友人の恋人
友人の恋人
「まぁ上がれよ」
山岸悠真は友人の金崎翔太にそう言って、部屋に招き入れた。
二人は大学の友人同士で、今日は相談があるからと悠真が翔太を家に呼んだのだった。
悠真はアパートの2階に住んでいて、間取りは1LDK。
部屋はいつも綺麗に片付けられていた。
料理が得意な悠真のキッチンには様々な調理器具が並んでおり、冷蔵庫も大きな両開きの物が置かれていた。
8畳程のリビングにはソファとテーブルが置かれ、大きなテレビが棚の上に乗っていた。
テレビの横には机があり、パソコンが乗っている。
他にはあまり物が無く、少し殺風景な部屋だった。
翔太がソファに腰を掛けると、悠真は机の前にある椅子に腰を掛けて、肩を落とした。
「どうした? 相談って、何かあったのか?」
翔太が悠真に質問した。
悠真は暫く黙っていたが、ゆっくり顔を上げると、暗い顔で語り始めた。
「あのさ、相談ってのは優里の事なんだけど……もう俺ダメかもしれない」
優里とは二人と同じ大学に通う同じ学科の大学生で、悠真の彼女だ。
二人は一年前くらいから付き合っていて、喧嘩も多々あった。
その度その二人の友人である翔太が相談に乗り、時には間に入って二人の関係を修復してきたものだった。
実は相談と言われた時から、翔太は話の内容をほとんど予想していた。
悠真が翔太に相談を持ちかける内容はいつも優里の事だけだったからだ。
「また喧嘩したのか?」
翔太が言うと、悠真は静かに頷いた。
悠真は普段から寡黙な性格ではあったが、いつもに増して静かだった。
暫くの沈黙の後、悠真は口を開いた。
「最近、優里冷たいんだ」
悠真が呟いた。
優里は明るい性格の女性で友達も多かった。
面倒見も良く、飲み会等でも率先して料理をみんなに分けたり、注文を聞いたりする女性だった。
優里が機嫌が悪くなった時どんな雰囲気になるかもしっている翔太には、悠真の言った優里の状況が鮮明にイメージ出来た。
「冷たいって……何があった?」
「いや……まぁ些細な事で喧嘩になってさ。最初は口喧嘩だったんだけど、俺、かっとなってちょっと暴力振るっちゃって……」
またか。翔太は心で囁いた。
実は前から悠真が優里に暴力を振るう事はあった。
一ヶ月前も頬を真っ赤にして泣きながら優里が翔太の家に来た事もあった。
悠真の相談相手でもあり、優里の相談相手でもあった翔太は、優里には悠真の良い所を何度も説明し、悠真には何度も暴力を振るなと約束させていた。
でも、今回もまた悠真は暴力を振るってしまった。
翔太は溜息を吐きながら、悠真の話を聞き続けた。
「それから、俺と口聞いてくれなくなってさ。何しても何も言ってくれないんだ。抱きしめたりキスとかしても無視だし。もう俺ダメだ」
そう言って、悠真は泣き出した。
「元気出せよ。いつもの事だろ。またすぐ仲直り出来るだろ」
翔太はまるで社交辞令のように悠真を慰めた。
ここまで落ちると悠真が復活するまでに相当な時間を要する。
翔太は泣き続ける悠真を暫く眺めていた。
沈黙を裂くように悠真の携帯電話が鳴った。
悠真はポケットから電話を取り出すと、画面を凝視した。
「バイト先輩からメールだ……ごめん、ちょっと外出てくる」
そう言って悠真は立ち上がった。
「どうした?」
翔太は悠真に聞いた。
「何か先輩がアパートの前まで来てるって。何か旅行のお土産くれるって。悪い、少し時間かかるかも」
そう言って、悠真は玄関まで行き、外へ出て行った。
悠真を見送った翔太は一呼吸置くと、携帯電話を取り出し、携帯のメモリを検索した。
優里にメールをするためだ。
『悠真から聞いたんだけど、また喧嘩したんだって』
優里宛のメールを作成した翔太が送信ボタンを押した後直ぐに、聞き覚えのある音楽が微かに聞こえた。
翔太にはそれが優里の携帯電話の着メロだとすぐにわかった。
音楽は数秒鳴った後消えた。悠真は放心状態のまま辺りを見回した。
「気のせいか?」
そう思いながらも、翔太は携帯電話を開き、悠里の携帯に電話をかけた。
やはりその音楽は小さいながらも翔太の耳に届いた。
無意識のまま翔太は立ち上がって着メロの出所を探していた。
どこかから聞こえる。でも何故聞こえるのかわからない。
ただ一つわかっている事は優里の携帯電話がこの悠真の部屋の中にあるという事実だった。
翔太は探した。クローゼットの中やトイレ、風呂場に洗濯機の中。
闇雲に探し、数分後、着メロの鳴る場所を見つけ、そっとドアを開けた。
……中には優里が座っていた。頭から血を流し、唇が青く変色していた。
目を瞑っていて、息もしていない。
翔太は目の前の現実が受け入れられず、腰を抜かし、その場に座り込んだ。
「な……冷たいだろ?」
翔太がゆっくり顔を横に向けると、暗い表情の悠真が涙を流しながら冷蔵庫を見つめていた。