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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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出発 その一

 とりあえず、旅を始めることにした。全裸で。

「……いやいや、そういうわけにもいかんよな」

 風は温かいが乾いており、汗を吸って肌を冷やす。まだ今は昼だからいいが、夜になったら凍死しかねない。何しろここは、見わたすかぎり岩しか見えないのだ。

 ソウセイドと名乗った老人の服は、白い一枚の布でできていた。他にあるのは仮面が二つと皮袋が一つだけ。

 服を着てみようかと少し悩んだ。死者の持ち物だという迷いがある。それでも全裸で放り出されたのだから俺が借りても悪くないと思い、試しに着てみることにした。

 しかし、ゆったりしている服に見えて、小さな老人の体にぴったり合わせていたらしく、手足や首が入らない。

 しかたがないので、服の布地を強く引っぱりながら、足もとの岩場の角に当てて切り裂いた。そうして手ごろな大きさの、数枚の布切れができた。

 まず、最も長い布を腰に巻きつけて、股の間にも回して、下着にした。局部が無防備ではなくなり、少し恥ずかしさが減った。他に広い布が二枚あったので、一枚を肩にかけるようにして上半身を隠し、もう一枚を腹から腰に巻きつけた。

「格好悪いが、しょうがないよな……」

 広い空間に一人きりなので、むなしい独り言ばかりが出る。

 細い切れ端が余ったので、ふくらはぎから足指の先まで、何度も巻きつけた。岩場を裸足で歩けば傷つくと思い、靴のかわりにしたわけだ。

 老人は下着もつけていたが、さすがに男のそれを使う気にはなれない。塵になった男の肉体も布地にこびりついている。


 服を着た次は、皮袋の中身を確認する。

「木の実、草の実、干し魚、それと……竹筒か」

 木の実や草の実は乾かして熱を加えているらしい。試しに数粒を口へ入れると、問題なく食べることができた。

「……しかし歯ごたえがありすぎるな」

 竹筒の中には水が入っていた。舌でなめてみると、竹の臭いが移っていたが、不快な味ではなかった。

 ……しかし、この中空になった円筒形の植物が竹ということを、なぜ俺は記憶しているのだろう。

 竹だけではない、俺自身の記憶もなく、男がいった単語はほとんどわからないのに、日常の言葉は不自由しないくらいに知っている。

「……立ち止まって考えていても、しかたないか」

 俺は皮袋に中身を詰めなおし、立ち上がった。男の持っていた笑顔の仮面、男に持たされた簡素な仮面、それを重ねて紐で結び、皮袋と反対の腰にぶらさげる。

 南のメルキオルという言葉。メルキオルとは、人の名前か、土地の名前か、それとも全く別の何かか。とにかくそれを目指して歩き続けるしかない。

 ただ、どうしても男のいったことに疑問と反発もおぼえた。

「いったい誰が俺の主人だと?」

 見たことも聞いたこともない相手を主として仕える気に、なるはずもない。

 しかし、主という存在がいるということは、そこに人間が少なくとも一人いるということでもある。主が敵になるにせよ味方になるにせよ、無人の荒野にいるよりは、生きのびられる可能性が高い。

 結局、南へ行くという結論は変わらないのだ。

 溜息をついて空を見上げると、あいかわらず二つの太陽が輝いていた。まるで巨大な怪物の瞳のように。

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