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前世の記憶が戻ったので婚約破棄しようとしたら、婚約者も同時に思い出したらしい。  作者:


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第八話 お茶会という名の公開処刑

 フォルカー伯爵邸の庭は、よく手入れされていた。


 白い薔薇が整然と並んで、噴水の周りに円卓が置かれている。明るい午後の光の中に、すでに六人の貴婦人が席についていた。年齢は三十代から五十代。全員が微笑んでいる。全員の目が、私が庭に入った瞬間にこちらへ向いた。


 (前世で言えば、会議室に一人で呼ばれた感じだ)


 しかも議題は「君の業務上の問題点について」——そういう雰囲気だ。


 私は完璧な笑顔を作って、ヴァネッサ夫人に礼をした。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「ようこそ、セシル様。遠いところをわざわざ」


 夫人の笑顔は、相変わらずきれいだった。目だけが笑っていない、というのも相変わらずだ。


 席につくと、すぐに紅茶が出てきた。この世界では珍しい、南方の茶葉らしい。香りはよかった。


 「最近、王宮でお見かけする機会が増えましたわね」と夫人の右隣の貴婦人が言った。「ご婚約もございますし、お忙しいことでしょう」


「おかげさまで」


「北棟の方にも足を運ばれているとか」


 (来た)


 「ええ、少し」と私は微笑んだまま答えた。


「まあ」と別の貴婦人が目を丸くした。「厨房、でございますか? それは……なんとも、その」


「珍しいことでしょう」と私が続けると、その貴婦人は「そう、そうですわ」と少し安堵したように言った。


 安堵するのは早い、と思ったが、表情には出さなかった。


「最近の若い方は、感心ですわね」とヴァネッサ夫人が柔らかく言った。「でも、厨房というのは——料理人たちの仕事場ですから、令嬢様が立ち入ると、彼らも困るのではないかしら。王宮の厨房は衛生管理も厳しいと聞きますし」


 (「衛生管理」。遠回しに「汚している」と言っている)


「グレン料理長には許可をいただいております」


「まあ、グレンが。それは……あの方も、お優しいこと」


 夫人が他の貴婦人と目を合わせた。その一瞬に、何かが通り過ぎた。


 私はカップを持ち上げて、紅茶を一口飲んだ。手が震えないよう、意識的にゆっくりと。



 しばらく他愛のない話が続いて、菓子が運ばれてきた。


 白いクロスがかかった台の上に、王都一と名高い菓子職人の作だという焼き菓子が並んでいる。見た目は見事だった。整然と並んだ砂糖細工。金箔が薄く貼られた飾り。どれも手間がかかっている。


「今日のために特別にお願いしたんですのよ」と夫人が言った。「王都(おうと)随一の職人の菓子です。やはり、本物というのは違いますでしょう」


 「本物」——という言葉の置き方が、絶妙だった。


 (比較対象を暗示している。「本物ではないもの」が存在する、という前提で話している)


 私は取り分けられた菓子を一口食べた。


 (……)


 甘い。ただ甘い。砂糖の甘さが口の中に広がって、それだけだ。バターの香りはほとんどない。食感は重く、噛むたびに粉っぽさが残る。芳醇(ほうじゅん)さも、軽さも、口の中で変わっていく何かも、何もない。


 (前世のコンビニケーキの方が、まだ……)


 最後まで考えるのはやめた。それは言い過ぎだ。


 私は完璧な笑顔のまま言った。「おいしゅうございます」


「それはよかった」と夫人が微笑んだ。「本来の令嬢らしい食べものというのは、こういうものですわ。材料も作り手も、身元が確かな」


 (「身元が確か」。今度は食材への攻撃だ)


「……カルドア令嬢、少しよろしいかしら」


 夫人の右隣の貴婦人が、少し躊躇(ちゅうちょ)するように口を開いた。「噂でお耳に入っているかもしれませんが……殿下に、見たことのない黒い食べものをお渡しになっているとか」


「ええ」


「あれは一体、何なのでしょう。可可(カカオ)という薬草を……」


「菓子の材料です」と私は答えた。「南方の豆を加工したもので、砂糖と合わせると独特の風味になります」


「でも見たことがないものを」


「見たことがないものは、毒なのですか」


 一瞬、場が静まった。


 言葉が鋭すぎたかもしれない——と思ったが、謝るつもりはなかった。


「まあ、そういうわけでは……」と貴婦人が引いた。


「ご心配いただくお気持ちは、ありがたく受け取っております」と私は笑顔のまま続けた。「ただ、殿下ご自身が毎日召し上がっておいでですので、問題はないかと」


 夫人がかすかに目を細めた。


 (今の一言は、少し余計だったかもしれない)


 しかし引いてもよくない。ここで引けば、これからも同じ場所を突かれ続ける。



「……セシル様」


 しばらく話が続いたあと、夫人が改まった口調で言った。テーブルの上に両手を重ねて、表情を穏やかに整えている。


「少し、率直に申し上げてよろしいかしら」


「どうぞ」


「殿下は——第二王子殿下は、この王国の将来を担われるお方です。そのお傍に立つ方には、それにふさわしい……(たたず)まいというものが求められます」


 (来た。本題だ)


「厨房に通い、見たことのない食べものを持ち込み、噂を立てられる——それが殿下にとって、よいことだとお思いですか?」


 私は夫人を見た。夫人も、こちらを見ていた。


「殿下にふさわしいお相手は、他におりますのよ」


 その一言が、場の空気を変えた。他の貴婦人たちが微妙に視線をそらした。言いたいことを代わりに言ってもらった、という顔だった。


 (つまり、全員がそう思っている。あるいは、そう思うよう誘導されている)


 私はカップをソーサーに置いた。静かに、音を立てずに。


 (前世なら、ここで「おっしゃる通りです、善処します」と頭を下げて会議室を出ていた。それがあの世界の正解だった。でも今は——)


 立ち上がった。


 貴婦人たちの視線が、一斉にこちらへ向く。


「一つ、提案させていただいてもよろしいですか」


 私は夫人を見た。夫人の目が、わずかに動いた。


「一週間後、皆様に私の菓子をお披露目する場を設けさせてください」


 静かに、でも確かに言った。


「毒か芸術か——ご自身の舌でご判断いただければ、と思います」


 誰も言葉を返さなかった。夫人が扇子を手に取って、ゆっくりと開いた。その目が、初めて本当の意味で私を見た——気がした。


「……面白いことを、おっしゃいますね」


「光栄です」


 私は礼をして、席を立った。


 庭を出るまで、誰も声をかけてこなかった。


 馬車に乗り込んで、ようやく大きく息を吐いた。


 (言ってしまった)


 一週間後。本番は、これからだ。

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