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四宮奇行附双六事(「ふたりのはみだし者」)

四宮奇行附けたり双六の事


 さても、美福門院の男御子産み奉り給ふ由ありて、祝宴もふけられ給ひしかば、公卿殿上人おのずから参り給ひて謹みてぞこれを祝し奉りける。中にも佐藤義清は、これ帝の御製を聞かせ給はむこそめでたけれと思ひしかば、御前にて進み出でて謹んで御製を披露し奉る。されど、中頃、鳥羽の院、帝をいみじきものとうたてく思ひ給ひしかば、あさましきことにて候と御心損ね給ひて、座も興冷めてありしかば、にわかに、からからと大なる笑ひ声の聞こえて侍りけり。

 見れば、鳥羽の院の四宮、待賢門院の御腹にてましますが、少し酔ひたる心地にて、いと興ある様にておはしけり。鳥羽の院、これをあやしきことに思はれて「宮の何ぞかくは大なる声にて笑ひ給ふぞ」と問はせ給ひしかば、宮、答え給ひて曰く「げにおもしろき様に候へば、かく笑ふて候なり。美福門院の男御子を産ませ給ひしは、それ自ら国母とならむがはかりごとにて、傾城の楊貴妃の例に異ならず、院の妃を遠さざけ給ひしは、我が母を損なはしめむがためなり。いずれもいずれも、いみじくあさましく、興ありてよな」と申して、またからからと声をあげて笑ひ給ふ。これを聞き給ひし美福門院、いと腹立ち給ひて、待賢門院と故前院をあなどりいみじく申せしかば、待賢門院、はらはらと涙を流して「すべて御父が為に候」と申し給ふ。

 祝宴の趣、あながちに損なはれて院の叡慮なのめならず、公卿殿上人は顔を見合わせ、宮のいみじき御振舞に目をそむけておはします。中に内府頼長卿はいみじくもあさましきこととつくづくも思ひ給ひ、はや座を出で給ひけり。

 さても宮は中頃、奇行乱行数多度に重なり給ひしかば、乳母の通憲もかたはらいたくしておはしませり。その晩も、供もつけざるままに洛中をさまよい歩き、果ては無頼の輩と博打を打ちて、緋に染め出したる菊紋の御細長を奪われ給ひし有様なり。

 これを清盛、見出して、あさましくもあはれなることに思ひしかば、屋形に具し奉りて、あやしきものなれども自らの衣を奉りけり。されども宮、清盛が諫言も聞こし召さずして、院の美福門院を寵愛せしさまをいみじく罵り奉り、果ては清盛をば故前院の妓女に産ませ給ひし卑しき種よと嘲笑ひ給ひけり。

 清盛さすがに怒りてありけるが、宮は双六を取り出し給ひて「いざ勝負せむ」とぞ申し給ひける。清盛あやしきことにて候ぞと思ひけるが、年頃双六は得手にして「御意」と申せしかば、主従勝負と相成りけり。されども宮の上手にてましませば「我この勝負に勝ち候へば、汝が子を奉れ」と申され給ひけり。これには清盛驚きて「かくなるわざは、いかなる仰せなりとも聞くべきやうもあらず」と畏れ多くも申し上げ候へども、宮はからからと打ち笑ひ給ひて、「されば汝が勝つべし」と仰せ給ふ。されども、宮の上手なのめならず、いまだいとけなき我が子を失はむがことを思ふにつけ清盛の賽を振る手も震えてぞありける。とうとう堪え難くてありしかば、にはかに清太、もみじのやうなる手にて筒を握れば、賽のからりと落ちて転げて侍り。

 見れば、賽の目は十なり。

 清盛、大いに喜びて清太が体を抱きかかえると、駒をかつかつと進めて笑ひ給ひしかば、にはかに宮、双六の盤をおっとって、はらはらと駒を投げ落とし、とうとう頭上に掲げて清太が頭を打ちすえんとし給ふ。あまりのいみじき有様に、清盛、清太を袖にておし隠し、かしこくも抜刀して宮が喉元へと突きつけて申すは「畏れ多くも宮の御有様あさましくいみじきことにやあらむ。もし我が子を損はむとし給ひしかば、我朝敵とならむことの何ぞ怖れむ」

 宮、これを聞き給へば、双六の盤を庭に向かひてどうと投げ打ち捨てて、「如何様に申せども、汝も同じ故前院の種に候。いみじくあさましき血にて、何ぞ物の怪と違はんや」と申して御去し給ひけり。宮のあやしき御振舞、重ね重ね畏れ多くもあさましき様にて、怖るる者のなかりけり。

 さても宮は御年十一になり給ひしが、御母の院に遠ざけられ、御兄のうとまれてありし様のいみじく侍るを、およそ父院の美福門院を寵愛せしが為なりと思ひて、父母のなき孤児の如く、如何にして世を渡らむと御悩あそばしけるが故の御振舞とかや。

 かつて清盛、父母と血の通はぬことをいみじきことと思ひて、高平太の名の如く無頼の体にてありしこそ、なべて宮の御振舞と違はず、人々、畏れ多くも主従の様等しきにやあらむと申しけり。

 いずれもいずれもあさましきことは、貴賤を問はずおしなべて人の世の双六の戯れに異ならず、主従ともども戦乱のいみじき世を渡り給ふべきことに候。

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