象狼 その二
竹槍は鋭く丈夫だが、投げるには軽すぎる。
風の影響を受けやすいし、重みがないと当たっても刺さらない。つまり握りしめた腕の力で突き刺すしかない。
巨獣は、走ってきた勢いのまま馬車の残骸に突進し、けちらした。しかし一瞬だけ勢いが弱まる。俺は真横に飛んで体をかわしながら、シャンロウの横腹へ竹槍を突いた。
竹槍は、灰色の横腹を少し切ったかと思うと、先端から一気に割れた。
「痛っ!」
握った手の内側で、竹が爆発するように割れ、右掌を切り刻んだ。痛みは強かったが、仮面の力のおかげか、血は流れなかった。
俺は右手首をつかみ、シャンロウがすぎさった方角を向く。
シャンロウは傷ついた脇腹をさらしながら、大回りするように進行方向を変えてつつある。その象の鼻に似た細長い首の、先端にある狼そっくりの頭が、俺をにらみつける。
それは怒りというよりも、冷ややかに餌の料理法を考えているような、そんな表情だった。いや、おそらくは俺の恐怖心が感じさせた錯覚だろう。
俺は少し息を止め、シャンロウの胴体へ視線を移す。横腹から血が流れているだけでなく、よく見れば前足や胸元の灰色の毛にも、血が染みだしている。しかも毛むくじゃらの胸には、小さな棒が一つ生えていた。
残骸に突進したため、骨組みを構成していた部品が刺さったのだ。
これでわかった。シャンロウは巨大で恐ろしげな獣だが、人知であらがえない怪物ではない。尖った竹で傷つくし、傷がつけば血が流れる。それを確認できて、少し冷静になれた。
俺は仮面に手をあて、位置を直した。紐でくくっているわけでもないのに、吸いつくように固定されている。
……この仮面の力があれば、きっと勝てる。
シャンロウは、岩場を走りながら旋回したため後半身を横滑りさせながらも、俺を正面にとらえた。そして勢いを増しながら、突進してくる。今度は馬車の残骸という盾はない。
俺は地面に置いておいた残りの竹槍を握った。
シャンロウが地面を蹴るたびに、胸に刺さった棒がゆれている。さっき竹槍が割れたのは、横から力がくわわったためだ。正面から突けば、必ず刺さる。
俺は竹槍をかまえ、大地をふみしめた。鋭くない割れ目に足を置くことで、岩場でも滑らない。
声にならない声を叫んで、竹槍を突き出す。正面からの力に耐えるため、上腕から腰、太股まで力をこめる。
しかし、鋸のように尖らせた竹の先端は、あっさりと空振りした。
前髪がゆれた。
突進の風圧だけを残し、シャンロウは姿を消した。
それと同時に、目の前が暗くなる。
俺は竹槍を突き出した姿勢のまま、空を見上げた。
跳躍したシャンロウが、右肩と左肩に太陽を一つずつ背負っていた。その口は大きく開けられ、鋭く並ぶ牙が俺を狙っている。
翼を持たないシャンロウは、もちろん飛行しているわけではない。ただ飛び上がった後、落下する勢いで、俺を押しつぶそうとしている。
頭上のシャンロウと地面にはさまれて、跳びすさることはできない。前後や左右へよけようとしても、シャンロウの長い首が追ってくる。
俺は竹槍を上方へ向けることしかできなかった。




