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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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出発 その二

 南へ向かってひたすら歩いた。

 ここはどこだ、男は誰だ、なぜ死んだ。そして……俺は誰なんだ?

 ぽっかりと記憶が欠落し、かわりに疑問でいっぱいの頭はぼんやりして、うまく働いてくれない。頭が麻痺しているためか、疲れを感じないですんだことだけが幸いだった。とにかく人のいるところへ行かなければ、のたれ死ぬしかない。

 どんどん歩いていくと、やがて水たまりに出会った。そこは岩の割れ目が特別に大きく、岩の隙間を流れている水がたまっていたのだ。

 鏡のような水面をのぞきこむと、若い男の顔があった。年齢は十五歳くらいだろうか、眠そうな目をしている。黒髪が肩まで伸びているくらいしか外見に特徴がない。じっと見つめても、自分の顔という気が起きない。

 思い出の中にある顔と照らしあわせようと考えたが、そもそも思い出が思い出せない。水の奥を見続ければ、何かが浮かんでくるのだろうか。

 俺は腰に下げていた仮面を取って、水面に映る顔と見比べようとした。その時、足元の岩が崩れた。

 俺は、疲れはてた体で水面をのぞきこむ姿勢をしていた。だから当然のように、あっさり水たまりへ転げ落ちた。

 水たまりは思っていたよりも深く、俺は上下が逆になった状態でもがいた。口に、鼻に、水が浸入する。

 ……塩?!

 塩辛い味が舌を刺した。岩の割れ目にたまっていたのは真水ではなく、かなり塩分の濃い水だった。

 水たまりは俺の身長より少し深いくらいで、すぐ頭が底についた。足元を見ると、明るい水面の向こう側で、二つの太陽がゆらめいている。そして水中を仮面がゆっくり沈んでくる。仮面の覗き穴に、ちょうど二つの太陽が重なった。まるで太陽が仮面の瞳のように見えた。


 水たまりは体がすっぽり入るほど深いが、幅が狭いため、動きにくい。うまく体の上下を入れ換えることができない。

 しかし、なぜかいつまでも息が苦しくならなかった。

 冷たい水中で体温が下がったためか、俺は冷静になって、あせらずゆっくり体を回転させ、頭を水上へ突き出した。

「フハッ」

 外の空気をたっぷり吸い込む。血液の流れとともに、体が力でみなぎっていくのを感じた。

 岩に手をかけて、一気に体を地上へ上げる。びしょ濡れになったが、体に異常は感じない。手足の先が少ししびれているくらいだ。周囲を見わたしても、誰もいない状況に変わりはない。ただ、ずっと息を止めていたためか、視界がやけに暗く、ぼやけている。

 皮袋は水たまりの外に落ちていた。食糧を濡らさずにすんだのは不幸中の幸いだ。腰に手をやると、左腰に笑顔の仮面が一つ。右腰に下げた仮面は失われている。

 あわてて顔に手をやって驚いた。指先に、湿った板の感触があった。木製の仮面がぴったり顔にはりついていた。

 視界がせばまっているのも当然だ。しかし、なぜか息苦しくはない。

「まさか……」

 その場で跳躍してみた。濡れた服がまとわりつくが、それが邪魔に感じないほど気持ちよく飛び上がることができた。

 目測だが、自分の身長くらいの高さにまで達し、それから地面へ落ちた。細い布を巻きつけただけなのに、岩場に落ちても全く足裏が痛くない。

 ……これがこの仮面の力だというのか。

 そして今度は、力いっぱい飛び上がる。

 先ほど飛び上がった時、地平線上で、うずくまっているような何かの影が見えた。ちょうどこれから向かおうとした南の方角だ。

 空中で目をこらすと、仮面ごしの地平線上に、はじめて岩石ではない何かが見えた。さほど大きくはないが、細い枝が複雑に組み合わさっているかのように見えた。

 着地してから考える。

 見えたものは、おそらく棒を組み合わせて作った、何らかの人工物だ。円盤のように見えた部分もあり、それは車輪かもしれない。そして、そうした人工物の背後で何かが動いたようにも見えた。

 錯覚かもしれない。敵かもしれない。しかし状況の手がかりも、食糧も不足している今、その場所に向かうことを選ばざるをえない。いや、選ぶべきだ。

 不幸中の幸いというか、この仮面をつけると、どうやら肉体が強化されるらしい。たいていの敵なら倒せる気がした。

 仮面をつけたまま南へ向かおうとして、足を止めた。地面に落ちた皮袋を拾おうとして、邪魔な仮面を脱ぐ。

「……あれ?」

 俺は、腰を曲げた姿勢のまま、その場に崩れ落ちた。

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