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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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赤塵 その三

 大地が鳴動している。あたかも落雷が絶え間なく続いているかのように。荒野を巨獣が走り抜けている音だ。

 シャンロウの群れは、東から西へ向かっている。何十頭、いや何百頭以上いるかもしれない。

 たった一頭でも、二人がかりで偶然に倒すことがやっとだった。もし地上で待ちかまえようとすれば、数千人の屈強な兵士が必要だったろう。

 俺の頭上には、ダオメの黒い尻が見えている。あまり楽しい光景ではない。

 ふいに暗くなったので見上げると、ちょうど真上をシャンロウが駆け抜けて、太陽をさえぎったのだとわかった。もちろん一瞬のことであり、すぐ水面が輝きを取り戻す。

 俺とダオメは竹筒に口をつけている。見ていると、ダオメの口の端から、小さな泡が水面へ上がっていった。


 小さな水面を前にして、ダオメの黒光りする肉体は、血に染まっていた。シャンロウと戦った時の返り血だけではない。小走りで移動したために、縦横にはしる傷口が開いてしまったのだ。

「きっと死にたくなるくらい痛いぞ」

 そう俺がいうと、ダオメは無言でうなずいた。

「これを口にくわえるんだ」

 さしだした竹筒をダオメが受け取り、覗き込む。ちゃんと穴が開いていて呼吸できるか、見て確かめているのか。

 俺とダオメの前には、岩の窪みがある。見た目は小さいが、底は深い。俺がダオメと会う前に落ちて溺れかけ、仮面の力を知った場所だ。

 まず俺が竹筒を口にくわえて水中へ潜り、続いてダオメも水中へ体を入れた。塩水が目にしみて痛いが、傷口に塩水が入り込んでいるダオメよりは楽だろう。

 水へ隠れる直前、試しに仮面の力を使えるかとダオメに貸してみようとした。仮面は二つあるのだから、いろいろと力を試す価値はある。仮面を奪われる可能性を少しは考えたが、このような状況では争うよりも協力するべきだ。

 しかしダオメは首をふって否定した。

「ソウセイドしか、力は使えない」

 どうやらソウセイドとは、俺に仮面をわたした老人一人の名前ではなく、仮面の力を使える人間のことらしい。つまり俺もソウセイドの一人ということなのか。

 ともかく俺達は水の下へ潜って待ち、シャンロウの群れをやりすごした。塩水は傷口に痛いが、うまく血の臭いを隠してくれた。


 水から上がると、シャンロウの群れは西へ去っていく途中だった。赤茶けた砂塵を巻き上げている後姿が、まるで地平線へ無数に並べた豆粒のように見えた。

 口にくわえた竹筒を捨て、ダオメが顔をしかめる。

「傷口が痛むか?」

「……死ぬより、いい」

 体をさすって、少しでも痛みをまぎらわそうとしている。短い頭髪や粗末な下着から、ぽたぽたと今も水滴が落ち続けている。

「おたがい、このままだと体を冷やしそうだな」

 俺が腹に巻いている布もぐっしょり濡れている。靴代わりに足へ巻いていた布にいたっては、シャンロウとの戦いでボロボロになっていて、もう使い物にならない。ほつれた布が岩場に引っかかりそうで、俺は邪魔にならないよう足に巻いた布をほどいた。

 それでも体が濡れていることにかわりない。いっそ二人とも全裸になるべきか。

「ダオメが美少女なら、望むところなんだが……」

「なにか、いったか?」

 ふりむいたダオメに、俺は笑って答えた。

「とりあえず馬車に戻ろう。馬車の幌布を加工すれば、靴や上着として使えるはずだ」

 そして二人とも歩き出す。

 足もとの岩の暖かさに、空を見上げた。

「……太陽が二つってのは、ありがたいな」

 そのつぶやきを耳にしたのか、先を歩いていたダオメがふりかえった。不審げに俺へ視線を向けてくる。

「何か変なことをいったか?」

 そう聞きながらも、俺は何か失敗した予感をおぼえていた。目ざめた時、俺は太陽が二つあることが不思議だった。そう思ったのは、単に記憶が欠落しているためだけではないかもしれない。

 あの二つの太陽は、やはり異常な出来事なのかもしれない。それとも、みだりに口にすることがはばかられるような、信仰の対象なのかもしれない。

 ……信仰?

 そういえば俺には、神についての記憶もない。人知を超えた存在と、それを頼りつつ畏れる人々の存在は理解している。しかし、俺自身が信じている神の存在は、心の中でぼやけていて、はっきりしない。

「……あれは、つき」

 ふいにダオメがしゃべりだした。

「どうした?」

 ダオメが腕を持ち上げ、天を指した。その先に、白く輝く二つの円がある。

「あれは、太陽などではなく、月」

「月?」

 記憶の中では、やはり月は二つではなかったし、太陽ほどまばゆくもなかった。

「だから、いそがなければならない。ふたつの月が、ここに波をよぶ」

 そういってダオメは前方へ向き直り、足を速めた。

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