第三章:三つの地球
それは、予兆だった。
2391年5月、世界中で異常な地震が観測され始めた。
マグニチュード3から4程度の微震が、24時間周期で発生する。震源は深さ2900キロメートルで、外核とマントルの境界だ。
「心臓の鼓動みたいだ」
地震学者の一人がつぶやいた。
その言葉は、的を射ていた。
地球は、目覚めようとしていた。
私はIUDM評議会に緊急提言を行った。
「火星の遺跡によれば、生殖の兆候が始まってから実際の分裂まで約100年。私たちには時間がありません」
「何を提言する?」
「他の地球を探すべきです。私たちの地球は誕生から46億年。成熟期である約45億年に達しています。火星の遺跡には『284番を射出する』と記録されていましたが、それ以降も生殖は続いたはずです。285番、286番…私たちより後に生まれた地球が、どこかに存在する可能性があります」
「なぜ?」
「ほぼ同時期に誕生した地球があるならば、彼らも今、成熟を迎え、同じ選択に直面しているはず。情報を共有できれば─」
その時、通信室から緊急連絡が入った。
「未確認信号を受信!木星近傍から!」
全員が通信室に駆け込んだ。
スクリーンには、明確なパターンを持つ電磁波が表示されていた。
「人工信号です。これは…言語?」
解析チームが24時間体制で取り組んだ結果、それは地球の言語と構造的に類似していた。
まるで、同じ「親」から生まれた兄弟の言語のように。
一週間後、最初の翻訳が完成した。
『第285番地球より、第284番地球へ。我々の存在を明かす。対話を求める』
会議室が騒然となった。
「第285番?私たちより後に生まれた地球?」
「どこにある?」
「発信源を特定しました」天文学者が報告した。
私は座標データを見た。木星の衛星軌道付近。
「そこに、もう一つの惑星が?」
「はい。詳細な観測を開始します」
数時間後、観測画像が表示された。大きさ、質量、組成──すべてが地球と酷似していた。
「いつから存在していた?」
「推定では、私たちとほぼ同時期──46億年近く前の誕生です。木星軌道で、ずっと観測を回避していたようです」
「なぜ今まで気づかなかった?」
「過去の観測データを精査したところ、微細な重力異常が記録されていました。しかし、すべてノイズとして処理されていたんです」
「まさか…意図的に?」
「彼らの信号には、高度な量子暗号化が施されていました。私たちより少なくとも100年は進んでいます」
私たちは、返信を決定した。
「第284番地球より、第285番地球へ。受信した。対話継続を望む」
返信は、即座に来た。
『了解した。情報を共有する。あなたたちの惑星は、生殖の兆候を示しているか?』
「そうだ。周期的な深部地震を観測している」
『我々も同様だ。あなたたちは、どう対処するつもりか?』
「未定。選択肢を模索中」
私は即座に返答した。事実をそのまま伝えるしかなかった。
『理解した。我々も、決定までには時間を要した。焦る必要はない』
しばらく沈黙があった後、再び応答があった。
『我々は、生殖を受け入れる。惑星の死は、新しい惑星の誕生を意味する。宇宙全体の生命の総量は増加する。個体の死は、種の繁栄のために必要だ』
私は、画面を凝視した。
彼らは人類の死を受け入れたのだ。
「なぜ第285番は、こんなにも協力的で犠牲的なんだ?」
誰かがつぶやいた。
「惑星の個性かもしれません」私は言った。
「第283番が観測に優れていたように、第285番は他者との共生に優れている。木星近傍という環境で、協調的に進化したのかもしれない」
それから、三ヶ月の月日が流れた。
それまでの間、第285番地球との通信は継続していた。
技術情報の交換、文化の共有、哲学的な議論。私たちは、まるで長年の友人のように語り合った。
一方、IUDM評議会では、激しい議論が続いていた。生殖を受け入れるか、阻止技術を開発するか、それとも第三の道があるのか――結論は出なかった。
私は個人的な質問を送信した。「あなたたちの文明の人口は?」
『約120億人』
地球の人口は150億人。ほぼ同じだ。
「全員が、この決定に同意しているのか?」
長い沈黙の後、返信。
『いいえ。反対派は40%。しかし、多数決で決定した。民主主義だ』
“民主主義”―その言葉が、胸に刺さった。
『あなたたちは?』
私は、答えられなかった。
地球では、まだ何も決まっていない。
外部の通信記録や報道によれば、政治家は責任を回避し、科学者は技術的解決策を必死に探しているらしい。宗教界では神の意志を巡る論争が巻き起こっており、一般市民は不安と恐怖に苛まれている、という報告もあった。
その時──
第三の信号が入った。
発信源は、太陽系外縁部、カイパーベルト。
『第286番地球より、第284番および第285番地球へ』
「286番?」
「カイパーベルトに、もう一つの地球が?」
観測データが次々と表示される。
「質量は、地球の0.98倍。しかし、異常です」
「何が?」
「この惑星の表面温度が、予測より40度高い。人工的な熱源が多数検出されています。そして─」
画面に、衛星画像が表示された。
惑星の表面は、金属構造物で覆われていた。自然の地形は、ほとんど見えない。
「完全に工業化されている…」
通信が続く。
『我々は、生殖を阻止する方法を発見した。惑星の核に干渉し、分裂を抑制する技術。深部地震は停止し、内核温度は安定している』
IUDM評議会は色めき立った。
「本当なら、地球を救える!」
だが、メッセージは続いた。
『この技術を共有する用意がある。ただし、条件がある』
「条件とは?」
『我々の惑星への移住を受け入れよ。三つの地球の人類が統合すれば、一つの惑星で生存可能だ。残りの二つの惑星は、資源として利用する』
それは、統合の提案だった。
しかし──私たちの惑星を「資源」と呼ぶその言葉に、誰もが危機感を覚えた。
これは対等な協力関係ではない。明らかに、力関係の差を前提とした提案だ。
私は通信記録を精査した。
「第286番の技術レベルは、私たちより少なくとも200年進んでいます。彼らの提案を拒否すれば──」
「支配だ、と?」
IUDM評議会は紛糾した。
「286番の技術を受け入れるべきだ!地球を救える!」
「いや、彼らは信用できない」
「では285番のように、死を受け入れろというのか?」
私は、データを見つめていた。
火星の遺跡。第283番地球の記録。
彼らは何を知っていたのか?
確認のため、マリアいる研究室に向かった。すると──
「理香!新しい記録を発見したわ!」
「どこで?」
「火星の遺跡の最深部。完全に封印されていた部屋。そこに─」
彼女は震える手で、タブレットを差し出した。
そこには、図が描かれていた。
太陽系の図、ではない銀河系の図。そして、無数の点。
「これは…惑星?」
「そう。第283番の人々が観測した、すべての『地球』の位置。彼らは、銀河系全体を観測していたのよ」
私は唖然とした。
点の数は数千、いや、数万。
「これほど多くの地球が存在しているのね」
「いえ、過去形かもしれないわ」
「どういう意味?」
「この図は、第283番が観測した時点のもの。50億年前よ。現在どれだけ残っているかは、わからないわ」
マリアは首を横に振り、図を見つめた。
「それにしても、第283番の観測技術は驚異的ね。50億年前にこれだけの範囲を」
「惑星にも、個性があるのかもしれない」私は言った。
「個性?」
「生命体なら当然でしょう。第283番は観測に特化した惑星だった。その特性が、その上に生まれた文明にも影響を与えた。火星の遺跡は、すべてが天文観測に最適化されていた」
マリアは頷いた。「惑星が望み、文明がそれを実現した…それから、これを見て」
図の中心に、巨大な構造が描かれていた。
「これは…何?」
「彼らはこれを『母体』と呼んでいた。すべての地球は、ここから生まれた。そして─」
マリアは次のページを開いた。
「一定周期で、母体は『選別』を行う」
「選別?」
「ええ。最も繁栄した地球だけが、次の世代に遺伝子を残す」
私は立ち上がった。
「つまり、私たちは─」
「テストされているのよ。どの地球が最も優秀か」




