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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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死湾 その二

 ぺたぺたと、俺たちは濡れた岩をふんで歩いた。

 足もとの割れ目から水のせせらぎが聞こえてくる。この水流は地下から染み出しているのだろうか。さっきまでより心なしか音が大きくなっているようだ。時たま見かける水たまりも大きなものが多くなっている。

「ダオメの説明をまとめると、北のカスパルが南のメルキオルへ侵攻した。カスパルの軍隊にはソウセイドも参加していた……んだよな?」

「そうだ」

「戦争を止めるためのソウセイドが参加するきっかけでもあったのか」

「いや、ソウセイドは反撃の力として、互いの勢力を恐れさせていただけだ。いざ戦争が始まれば、ソウセイドが参加することは昔からあったのだ。しょせん力で戦いを抑えることはできない」

「……それで、さっきの話から考えると、メルキオルにもソウセイドがいるんだな」

 そういいながら、俺は気づいた。

 七人のソウセイドがいるとして、三つの大陸に分散すれば、割り切れない者が必ず出てくる。ソウセイドが圧倒的な戦力になるとすれば、むしろ不均衡を生む原因となるだろう。十三人でも、三十一人でも同じだ。

 ダオメの言葉と違って、ソウセイドは最初から勢力をかたよらせている。まるで戦いを引き起こそうとしているかのように。


 俺の思いに気づいているのかどうか、ダオメは淡々とした口調で説明を続けた。

「メルキオルのソウセイドは二人いた。その一人は戦いに参加せず、もう一人は戦い敗れた」

「そのどちらかがホシミの爺さんなのか」

「いいや、彼は東の、バルタザルのソウセイドだ。月光や陽光で隠されるほど小さな星の光を測り、磁針も持たずに方角を定め、暦を作り、天候を占った。ホシミとは、バルタザルの方言で、星を見るという意味を持っている」

 ダオメが空を見た。青空に輝く二つの円。地面に目印になるものが何もなくても、円と円の位置関係を見れば、方角を見失うことはない。

「しかしホシミはカスパルに願われ、その力を地に向けた。カスパルとメルキオルを繋ぐ場所が、どのような地形なのか正確に描き出した。その地図が、戦争に用いられた……」

 その口調から、ホシミの力がカスパルの勝利をもたらした要因だとわかった。

「私に怨む気持ちはない。私たちの敗北と、占領下の悲劇を知り、ホシミは深く後悔したという。君がメルキオルにつくようホシミが指示したのも、おそらく贖罪のためだろう」

「……他人の贖罪を押しつけられても、俺としては困るんだが」

 ダオメに同情する気持ちがないわけではないが、今のところ話を聞いただけで、戦争があったという実感はわいていない。それに俺一人の能力で何ができるのか。

「結局のところ、俺が知りたいのは、ソウセイドという存在がどこから来たのかということだ……いや、はっきりいえば、まず俺は俺自身のことを知りたいんだ」

「私がソウセイドについて知っているのは、何人かの能力だけだ。ソウセイドの一族や能力がどこからもたらされたのか、ほとんど何も知らない。メルキオルにいる他のソウセイドに聞くか、知識をたくわえている長老に聞けば、何かわかるかもしれないが……」

 それきりダオメは黙りこんだ。口調からすると、嘘はついていないらしい。やはり俺が俺を知るには、ダオメとともに南のメルキオルへ行くしかないのか。


 知りたいことは他にもあったが、さて何から聞くべきか。腹がすいているためか、喉のかわきのためか、頭がよく働かない。

 俺は腰にさげていた仮面を手にとった。笑顔の仮面と、俺の安っぽい仮面。

「そういえば、このソウセイドの仮面は誰が作っているんだ?」

「よくは知らないが、ソウセイドが代替わりする時に、次代のため削りだしているという」

「ソウセイドの能力が違うのは、仮面が違うためなのだろうか?」

「わからない。知るかぎり、ソウセイドが持っている仮面は一人につき一つずつだ。それに、違う仮面をつけても能力は発揮されないという」

「へえ、試してみようか」

 初めてホシミの仮面だけをつけてみた。ダオメの話によれば、昼間でも星が見えるくらいに目が良くなるはずだ。

「なるほど、つけても星は見えないな」

 見上げても、あいかわらず空は青一色で、二つの月がまぶしく輝いている。それどころか、小さな覗き穴から見ているせいか、一つの月が二重に見えた。太陽のような月が二つと、その背後で薄っすら白く見える月が一つ……いや、おかしい。二重になっているのなら、薄っすら見える月も二つあるはずだ。

「……月が三つ見える」

「もちろんそうだろう。今は三つの満月が空の一箇所にかたまる、重月の時期なのだから。強く輝く月が二つ、光が弱くて他の月に隠れる月が一つ」

 ダオメが空を見上げて、目を細めた。そんなに見ていると目を傷めるぞ。しかし……

「……俺は仮面をつけていないと、月が二つしか見えない」

 俺のつぶやきを聞いて、ダオメがふりかえった。

「それはつまり、能力が弱く発揮されているということだろうか」

「俺に聞かれてもわからんよ」

「違う仮面をつけたソウセイドの前例がほとんどないため、そうしたことが知られていないのかもしれない。それとも、何か特異なことが起きているのか……」

 歩きながらダオメが考えこんだ。

「さあ……しかし一つ思い出したよ。ダオメの繋がれていた馬車を地平線の先に見つけた時も、俺は仮面をつけていた。今になって考えると、俺の目で見える距離ではなかった。つまり、今までも気づかず俺はホシミの力を使っていたんだろう」

 俺は仮面をつけたまま、周囲を見わたした。少しは目が良くなっている気がするものの、岩ばかりの景色なので変化がわかりにくい。これまで自覚できなかったのも当然か。

 そして前方へ視線を向けると、地平線がキラキラと輝いていた。赤茶けた岩が、そこだけ空を映して群青に染まっている。

「……俺たちが進んでいる先には、小さな湖があるみたいだな。それと、湖の中心に何か見える。少なくとも人工物だ」

「私には……確信できない。その仮面をつけて能力が発揮されるのは、たしかなようだ」

 俺は仮面を外して、歩みを速めた。

 この時の俺は、その湖につけば喉の渇きがいやせるかと期待していた。その考えは半分正しくて、半分間違いだった。

 ここが死湾と呼ばれていることの意味を、その湖で俺は知った。

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