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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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世界 その一

 俺は鉄棒を地面へ突き立て、水平線を指さした。

「おいダオメ、山が見えたぞ」

 しばらく歩いた俺たちの前方に、山頂が二つある、丸みをおびた山が水平線に顔を出した。まだ遠くて、それほど高くもないが、俺にとっては目ざめてから初めて見る、起伏ある風景だ。

「まるで寝ている女の胸か、ひょうたんが顔をひょっこり出したみたいだな」

「ひょうたん?」

 ダオメが首をかしげた。

「球が二つくっついたような形をした、植物の実だよ。確信はできないが、実在している物についての記憶だと思う」

 すでに俺たちは膝の上まで塩水につかっている。途中までは思ったより楽に歩けたのだが、潮が膝に達したとたん、急に足が重くなった。ざばざばと水をかきわけて進めたのは最初だけ。すぐに疲れて、潮の流れに逆らわないように足を運ぶしかなくなった。背後から潮が流れてくるので、進むことそのものは楽だったが、方向を見失ったり深い場所へ流されないよう気をつけなければならない。

 しかも波で地面がよく見えなくなり、下手をすると岩のへこみや割れ目へ足をつっこんでしまう。すでにダオメは一度、俺は四度も足をとられ、水面へ倒れてしまった。

 ダオメは濡れたマントを脱いでたたみ、肩に背負うようにしている。乾くのを待つよりも、邪魔にならないことを優先したのだろう。俺の場合は、もともと下半身は布靴を履いているだけなので、わざわざ脱ぐことはしない。しかし体が冷えて、手足の動きがにぶくなってきた。ダオメにしても、黙々と前を見すえて歩き続けているが、傷が痛むのか俺よりも遅れがちになっている。


 ふいに、がちりと堅い物に当たった感触がした。杖にしていた鉄棒が、水中で岩の割れ目へ刺さったのだ。

 いったん俺は抜こうとしたが、少し迷って、その場へ鉄棒を捨てることにした。水かさが増した今では、杖として動かすには水の抵抗が大きすぎた。

 腰に下げた仮面へ手をやる。しっとり濡れた木製の仮面が、指に吸いつく。そろそろ、こいつをつけるべきかもしれない。経験からすれば、膝まで水につかっていても、重いダオメを背負って走ることができるくらいの力は出せる。

 ふりかえると、ダオメがこちらを見て、首を横にふった。まだ早いといいたいのだろう。たしかに仮面を外すと反動が襲ってきて、立つこともできなくなって、水が浅くても溺れてしまうだろう。陸につくまでは能力を発揮させなければいけない。しかしダオメも否定の意思を言葉に出せないほど疲労している。

「岸が見えたら、仮面をつけるぞ」

 だいたいの感触でいえば、水平線や地平線のあたりまでは仮面の能力が使える。岸が見えるということは、水平線までより短い距離に陸地が現れたということ。

「わかった。すまないが、その時は助けてもらいたい……」

 そう背後のダオメがいった。

「……俺こそ、助けられてばかりじゃないか。山が見えたから、もうすぐのはずだ」

 そういえば、きちんとダオメに言葉で感謝していなかったな、と思い出した。しかし今は口を開くだけでも疲れる。陸地に上がったらにしよう、と内心で決めた。

 この時の俺は、疲れきっていて判断力を失っていた。もちろん冷静に考えれば、一言の感謝くらい、思いついたら即座にするべきだ。時期が遅れれば、気持ちを忘れてしまいかねないし、感謝される側にとってもわずらわしくなる。

 しかし、陸へたどりつけるかどうかは、まだ小さな問題にすぎなかった。


 少し歩くと、丘に二つある頂上の間を、じりじりと登っている者の姿が見えるようになった。ホシミの仮面をつけてみると、白い半筒形が列をなしている。牛車の幌だ。周囲に見える黒い豆粒は、牛車を押している奴隷らしい。

「……ダオメ、どうやら追いついたぞ」

 かなり苦労している様子だが、どうやら斜面を越える道はそこしかないようだ。

 そして丘のふもとが波に洗われている水辺が見えた瞬間、俺たちは思わず足を止めた。俺たちが向かっている先には、十数頭の巨獣が横たわっていた。灰色の毛並みから、遠目からも正体の見当がつく。俺の横でダオメがつぶやいた。

「シャンロウ……」

 象の巨体を持つ狼は、全て動きを止めている。陸に上がってすぐ、なだらかな岩の斜面で寝転がっていて、俺たちに気づいた様子はない。

 まっすぐ進むべきか、それとも別の水辺から陸へ上がるべきか。水辺は左右へ大きくのびていているので、シャンロウをさけることも不可能ではない。しかし、体力が持つだろうか。そして、披露した状態で陸へあがって、シャンロウに気づかれたらどうすればいいのか。

 その場でかたまってしまった俺の横を、ダオメが通りすぎた。

「おい、ダオメ」

 ダオメはふりかえることなく、最も距離の近い水辺、つまりはシャンロウが最も多くいる方向へ歩いていく。

「……私の判断では、このまま進むべきだ……どちらにしても丘をこえるためには、シャンロウがいるところを通らなければならない」

 たしかに、なだらかな丘があるのは正面だけ。左右には高い山がそそりたっていて、俺たちでは越えられそうにない。

 俺は息を一瞬だけ止め、目を閉じた。そして、決める。

「そうだな。たしかにそうだ」

 腰に手をやり、二枚重ねにした裏側の仮面へ手をやる。板切れに目と口を小さく開けただけの、俺の粗末な仮面だ。

 俺は歩き出しながら、自分自身へ言い聞かせるようにいった。

「むしろ、あいつらが寝ている今こそ、陸へ上がる絶好の機会だな」

 先を進むダオメが、たたんで肩にかついでいた布を広げ、腰までの長さになるように折り、マントとしてはおった。太股までが水に沈んだ今、ちょうど黒い首だけが白いマントの上に出てみえる。

 潮の流れに身をまかせつつも、ダオメの歩みには力強さが感じられた。強大な敵を前にして、俺の体にも力がみなぎってくる。体の奥底からわいてくるそれは、仮面の能力とは違うものだった。

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