第五章:終わらない選別
それから十年。
地球の深部地震は止まった。生殖の兆候は完全に消失した。おそらく母体が何らかの方法で抑制したと解釈された。
第286番地球との通信は続いている。かつて攻撃的だった彼らは、今では協調を望んでいる。第285番地球が選んだ行動が、彼らの価値観すら変えたのだ。
我々は生き延びた。しかしそれは、第285番の自己犠牲によって得られた命だった。
木星軌道の第285番地球が存在していた場所には、記念碑が建てられた。直径1キロメートルの球体でできた巨大な構造物。表面には、第285番地球の記録と共に、彼らの最後のメッセージが刻まれている。
「我々は消える。だが、我々の選択は残る。次に生まれる者たちへ―生き延びることだけが、正義ではない。誰かを守ることもまた、生きる意味だ」
IUDM評議会は「惑星間救援システム」の創設を決定した。第286番地球も協力を申し出、技術提供を始めている。
ある日、火星の遺跡で未翻訳の断片が発見された。マリアが解読したメッセージは、思いがけない内容だった。
『母体は、テストしている。だが、母体自身もテストされている』
第283番地球の人々は、母体のさらに上位の存在を観測していた。彼らはそれを「祖母体」と呼んでいた。
『祖母体は複数の母体を作り、それぞれに地球を作らせている。そして、最も優れた子育てをした母体だけが生き残る。宇宙は入れ子構造になっている。選別の上に選別。テストの上にテスト』
私たちは決意した。もはや管理される存在ではいられない。
母体の意志ではなく、人類自身の意志で、新しい地球を創造する。
プロジェクト名は「第285番リボーン」。
あの日、私たちが見た光。
宇宙に散った種。
それを育てるのは、私たちの責任だ。
それから五十年。私たちは初めて人工惑星を完成させた。直径1万2000キロ。質量、地球の0.95倍。名称は「第285番β」。
その惑星に、第285番地球の文明を再構築する。選択の精神を、未来に残すために。
起動セレモニーの日。私は98歳になっていた。この日を見るまで死ねなかった。
スイッチを押すと、惑星の核に設置された人工内核が起動。磁場が発生し、大気が保持され、生命の種が蒔かれた。第285番地球から回収したDNA情報が、この新しい惑星で再び芽吹く。
私は涙を流し、ささやいた。
「これが私たちの答えです。第285番」
人類最後の希望──第285番βは、ゆっくりと意識を拡張した。
まるで、遠くを見るように。世界に目を開くように。
人々はそれを「微笑み」と受け取った。
希望の誕生であり、選別の終焉だと。
人々は歓声を上げた。
「ついに選ばれた!」「選別は終わった!」
涙を流す者、祈る者がいた。
第284番地球が、あの母体の意志を拒み、独自に設計した新たな存在。
そう──人類の未来はようやく、自由になったのだと。
その瞬間だった。国際宇宙ステーションが、微細な重力異常を検知した。
空間が、ごくわずかに歪んだのだ。
直後、通信ログに短い信号が記録された。ノイズの奥からAIが抽出した文字列は──
『選別は終わらない』
誰が送ったのか。どこから届いたのか。応答はなかった。
その意味は、誰にもわからなかった。




