第四章:母体の審判
通信室に戻ると、突如──
新しい信号が、すべての通信機器に同時に入った。
発信源は、銀河系中心部。
距離、2万6000光年。
しかし、信号は、リアルタイムだった。
遅延がない。
量子もつれ通信──理論上可能だが、人類はまだ実用化していない技術。
スクリーンに、文字が表示される。
言語は、すべての地球が理解できる、根源的な何か。数学的パターンに変換された、普遍言語。
『選別を開始する』
通信室の全員が、凍りついた。
『第284番地球、第285番地球、第286番地球。三つの選択肢が提示された。あなたたちの決定を、観測した。
第285番:生殖を受け入れる─自己犠牲の選択。第286番:支配と統合の選択─拡張主義。第284番:未決定─優柔不断。
判定:第285番が、次世代への遺伝情報提供個体として最適。第286番は、攻撃性が過剰。除外。第284番は、適応力不足。除外』
「除外…次世代への情報提供から外されるだけ?それなら生き延びられる」
一瞬、安堵が広がった。
その時、マリアが通信室に駆け込んできた。
「理香!大変よ!火星遺跡の封印記録──最後の部分が解読できたの!」
「今それどころじゃ──」
「聞いて!『選別で除外された地球は、母体により物理的に破壊される』って書いてあるのよ!」
通信室が、緊迫した空気に変わった。
「『我々が観測した数万の地球も、次の選別までにその多くが消滅した。母体は─』」
記録は、そこで途切れていた。
誰かが消え入るような声で言った。
「数万の地球が…消された?では、私たちも──」
その瞬間──空が、光った。
いや、空ではない。
宇宙空間に、巨大な何かが出現していた。
それは、惑星よりも大きな、構造物。
いや、生物。
「あれが…母体?」
私の目前のモニターに、観測データが次々と表示される。
直径は、地球の100倍。
質量は、太陽の10分の1。
それは、生きていた。
そして、私たちに向かって、何かを放出した。
「高エネルギー粒子ビーム!地球に直撃します!」
「回避できるか!」
「無理です!」
私は、窓の外を見た。
美しい青い地球。
私たちの故郷。
それが―終わる。
IUDM評議会は混乱した。
「第286番に技術を要請しろ!惑星シールドを!」
「間に合わない!」
「では、何もできないのか!」
その瞬間──。
第285番地球から、通信が入った。
『第284番へ。我々は、あなたたちを見捨てない』
「どういう─」
観測データが、状況を示した。
「第285番の軌道が、変化している」
「惑星推進?そんな技術が」
データを遡ると、最初の通信直後から、第285番地球は徐々に軌道を地球側へシフトしていた。
「三ヶ月前から?では、母体の出現を予測して─」
「そうだ。彼らは最初から、自分たちを犠牲にするつもりだった」
『我々は、生殖を受け入れた時点で、惑星の死を覚悟した。ならば、その死に、意味を持たせる』
第285番地球は、地球と母体の間に、割り込もうとしている。
「待って!」私は叫んだ。「あなたたちには、名前がある。家族がいる。夢がある」
『あなたたちにも、同じものがあるだろう?』
IUDM評議会の理事の一人も訴えた。
「お前たちが選ばれたんだ!生き延びるべきは」
通信の向こうで、誰かが笑った気がした。
『だからこそ、だ』
通信の声は、静かだった。
『選ばれた者の責任は、選ばれなかった者を守ること。さもなければ──選別に、何の意味がある?我々120億人の命は、あなたたち150億人の命を救うために使われる。これは、正当な交換だ』
「やめろ!まだ他の方法が」
『ない。我々は計算した。このビームを防ぐ唯一の方法は、惑星質量の物体で遮蔽すること。我々は、準備ができている』
そして、第285番地球は、ビームの軌道上に入った。
スクリーンに映る、青い惑星。
地球とそっくりな、もう一つの故郷。
ビームが、到達した。
最初の1秒で、大気が剥ぎ取られた。
2秒目で、海が蒸発した。
10秒後、地殻が溶解した。
誰かの故郷。誰かの母校。誰かの初恋の場所。
120億人分の人生が、光に変わった。
私たちを守るために。
会議室は、死のような静寂に包まれた。
私はスクリーンを見つめ、声にならない言葉を、ただ心の中で繰り返した。
ありがとう。ありがとう。ありがとう──
しばらくの沈黙の後、母体からの通信が再開された。
『…予想外の行動だ』
母体の声に、初めて、感情のようなものが混じった。
『第285番は、利他性を示した。自己の生存よりも、他者の生存を優先した。この特性は―』
長い沈黙。
『望ましい』
スクリーンに、新しいメッセージが表示される。
『判定を修正する。第285番の行動は、種の長期的生存に最も重要な特性──協力と犠牲の精神を示した。よって、第285番の遺伝情報を、次世代に継承する』
「でも、彼らは死んだ!」
『肉体は死んだ。しかし、情報は残る。私は第285番のすべての記録を保存した。彼らの文明、技術、文化、価値観、すべてを。それらは、次に生まれる地球に伝えられる』
そして、母体は続けた。
『第284番、第286番、継続を許可する。ただし、観測は続行する。次の選別まで、1000年。それまでに、お前たちがどう進化するか、どのような選択をするか、見せてもらう。第285番の犠牲を、無駄にするな』
母体は、空間に溶けるように消えていった。
重力異常が収束し、何もなかったかのように、宇宙は静寂を取り戻した。
ただ、第285番地球がいた場所に、小さな光の粒が漂っていた。
惑星の残骸が作る、小さな輝き。
まるで種のように、宇宙に散っていく。
いつか、どこかで、第285番地球の意志が、新しい形で芽吹くと。
私たちは、そう信じたかった。




