い液体を吐いた。
「ありがと……ありがとう……」
そう苦しげにいったかと思うと、けいれんするように口を動かし、笑顔らしき表情を浮かべた。黒い肌と対照的に、白い歯だった。
「話せるようになったか? あんたの名前は? いったいここで何をしている?」
男は困ったように宙へ視線をさまよわせた後、ぽつりとつぶやいた。
「……なまえ……ダオメ」
それ以上は何も話せない様子で、俺はしばらく横についてダオメを休ませようとした。
本当は、そのような余裕は残されていなかったのだが。