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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第二章 白日雨林
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休息 その三

 耳もとで、悲鳴のような轟音が聞こえた。

 俺は、目をこすりながら顔をあげた。黒くぬれた洞窟の壁に、弱々しく炎の赤が反射している。

 いつのまにか、うとうと眠りこけていたらしい。洞窟の外は、薄明るい灰色の空。雨は今もふりつづけている。

 尻が冷たい。入り口から水が入ってこない場所を選んだつもりだったが、細い水の流れは俺の座っていた場所までとどいていた。

 座る位置を変えながら、俺は吐息をもらした。

「……嫌になるな、まったく」

 ダオメを故郷へ送りとどけると決めてから、まだ一日もたっていない。

「この雲と雨がなくては、太陽が地面を焼いてしまう」

 そう返事したダオメは、洞窟の地面に寝転がっている。洞窟の中から乾いた砂をできるかぎり集めて、その上にマントをしいている。寝心地を良くするためというより、体が冷えないための工夫だ。

 俺は洞窟の壁によりかかり、焚き火へ手をかざした。野獣の舌のように小さな炎がゆれている。

 炎の中へ新しい枝を入れると、乾いた音がした。熱で乾かされた木が、裂けた音だった。

 まだ腹は減ったままだが、喉の渇きは満たされている。

 俺は体力を回復させようと、再び眠りに入った。

 今も遠く闇の奥から、すみきった音楽が聞こえる。

 うとうとしながら、洞窟の奥で知った音楽の正体について思い返す。


 洞窟の闇をたいまつがぬぐいさっていく。

 炎そのものは小さいが、なめらかな洞窟の壁に光が反射して、全体が照らされる。ダオメの後ろを行く俺も、周囲をたしかめながら進むことができた。

 しばらく奥へ進んだ俺たちは、やがて、やや広い空間に出た。ダオメが足もとを照らすと、水がたまっている。ここで洞窟は行き止まりのようだ。生き物の気配は感じられない。

 見あげると、灰色の鍾乳石が無数にたれさがっている。その先端から、水が一滴一滴、したたりおちていく。その水滴は水面で波紋を生み、かすかな水音が空間に反響して、すみきった音を奏でた。

 洞窟の奥から聞こえた音楽は、どうやら天井からしたたり落ちた水らしい。

 たまっている水そのものも、音色のようにすみきっていた。臭いもないし、鉱物の毒が溶けているような色でもない。

 雨水よりはきれいだろうと考え、俺は指をひたして、なめてみた。

「……味はしないな」

 どうやら毒ではなさそうだ。

「待て、危険だ。他にあてがない時なら別だが、今は雨水を飲むべきだ」

 止めようとするダオメの言葉を無視して、手ですくって飲んだ。

「……大丈夫だ、うまい」

 冷たい水は乾いた喉をうるおし、体にしみわっていった。

 そんな俺を見て、ダオメが顔をしかめる。

「時間がたってから体に変調をきたすかもしれない。今の私たちは薬も持っていないのだぞ」

「俺には仮面の力がある。たいていの毒なら、たぶん平気だ」

 ジュピタと戦った時、気づいた。体内へ侵入する能力の正体はわからなかったが、俺は自分の血を塵へ変えて排出することで、攻撃をふせぐことができた。

 レッドダスト……俺の仮面は、戦う力はさほどではないらしいが、生存のために必要な力をそなえている。

「ダオメも飲めよ」

 難しい顔をしていたダオメだが、小さくうなずいて、俺にたいまつをわたした。

 ダオメは口もとで何か呪文のような言葉をとなえた。神への感謝かもしれない。そして右手で水をすくい、一口だけ飲んだ。口の中で水をころがし、味をたしかめたかと思うと、ごくりと喉をならして飲みこんだ。

「……素晴らしい」

 ダオメは目を閉じ、深く溜息をついた。そして今度は両手で水をすくい、ごくごく飲みほした。

 俺は立ち上がり、周囲を見わたした。

 たいまつの炎が岩壁のところどころで反射して、まるで星空のようだった。

 そして水音の奏でる響きが、優しく包みこんでくる。


 ダオメが神へ感謝した気持ちが、少しわかるような気がした。

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