ラッキー7
東京のビル群の狭間にひっそりと佇む雑居ビル。一見するとどこにでもある冴えない探偵事務所だが、その地下には秘密組織「リザンテラ」の拠点が広がっていた。上の事務所で働く者たちは出入りの見張りと情報収集を担い、地下では技術班と精鋭エージェントたちが日々、裏社会の動向を追っている。
新人の俺は、土壇場の悪運と直感で生き残る戦い方が評価され、組織に加入したばかりだった。その戦術は、組織内で「いつも運だけで勝負をつけている」と噂される先輩エージェント――セブンと酷似していた。やがて俺の腕前は認められ、政府が絡む闇組織の壊滅という重大な任務を任されることになった。
メンバーは俺、セブン、そして指示役を務める「オルタン」。紫陽花を思わせるそのコードネーム通り、状況や色合いを自在に変えながら華麗かつ完璧に戦況を操る、頼もしい存在だった。なお、今回の技術支援は現場に入らず、遠方から事前調査したデータを頼りに行う手筈となっていた。
東京駅から車で2時間ほど走らせた、街外れの自然の中に敵の基地はあった。周囲を鬱蒼とした木々に囲まれたその場所を前に、俺はいつもより一層、死の覚悟を固めていた。
だが、そんな緊張感とは裏腹に、任務は呆れるほど順調に進んでいった。
本来ならオルタンが緻密な見張りルートを割り出し、セキュリティを裏から解除して潜入するはずだった。しかし、巡回している敵の配置はスカスカで、電子ロックの暗号も単純極まりない。指示を仰ぐまでもなく、俺とセブンはゴリ押しに近い力技であっけなく突破できてしまったのだ。
「なぁ、本当にオルタンなんて必要なのか?」
敵の基地とは思えないほど手応えのない戦闘を終え、機密データのあるエリアへと向かいながら、セブンがおかしくなったように笑う。
その直後だった。耳元で、オルタンの無線から短い抵抗の叫び声が響き、ノイズを残してプツリと通信が途絶えた。
「おい、どうした!?」
焦る俺の横で、突如として背後から襲撃を受ける。まさかの死角からの攻撃に、どこか余裕を崩さなかったセブンが反応しきれず、頭を撃ち抜かれて倒れた。
咄嗟に物陰へ滑り込んだ俺は、相手がセブンの体に気を取られた一瞬の隙を突き、物陰から飛び出して陰の襲撃者の脳天を撃ち返した。相手が完全に戦闘不能になったことを確認し、他に潜む敵がいないことを確かめると、俺はすぐさま倒れているセブンへと駆け寄った。
血に染まるセブンは、最後の力を振り絞って言った。
「弾数を見ろ……」
俺はすぐさま銃からマガジンを取り出した。残り7発。
「ラッキー7だ……」
そう言い残し、セブンはゆっくりと息を引き取った。手に握られたマガジンの中身を確かめると、彼の言葉通り、残弾は正確に「7発」だった。
胸に強い違和感が込み上げる。なぜセブンは、俺の残弾が7発だと分かったんだ?
周囲の状況を鋭く観察すると、直前の戦闘でセブンが無作為に撃ち込んでいた銃弾の痕が壁や天井に残っていた。ハッと息をのむ。彼は背後から撃たれた瞬間、自分自身すら囮にし、俺の射線と退路を限定させることで残弾を正確に7発へ誘導していたのだ。
セブンは決して「運だけ」で勝っていたのではない。死の間際まで完璧に計算を巡らせ、自分を殺した敵を追い詰めるための決定的な隙を俺に遺してくれたのだ。
だが、セブンの残した策に感心している場合ではない。機密データを回収するよりも先に、俺はオルタンの救出を優先することを選んだ。
その時、けたたましいスピーカー音とともに館内放送が響き渡った。
『指示役の身柄は預かった。救いたくば、奥の部屋へ来い――』
あからさまな誘い出しだったが、仲間を見捨てる選択肢はない。俺は気を引き締め、すぐ目と鼻の先にある重厚な扉を押し開けて奥の部屋へと踏み込んだ。
部屋の中にはモニターの光と、拘束されたオルタン……ではなく、優雅にデスクの椅子へ腰かけ、端末を操作する男の姿があった。
「……無事だったのか、オルタン! 無線が途切れてたから心配したぞ」
俺の言葉に、男はゆっくりと振り向いた。その顔には、いつもの気高く頼もしい面影はなく、歪んだ冷笑が浮かんでいた。
「オルタン? フッ……その名はとっくに捨てたんだよ」
男は懐から銃を抜き、迷いなくこちらへ向けた。
「全部、僕の計算通りさ」
その瞬間、頭の中でバラバラだったピースが一気に噛み合い、すべての謎が解け明かされた。
敵の警備があまりに手薄だったのも、指示役に頼る必要がないほど潜入が容易だったのも、すべて奴が俺たちを油断させて奥へ誘い込むための工作だったのだ。無線の悲鳴も自作自演で、通信を切った直後に手引きした刺客をセブンの背後に送り込んだのも――。
「あばよ、新人」
奴の指が引き金にかかる。元・指示役として俺のすべてを知る男からの、完璧な詰みの一手。
(くそっ……動けない……!)
死を覚悟したその瞬間――プシューーッ!!と、開け放たれたままの扉のすぐ外にある通路から、凄まじい破壊音が響き渡った。
その音を耳にした瞬間、さっき目にした通路の壁が脳裏にフラッシュバックした。そうだ……あの時、高圧ガス管のバルブにはセブンの放った弾丸によって絶妙な亀裂が入り、今にもガスが漏れ出す寸前になっていたんだ。限界を迎えていた金属が破裂し、猛烈な白煙が開け放たれた扉から部屋の中へとなだれ込んできた。
「な、なんだ!?」
予期せぬ激しい爆音と部屋を包み込む爆発的な白煙に、奴の意識が一瞬だけ逸れた。
(……ありがとな、セブンさん。あんたがくれたこの一手、絶対に無駄にはしない!)
セブンが作ってくれたのは決定的な勝利ではなく、理詰めの男の思考を一瞬だけフリーズさせる「盤面をかき乱す奇跡」だった。それだけで十分だ。俺はその一瞬の隙を見逃さず、煙の中へと飛び込んだ。
「しまっ……! どこへ消えた!?」
即座に狙いを定めて白煙へ連続で発砲する敵。指示役として俺の戦闘データを完璧に頭に叩き込んでいる奴なら、俺がセオリー通りに動く位置を正確に潰しにかかってくるはずだ。
(……なら、お前のデータにない動きをしてやるよ)
理詰めの裏をかく確信が半分、直感に身を委ねる博打が半分。
俺はそのまま壁際をつたい、あえて奴の正面を大きく避けた斜め前方のブラインドエリアへと一気に間合いを詰めた。
奴の銃口は俺の予想通り、セオリー通りの位置へと向いていた。勝負ありだ。俺は死角となる斜め側面から、反撃の弾丸を叩き込む。
1発、2発、3発……。
白煙と予期せぬ位置からの射撃に、奴の「計算」が完全に崩れ去る。
4発、5発、6発……。
俺の射撃によって追い詰めた奴は焦りから半狂乱になり、背後の壁際にある重厚なスチールラックの陰へ逃げ込もうと身を踊らせた。
ここだ。俺の予測と奴の行動が交差した瞬間。
俺はラックから覗く奴の肩口を狙い、ためらうことなく残された最後の7発目の引き金を引いた。
バンッ!
暗闇を切り裂いた1発。だが、白煙による視界不良と互いの角度の悪さが災いし、弾丸は肩を掠めることもなく大きく逸れてしまった。
(しまった……外した!?)
死を覚悟したその直後――外れた弾丸は奴の頭上、スチールラックを天井に固定していた金属ボルトを一直線に撃ち抜いていた。
ガコンッ!!
衝撃とガスの圧力によって固定を失った巨大なスチールラックが、爆音を立てて奴の真上へ傾き、大量の機密書類や重い金属機材ごと崩れ落ちた。
「ガッ……!」
頭上からの予期せぬ巨大な落下の衝撃を正面から浴びた男は、悲鳴をあげる間もなくそのまま床へと押し潰され、動かなくなった。手に握られていた銃がガラガラと虚しい音を立てて滑り落ちていく。
静まり返る部屋で、俺はカチリと音の鳴る空のマガジンを見つめ、深く息を吐き出した。
奴は元・指示役として俺のすべてを知っていた。だが、セブンの遺した『運』という名の確実な一手と、最後に弾を外した俺自身が引き寄せた奇跡までは読めなかったのだ。
思考を切り替えた俺は、すぐさま端末からデータを回収し、監視カメラの映像を消去。倒れた奴からキーを奪うと、すぐ隣の通路で横たわるセブンの遺体を抱え上げた。
組織加入時の俺のコードネームは「ジョーカー」だった。だが、背中の重みと奇跡の余韻を噛み締めながら、俺は確信する。
今日から俺が、「セブン」だ。
あらすじ修正
東京の雑居ビル地下に潜む秘密組織「リザンテラ」。新人の「ジョーカー」は、伝説のエージェント、「セブン」、指示役の「オルタン」とともに闇組織壊滅のミッションへと挑む。




