赤塵 その二
ふいに正面に影がさした。
見上げると、黒く太い二本の足。腰を覆う布。ダオメが俺を見下ろしていた。
「どうした?」
ダオメは黙って両手を突き出してきた。手首の枷が外れている。
あたりを見ると、シャンロウの死体が口を開けている近くで、鎖が落ちていた。革製の枷は、引きちぎられるように輪が切断されている。
「どうやって外した?」
「シャンロウの、キバ」
そういってダオメは手首を前後に動かし、枷を切った動作を身ぶりで説明した。あれだけの巨獣なら、鋭い歯が道具として使えるわけか。
「あなた、やさしい」
「いや、俺こそ助かった。ダオメがいなければ食い殺されていたさ」
ダオメは首を横にふった。かたい表情が悲しげに見えた。
「たすかって、ない。たすからない」
「そういえば、さっきいっていたな。次から次に来ると」
ダオメは重々しくうなずいた。
「シャンロウは群れで襲ってくるのか。倒した奴は、その一頭でしかないということか」
二人がかりで苦労して、幸運にも助けられて、ようやく一頭。同時に二頭以上が襲ってきたら、まず勝てない。
ダオメが西方を見た。
「もうすこし歩けば、ここを、ぬけられる。でも、にげるより、シャンロウの足は、はやい」
脳裏で、遠くから聞こえた雷のような音が蘇った。あれは、遠くを巨獣の群れが移動する足音だったのだろうか。
「でも、さいごに自由、なれて良かった」
「……最期じゃない」
こんな何もない荒野で、何一つわからないまま、半裸の男と二人きりで死んでたまるか。
「知りたいことが多すぎる。ここはどこなのか、あんたは誰と戦って捕虜になったのか、それにソウセイドやメルキオルという言葉……そうだ、シャンロウと戦う前に、ソウセイドでも勝てないとかいっていたな。何か知っているのか」
ダオメが首を横にふった。
「ホシミではないこと、わかった。若いから、ふしぎに思っていた。よく見たら、ちがっていた」
「ホシミ?……あんたが何をいっているのか、俺にはさっぱりわからん」
俺は地面に投げ出していた鉄棒を拾い、馬車の残骸へ目をやった。
「だが、ゆっくり説明してもらうのは後まわしだな」
シャンロウに粉砕された残骸の骨組みから竹を抜き取った。手ごろな長さで折って、中へ鉄棒を打ち込んで貫通させ、節を抜く。管になった竹が二本できて、その一本をダオメへわたす。
「さあ戻るぞ、時間がないからできるだけ早く」
俺は竹筒で北を指す。ダオメが首をかしげた。
「シャンロウの群れから逃げ切ることができないなら、逆に待ちかまえればいい。たくさん歩く必要もない。ここからすぐ近くだ」
そういって、俺は笑った。




