第二章:目覚める鼓動
「地球が、生物?」
理論物理学者のアレクサンダー・ポポフは、私の仮説を一蹴した。
「水瀬博士、それは科学ではない。SFだ」
「では、これをどう説明します?」
私は過去三ヶ月の調査データを全て提示した。
火星、金星、水星──すべての遺跡から共通して見つかったもの。それは「生殖の記録」だった。
彼らの文明は、惑星の異変を観測していた。
地殻の急激な変動。マントル対流の異常な加速。そして、惑星の「分裂」。
「彼らの記録によれば、地球型惑星は約45億年で『成熟』し、生殖を開始するそうです」
「生殖?どうやって?」
「生殖期に入ると、惑星の核は不安定化し、分裂します。その一部が膨大な磁気エネルギーによって射出され、新しい惑星として成長する。その過程で、元の惑星は磁場が消え、大気が消失して死にます」
ポポフは鼻で笑った。
「そんな現象、観測されたことがない」
「いいえ」私は反論した。「観測されています。ただ、私たちはそれを『惑星の破壊』だと思っていただけです」
スクリーンに、過去数百年間の天文観測データを表示する。
「2074年、ケプラー452星系で惑星サイズの物体が二つに分裂する現象が観測されました。当時は『巨大衝突』だと考えられていましたが」
データを拡大する。
「分裂後、両方の物体は安定した軌道に入り、現在も存在しています。これは衝突ではなく─」
「生殖だと?」
「はい」
「一度の生殖で、複数の惑星が誕生することもあるのか?」
「火星の記録には明記されていませんが、可能性はあります」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
その後、世界中の科学者が総動員され、「惑星生物学」という新しい学問分野が誕生した。
地球物理学者たちは、地球内部の詳細な観測を開始した。
そして、発見された。
地球の外核に、不可解な構造。
「これは…細胞核?」
データを見た途端、私は理解した。
地球の層構造である核、マントル、地殻は、生物の細胞構造に酷似していた。
核は「核」。マントルは「細胞質」。地殻は「細胞膜」。
「マントル対流は、細胞質の流動」
「プレートテクトニクスは、膜の変形と再構成」
「火山活動は、物質代謝、あるいは排泄」
データをさらに詳細に分析すると、内核の結晶構造に、規則的なパターンが刻まれていた。
「これは…情報?」
量子レベルでエンコードされた識別コード。
『解読結果:284』
「地球自身が、自分の番号を記憶している…」
すべてが、つながった。
地球は生きている。
そして、46億年の時を経て、成熟期に達していた。
「では、人類は?」
誰かの問いに、私は答えた。
「おそらく、腸内細菌のようなものです。惑星にとって、私たちは共生生物。あるいは─」
言葉を濁した。
「あるいは?」
「寄生虫」
さらに研究は進んだ。
火星の遺跡に残された記録を詳細に分析すると、驚くべき事実が判明した。
彼らの文明──「第283番地球」の住人たちは、惑星の生殖を予測していた。
そして、その過程で自分たちが死ぬことも。
「『生殖の際、惑星は膨大なエネルギーを放出します。その過程で、表層の生命はほぼ全滅する』」
マリアが、解読した記録を読み上げる。
「彼らは選択を迫られました。惑星の生殖を止めるか、受け入れるか」
「結果は?」
「受け入れました。そして、次の世代──つまり地球に、メッセージを残した」
「何と?」
マリアは、最後のページを表示した。
そこには、こう記されていた。
『我々の遺伝子を受け継ぐ者たちへ。惑星は生きている。お前たちもいずれ、この選択に直面する。生殖を止めれば、惑星は死ぬ。受け入れれば、お前たちが死ぬ。 どちらを選んでも、苦痛だ。だが、知れ。惑星の生殖は、宇宙の意志だ。抗うことはできない。我々は、子供たちの未来を選んだ。お前たちも――そうするだろう』
会議室に、沈黙が満ちた。
そして、地震計が警告を発した。
地球内部で、何かが動き始めていた。




