私の妹と浮気をして婚約破棄を告げてきた王太子が、今さら懺悔の言葉を伝えに来ました。はぁ……それで戻るとでも?
私、メアリーは結婚をすることになった。
この国の王太子であるアレン殿下と婚約を結び、宮廷専属の聖女として、結界を維持し続ける業務をやっている。ひたすらに魔力を使い続ける仕事で、私の体は次第に疲弊していっていた。
けれど……王都に住む人々の安全を保証するために。ただ必死に仕事を続けていた。
だけど。私とアレン殿下が正式に結婚を発表するパーティーにて。
「ろくに役にも立たないし、可愛げのないお前との婚約を破棄し、お前の妹と婚約を結ぶことにした!」
各国の貴族たちが集まっている中、彼は声高らかに宣言した。彼の隣には、私の妹であるシンゼが誇らしそうに立っている。
ああ……結局こうなるのか。
私の中で悲しみよりも、そんな感情が湧いてきた。
「お前は可愛げもないし、普通の働きしかしない! だが、お前の妹であるシンゼは可愛げもあり、結界の維持ができると言っている!」
シンゼがにやりと笑う。
そうか、彼女自身が私よりも優れていると発言したのか。呆れてしまう。嘘も大概である。シンゼとは随分と長い間一緒に暮らしてきたが、彼女のことを一言でまとめると「虚言」になる。
自分のことをすごく見せるのは得意で、いつも私のことを小馬鹿にしていた。そりゃ私よりも表情筋は豊かであり、可愛いのは確かだ。
事実そんな彼女に騙されてきた人間は数多くいた。もちろんアレン殿下も含めて。
何か一つ反論でもしてやりたいところだが、今私が何かしようとすると虚言を疑われるのは自分だ。周囲の貴族たちもクスクスと笑って、私のことを噂している。
流れとしては、完全に私にとって不利だ。
「ですが……最低限シンゼにも引き継ぎはしないと、王都は大変なことになりますよ?」
これだけは言っておきたかった。アレン殿下のためではない。もちろんシンゼのためでもない。
ただ、王都に住まう人々のためを思ってだ。
この国に生まれて、色々な人間に助けられてきた。今の自分がいるのも、ここに住む人々のおかげである。
そんな彼らに被害が及べば……私にとって、それほど辛いものはない。
だが、アレン殿下は叫ぶ。
「何を言っている! 今更そんなことを言って、婚約破棄を撤回してもらいたいだけだろ? 全て見え透いているんだ……シンゼを愚弄するのは私が許さない!」
アレン殿下の格好付けた発言に、貴族たちが拍手を送る。
パチパチと大喝采が起こる中、私はただため息を漏らすことしかできなかった。
「いいから下がるんだ! お前の醜い顔なんて見たくないんだ!」
パチン、と。
アレン殿下が私の頬にビンタをした。頬が熱くなりヒリヒリしてくるのが分かる。こんな大衆の面前で、人を殴るだなんて。
普通なら大事だが、この場では私が悪役。誰もアレン殿下を咎めることはしない。
私はぎゅっと拳を握り、一発反撃でもしようかと考えた。
その時のことだった。
カツカツと足音が背後から聞こえる。誰かが私たちに近づいてきていたのだ。
がしっと、誰かが私の肩を握る。
「ふざけるのも大概にしろ」
バシャンと、グラスに入ったワインをアレン殿下に浴びせたのだ。私は動揺を呈してしまう。アレン殿下も動揺に動揺しながら、顔を赤くした。
だが、アレン殿下がその人物を目で捉えると同時にすぐに萎縮する。
「ガードナー殿下……?」
私は思わず声を漏らす。そこにいたのは、隣国・アシッド帝国の皇太子だったからだ。碧く美しい髪に、赤く全てを見通すような鋭い目。誰がどう見ても美しい人だと漏らすような人が立っていたのだ。
だがそれよりも、何故アレン殿下にグラスを浴びせたのかが分からなかった。
ガードナー殿下が、ギロリとアレン殿下を睨み付ける。
「メアリーという聖女が、各地でどれほど評価されているのか知らないのか? それほどまでの有能な人材をここまでこけにし、挙げ句他の女にうつつを抜かすとは! 以前から愚かだとは思っていたが、ここまで度が過ぎるとはな!」
そこまで言われて、初めて分かった。彼は私のことを庇ってくれているのだ。なんていうか、私のことをここまではっきりと評価してくれている人は初めて見て、少し驚いてしまう。
ガードナー殿下は私の手を握る。
「お前が彼女を必要としないなら、私が引き抜かせてもらう。シンゼという女がそれほどいいのならば、問題ないだろう?」
引き抜く……? 私を?
アレン殿下は強がるような表情を見せて笑う。
「……もちろん構わない! 好きにすれば良い! なあ、シンゼ?」
シンゼはこの状況においても、調子に乗ったようにくすくすと笑う。
「ええ。お姉さま、よかったですね? 帝国の聖女だなんて、新しい職場ができてよかったじゃないですか」
だが……シンゼは分かっていないようだが。アレン殿下がここまで萎縮しているのは理由がある。それは、明らかに王国よりも帝国の方が力関係が上なのだ。
技術も、産業も。
私も私で、ここまで自分のことを評価してくれるのは嬉しい。
「なら自由にさせてもらうぞ」
ガードナー殿下は、私の手を引いてその場から去る。
周囲はもう、私とガードナー殿下に釘付けになっていた。それはもう、これだけの騒ぎを起こしたのだから当然である。
ガードナー殿下はちらりと私を見て、朗らかに笑う。
「突然すまなかった。君のような優秀な人間が、これほどまでに愚弄されているのに耐えられなかったんだ」
私は首を振る。
「いえ……私もアレン殿下には色々と思っていたので、案外スッキリしました。私からもお礼をさせてください」
その言葉を聞いて、ガードナー殿下は呆気に取られるが、すぐにくすりと笑った。
「面白いことを言うな。可愛げがないと言われていたが、可愛いところもあるじゃないか」
パーティー会場の扉を押し開き、私たちは廊下を歩く。
ただ、出て行く前に一つやっておきたいことがある。
「ガードナー殿下。少し、自室に戻らせてください。引き継ぎようのメモを目立つところに置いておきたいんです」
ガードナー殿下は目を丸くする。
「用意しているのか?」
「もちろんです。私に万が一のことがあった時に……ここに住む人々に被害が出ないよう、緊急的な措置を記しているんです」
「そうか……やはりお前はいい女だ。すぐに向かおう」
そう言って私は自室に戻り、引き継ぎ用のメモを机の上に置いた。だが、それだけじゃ心許ないと思い、シンゼでもできるような簡易結界を作る方法も記しておいた。
これなら……大丈夫だろう。シンゼでも、これならできる。ただ継続的な維持となると間違いなくできないので、他に維持できるであろう候補となる人選も書いておいた。
彼と彼女のためにここまでする必要はないかもしれないが、全ては民のためである。
「よし。行きましょう、ガードナー殿下」
私はそう言う。彼はずっと感心しているような表情を浮かべながら、静かに頷いた。
◆
馬車に乗り数日。私は帝国に入った。
まず帝都に入って感じたのは、明らかに技術力が王国と違うことだった。民衆は幸せそうにしているし、便利な魔導具も使っている様子である。しかも……兵士たちを見れば金属でできた物——恐らく銃であろうものを握っている。
王国では魔法が主軸だったから、まず見ないものだった。
城に向かう道中。ガードナー殿下が私に言う。
「メアリーに頼みたいのは、帝都の結界を張ることだ。この地は、特別聖女が不足していてな。他国から引き抜くにしても、なかなかそんなことはできない。だから……君に頼みたいんだ」
私はふむと考えたあと、こくりと頷く。
「帝都の地図は頭に入っています。この範囲ですと、結界を張り終わるまで五分程度で終わるかと」
だが、ガードナー殿下は驚愕を呈する。
「ご、五分……!?」
驚くのも無理はない。他の聖女は結界を張るのに何日も掛かる。だけど私はとことん術式の効率化をしているので、これくらいはできるのだ。
「時間も掛かりませんので、今やっておきます。大丈夫でしょうか」
「も、もちろん構わない。感謝する」
許可は貰えたので、私は手を広げて、目を瞑り集中する。時間は掛からないと言ったが、かなりの魔力と集中力が必要だ。もちろん、精度も高くしないといけない。
周囲にただよう魔素と自分の魔力を、慎重に利用する。二つのものを、丁寧に掛け合わせて、さらに高度なものに昇華させる。
私の足下に巨大な魔法陣が展開され、まばゆく輝く。バチバチと火花が散ると同時に、パッと周囲に風が吹き荒れる。
そして……無事結界を張ることに成功した。
私は息を吐いてから、目を開けてちらりとガードナー殿下を見る。
ガードナー殿下は空を見上げながら、感嘆していた。
「美しい……ここまで技術の高い結界は初めて見た……」
彼はパッと私の方を見て、優しく私の手を包み込む。
「これを見て、俺は改めて理解した。君のような人が私に必要だったんだ。……よければ、ずっとここにいてくれるだろうか?」
そんなプロポーズみたいな発言に、私は吹き出しそうになってしまう。ガードナー殿下といえば、冷徹なイメージがあったのだが、案外こんな一面もあるんだな。
だけど……嬉しい。
私は笑顔で頷く。
「もちろん……そのつもりです」
そう言うと、ガードナー殿下は満足そうに頷いた。
◆
一ヶ月ほど、私は平和な日々を送っていた。私を認めてくれる人、王国よりも快適な環境。何一つ不満はなかった。
だが、一通の手紙が届いたのだ。
アレン殿下からだった。
『お前に懺悔がしたい。一つ場を設けてくれないだろうか』と。
その手紙をどうするか迷っていたのだが、ガードナー殿下は静かに言った。
「普通、このような手紙に応じる必要はない。正直言えば、かなりふざけている。俺からしたら怒りで破り捨てたいところではあるが、最後の判断はお前がするべきだ」
そう言われたので、私は受け入れることにした。正直言えば王国の結界の状態などが気になっていたからだ。私の手紙があるから、どうにかなっているだろうと思いたいところではあるが。
手紙の返事をして数日後、すぐにアレン殿下が城に訪れた。シンゼも来るのだろうかと思っていたが、彼女の姿はない。ガードナー殿下は静かに、アレン殿下を見据えている。
アレン殿下が私を見るなり、必死に頭を下げてくる。
「メアリー! お前がいなくなったことで、宮廷の結界は大変なことになっている! このままでは……私の地位が危うい!」
懺悔の言葉を最初に発するのかと思えば、自分の保身のことであった。正直呆れてしまっている。
「ですが……引き継ぎの資料は残していましたよね?」
アレン殿下はにへらと笑う。
「あの紙は燃やした。ほら、メアリーに頼っているようじゃ、格好がつかないだろう?」
「はあ」
格好がつかない? 何を言っているんだろうか?
正気なのか? ふざけているのか?
たった一王太子の面子のために、そんなことをしたのか?
「シンゼも結界はまともに張れない。だが、お前もそう簡単には許してくれないだろう。だから、王太子である私がお前に懺悔をするのだ」
もしかして、懺悔をすれば全て解決すると思っているのだろうか。だが……一応聞いておこう。隣国までやってきて、言い訳をするのだ。
アレン殿下が膝を付き、祈るようなポーズをする。
「すまなかった……シンゼと浮気をし、あまつさえお前を裏切るようなことをした。悪かったと思う。これまでの不義理な行為は全て謝罪をする。だから私のために戻ってきてくれないだろうか」
何度か、アレン殿下の言葉を脳内で反芻する。だがすぐに結論が出た。
そんなふざけた懺悔を、私が受け入れる筋合いはない。
「あなたの懺悔はその程度なんですか?」
「は?」
私の言葉を聞いて、アレン殿下が固まる。
「自分の保身ばかり考えて、何が懺悔なのでしょう。しかもシンゼすらも連れずに、謝罪が受け入れられるとでも思っているのですか? 正直——馬鹿にしていますよね?」
冷たい言葉を吐く。アレン殿下は明らかに苛立っている様子で立ち上がり、あの時のパーティーのように、私の頬にビンタをしようとした。
だが、その腕をガードナー殿下が掴む。
「我々からは以上だ。俺の女に手を出すような真似をするということは、どうなるか分かっているのだろうな?」
アレン殿下が萎縮する。また言い訳を連ねようと脳内で何かを考えている様子だった。
「出て行け。後ほど、メアリーからの推薦聖女をまとめて王国に送る。お前の国はそれで守られるのだ。感謝するといい」
だが、アレン殿下は首を振る。
「それでは私の地位が!」
「黙れ。お前の地位など関係ない。お前はそれほどまでのことをしたのだ。地位の失墜など甘んじて受け入れろ」
ガードナー殿下はちらりと控えていた兵士に視線をやる。兵士はすぐに頷いて、アレン殿下の肩を掴み無理矢理追いだそうとした。
彼は随分と反抗しようとしたが、何もできずにそのまま引きずられていった。
はあ、とガードナー殿下が息を吐く。
「あいつは終わりだ。じきに潰れる。そして……君もこれで自由だ」
優しく微笑んでくる彼。私もこくりと頷く。
「ええ……これからも、よろしくお願いいたします。殿下」
◆
数日後。すぐにアレン殿下の不祥事が世間にバレ、彼は数多のバッシングを受けた。それを受けて王家はアレン殿下の称号を剥奪。シンゼもこれまでの嘘が全て露呈し、二人もろとも辺境に追いやられた。
まあ、これで二人揃って暮らせるのだから、幸せなんじゃないだろうか。まあ全ての権限、財力も奪われてしまったが。
私は今も、帝国で充実した生活を送っている。アレン殿下のくだらない懺悔を聞くことになったが……結果的なよかったと思う。
こうして……始まったのだ。新しい私の人生が。
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【新作短編も投稿しました!】
「嘘ばかり吐く婚約者に疲れ切っていた私、婚約破棄されたので自由に生きます〜あなたのくだらない嘘が世間にバレたからって、今更どうすることもできないでしょう?〜」
強い女主人公が元婚約者にざまあする話です。
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