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双面のソウセイド  作者: 鹿野介助
第一章 覚醒潮流
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象狼 その一

 巨獣はこちらを見向きもせず、まっすぐ南へ去っていき、やがて地平線の果てに沈んだ。

 俺は長い溜息をついた。自覚しないまま呼吸を抑えていたらしい。

「なんだ、こっちに気づかず行ったじゃないか」

 そう俺がいうと、ダオメは首を横にふった。そして俺に掌を向ける。分厚い灰色の肌は細かなキズやタコでいっぱいで、何かを握る仕事をしている者の手だった。

「なんだ? 何かいいたいなら早くいえよ」

「あれは、いつつ……」

「五つ?」

 ふいに、また遠くから雷のような音が聞こえてきた。

 ダオメはとぎれとぎれに、しかし俺をまっすぐ見つめるように、語りかけてきた。

「見かけたのは、いつつめ……つぎからつぎ、たくさんくる」

 そういわれて、ようやく気づいた。先ほど遠くを走っていたシャンロウは、馬車を壊した存在とは別と考えるべきだ。


 おそらく、ダオメを従えていた商隊を襲ったのは、群れの斥候だ。

 周囲に血が飛び散っているところから考えて、シャンロウの斥候はひととおり暴れたのだろう。馬車をひいていた馬などを食べたのかもしれない。群れへ獲物の存在を知らせるため戻った。このような岩ばかりの荒野だ、きっと商隊はシャンロウの貴重な食糧に違いない。

 商隊の生き残りは、逃げる時間をかせぐため、奴隷のダオメを囮として残した。またシャンロウが襲ってくると考えていなければ、わざわざ労働力となる奴隷を傷つける手間をかけてまで、残す意味はない。

 逆にいえば、きっと商隊の生き残りは、そう遠くまでは行っていないはず。追いかければ、情報や食糧がえられるかもしれない……

 考え込んでいる間に、ダオメが何か叫んでいた。ダオメの指す方角に目をやり、俺は息をのむ。馬車の残骸越しの地平線に、また別のシャンロウが走っていた。さっきより、ずっと近い。

「……まずいな」

 遠目で思っていたより大きそうで、楽観していたより足が速い。俺は腰の仮面に手をやった。

「ソウセイドでも、それでは、かてない」

 そうダオメがいった。

「ダオメはソウセイドとは何なのか知っているのか?」

 しかし意味を長々と問い返す余裕はない。俺は仮面をつけ、馬車の残骸に手をのばした。骨組みから、手ごろな大きさで丈夫そうな竹を選び出し、力をこめて抜き取る。骨組みをとめていた釘や革紐がはじけ飛んだ。

 長さが半分の位置で、斜めに釘を何回も刺し、無数の穴を開ける。その穴を利用して、竹を半分に割った。先端が斜めに尖り、ノコギリのようなギザギザもある、手ごろな長さの竹槍が二本できた。

 顔を上げると、シャンロウが南から北へ走りながら少しずつ向きを変え、こちらに近づいてくる。地面を叩く重々しい足音も聞こえてきた。


 ほう、と溜息が聞こえた。ふり返ると、目を丸くしたダオメが、感心したように竹槍を見つめた。

 俺は竹槍を一本かかげて、無言で笑いかけた。うまく笑顔になっていたかはわからない。ダオメが返事をする前に、俺は近づいてくるシャンロウへ向き直った。

 残骸の向こうで、小山のような獣が突進してきている。太い鼻のように見えたのは、細く長い首だ。その先端に狼そっくりな獣の頭が、大きく口を開けている。体に比べて小さな頭だが、それでも両手で輪を作ったくらいの大きさはある。人間を頭から丸呑みするには充分だろう。

 上着はダメオの治療に使ったため、むきだしになった肩が冷える。今の俺は木製の仮面をつけ、腰から股間と、ふくらはぎから爪先まで布で覆っているだけ。ほとんど半裸の、心もとない格好だ。

 しかし俺は身震いとともに、竹槍をかまえた。仮面の力が体内に満ちて、体が熱くなる。

 笑顔が刻まれた仮面だけではない。巨大な敵を前にして、なぜか俺自身も笑っていた。

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